1-4宿屋②
どうやらマール父は帳簿の整理をしているようだった。
ノートみたいな台帳に何か書き込んでおり、うーんと唸りながら、
書いたり、書いたものに斜線をいれて訂正したりしているようだった。
もうちょっと近くまでより、もっと詳しく何をしているのかを見てみると、よくわからない文字 (とはいっても不思議と何が書いているのかは理解できるのだが)は数値のようで、
足し算をしているようだった。
台帳の開いているページをみると、かなり修正箇所がある。
単純な足し算だったので、暗算でもできそうなものだが、マール父は計算が苦手なのだろう。
今も二桁+二桁の足し算で10秒以上唸っており、誤った数値をかいてしまっていた。
言うべきかどうか迷ったが、「あのー、いま記入した数値って、こうなりませんかね?」と身を乗り出して、該当の数値を指さして言ってみた。
マール父はハっとした表情になり、「おまえさん、計算できるんか?」と驚いた様子で俺の顔をじっと見てきた。
「えぇ、まぁ。計算は少し得意なんです。」内心こんな計算くらいやったら、小学生の範囲程度であり、全然大したことないと思った。
「ほぉ、そりゃ大したもんだ。お前さんの言った数値も合ってるのかわからんが、感覚的にはこんな数値になるはずやから、合っているんだろうな。
さっきから、計算した数値がイメージと合わないから四苦八苦していたんだ。助かったよ。」
ちょっとは貢献できて、寝過ごした分の罪悪感が少し和らいだ気がした。
ん?待てよ、明日からの手伝いやが、帳簿の手伝いを申し出れば、かなり俺的には楽なお手伝いになるでは?
おそらく内容的には、食堂の手伝い(といってもおそらく料理はさせないやろうから、配膳とか食器片づけ洗い物といった感じ)や掃除・洗濯といった家事がメインだろうし、正直、自分一人暮らしのときにも満足にできていなかったのに、うまくやれる自信がない。
でも今のマール父がやっているような帳簿つけやったら、慣れてしまうまでは大変かもやが、ある意味で頭脳労働なので、比較的に楽なのでは?と思ってしまった。
ただ、ポッと出のしかも記憶喪失な設定になっている俺にどこまで任せてもらえるかやな。ちょっと探りをいれてみるか。
「いつもその帳簿みたいなのをつけているんですか?」
「そうなんだよ。毎日やらないと溜まってしまったね。前に一週間溜め込んだときは徹夜がかりになったことがあって、あんな思いはもうしたくないなと思ってね。」
「そうなんですね。差し支えなければですが、どういった内容の帳簿つけなのですか?」
「そんな大したことはないよ。お客さんからの宿泊料とか、あとウチは食堂もやっているからそのご飯代の売り上げとかだな。」
やっぱりそのくらいだったら、大したことなさそうだなと思いつつ、「なるほど、帳簿つけって、大変そうですね」と返しておいた。
あとは、雑談を続け、マール父に帳簿つけに興味をもってますよ、得意だと思いますよと、それとなく伝えたが、あまり気にしていないのかスルーされた。
もうこれは直接的に、お手伝いするのであれば帳簿つけをやらせてほしいと直談判するかと思ったところで、マールが夕食をもってきてくれたため、会話中断となった。
「もうお客さんの夕食の時間終わってるから、簡単になるけど、パンとスープとサラダよ」といって、テーブルの前においてくれた。
体感では半日以上何も食べていなかったのか、お腹がすいたせいもあって、かなりがっついて食べてしまった。
空腹は最大の調味料という言葉もある通り、ほんとうにペロって食べてしまった。しかしそれ以上に、このスープは、、、めちゃめちゃウマい。
「このスープ、めっちゃウマいな。もう食べてもうた。サラダもドレッシングがかなり合うわ。」
「そうでしょ。お父さんとお母さんは料理が上手なんだ。この宿屋もお父さんの料理でもっているといっても過言じゃないくらいにね」と嬉しそうに言った。
確かにこの料理はうまいな。いろいろと不安やったけど、食事が美味しく頂けるというのは楽しみになるし、かなり嬉しいな。
「うん、ホンマにおいしい。これからの賄い食事が楽しみになるわ。」
「そうよね。私もいつも楽しみだから。沢山食べて、明日からのお手伝い頑張ってね」と冗談めかして言った。
「それそれ、具体的になにやんの?自慢じゃないけど、家事とかあんましやったことないんやけど・・・」
「普通通りのことしかしないよ。男の人だから、薪割りとか、水汲みとかの力仕事かな、あと荷物運びとか諸々」
「あー、そういうのだったら大丈夫かな。薪割りはあんまし自信ないけど。」
そして、少し小声で「マールのお父さんのやっている帳簿つけのお手伝いとかは、どうかな?こうみえて、計算とか得意なんやけど」
声を落とした意図が伝わったのか、マールも声を潜めた感じで「それはすごいね。じゃあ、お父さんに言ったら喜んでくれるかもよ」
「実はさっきも、計算誤りを一つ教えて、少し褒められたところなんだ。」
「へー、すごいじゃない。じゃあ、お父さんに言ってみる?多分、もしお手伝いしてくれるなら、お父さんもかなり助かると思うわ」
俺の夕食が落ち着いた、お茶を淹れてくれたくれたマールが、マール父に向って話しかけた。
「お父さん、ちょっと一息ついたら、お話したいんだけど、よいかな?」
「ん、わかった。あと少しで一息つくから待っててくれ。」
その間、薄い麦茶のような、でも少し苦いお茶を飲んでいた。2,3口飲んで、意外と飲めるかもと思っていると、マール父がデスクワークで疲れた肩をまわしながら、「マール、一息つけるから、今からいいぞ。話ってなんだ?」と言った。
「ちょっと相談があってね。シンイチがする手伝いなんだけど、計算が得意みたいだから、帳簿つけをやってもらったら、よいかなと思って」
「そういえば、さっきも計算ミス、といっても俺は気づかなかったんだが、それを教えてもらえたな」
「そうなの?シンイチ」
「あっうん、でも全然大したことなくて、マールが持ってくるごはんを待ってたら手持ちぶさになっちゃって
マールのお父さん、何やってんのかな、って書類を覗いたら、計算しているようで、ちょっと違うところを見つけただけやけど。」
「えっ、傍から見てて、気づいたの? それってすごいじゃない。お父さん、帳簿つけの作業、シンイチにやってもらったら? そしたら、夜の時間も幾分か空くし、その分、次の日の仕込みとか早く寝られたりするんじゃない?」
「うーん、そうだな。。。今日会ったばかりのやつに任せるのもどうかと思ったが、こんな宿屋の収支状況が知られたところで どうってこともないし、むしろ、料理とかに専念できるのだったら、ありかな。」
「そうだよ。お父さん。じゃあ、シンイチやってもらえるかな?」
「俺としてもそっちの方が助かるからぜひお願いします。正直、肉体労働って言われても、そんなに力あるわけでもないしね」
「ガハハハッ、確かに身体の線が細いな。しかし、毎食事の忙しい時間は給仕とか手伝ってもらうからな。もちろん、帳簿もやってもらうわけやから、住み込みに加えて、少し給料も出すぞ」
「よかったね。シンイチ」
「何から何まで、ありがとうございます。正直どうしたらよいか困っていたので本当に助かります。感謝しかありません」
「おいおい、まだ働いたわけでもないだろう。感謝するのは早いかもしれんぞ。ガハハハッ」
「うふふふ、お父さん、ったら。まぁ、食事時は忙しいけど、私もいるし、最初はサポートするから心配しなくても大丈夫よ」
「マール、ありがとう。マールお父さんも明日からよろしくお願いいたします」と頭を下げていった。
会話が終わってから住み込みの部屋まで戻ってきた。
今日は色々なことがあったな。死のうと思って、怖くなったとたんに橋から落ちて、知らない場所で目が覚める。
夢でないとしたら、ここは別世界、俗にいう異世界というやつか。一時期、ライトノベルにはまってもうて、いくつか読んだこともあったな。
スライムになったり、チートな能力が与えられたりしてるけど、俺はなんもないな。悲しいくらいいたって、そのまんま。
ただ、運だけはあったのかもしれへんな。森の中ではマールにあえたんはほんまによかった。マールの話によれば、知らずに森の奥に進んでもうてたら、大変なことになっていたかもしれない。もしかしたら、運だけは高い設定なのか?と勝手に想像してみる。いや、運がよかったら、そもそもこんな境遇になってへんか。ただ、運総量のゼロサムなんかもしれへん。そう思ったところで意識がとぎれ、眠りについてしまった。




