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リルアルドの騎士学校  作者: シロ吉
第一部
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第一章(2)

 リルアルドには特筆すべき作物などはないが、ここの輸出品は特殊で有名だ。

 アイロシオン大陸にはいくつもの国が乱立している。そのため、国同士の領地を巡る火種、あるいは戦争に発展することも珍しくない。

 その点、島国のリルアルドは地理的な条件から戦火に巻き込まれることも、逆に他国を戦火に巻き込むことも少なかった。

 だが、皮肉にもリルアルドの飯の種となっているのが、この『戦争』である。

 依頼された国に兵力を貸し与える。それがリルアルドの主な輸出品だ。その兵力とはこの国の騎士、もしくは騎士学校に所属する生徒たち。その中で小隊が結成され、実力のある騎士や上位騎士が小隊長として組み込まれる。

 この国を守る戦力であり、他国に雇われる傭兵。それがリルアルドの騎士だ。従って、『戦争屋』などという蔑称があったりする。

 とは言っても、戦争だけが雇われる理由ではない。魔獣と呼ばれる凶暴な獣や盗賊団のような無法者の排除で雇われたりもする。むしろ、割合としてはそちらの方が大きい。

 ちなみに他国に渡るので数日間帰れないことはよくある。

 そんな過酷な任務を終えて帰ってきた少女、エリス・ティトーは疲れた体に鞭を打って騎士学校に戻ってきていた。本当は寮に直行してベッドで横になりたかったが、そういうわけにもいかない。任務を終えた以上、報告は義務なので怠れないのだ。

 その報告を終えて、事務室を後にする。入学してまだ日の浅いエリスたち一年生。任務をこなしたのは初めてではないが、自分で報告書を提出したのは初めての経験だった。当然、その報告書を見る事務官とは初対面。エリスにとってそれは苦痛を伴う作業だ。

 普通の人よりも疲労を溜め込んでしまったエリスは校舎内を歩く。この校舎に入るまではまだ残照が西の空に残っていたのだが、そんなもの今はとっくに消えており、空は真っ暗だ。

 等間隔で置かれたランプで照らされた廊下。その窓に映る自分の姿に気付き、エリスは足を止めた。右目の下にくまができている。ここ数日、自分のベッドで寝れていないので仕方がない。こんなくまを過保護な同居人に見られればベッドに縛り付けられて、子守唄を歌われかねない。

 しかし、エリスはそんなものどうでもよかった。年頃の少女としては問題があるだろうが、健康も美容も二の次だ。大事なのは左目が前髪に隠れて見えなくなっていることだった。

「ふー……」

 左目が髪の下にきちんと隠れていることを確認して、エリスは安堵した。

 エリスにとってこの左目はコンプレックスの塊だ。できるだけ人前には晒したくない。

 念入りに左目を隠すエリス。その目の焦点が外に向けられた。王都と同じようにこの騎士学校は照明用のランプがいくつも設置されているので、夜であっても明るい。その中を制服姿の生徒が何名か忙しそうに走っているのが見えた。

 エリスは首を傾げながら、止めていた足を動かし始める。

 貴族の御曹司が通うような学校の修学時間は主に朝から夜までだと聞いたことがあるが、ここは騎士学校。夜間に行われる訓練も多々あるので、この時間帯に生徒が残っていてもおかしくない。おかしくはないのだが、今日はその数が少しばかり多い気がした。

 エリスは校舎を出る。気にはなるが、とにかく今はゆっくりと寝たい。

「あ、エリスちゃん、任務終わったんだね」

 寮の方向に歩いていると声をかけられた。聞き覚えのある声ではあったが、エリスは反射的に身を竦ませる。

 その声の方向を見ると、エリスのクラスメートの女の子がベンチに座っていた。学校内にいるのだから制服を着るのが普通なのだが、どういうわけか彼女はフリルのたくさんついた装飾過多な服を着ている。

 エリスが不思議そうにしていることに気付いたのか、その女の子は立ち上がり、見せつけるようにその場で一回転した。ふわりとスカートの裾が持ち上がる。

「あはっ、かわいいでしょ? うちのクラスの有志が集まって、今度の騎士祭で劇を披露しようって話になってるの。これはその衣装」

「あ、騎士祭……」

 エリスは思い出してその単語を口にした。

 リルアルドの行事である『騎士祭』。大昔に活躍したある騎士の栄誉を称えて毎年王都で行われる祭りだ。騎士を目指すものとして、この騎士学校でもその盛り上げに一役買っている。この国に来たばかりだった去年も、この時期は騒がしかったことをエリスは思い出した。

 どうやら残っている生徒が多いのは、この騎士祭が原因のようだ。

「手伝ったりした方がいいんでしょうか?」

「いいよいいよ。さっきも言ったけど、有志でやってるんだから。やりたい人でやればいいの。参加してるの、私みたいにお祭り好きの人間だけだし。――ところでエリスちゃん、敬語はやめようよ。もう一緒のクラスになってから結構経つんだし」

「そうです――だね」

 慌てて言い直し、エリスは苦笑を浮かべる。子供の頃から敬語を使わずに喋ったことがほとんどないので、難しい注文だった。そう言ってもらえることがありがたいとわかってはいるが。

 不意に彼女はエリスの体をじろじろと見始めた。正面、側面、そして背後。その行動にエリスが「あの……?」と困惑していると、その少女が「うん!」と頷いた。

「エリスちゃん! 私たちの劇に出てみない!?」

 思わぬ提案にエリスの口から「ふぇっ!?」と変な声が出た。彼女はそんな反応などお構いなしにエリスの手を握って話を進める。

「うん、我ながらナイスな提案! エリスちゃん、文句なしでかわいいし! 大丈夫、服飾の連中に徹夜させてでも似合う服作らせる――ううん、あいつら喜んで作り出すから! 前々からエリスちゃんに色々作ってあげたいって言ってる奴多いんだから‼」

 鼻息を荒くして力説され、エリスは本気で恐怖を覚えた。これ以上ここにいたら、まずいことになりかねない。

「ご、ごめんなさい‼ 劇なんて絶対に無理ですっ‼」

 注意された敬語を直す余裕もない。エリスは脱兎のごとく逃げ出した。

 一般教養や戦術などの授業が行われる一般校舎。地図帳、戦術書、歴史書や娯楽小説まで置いてある図書館。簡易的な訓練やレクリエーションが行われる体育館。先ほどエリスが出てきた報告を受ける事務室、教官たちが待機する教務室、それから怪我の治療などを行う医務室がある中央棟。その他にも様々な施設があるのでこの学校の敷地は無駄に広い。

 その中のいくつかの施設を駆け抜けて、エリスは校門までやってきた。

「あー……。どうして私ってこうなんだろう……」

 弾む息を整えながら、エリスは自己嫌悪に頭を抱える。彼女だけではない。他のクラスメートもエリスには好意的に接してくれる。本音を言うならば、エリスももっと仲良くしたい。あんな態度を取っておきながら、嫌われたくはないのだ。

 それでも、エリスの内面には高くて分厚い壁が築かれている。悪意はもちろん、善意からも自分を守る壁。それを乗り越えるのはエリスにとって至難の業だ。

 しかしながら、その壁を自覚できるだけ状況が改善されたとも言える。この国にやってくるまでのエリスはそれすらも自覚できなかった。他人とは恐怖の対象。それが当たり前だったのだから。

 そんな状況を変えてくれたのが、エリスの恩人だった。

 その恩人がどういうわけか、必死の形相でエリスの方に駆け寄ってくる。それも見知らぬ少女を抱えて。

「エリス、助けてくれっ‼ 殺されるっ‼」

 エリスの恩人であるキールはそう言って、速度を落とさずに校門を通り抜ける。その後からやってくるのは、エリスの生い立ちなど関係なく、生きている者ならば全員が足を竦ませてしまいそうなほどの殺気と表情を携えたフィーネだった。

 さらにそれに続くのは上位騎士で、この学校の教官でもあるアインだ。赤ら顔で走りにいつものキレが感じられないが、それでもキールたちを追いかけてくる。

 任務をこなすチームメイトだが、エリスとの関係性はそれだけではない。キールは恩人、フィーネは寮での同居人、アインは戦い方を教えてくれた師匠とチームメイト以上に深い繋がりがある。

 あのフィーネの顔を見ていると、純粋な死の恐怖を感じざるを得ないが、キールを失うのはもっと怖い。エリスは決意すると、その集団の後を追った。

 キールの驚異的な身軽さをエリスはよく知っている。だが、フィーネの怒りはそれを上回った。彼女が懐からナイフを取り出す。投擲術は苦手としているようだったが、フィーネの怒りはその精度を著しく高めていた。

 靴のかかとの部分だけをナイフで縫い付け、キールを転倒させる。その際にキールが抱えていた見知らぬ少女は放り出されて、地面にしりもちをついた。

「死ね――――――っ‼」

 我を忘れているようで容赦なく突き出される槍。フィーネの戦闘技術は確かに高いのだが、怒りの沸点が低く、冷静さを欠くことがあるとアインが評していたことを思い出した。この光景を見れば正しいと思う。

 この場でフィーネの暴挙を止められるのはエリスだけ。キールに死なれたら困る。他人が怖いくせに一人にはなりたくないのだから。

 エリスはフィーネとキールの間に割って入り、伸ばされる槍を掴んで無理矢理止めた。眉間には槍の先端が突き付けられており、一瞬でも掴むのが遅れていたらその槍はエリスの頭蓋を貫いていたことだろう。その事実に肝を冷やしながら、エリスは進言する。

「ふぃ、フィーネさん、さすがにやり過ぎだと思うんです……」

 槍を止められたフィーネの目に冷静さが取り戻される。しかし、すぐにその目を吊り上げた。

「エリス、どきなさい‼ この馬鹿の脳みそをもっと清廉潔白で騎士に相応しいものに入れ替えてやるんだから‼」

 それは物理的にという意味でだろう。

 誰かに意見するという行為が苦手なエリスだが、なけなしの勇気を振り絞って言う。

「とにかく落ち着いて下さい、フィーネさん。キールさんが何をしたんですか?」

「この馬鹿はねぇ……! こんな何にも知らなそうなぼーっとした女の子の『初めて』を奪ったっていうのよ! 胸が大きければなんでもいいのか、この下種っ‼」

 まだ校内には人も残っているにも関わらず、フィーネは絶叫した。

 槍を掴んだまま、エリスは振り返る。そこにはしりもちをついた状態で座る深緑の瞳を持つ少女。はっきりとした二重まぶたのためか、フィーネの言うように見るからにぼーっとした女の子だ。騎士学校の制服を着ており、リボンの色はエリスと同じ一年生を示している。エリスも小柄な方だが、彼女もそれに負けず劣らず小さい。ただし、胸は服の上からでもわかるほど大きい。

 この期に及んでも彼女は動揺した様子を見せない。その姿はどこか神秘的にさえ思えた。

「じ、事情はよくわからないんですけど、そこまで怒らなくても……」

 キールは女性に優しいので、そういう場面を目にする度にフィーネが不機嫌になる姿は何度も見てきたが、こんな風に槍を取り出して殺す寸前まで行くのは珍しかったりする。ただし、エリスにはその原因がまるで見えてこない。

「えっと、キールさんが一体何をしたんですか? 何かを奪ったって言ってましたけど……」

「だから、この子の『初めて』を……」

「何の『初めて』なんですか?」

 純粋な疑問を口にしながら、エリスが小首を傾げると、フィーネは顔を真っ赤に茹で上げた。わなわなと彼女の手が震えているのが、槍を通してエリスに伝わってくる。どうやらフィーネを動揺させてしまったようだが、エリスにはその琴線に触れたものが何だったのか見当もつかない。

 そんなフィーネとエリスの成り行きを側で見守っていたアインが「ぷっ」と噴き出した。

「あははははっ! エリス、あたしが教えてあげる。『初めて』っていうのはね……」

「きょ、教官‼ 言わなくていいです‼ エリスにはまだそういうのは早いでしょ!?」

「早くないわよ。むしろ遅過ぎ。年齢の割に幼く見えるのは否定しないけど、この子はあんたと一つしか違わないでしょ。行為自体は知ってるでしょ。――それより、槍をどかしてあげなさいよ。これってかなり異様な光景だから」

 アインが指摘してフィーネが辺りを見回す。騎士祭が近いので残っている生徒が多い騎士学校。しかも、ここはその敷地内のほぼ真ん中。これだけ騒げば人が集まるのは当然である。周囲には先ほどのエリスのクラスメートも含めて何人も生徒が人垣を作っていた。

 それでようやく頭が冷えたのか、エリスの眉間からフィーネは槍を離してくれた。咳払いをしながら、フィーネは槍を畳む。恥ずかしいのかその頬は微かに赤い。

 エリスは槍が離れたことに安堵する。

「それで『初めて』って何のことだったんですか?」

「それはもういいからっ‼」

 フィーネは誤魔化すように叫んでから周囲を睨む。その視線を受けて蜘蛛の子を散らすように逃げる生徒たち。それを見届けてからフィーネは金髪碧眼の少女を指さした。

「この子がいきなりキールに抱き付いたのよ! それで一夜を共にしたとか何とか……」

 最後の方は小声だったのでエリスの耳ははっきりと捉えきれなかった。

 そこで殺されそうになった当人が口を挟んだ。

「おまえが誤解してるようなことは一切ないから。こいつが言った『初めての人』ってのは単純に『初めての友達』って意味だ。イヴ、そうだろ?」

 憮然とした態度でキールは靴を履き直す。イヴと呼ばれた翡翠の瞳を持つ少女は、その言葉に首を縦に振る。

「うん。キールは私にとって初めての友達。だから、ここで会えて嬉しいんだ」

 少女はキールに抱き付く。その少女の眩しい笑顔とは対照的にフィーネのこめかみに青筋が浮かぶ。

「……いいなぁ」

 無意識のうちにそんな言葉がこぼれて、エリスは口元に手を当てた。あのように自分の感情を素直に表せる人に羨望を覚える。キールに抱き付いたのが羨ましいわけではないと、よくわからない言い訳を自分に言い聞かせた。キールに感じているのはあくまでも『恩』だ。

「なーんだ。じゃあ、本当にただの友達なわけね。酒の肴になりそうな話もなしか……」

 少女の回答にあからさまにがっかりした表情を浮かべるアイン。それから訊ねた。

「で? その再会した友人はいつの間にか騎士学校の生徒になってたってわけ?」

「そうだよ。それを確かめてる最中だったんだ」

 キールは首筋に手を回している少女を引きはがして、その体をまじまじと見る。エリスもそれに釣られるように確認する。フィーネが言及していたように抜群のプロポーションだ。改めてそう思ったが、キールが確認していることはそれではなかった。

「おまえ、本気でこの学校の生徒になっちまったんだな……」

「うん。似合うかな?」

 あっけらかんとした少女の態度にキールは天を仰ぐ。その姿はエリスは自分が騎士学校に入学するつもりだと伝えた時と重なる。キールはエリスをこの国に誘いはしたが、危険な騎士学校に入らせるつもりはなかったようで、ずいぶんと反対された。

 その時と同じのようだが、彼女はすでに騎士学校の生徒。手遅れである。

 その現実を嘆くキールとは裏腹に間の抜けた音が聞こえてきた。その発信源は碧眼の少女の腹。夜もいい時間だったが、彼女はまだ食事を済ませていないようだ。それに連動して、エリスも自分がまだ食事を済ませていないことに気付いた。

 それを聞いてキールは後頭部を掻く。

「まったく……。こういう緊張感の欠片もないところは変わってないな。俺の家に来るか? 簡単なものでよければ食わせてやるよ。エリス、おまえもまだ食ってないだろ?」

 エリスを見るキール。迷惑をかけたくないので遠慮しようとしたが、キールはエリスのことを知り尽くしている。その見透かすような視線にエリスは頷くしかなかった。

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