106.感染
翌朝、エステルの部屋の前まで行くと、入口にリアムが立っていた。シンが、
「アンナは大丈夫だったか?」
と尋ねると、リアムはため息をつきながら答えた。
「昨晩はかなり気落ちしてたが、今朝になって、お嬢様は必ず守り抜くって気を奮い立たせるように言って、早朝から秘宮の感染防止対策に走り回ってるよ」
(何かしてなきゃいられないんだろうな)
シンには、アンナの気持ちが痛いほどよく分かった。シンが、
「部屋に入っても?」
と聞くと、リアムはシンの体全体を覆うように腕を振り、魔法の粉をかけた。
「俺は消毒係として、ここに立たされてるって訳さ」
と苦笑いしたとき、ちょうどアンナが通りかかり、
「ちゃんとやってる?」
と睨みを利かせてきた。リアムは、魔法の粉をまんべんなくかけられ、キラキラしているシンに視線を流し、
「ご覧の通り」
と答えると、アンナは満足気にうんうんと頷き、足早に立ち去った。リアムはシンの方を向き、少し大袈裟に苦笑して見せると、エステルの部屋に通してくれた。中に入ると、部屋全体がキラキラと光っている。全てのものに魔法の粉がかけられているのだろう。中でも一際輝いて見えるのがエステルだった。といって、エステルに大量の魔法の粉がかけられているという訳ではなく、エステルの美しさが増長されているかのようだった。
シンは、いつものようにエステルのベッドの傍らに腰かけると、
「エスエル……今まで、始まりの令嬢の役目を一人で担わしてしまってすまなかった。お前が時々具合が悪いそうにしていたことは分かっていたのに……アンの髪を入手するように言われた時に気づくべきだった。アンを側に置くことで、魔力を甦らそうとしているあいつから相当エネルギーを奪われていたはずだ。あの日、お前が王太子から魔力を吸い取り、目を覚さなくなって、ようやく気づくなんてな……勇者として何もできていなかったばかりか、お前を守ることすらできなかった」
シンは、エステルの手をそっとにぎり、そのぬくもりを感じながら、
「でも、お前はまだ、あきらめてなんかいないんだよな。この世をあるべき姿に戻すことができるのはお前しかいない。お前と王太子が目覚める方法は、俺が必ず見つけ出す。それまで待っていてくれ」
そう言って、エステルが好きな花を一輪、ベッドサイドにある花瓶に生け、部屋を後にした。窓から差し込む光が、真っ直ぐにその花を照らすと、そのままエステルの方へと降り注いだ。
*******
夜になり、禁書の間に通うことのできなくなった皆は、仕事が終わるとアンの執務室に集まるようになった。アンナが用意した食事を一気食いしたアンが、
「今、外の世界はどんな感じ?」
と問いかけると、シンが、
「最初に発症者が出たイギリスでは、ほぼ全土に広がってる。同症状の患者がヨーロッパ各国でも出始め、今は、それぞれの国の行き来が制限されてる。にも関わらず、先日の王太子暗殺未遂以後は、他の国でも突然発症者が出るなど、感染経路が全く辿れないケースも出てきてる」
「チッ、あいつら……」
アンが忌々しそうに舌打ちすると、
「王太子暗殺に成功したところで、どの道決行してただろう。イギリスもキースもその布石だったんだろうからな。日本は幸い、今のところ感染者の報告はないが、時間の問題だろうな。これまでに確認されている伝染病の比じゃないスピードで世界中に拡散していってる」
と言いながら発症者数が記された地図を広げ、皆に見せた。普段はお茶らけているアンでさえ、
「たった数日でこれ? ヤバいんじゃね? マジで……」
と顔をひきつらせたのを見て、皆もことの深刻さを改めて実感したようだった。中でも、村の仲間を失ったアンナの表情には、怒りと同時に深い悲しみが浮かんでいた。
「アーム王国内はどうなんだ?」
シンに質問に、王太子の代わりに執務をこなしているアンが、
「最初にキースで発症者が出たという報告を受けた時点で、国王がすぐに全国民にキースの祭りに参加したかどうか確認するよう命じて、参加者は臨時で儲けた医療施設に隔離、参加しなかっ者は、キースから一定距離以上離れた場所に移動させられたのと、精霊騎士が各地に派遣されて、浄化魔法をかけまくってるから、当面の広がりは抑えられるはずだよ。外の世界との行き来も当面は禁止にしたし。ただ、あいつらが関わってるとなると……」
シンがヘンリーに依頼していた調査報告の中に、城下町にある飲み屋に、深夜の時間帯にも関わらず、定期的に人が集まっていること、また、最近その頻度が増えてきているという話があった。今回、王太子暗殺を試みた連中も、この飲み屋に出入りしていたことが明らかになった。
「アーム王国内で諜報活動を行っている服部の者が、その飲み屋に侵入を試みたが、魔法錠らしきものがかけられていて入れず、国王に依頼して魔法師にも同行してもらったんだが、ただの魔法じゃなく……」
シンは、リアムとルビーを順番に見てから、
「精霊魔法だったため、開けられなかったそうだ」
意見を求められていることを察したリアムが、
「精霊が関わっているとなると厄介だな。アーム王国内にいる精霊なら、ほとんどが何かしらの形で城に雇われているはずだ。稀に、人間嫌いで森にこもってる者もいるが、内乱時に森が大火事になりかけたときでさえ、逃げることを渋ったほどだ。彼らが森から出るなんて皆無だろうし、森から城下町までの距離を考えると、遠隔で魔法錠をかけることも不可能だ」
と説明した。
「その飲み屋で何をやってるかはまだ分からないとしても、そこに集まってる連中の身元は?」
アンの問いにシンが答えると、ルビーが青ざめた表情でつぶやいた。
「え……それって……」
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