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リルアルドの騎士学校  作者: シロ吉
第一部
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第二章(2)

 リルアルドにはいくつか大きな祭りがある。騎士学校の卒業式と同時に行われる『任命祭』。リルアルドの建国を祝う『建国祭』。その他にも色々あるが、本日行われるのは昔の戦争で活躍した騎士の栄誉を称える『騎士祭』だ。リルアルドの祭りの中でも比較的大きな祭りである。

 そのため、屋台は気合いの入っている料理が多いし、劇場ではいくつもの出し物が行われ、路上でも大道芸人が芸を見せて拍手やおひねりをもらったりする。この祭りを楽しむために他国から旅行者も大量にやってくるので、この時期は船の行き来がいつもよりも多い。

 本日はその祭りの第一日目。まだ昼前にも関わらず、王都は結構な賑わいを見せていた。町を歩く女性も綺麗な格好をしている普段よりも多い。

 キールの後ろを歩くエリスもその一人だ。今日は町娘らしい服を着ている。騎士学校の制服も似合っているが、彼女の雰囲気としてはこちらの方が合っていた。栗色のさらさらした髪に絡ませるようにして結んであるリボンがまたかわいらしい。

 騎士祭の初日。キールはエリスを連れて賑やかな王都を歩いていた。しかしながら、これはキールの意思でもなければ、エリスの要望でもない。この場にいないフィーネがキールに頼んだのである。もっともあれは脅迫以外の何物でもなかったのだが。

 ちなみにやり取りはこんな感じだ。

『キール、あんた明日暇でしょ?』

『なぜ断定してるのかは疑問だけど、特に任務らしきものは入ってないな。せっかくの騎士祭だからラッセルと適当に出店でも冷やかすぐらいか』

『ラッセルってあんたが贔屓にしてる鍛冶屋の倅でしょ。凄い軟派野郎でうちの女子生徒に声をかけまくった結果、女の子は誰も寄り付かなくなったって噂の』

『それは初耳だったな。道理で鍛冶屋としての腕はいいのに、客が減ったって親父さんが嘆いてたわけだ。息子のせいだったのか』

『……あんた、まさかその不埒な倅と一緒に旅行者に不埒な真似をしようとしてるわけじゃないでしょう――ねっ‼』

『わっ‼ 違う違うっ‼ せっかくの騎士祭だから、色んな店を見て回ろうってだけだ! 異国の料理も出るだろ。料理のレパートリーを増やせるかもしれん。――毒味役もいることだしな』

『友達を毒味役扱いするんじゃないわよ……。まあいいわ。だったら、こっちの頼みを引き受けてくれない? エリスが引きこもると思うのよ。あの子、人混みとか大嫌いだし。だけど、せっかくのお祭りでしょ? だから、連れ出してあげて欲しいの』

『わかったわかった。わかったから槍を下ろせ。槍を突き付けられたこの状態で俺に頷く以外の選択肢があると思ってるのか?』

『思ってないわよ。そのために突き付けてるんじゃないの』

 そういう立派な脅迫を受けて、キールはエリスと町を散策しているわけである。

「うーん。役者がどうにかならなかったのかと……」

 エリスのクラスメートがやると言った演劇を見学したキールはそう評した。話しかけられたエリスは小走りでキールの横に並ぶ。

「そうですか? 人前でああいうことできるだけで、私は充分凄いと思うますけど……」

「おまえの評価基準は低過ぎる。それで食っていけるんなら、俺は今すぐに騎士学校に退学届を出して役者の道を志すぞ」

 そんな会話をしているとキールは一軒の出店の前で足を止めた。そこはジュースを販売しているようだが、店頭に並んでいるのはあまり見かけない果物だ。あれは他国の特産物である。キールは去年の任務の際に食べたことがあり、おいしいと知っている。あれをジュースにするのは中々いい選択だと思う。

「おじさん、それ二つね」

 キールは人の好さそうな中年の店主に頼み、カップにジュースを注いでもらう。一挙手一投足を見守る限り、店主は果物以外は何も入れている様子はない。だとすれば、添加物と偽って毒薬を入れられたりはしないだろう。もちろん、徹底すれば毒を入れられる可能性はまだまだ拭えていないが、四年も『普通』の中に身を置いたのだから、日常生活でそんな可能性が低いことをいい加減に学んでもいい頃合いだ。

 硬貨を渡してそれを受け取り、キールは一口飲む。甘い味と爽やかな酸味が舌に広がる。毒のようなものは入っていないことを確認して、キールはエリスにもう片方を差し出した。

「あ、ありがとうございます。あ、お金……」

「いらねえよ。こういうデートの時は男が出すもんだろ」

 カップを受け取ったエリスの手が大きく震え、ジュースがわずかにこぼれた。その反応にキールの方が驚いてしまう。

「な、何だよ……?」

「ここここここれっててててて、でででででデートなんなんなんですかかかかか?」

「世間一般的にはそうなんじゃないのか? 俺も女の子と二人で出かけるなんて人生で二度目の経験だから確かなことは言えないけど。おまえはこういう経験って――訊くまでもないか」

「はわ、はわわわわわっ‼」

 エリスの頭はもうパニックになってしまっているようだ。この反応でエリスもデートなんて経験がないと断言できる。

「もったいない……」

 エリスの生い立ちを考えると、そんな風にはとても自分を見れないのだろうが、彼女の容姿はかわいいと言える。今年の一年生の中でも人気が高く、彼女に言い寄ろうとする男子生徒も少ないと聞く。実際、エリスを紹介してくれと頼まれたりもする。もちろん、エリスが口説かれたりすれば、卒倒しかねないことを知っているので、キールは丁重に断っているのだが。

 そんなエリスだが、最近それよりも話題になっている少女が現れた。

 その男子生徒の観察眼が正しいと証明するような光景を、大通りから脇に逸れる路地で見かけた。噂の少女が男たち四人に絡まれていたのである。

「エリス、ちょっとこれ持っててくれ」

 未だに固まっているエリスにカップを押し付けて、そちらに歩みを進めた。

 四人組は全員キールと同い年ぐらい。そんなに危険な様子もない。この祭りの雰囲気に当てられて、ちょっと女の子に声をかけてみたというところなのだろう。それを察したキールは握った剣の柄から手を離した。

 近付くと、次第に彼らの声が町の喧騒に混じって聞こえてくる。

「だからさ、いいじゃん。俺ら結構楽しい四人組よ」

「そうそう。ちょっと町中案内してくれるだけでいいからさ」

「変なことしないって。ま、俺らの魅力に夢中になっちゃう可能性はあるけどね」

「……ってか、あの食べてばっかりいないでちょっとぐらい反応見せてくれないかな?」

 やはり危ない連中ではないようだ。

 そんな男たち四人に囲まれて、表情一つ動かさないのはキールの後輩であるイヴ・ハーデルラントである。

 イヴは仮にも騎士学校の生徒だし、周りの連中もちょっとばかり羽目を外しただけ。そこまでキールが過保護になる必要はないのかもしれないが、イヴはとてもぼんやりしており、他人の悪意に鈍感な一面を持つ。数年経ってもそれは変わっていなかった。よくそれで旅を続けられたなと思うほどに。

 今も男四人に囲まれているというのに、イヴはまるで怖がる素振りも見せずに、出店で買ったであろう焼きそばをもりもりと食べている。素晴らしいほどの危機感のなさ。これがエリスならば囲まれた時点で気絶している。フィーネだったら逆に全員気絶させているだろうが。

「あのさぁ、俺らも暇じゃねえんだ。付いて来るのか来ねえのか、はっきりしろって」

 無反応のイヴの態度にイラついたのか、四人組の一人がイヴの肩を掴もうとする。どこにでもいる若者なのだろうが、そろそろ止めておくべきだろう。そう判断したキールは彼らに声をかけた。

「はい、ストップ。それ以上はやめておいた方がいいぞ。そう見えても、そいつ騎士学校の生徒。迂闊に手を出したら逆にやられるぞ。それに万が一、怪我でもさせてみろ。捕縛じゃ済まないぜ。指の二、三本は折られるかもな」

 振り向いた四人は四人は素人ながらにキールが発する敵意を感じたのか、怯んだように一歩イヴから距離を取った。

 彼らは一般人であって、敵ではない。ある程度脅したところで敵意を解き、なるべく友好的な雰囲気に切り替える。

「誘いたい気持ちはわかるけどさ、強引に誘うのはやめろって。おたくらも渋々付いてきた女の子と祭りを回るのは不本意だろ?」

 キールが告げると、男たちはそそくさと立ち去った。

 それを見送ってからキールはイヴと視線を合わせる。

「ん。ひーふ、ほんにひは」

「こんにちは。イヴ、物を食べながら喋るな」

 素直なイヴはもぐもぐと口を動かした後、麺を飲み込んだ。四人の男に囲まれていたとは思えないほど緊張感のない態度。口元に付いた食べかすが、その緊張感のなさに拍車をかける。騎士としては色々と致命的のように思えるが、この弛緩した雰囲気こそが彼女の魅力であり、学内で人気を博している理由の一つだろう。

「おまえな、こんな人気のない場所に女の子が一人でいたら危ないぞ」

「そうなの?」と首を傾げるイヴ。本当に危機感のない少女だ。

 この危なっかしい少女をここに残してはおけない。今度はもっと危ない連中に絡まれるかもしれない。取るべき手段は一つしか思い浮かばなかった。

「よかったら、俺たちと一緒に回るか? 向こうにエリスもいるけど」

「ん。キールたちが迷惑じゃなかったらそうする。――えへへ」

 やはり一人で回るのは寂しかったのか、イヴはにへらっと笑った。相変わらず締まりのない笑みだったが、これはこれで愛嬌がある。

 イヴを連れてエリスが待つ場所に戻る。呆れたことにエリスはまだ硬直から解けていないようで、顔を真っ赤にして「デートデートデート……」と繰り返していた。

「そろそろ正気に戻れって」

 キールは片手で熱を持ったエリスの頬を左右から押し潰す。「むぎゅっ」と間の抜けた声を漏らして、エリスは目の焦点を合わせた。自分が変な顔をさせられていることに気付いたのか、エリスは目を見開いた後、キールの手から逃れるように飛び退った。両手のカップから盛大にジュースが零れる。

「もったいないだろ。少しは落ち着けって」

 キールはエリスの手から自分のカップを取る。エリスが「手が手が手が……」と震える声で言っていたので、キールはハンカチを差し出す。濡れたのが嫌でぶつぶつ言っているのかと思ったが、違ったらしくエリスはハンカチを受け取ったまま、またしても固まってしまっている。

 彼女の意識が現実に戻ってくるまでにもう少し時間がかかると踏んだキールは、とりあえずジュースで喉を潤した。毒が入っていないことがわかると現金なもので、余計においしく感じられる。

「それ、おいしそうだね」

 イヴがそう言ったので、キールは「飲むか?」とカップを差し出す。イヴは嬉しそうに笑うと、喉が渇いていたのか、半分ほど残っていたそのジュースを一気に飲み干してしまった。イヴが「ふう」と小さい息を漏らしたところで、エリスの意識が戻ってきた。

「あ、あれ? イヴさんがどうしてここに?」

 エリスは目を丸くする。どうやら何も頭に入っていなかったらしい。詳しい経緯を説明するのも面倒なので、結論だけを簡潔に伝える。

「イヴも一緒に回ろうと思うんだけど、いいか?」

「あ、は、はい。わかりました」

 エリスは戸惑った様子を見せたが、すぐに頷いてくれた。男と二人で回っているので緊張していたのか、エリスは微かに息を吐いた。ため息に見えたのは気のせいだろう。

 騎士祭で賑わう王都を三人で見て回る。両手に花なので悪い気分はしないが、その分危険性も高いのだとキールは初めて知った。

 騎士祭のおかげで本日の騎士学校は休み。見覚えのある生徒たちもちらほら見かける。その中で時折、殺意に塗れた視線を向けられることがある。思わず剣の柄を握ってしまいそうになるほどの。それは精神衛生上よろしくない。エリスは終始おどおどしているし、イヴは食欲優先で動くので、とても色気のある散策とは言えなかったのだけれども。

「あ、おいしそう。ちょっと待ってて。買ってくるから」

 特にイヴの食欲は凄まじい。こうして足を止める回数はすでに片手では足りない。言うまでもなく、全て食べ物関連の出店。あの細い体のどこにあれだけの食料が入っていくのか不思議だ。もしかしたら、あれがイヴの紋章術ではないかと思ってしまう。

 だが、今キールが不可解に感じているのはイヴの食欲ではなく、エリスの態度だった。キールと一緒にいた時よりもおどおどとした態度が目立つ。キールに思い当たる節はないので、その原因はイヴにあると思われる。

 串に刺さった肉を頬張るイヴ。エリスは意を決した様子で、そのイヴに話しかける。

「あ、あのイヴさん……。今朝のことは……」

「ん。そっか。それで怯えてたんだね。大丈夫だよ。私は怒ってないから」

 イヴは口の中に入れた肉を喉の奥に押し込んでから続ける。

「誰にだって言いたくないことや触れられたくないことの一つや二つあるものでしょ。私がそれに触れちゃったんだと思う。だから、こっちこそごめんね、エリス」

「そ、そんな……! 悪いのは私ですから……っ!」

 イヴに頭を下げられ、恐縮したエリスは首を左右に激しく振る。それでお互いにわだかまりが解けたようで、顔を見合わせるとどちらからともなく笑顔を見せた。

 キールはそんな二人の様子を微笑ましく思いながら、祭りの喧騒に耳を傾ける。

 どこの祭りも賑やかさは変わらない。人々が楽しく笑う声や楽器の音が聞こえる。イヴと初めて見た祭りもこんな感じだった。

 二人にとって遠くから見るだけだった『外』というものに初めて触れた日。縛り付けられていた呪縛を解いて、今までとは違う道を歩き始めた日だ。

 だが、今になってキールは不安に思うことがある。果たして自分は本当にあの頃の呪縛から逃れられたのかと。願いだけでは自分を変えることなんかできやしない。現に今でもキールの体の動きはあの頃のことを忘れていない。専攻武器に小回りの利く二刀を選んでしまったのがいい証拠だ。

 イヴの言ったように誰にでも触れられたくないことの一つや二つある。キールにとっては自分の過去がそうだ。

 そこでふとイヴにも触れられたくないことがあるのだろうかと思った。イヴには複雑な血の呪縛があることをキールは知っている。しかし、それだけが彼女が触れてほしくないことだとは限らない。

 再会するまでの四年。その隔てられた時間は何があっても不思議ではないほど長い。

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