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リルアルドの騎士学校  作者: シロ吉
第二部
39/43

第四章(3)

 王都の西の方にある港町『サン』。古い言葉で太陽を意味するものらしい。大層な名前だという意見もあるが、キールは決して過言ではないと思っている。この町は様々な国との交易の場になっており、島国であるリルアルドにとっては欠かすことのできない場所なのである。

 そういう場所なので、この町はリルアルド内では王都に次いで賑やかな町になっている。珍しい食材も多い上、海が目の前の町。昼飯時になると、美味しそうな匂いが漂うのは必然だった。イヴがいれば、さぞかし喜んだだろう。

 そのサンの町にやってきたキールは、町の代名詞とも言える青い海に向かって、暴虐の限りを尽くしていた。

「おえ――――っ‼」

 客船や貨物船が止まる場所よりも少々寂れた波止場。そこに止めてある船と船の間に胃の中の物をぶちまける。もっとも、固形物はこの町に来るまでに出し尽くしているので、胃液と先ほど飲んだ水ぐらいしか出すものはないのだが、それでも汚いことには変わりない。「よそでやれ、馬鹿野郎!」と船の掃除をしていた船員から怒鳴られたところで、キールは町に戻っていく。

 昼飯時なので、腹が減りそうな香りが町中を包んでいるが、その香りが今はキールの胃袋を締め上げる。つわりに苦しむ妊婦はこういう感覚なのだろうとキールは思った。原因は言うまでもなく、昨日の深酒である。

「こんな仕事任せるんなら、あんなに飲ませるなよな……」

 井戸から汲んだ水で顔を洗い、銀髪をかき上げるキール。ついでにその井戸水で口をゆすぎ、地面に吐き捨てた。それで少しは気分がすっきりしたので、アインから与えられた任務を再開する。

「なんか、アインさん――教官にこういう仕事を与えられるのは久しぶりだな」

 キールがこの国にやってきたばかりの頃、酔っ払ったアインに因縁を付けられ、ちょっとしたいざこざを起こしたことがきっかけで、彼女との付き合いが始まった。

 その際に紋章術と身体能力を見せてしまったため、色々と仕事を頼まれるようになった。ちょっとしたお使い程度の話から、荒事の処理、挙句には無理矢理他国に連れていかれて斥候のようなことまでさせられていた。意外にも報酬の話はきっちりしていたので、金の心配をほとんどせずに済んで助かったのは否めないが。

 キールが騎士学校に入り、アインの小隊に組み込まれてから大手を振って厄介事に巻き込めるため、そういう機会はなかったのだが、今回の頼まれ事は単独行動で騎士学校を休ませてのものなので、昔のそれに近い。一応騎士学校の校長の許可は得ているようなので、単位のことは心配しなくてもいいらしい。

 そういう理屈でキールはアインに仕事を与えられて、この町まで足を運んだのである。

 久々に命じられたアインの拒否権のない頼み事。それは『銀』の逃走ルートを確認、あるいは破壊というものだった。

『銀』という他国の暗部組織の存在はそれだけで戦争の火種になりかねないため、他の騎士には任せられない。その秘匿性からキールが一人でこの任務にあてがわれることになった。

 それにキールは元『銀』だ。奴らの逃走ルートを探すにはこれ以上の適任者はいない。例えるなら、犯罪者が犯罪者の心理を読み当てるようなものだ。

 ちなみにこの町に派遣されたのは上位騎士の面々による推測が理由だ。今回の彼らの任務が死体の奪取だとすれば、隠密性も重要だが、それ以上に迅速な行動が要求されるのは間違いない。だとすれば、王都から近いこの町に上陸したと考えるのは妥当なところだ。元『銀』のキールもその可能性は高いと考える。

「けど、ま、この町じゃなかったらどうしようもないわな」

 キールはぼやきながら、この町で一番高いと思われる建物の梯子を上る。おそらく見張りにでも使われるのだろう。

 上がり切ると、まず青い海が視界に飛び込んできた。水平線まで広がる海。この先にクロムガルドを始めとする三大大国があるアイロシオン大陸が存在している。その海に反射する陽光。キラキラと眩い光から逃れるように反対側を見ると、遠くの方に王都の町並みと王城が見えた。

 キャンパスでもあれば絵に収めたい光景だが、あいにくキールには与えられた仕事がある。

「さて、どこにいるのかね。マジでこの町じゃなかったりして……」

 あり得る話ではあった。クロムガルドで正攻法を任されているのが十二の騎士団ならば、『銀』は闇の部分。裏をかくのは常套手段だ。思いもよらぬ場所から上陸した可能性だってある。

 だが、キールが気にかかったのはそんなことではなかった。

 呟いた自分の声が思いの外、沈んでいる。そして、心のどこかでこの町じゃないことを望んでいた。

 与えられた任務。それは騎士見習いとして果たさなければならないことだが、同時に彼らと刃を交えたくないと感じている。

 袂を分かったとはいえ、同じ釜の飯を食った仲だ。できることなら戦いたくない。

「――いや」

 キールはそれが言い訳に過ぎないとわかっていた。

 会いたくないのだ。会えば、非難される。あの女に――自分にとって姉のような存在だった人物に、憎しみをぶつけられたくない。それが怖い。

 そう願うキールだが、運命というのはつくづく残酷だと実感する。

 この町には外れの方に砂浜が広がっており、それを海と挟むようにして林がある。防砂林だ。その砂浜からほとんど離れていない林の中、その木々の隙間に何かが見える。

 キールが優れた視力を凝らすと、小船だとわかった。子供たちが遊んだりするためのものにも思えるが、それがどうにも臭う。それこそまさに元『銀』としての勘なのだろう。

 キールは見張り台から素早く下り、その砂浜に向かって走り出した。

 舗装された石畳は砂浜に、町並みは左手に海、右手に防砂林へと変わる。海水浴にはまだ早いので、その砂浜にいる人は誰もいない。そんな場所を駆け抜け、キールはそこに辿り着いた。

 砂を防ぐ役割を果たしている林。砂浜から数メートルほどしか進んでいない場所にその小船はあった。近付いて確認してみると、壊れている様子はない。というより、子供たちが釣りなどに利用する小船よりも作りがしっかりしているように思えた。海を渡ることはできないだろうが、少しぐらいの波ならば簡単に超えられるだろう。

「……これは当たりか?」

 キールが呟きつつ、懐から紋章術の施された紙を取り出し、アインと連絡を取ろうとした時、その可能性は確信へと変わった。

「――っ!」

 背後に微かな、何かが擦れる音を聞いた。聞き慣れた音だ。それは剣が鞘を滑る音だ。

 キールは咄嗟に身を翻しながら、それを避けた。

 キールの首のすぐ横を通り過ぎたのは剣だった。切ることもできるが、突くことに特化した細い剣。それがキールの首のすぐ横で止まっていた。あと一歩気付くのが遅ければ、キールの首に赤い水が流れる水路ができていたことだろう。

 キールがそんなものができていないことを確認すると、今度はその剣が横薙ぎに振るわれる。キールは『銀』の時代に培ったその柔らかい体を横に逸らして、それを避けた。そして、そのまま手を地面について側転。その場を離れる。

 体勢を立て直すと、腰に差した剣を抜いた。

「……俺の嗅覚もまだまだ捨てたもんじゃないらしいな」

「そうね。同じ穴のムジナだっただけのことはあるわ」

 そう答えたのは背の高い女性――リリー・オーキスだった。その右手には彼女が昔から愛用していた細い剣。その切っ先をキールに突き付ける。キールはそれに応えるように、右手の剣を順手に、左手の剣を逆手に構えた。

「俺に見られた時点で全員で動くことはないと思ってたが、おまえが残ってたか……」

 他国に潜入したのだから、逃走経路の確保は必要不可欠だ。それを潰されないように守りに人員を割くのは当然だと言えた。

 最悪なのは、その人員にあてがわれた人間がキールが会いたくない思っていた人物だったことだ。

「……少しはやりにくさを感じてるみたいね」

 キールの心情をリリーは的確に読み取った。

「それは私があなたにとって姉代わりだから? それとも……」

 素早い踏み込み。リリーは一瞬でキールとの距離を潰して、剣を突き出した。心臓めがけて伸びてきた剣の先端を、キールは自分の剣の腹で受け止める。だが、リリーは躊躇わずに言葉で追撃を食らわせる。

「それとも、フレッドを殺した負い目があるから?」

 キールは唇を真一文字に引き結び、リリーの剣を押し返した。

 リリーは後ろに下がって距離を取り、空いていた左手で小さなナイフを数本取り出して、キールに投げ付けた。それを両手の剣で一本一本防ぐキール。

 それを防ぎ切ると同時にキールの首に再び細い剣が伸びてきた。これは単純な体術だけでは避け切れないと瞬時に判断し、キールは一歩後退する。その一歩で紋章術を発現させ、キールはリリーの背後に移動した。砂浜を踏み付ける感触が靴から伝わってくる。

「……どうしたの? せっかく後ろを取ったのに」

 リリーは振り返りながら問いかけた。確かに彼女の言う通りだ。これは絶好の機会だった。しかし、キールは動こうとしない。

 ――いや、動けなかった。

 そのキールの躊躇いに苛立つようにリリーは言う。

「殺せばいいじゃない。それが『銀』のやり方でしょう?」

「……今の俺は『銀』じゃない」

「フレッドは殺せたじゃない!」

 リリーは叫ぶと同時にその激情を剣に宿した。

 その細い剣を愛用しているリリーは斬るよりも突くことが昔から得意だった。普通の騎士が剣で斬る間に、三度は急所を貫ける。その腕前は昔よりも磨きがかかっており、先ほどの攻撃も紋章術がなければ、とても避けれるものではなかった。

 そんなリリーの剣。それが今、突くのではなく振るわれていた。斬ることもできるが、あくまで突くことに特化した剣だ。その分、耐久性が低いため、こんな使い方をすれば折れても不思議はない。

 それに冷静さを欠いたその攻撃。正直に言ってしまえば、防ぐのは実に容易い。太刀筋はめちゃくちゃではあるが、激情に任せて振るわれているので、読みやすいのだ。

 だが、この太刀筋がキールにとっては一番防ぎにくかった。近しかった人間の悲痛な叫び。それを簡単にかわせるほどキールは器用ではない。

 キールは一歩身を引き、紋章術で再びリリーから距離を取る。剣が空を切ったことで、リリーは冷静さを多少取り戻したのか、追撃はせずに切っ先を地面に向けた。

「あんた、騎士任官の話が出てるんでしょう?」

 唐突にリリーはそう言い出し、キールは無言でそれを肯定した。さすがは『銀』。その辺りのことまで調べようと思えば調べられるらしい。

 リリーは憎悪に塗れた瞳でキールを睨んだ。それに射竦められたように胸が痛くなったが、体は正直でキールは二つの剣を構えた。

「いいわね。人生を謳歌してるみたいで……。けど、あんたは私のたった一つの光を砕いた人間」

 リリーはダンッと怒りに身を任せるように砂浜を一度強く踏み付けた。

「その責任は果たしてもらう!」

 先ほどとは比べ物にならない速さで、リリーはキールに襲い掛かる。

 キールでさえも思わず尻込みしてしまいそうな殺気。キールはそれを必死に両手の剣で受け止めるが、頬をリリーの剣が掠め、皮一枚を持っていく。

 血が流れる感触を感じつつ、キールは思った。殺されるかもしれない、と。

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