第二章(4)
リルアルドの騎士祭は二日に渡って行われる。本日はその初日で、時刻は夕刻。海面に西日が反射して、ショートカットの女性――ソフィア・コールゼンは目を細めた。
周囲にはソフィアと同じように船を降りる人々。行商人や旅行者がほとんどで、リルアルドの祭りを楽しみに来た人たちなのだろう。ソフィアもその一人だ。
――表向きは。
ソフィアはリルアルドの王都に向かう人々の流れに逆らわずに歩く。他国から旅行者や行商人がこれだけやってくるのだ。当然のように警戒は厳重で、周りにいるリルアルドの騎士たちからは不審な動きをする人間がいないか見張られている。
だが、見張られたところでソフィアを外敵と見破るのは難しい。そういう訓練は山のように受けてきた。
入国するのだから、身体検査と荷物の確認は当たり前だ。ソフィアは女性騎士に武器のような怪しいものを持っていないことを確認してもらう。もちろん、そんなものを持ち込むようなヘマはしていない。
持ち物を確認してもらっている間に、女性騎士が退屈しのぎに話しかけてきた。
「羨ましいですね。こんなにかっこいい彼氏さんと旅行だなんて。私は今日みたいな華やかな日でもこうして仕事が入っちゃって……」
女性騎士はそう苦笑してソフィアの隣に一瞬だけ目をやる。彼女が視線を送った先には、くすんだ金髪の青年が立っていた。長身で端正な顔立ち。女性にさぞかしモテるだろう。そこはソフィアも認めている。
「ええ。リルアルドの祭りを楽しむために、仕事を終わらせてきたんです。たまには恋人を楽しませてあげないと、捨てられちゃいますからね」
青年が微笑むと、女性騎士は顔を赤らめた。この色男に微笑みかけられれば、世の女性たちの多くはこういう反応になってしまうだろう。だが、この男と恋人同士と勘違いされたことにソフィアは虫唾が走る思いだ。
検査を終えて、ソフィアと青年は並んで王都の方に歩き出す。年齢は少しばかりソフィアの方が下だが、こうして並べば確かに恋人同士に見えないこともない。
その彼氏役の青年が言った。
「急ぐぞ。波が高かったせいで到着が少しばかり遅れた」
寒気を覚えるほど冷たい口調。こちらが彼の本性だ。
「急に素に戻ったわね。時々、あんたの変化に付いていけないわ」
「そのうち嫌でも慣れる。それにおまえは人のこと言えないだろ。任務の時は氷のように冷徹になるって部下からの情報だ。もっとも、おまえの場合は俺とは逆に任務の時に仮面を被るんだろうがな」
小声で話すソフィアと青年。お互いにほとんど唇は動かしていない。訓練の賜物だ。
「それにしても私とあなたが恋人同士っていうのも納得いかないわね。どこに目を付けてるのかしら、あの騎士」
「そう言うな。あれに便乗させてもらったおかげで、怪しまれる確率は低くなった。上の連中もそれを見越して俺たちを一緒に行動させたんだろ。それに目が節穴なのは、あいつだけじゃない。リルアルドの騎士全員だ。俺たちの潜入を許してるんだからな」
そう言うが、この男の潜入を見抜くのは中々難しい。
青年の名前はフレッド・シーカー。こういう訓練を子供の頃から繰り返してきて、こなしてきた任務の数は百を超える組織のエース。その経歴は伊達ではなく、全ての事情を知っているソフィアでさえ、気を抜けば一般人と勘違いしてしまいそうになるほど周囲に溶け込んでいる。
あの『血風』にも匹敵するほどの実力者だというのに。
ソフィアたちがリルアルドに潜入したのは、もちろん観光が目的などではない。フレッドは『仕事を終わらせてきた』と言っていたが、真実は逆である。開始はこれからだ。
「先に潜入した連中は?」
「もう任務の準備に入ってる頃だろう。何名かは王都に潜入してるはずだ。ゼーレンとテオに確認しないと確かなことは言えないがな」
「あの二人が先遣隊で大丈夫だったわけ? ゼーレンは殺人狂だし、あいつの紋章術は派手過ぎるでしょ。それにテオは自分の楽しみを優先する子供。どうしても心配しちゃうんだけど」
「その辺りはわきまえてるはずだ。万が一、勝手な行動を取って任務に失敗してみろ。組織を追い出されるぞ。ゼーレンは正直怪しいが、テオはそれを理解してるはずだ。あいつは生まれた時から教え込まれてるからな。俺たちはこういう場所でしか生きられないと」
「……そうね」
過去は真っ当な騎士だったソフィアとしては一瞬、それを否定しそうになったが、それを喉の奥で押し留めた。その言葉は何となくソフィアに向けられたものではないように感じられたからだ。
あれだけの剣の腕を持ちながら、彼はどういうつもりでこの組織にいるのかはわからない。気にはなるが、それを訊ねるつもりはソフィアにはない。フレッドとは組織上の繋がりしかないのだから。
それにこれから任務が待っている。無駄話をしている時間はどこにもなかった。




