第三章(1)
「何の用だよ、裏切り者」
「ずいぶんな言いようだな、常連に」
武器が並べてあるガラスケースを挟んで向かい合う二人。片方は騎士学校の生徒であるキール。もう片方は頭にタオルを巻いた大柄の男、ラッセル・レイン。
換気のために開け放たれた窓からは様々な食べ物の焼ける匂いが流れてきて、部屋の中の鉄臭さと混じり合う。この部屋の奥には鉄を溶かす炉があり、先ほどまで火が入っていたのか、外よりも少々蒸し暑い。
ここはラッセルの実家であり、いずれ彼が跡を継ぐ予定の『レイン鍛冶工房』。キールが贔屓にしている店だ。騎士学校の生徒は自分で武器の調達や手入れを行わなければならないので、このような鍛冶屋は王都にいくつも存在している。この鍛冶屋もその一つだ。
「くそっ。せっかくの騎士祭だってのに、むさ苦しい男相手の仕事ばかりだ!」
「俺だって午前中は任務だぞ。で、午後は女っ気の欠片もないここでおまえと顔を突き合わせてるわけだ」
騎士祭は本日後半戦。夜には花火も上がって一番盛り上がるため、昨日よりも王都は賑わっていた。キールは早朝からその王都の見回りに駆り出されており、先ほどようやく交代できたところだった。
その疲労困憊のキールの胸倉を掴むラッセル。客に取る態度ではない。
「おまえは昨日デートしてただろ!? かわいい子を二人も連れてっ‼」
ラッセルはがくがくとキールの体を前後に揺さぶる。
キールは弁明しようとするが、その前にラッセルは額をガラスケースに打ち付け始めた。
「ちくしょう! 世の中は不公平だ! あれだけ女の子に囲まれて恋人ができないキールだけは俺の仲間だと思ってたのに! 酷い裏切りを見せつけられた挙句に、なんで俺は男からデートに誘われなきゃならんのだ‼」
「おぉう……。衝撃的過ぎる話をどうもありがとう……」
「何一歩引いてんだ!? 俺にそっちの趣味はねえよ‼ 大体、なんでこの店は女っ気がねえんだよ!? 騎士学校には女の子だっているってのに!」
「いるにはいるけど、この店、うちの女連中にはすこぶる評判が悪いぞ」
「なんでだよ!? 親父が武器を研いでる間に俺の手作りクッキーを出し、退屈しないように手相を見たり、日頃の訓練の疲れを取るためにマッサージまで覚えたんだぞ!」
「そんなことしてるから女の子が気味悪がって来ないんだろ。仕事しろよ」
キールはため息を吐きながら手を差し出す。この大陸一どうでもいい話をさっさと打ち切って、本題に入る。
「それよりも預けてたもの持ってこい」
キールが催促すると、ラッセルは奥に引っ込む。頭を散々打ち付けたせいか、それとも会話の内容がショックだったのか、その足取りはおぼつかない。
キールとラッセルは友人同士だが、今日は客として足を運んでいた。前回の任務が終わった翌日に手入れを頼んでいた武器を取りに来たのだ。女子生徒は跡取り息子の所業のおかげで、あまり利用しないが、この鍛冶屋は当たりの部類に入る。店主の腕はもちろん、息子もその才能を開花させつつある。
預けていた武器を持ってラッセルが戻ってきた。
「ほらよ、完璧に研いでおいたぜ」
ガラスケースの上に置かれる二本の剣。そのうちの一本を抜いて、その仕上がり具合を確認する。見事に磨き上げられた刀身が顔を出す。相変わらずいい腕である。
「前々から気になってたけど、それって結構年期入ってるよな? 良ければ、友人価格で新しいのをこしらえてやるけど?」
「ありがたい申し出だけど、遠慮しておく。昔からの愛用品だから手に馴染んでるんだよ」
キールはそう言いつつ、研ぐ間借りていた剣を腰から外す。それを返す代わりに愛用の剣を腰に装着する。あるべきところにあるべきものが収まると、体が軽くなったように錯覚する。この剣はもう体の一部になっているのだろう。
「ふーん。そう言えば、今まで訊いたことなかったけど、おまえってこの国に来る前は何やってたんだ? おまえ、騎士学校の二年の中でもかなりの実力者なんだろ? 真っ当な剣術じゃないみたいだけど、素人の動きじゃないってここに来た騎士学校の連中が噂してたぜ」
その質問にキールは微かに体を硬直させた。この国にやってきてから、キールは誰にも自分の過去を話したことはない。同じ小隊のフィーネとエリスにも、隊長であるアインにも、命の恩人であるイヴにもだ。
ラッセルは友人だが、彼にもこの話をするつもりはない。話せば関係が崩れてしまいそうな気がする。
いや、それよりも怖いのは、ここで得たもっと別のものが壊れてしまうことだ。
「ま、言いたくないなら別にいいけどな」
キールの態度から何かを察したのか、ラッセルはそう言ってくれた。ここは移民の多いリルアルド。新天地を求める人間の中には真っ当な理由の者もいれば、何らかの事情で国を追われた者だっている。この国で生まれ育ったラッセルはその辺りの事情を熟知しているので、深く追及したりしない。自分の過去を語りたくないキールとしては、その配慮はありがたかった。
そう考えていた矢先、ラッセルはにやりといやらしい笑みを浮かべた。
「それよりもっと興味深いことを教えてもらいたいね」
「なんだよ、それ」
「ほら、あの緑色の目をした巨乳ちゃん。正直、野郎のことよりもあの子の方が気になる。俺の好みのど真ん中だったし」
「イヴか……」
会話もろくにしてないあの状況で、イヴの胸が大きいことを見抜いたのは、さすがだと言わざるを得ない。年中、女の尻を追いかけ回しているだけのことはある。その努力が実る気配はちっともないが。
「イヴちゃんっていうのか。容姿に違わぬ可憐な名前だな。きっと心まで美しいんだろう。料理上手で奥ゆかしく、心優しく、一途な女の子なんだろうな」
「……名前だけでそこまで妄想できるおまえは凄い奴だな」
どうせ失敗するのは目に見えているので、イヴのことを教えるのにそれほど抵抗はない。
ただラッセルに教えてやれるほど、キールもイヴのことを知っているわけではない。出会った日はアインよりも早いが、一緒に過ごした時間はほんの数日だけだ。キールが知っているのはせいぜい彼女が見かけによらずよく食べることと、リルアルドにやってくる前はアイロシオン大陸中を旅していたことぐらいのことだけだ。
「ふむふむ。つまりイヴちゃんは色んなものが食べたくて旅をしていたと」
「遺跡とかも見て回ってたはずだけど――いや、それで合ってるのかもな。食欲は前よりも増してるみたいだし」
あれを目の当たりにすれば、世界の広さを確かめたくて旅に出たのではなく、おいしいものを食べたくて外の世界に出たのではないかと思えてしまう。もっとも、少なからずその目的があったのも間違いないが。
ちなみにまだ知っていることもあるのだが、こちらはラッセルに教えるつもりはない。教えても仕方がないことだったし、ラッセルを面倒事に巻き込んでしまう可能性がある。
ラッセルはそんなキールの意図に気付いた様子もなく、顎に手を当てた。
「でもさ、あの子、どんなところを旅してきたんだろうな?」
「さあな。詳しくは訊いてないからわからないけど……。どうかしたのか?」
「大したことじゃないけど、その割には垢抜けてないと思ってさ。田舎っぽいというか、世間知らずっぽいというか……。うん、そんなところもあの子の魅力なんだろうけどさ!」
グッと親指を立てるラッセル。それを否定する気はない。ああいうぼんやりしたところもイヴの魅力だとキールも感じている。
そして、ラッセルのもう一つの意見にも同意する。大陸中を旅してきたはずのイヴ。その割には物を知らない。例えば昨日の綿菓子もそうだ。あれは異国の食べ物ではあるが、有名なお菓子なのでまったく知らないというのは珍しい。
それに、フィーネにぶっ飛ばされた後に娼館についても訊かれた。確かに女の子が行くような場所ではないが、それなりに大きな町に行けば一軒や二軒ぐらいある。それを旅してきて、色んなものを見てきた女の子が知らないというのはあり得るのだろうか。
やはり何かを隠している。それがイヴに対するラッセルとは違うキールの感想だ。そのことがキールに言いようのない胸騒ぎを感じさせた。




