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リルアルドの騎士学校  作者: シロ吉
第二部
34/43

第三章(2)

 キールにとってクロムガルドは故郷と呼ぶべき場所だ。生まれた場所さえも定かではないキールはあの国で育った。

 いい思い出は少ない。暗殺の腕や諜報の技術など表舞台では披露できないものばかりを磨いてきた。キールにとっては払拭したい過去だ。

 それでも、キールにとってあの国はリルアルドと同じように特別だ。故郷とはおそらくそういうものなのだろう。こういう事態に陥り、キールはずっとあの国のことを心のどこかで案じていた。

 本日の騎士学校の話題は一つのことで持ちきりだった。言うまでもなく、クロムガルドとファブニールの戦争の話題である。

 二つの大国の戦争。それだけでも話題性は充分なのだが、リルアルドは傭兵業で食っている。そんな国際情勢が話のタネにならない方が不思議だ。

 それは騎士学校だけのことではない。町では朝から号外が配られていたし、あらゆる場所からその話題が耳に入ってくる。

 夕方になってもそれは変わらない。先ほど店で買った夕刊にもその記事が大きく載せられていた。

「……出たのは『黄』に『空』、それに『黒』か。それから、元々防衛のために待機していた『橙』ね。四つの騎士団とは大盤振る舞いだな」

 キールはその記事を見ながら、ベンチに腰を下ろした。

 やってきたのはリルアルドの王都にある小さな公園だった。住宅街の一角にあり、周囲は馬車が通れる石畳を挟んで、建物に囲まれている。いつもなら、この西日が射し込む時間帯でもギリギリ近所の子供たちが遊んでいるだろうが、今日は誰もいない。偶然なのか、それとも他国の戦争がこの国にまで暗い影を落としているのか、キールにはわからない。

 不気味な静けさ。まさに逢魔が時。この光景を見て、そう感じるのは故郷の戦争がキールの心を暗くしているからなのかもしれない。

「ま、俺が心配したところでどうすることもできないんだけどな」

 キールは新聞を畳んで傍らに置いた。その畳まれた紙面にはクロムガルドとファブニールの戦力について書いてある。クロムガルド側は今回の戦争で出撃した騎士団と、その騎士団長の名前まで載せられていた。ちなみに後者に関してはクロムガルドが公表しているものだ。

 キールがクロムガルドを去ってから随分と時間が経った。その頃から同じ騎士団長なのは『橙』と『黒』。『空』もそうだろうと思っていたが、知らない名前に変わっていた。最後に確認したのは半年ぐらい前だ。その間に変わったようだ。聞いたこともない人物になっていたのが気になったが、騎士団長に任命されているのだから実力は確かだと思われる。

 対するファブニールは当然のように竜騎士が出てきたようだ。

 もっとも、キールとしては竜騎士が出てきたとしても、『黒』が出ている以上、クロムガルド側が負ける姿は想像できない。それほどまでに『黒』の騎士団長の勇名は絶対的なものだった。

 だが、キールはその戦いよりも裏方の方が気になっていた。『銀』の動向である。

 これだけ大規模な戦争だ。彼らが動いていないはずがない。諜報はもちろん、敵陣での暗殺などの危険な任務を請け負う可能性だってある。それらが公にされることはないだろうが。

 もう『銀』とキールは関係ないのだが、あそこには戦友と呼べる人間もいる。今も彼らが生き残っているという確証はない。しかし、そういう人間が死地に立たされると明確に示されているのだ。胸にしこりのようなものを感じるのも無理はなかった。

 そういう理由で今日、キールは部活に出なかった。誰かとわいわい騒ぐような気分ではない。だが、一人で部屋にいるとあれこれとどうしようもないことを考えてしまう。なので、キールはこの西日に彩られる公園にやってきたのだ。

 キールは置いた新聞の代わりに、鞄からスケッチブックを取り出す。特に何か描きたいものがあるわけではないが、筆を動かせば少なくとも気は紛れる。

「さてと、どれにしようかな」

 両手で枠組みを作り、目標物を決める。キールの画力はまだまだだと自覚しているので、なるべく複雑なものではない方がいい。

 その両手で作ったフレームの中に入り込んだ光景にキールは眉をひそめた。

 金属パイプで組まれた遊具の奥。公園を囲む柵の向こうに数人の少年たちが立っていた。最初は遊んでいるのかと思ったが、そういう穏やかな雰囲気ではないことをすぐに悟る。

 一人の少年を三人の少年たちが囲んでいるのだ。三人組の方はいずれも騎士学校に入る直前の年齢のようだが、もう一人は背丈から考えてそれよりも年下である。

 年下の子供が年上の連中に絡まれている。ちょっと問題がある光景だ。成人した大人として見過ごせないと思ったキールは立ち上がり、小走りで彼らに近付いた。

「だから、間違ったことは言ってないだろ。君たちが悪いんだから!」

 そんな声が聞こえて、キールは怪訝そうな表情を浮かべた。声変わりもしていない高い声で喚いているのは、囲んでいる三人組の方ではなくて、囲まれている年下の少年の方だ。

 まだ幼い顔立ちをしており、少年にしては長めの髪をしている。身なりもかなりいい。貧民ということはまずなさそうだ。

 対する三人組はいかにも悪ガキという風貌。やはり成人はしていないようで、背伸びはしているものの、その顔つきにはどこかあどけなさを感じる。そういう年頃なのだろう。

 しかし、根っからの不良ではないにしても、年下の子供にそんな言い方をされれば、やはり腹が立つようだ。茶色い髪の少年が身なりのいい子供の胸倉を掴んだ。

「生意気なガキだな。ぶん殴るぞ」

「はい、そこまで」

 脅しなのか、本気なのか。少年が拳を振り上げたところで、キールがその腕を掴んで止めた。

「明らかに年下の子供に三人がかりで絡むなよ。カッコ悪いぜ」

「……なんだよ、あんた」

 その茶髪の少年は身なりのいい子供の胸倉から手を放して、キールを睨んだ。

「通りすがりの騎士見習い。本当なら子供同士の喧嘩なんて首を突っ込んだりしないんだけど、三人がかりで小さな子供と喧嘩するってのはさすがに見過ごせないんでね」

 騎士見習いだと言うと、少年たちは一様に怯んだように表情を歪ませた。素人と訓練を積んだ人間。喧嘩では勝ち目がないと悟っただろうし、キールの言葉で少しは冷静さを取り戻したようだ。

 仲間の一人に「行こうぜ」と促され、茶髪の少年はキールの手を振り払った。それから捨て台詞代わりの舌打ちを残して、彼らは町中に消えていく。

「あ、ちょっと……!」

 解放された子供はなぜかそれを追いかけようとする。どうやら落ち着かなければならないのは、あの少年たちよりもこの身なりのいい子供の方だったようだ。

「待った待った。おまえが追いかけたら、またややこしいことになるだろ」

「だけど、あの人たち、おばあさんとぶつかって謝りもしなかったんだよ。せめて、倒れたおばあさんに謝らせないと」

 どうやら正義感の強い子供のようだ。本でも読んで影響を受けたのかもしれない。確かに間違ったことは言っていないが、ここで追わせれば先ほどの二の舞である。キールはその肩を掴んで、その体を引き留めた。

 それで気付いた。子供であることを差し引いても、肩が華奢すぎる。それに加えて、至近距離でまじまじと見た顔は少年のものではなかった。

「女の子だったのか」

「今気付いたの!?」

 その瞬間、身なりのいい子供――少女は怒りの対象をキールに切り替えた。その剣幕にキールは一歩足を後退させた。

 確かに気付かなかったのは悪かったが、キールとしては言い訳したい。最初は距離があったし、彼女の髪もそれほど長くはない。服装もスカートではなく、ズボンを履いている。それに近付いても先ほどまではあの少年たちをなだめるのに、意識を割いていた。

 そして何よりあの状況。ああいう風に少年三人に食って掛かる女の子というのは想像しにくい。騎士学校にはそういうタイプはたくさんいるが、おそらく一般的ではないだろう。

 そういう事情があり、キールは彼女を男の子だと勘違いしてしまったのである。

 それを口にするか否か迷っていると、端を釣り上げていた目付きを訝しむようなものに変えて、少女はキールをじっと見つめる。

「その銀髪に、騎士学校に通ってる……? もしかして、キール・カウンティ?」

「……そうだけど」

 キールは首を傾げる。なぜ自分のことを知っているのか訊ねる前に、少女がその答えを口にした。

「これがイヴお姉ちゃんの言ってたキール……。顔はまあまあだけど、致命的に鈍感。減点五だね」

 いきなり減点を付けられた。どうやら女の子だとすぐに気付かなかったことが、腹立たしかったようだ。

「イヴの関係者かよ……」

 交友関係が広く、こういう年下の女の子に慕われることの多いフィーネの知り合いだと思ったのだが、イヴの関係者だったのは意外だった。

 彼女はこの国に来て日が浅いし、誰かと知り合う機会はかなり限られる。それも騎士学校の生徒ではないこんな年下の少女と知り合い、なおかつ『お姉ちゃん』などと呼ばれる間柄になる機会。そんな機会があったとしたら、どこなのだろうか。

 そこまで考えて、キールはハッとした。現状でイヴがそんな人物と会える可能性が一番高いのは彼女が住んでいる王城だ。その考えにキールが行き当たったのを悟ったのか、少女は得意気に「ふふん」と胸を張った。

「イヴのお付きのメイドか? あいつ、メイドなんて付いてるわけ? 破格の待遇じゃん」

「どうしてそうなる!?」

 鼻っ柱に拳を叩き込まれた。どうやら彼女も激高すると手が出るタイプのようだ。フィーネといい、アインといい、どうにも自分が知り合うのにはそういう人間が多い気がするとキールは辟易する。

「じゃ、じゃあ、どちら様でしょうか……?」

 鼻を押さえているおかげで声質を多少変えながらキールが訊ねると、彼女は腰に手を当てて偉そうな態度で言った。

「ルカ・リルアルド。国王の妹だよ!」

「えーっ! 国王の妹って美人じゃなかったの!?」

 つい素直な感想を漏らしてしまうと、再度拳が飛んできた。先ほどすでに一撃もらっているので、キールは慌てずに後ろに跳んで避ける。フィーネならばともかく、訓練も積んでいない素人の拳だ。不意を突かれない限り、避けるのは難しくない。

「それってボクが美人じゃないって言いたいの!?」

 その突き出した拳から人差し指を出して、キールに抗議する少女――ルカ。キールは困ったように頬を掻きながら言った。

「いや、決して美人じゃないとは言わないけどさ。想像よりもずっとちんちくりんだったもんで……」

 美人というよりはかわいらしいと言った方が正しい。要するに美人と形容するには、彼女はあまりにも子供っぽいのである。キールが率直にそれを伝えると、少女はがっかりしたように肩を落とした。

「ち、ちんちくりん……。確かに成人もしてないし、お姉ちゃんみたいに出るところも出てないけど……」

 どうやら彼女も自分が子供だというのは自覚しているようだ。だが、それを簡単に認めるのは癪なようで、ルカはキッとキールを睨んだ。

「デリカシーなし! 減点二十!」

 一体何から差し引いているのか、上限は何点なのか、まるでわからないが、ルカはキールにそう断言した。

 何やらややこしい事態に陥る臭いを感じ取るキール。先ほどの三人組もどこかに行ってしまったし、さすがに今から彼らを探すような真似はルカもしないだろう。

 そういうわけでさっさと家に帰ろうと、キールは画材を置いてきた先ほどのベンチに戻り始める。だが、なぜか彼女も一緒に付いてくる。

「……なあ、ルカ様?」

「ルカでいいよ。公式の場じゃないし、今は一個人として会ってるだけだから」

 そう言われたので、キールは遠慮なく「じゃあ、ルカ」と呼び捨てにする。

「なんで付いてくるんだよ? さっさと城に帰った方がいいんじゃないのか? 王都とは言っても、国王の妹がこんな時間までうろうろしてたら問題あるだろ。あんまり帰りが遅いと、城中大騒ぎになるぞ」

「ああ、それなら大丈夫」

 ルカは事もなげに告げた。

「ボクが王都にいるって誰も知らないから、今頃大騒ぎになってるよ。だからもう手遅れ」

「って、おい! 誰にも言ってきてないんかい!」

 キールは思わず頭を抱えた。

 国王の妹であるルカ・リルアルド。王族なのだから、その名前はこの国に住む人間ならば大半は知っている。社交界にデビューもしていないのだが、すでにその人気は凄まじいものがあった。新聞の記事で特集が組まれるほどである。それによると、もっと清楚可憐でおしとやかな人物だったはずなのだが。

「新聞の記事も当てにはならないな……」

「どういう意味?」

 ルカが横に並び、じとっとした目を向けてきた。キールはその肩よりも短い髪を軽く触る。

「この髪、新聞の特集だと長い髪だって聞いたけど?」

「ああ……。こういう例外を除いて他人と会う時はいつもウィッグを着けてるから。長いと色々と鬱陶しいでしょ。ドレスもプライベートじゃ絶対に着ないよ、ボク」

「その一人称も公的な場じゃ違うのか?」

「まあね。素だと『ボク』だけど、公的な場だと『私』で通してるよ。正直、凄くめんどくさいけど」

 こうして黙って城を抜け出すのも含めて、とんだじゃじゃ馬だという感想を抱かざるを得ない。

「でも、猫被ってた方が色々と都合がいいことも多いからね。他国の王と会う時とか素のボクじゃ色々と問題も多いし」

「なるほどな。王族には王族の悩みがあるってことか。――それで?」

 キールが訊ねると、ルカは「ん?」と首を傾げた。

「そんな王族様が何しに王都まで来たんだよ。まさか王都の様子を見て回りたかっただけなんて言うつもりはないだろうな? 城中大騒ぎにしてまで」

 嫌味っぽく言ったのだが、ルカは少しも動じずにキールの前に回り込んできた。それから、その指先をキールに突き付けて言う。

「あなたに会いに来たの。キール・カウンティ」

「俺にか?」

 キールはただの騎士学校の生徒だ。そんな一般人に王族が会いに来るなんて考えられるはずがない。

 困惑するキールに彼女は宣言する。

「お姉ちゃんに相応しい男の人か見極めに来たんだよ」

 わずかに逡巡を挟んだ。彼女が何を言っているのか、キールは本気でわからなかったのだ。

 そして、その言葉の意味を理解し、キールはぶんぶんと手を顔の前で振った。

「いやいやいや、イヴと俺はそういう関係じゃないから。同じ小隊で、初めての友達同士ってだけだ。イヴだってそう思ってるはずだぞ」

「キスまでしたのに?」

 鋭い一撃。痛いところを突かれて、キールは言葉に詰まった。

 キスをしたのは事実だ。しかし、あれは紋章が暴走したキールを救うためで、人工呼吸みたいなものである。それ以上の深い意味はないはずだ。絶対にない。きっとない。

 そう半ば強引に思い込もうとしているキールの心の内を読み取ったのか、ルカは口をへの字に曲げた。

「優柔不断。意気地なし。減点四十七」

 ルカは今までで最大級の点数を言った後、これ見よがしに盛大なため息を吐いた。

「お姉ちゃん、やっぱり男の人を見る目がないんじゃないかなー。狼な男の人ってのも困るけど、こういうどっちつかずで傷付かないのを選んでるような男の人もダメでしょー。なんかすっごく腹立つし」

 わざと聞こえるように言っているのは確認するまでもない。なんと答えればいいのかわからなくなったキールは、足早にベンチに戻る。

 まだそこまで暗くはないが、日は落ちてしまっている。まだ西の残照で視界が確保できている状態だ。火の特性を持つ三級の紋章師がすでにやってきたのか、公園内の街灯には火が灯されていた。

 その灯りの下でキールは画材を片付ける。その隣でルカはキールにきっぱりと言った。

「とにかくボクは絶対に認めないからね! こんなヘタレがお姉ちゃんの相手だなんて!」

「おまえ、もう帰れよ」

 敬意を払う気などもうすっかりなくなってしまい、キールは天を仰いだ。

 空は暗い紫色。少し離れるだけで、人の顔も見えなくなりつつある。しかし、このリルアルドは至るところに街灯があり、夜でもある程度明るい。それにキールは暗い場所でも多少は見えるように『銀』の時代に訓練されている。もちろん、夜行性の動物なんかとは比べ物にならないが。

 空に向けられたそのキールの目が、端の方で何か動くのを捉えた。公園の敷地外に建てられたレンガ造りの建物の屋根。そこを移動しているものがある。

 猫などではない。明らかに人だ。しかも、不安定なその場所の移動速度から察するに、キールと同じような訓練を受けた人間だ。

 横でぎゃあぎゃあと騒ぐルカを無視して、キールは目に意識を集中させる。すると、その視線に気付いたのか、その人物は足を止めてキールの方に顔を向けた。

 わずかな視線の交差。すると、その人物は被っていたフードを取った。まるでキールにその存在を見せつけるように。

 その瞬間、キールは目を見開いた。

 長い金色の髪。それを夜の匂いをまといつつある風になびかせる。大人の女性になってはいるが、子供の頃の面影を随所に感じさせる顔立ち。

 しかし、それよりも幼い頃からの直感で、彼女が誰なのかキールはすぐにわかった。

「リリー……」

 つい数日前、刃を交え、この手で殺めたフレッド・シーカーと同じ『銀』に所属する女性。キールにとっては戦友の一人と言える人物――リリー・オーキスがそこに立っていた。

 なぜこんな場所にいるのか疑問に思ったが、そんなことを問い質せる距離ではない。それに状況もそれどころではなくなった。

 リリーは左手を思いっ切り伸ばすような動作をした後、その左手を右から左に大きく振った。その行動の意味を理解しているキールはとっさに腰に手を回したが、たまたま近くに絵を描きに来たという状況が災いした。いつもは腰に差してある愛用の剣を持ってきていない。

 キールは舌打ちをして、未だに騒いでいるルカを抱き締めるようにして地面を転がった。その背後、たった今までキールとルカがいた場所に何かが打ち込まれる音がする。確認するまでもない。ナイフだ。こういう投擲術は暗殺でも役立つので、『銀』では必須になっている技術の一つだった。

「え……? あれ……?」

 唐突過ぎる事態に目を白黒させているルカを無視して、キールは屋根の上にいるリリーに視線を戻す。追撃が来るかもしれない。その予想は正しかったようで、リリーはもう一度ナイフを投げる態勢をしている。

 武器もない上にこの態勢だ。体を使って止めるしかない。致命傷を避けれるかは運次第だ。

 リリーはキールに向かってナイフを投げようとする。それが飛ぶ直前、リリーが不自然に腕を止めた。背後から現れた人物がリリーの腕を掴んだのだ。

 その顔を見て、キールは驚愕する。いや、正確には顔ではない。顔なんて半分しかわからない。その人物の顔の上半分は仮面で覆われていたのだから。

「……だん、ちょう……?」

 キールは何とかその言葉を口から紡ぎ出した。それが聞こえたわけではないだろうが、仮面の人物はキールの方を見て、露出している口元を微かに綻ばせたように思えた。

 なぜファブニールとの戦争中なのに『銀』がここにいるのかというのが、真っ先に思い浮かんだ疑問だった。しかも、『銀』のトップが直々に。

 だが、それを問う前に彼らは夕闇に溶け込むようにして姿を消した。

 思いがけない再会にキールは動揺を隠せず、立ち上がることすらも忘れていた。

「あのー……」

 自分の体の下から声が聞こえ、キールは我に返った。建物から下に目を向けると、そこにはルカがいる。なるほど。やはり王族というだけあり、気品のある顔立ちをしている。将来は相当な美人になると思われる。

「どいてもらえますか? いきなり狼さんに変貌されても、その、心の準備が……」

 どうやらルカはナイフが飛んできたことすらも気付いていないようで、頬を赤く染めてそんなことを言ってきた。先ほどまでの騒がしさとは打って変わって、妙にしおらしい。

「悪い悪い」

 怖がらせてしまったと思ったキールは、すぐさま立ち上がろうとする。

 しかし、その行為はキールの意思ではなく、外の力によって行われた。より詳しく説明すると妙にごつい手によって。

「不届き者を確保しました!」

「……へっ?」

 両脇を抱え上げられて、キールは左右を確認する。そこに並ぶのは体格のいい男二人。腰に剣が刺さっていることから騎士だとわかる。

 ここでキールの頭にある疑問が浮かんだ。ルカはお忍びでこの王都にやってきている。はっきり言って世間知らずの女の子だ。そういう女の子を事情があるとはいえ、押し倒しているキール。この光景は第三者にはどういう風に映るのだろうか。

 その答えはメイド服を着た侍女と思しき女性が教えてくれた。

「大丈夫ですか、ルカ様! ご安心を! 暴行犯は捕らえましたから!」

「え? 暴行犯?」

 一瞬誰のことなのかわからなかったが、両脇を抱えられて拘束されていることからキールを示しているのは明らかだった。素早い動きで翻弄するのが得意なキールだが、腕力は普通の青年と変わらない。こういう筋肉ダルマに両脇を固められるとどうしようもなくなる。

 侍女はキールを睨み付けると、意気込んで言う。

「早速城に連行しましょう! 現行犯ですから弁護士を付ける必要もありません! 即刻去勢です!」

 人権もへったくれもない。命やその他もろもろの危険を背中に感じるキールは「俺は無実だ!」と喚くが、その悲鳴は何の意味もなく、二人の男にずるずると城の方へと引きずられて行った。

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