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リルアルドの騎士学校  作者: シロ吉
第一部
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エピローグ

 結論から言えば、今回の事件は丸く収まったと言える。リルアルドとクロムガルド帝国との全面戦争には発展しなかったし、国交断絶なんてことにもならなかった。

 もちろんそれは表向きの話ではある。

 水面下では一触即発の事態に陥り、万が一クロムガルドが強硬手段に出た場合は戦争になっていたことだろう。そうならなかったのはクロムガルドが聞きわけがよかったからではなく、単純に隣国との国境がきな臭い事態になりかけていたからだ。地理的にも挟撃される形になるので、それを回避した形だ。

 とは言え、この事実を知っているのは国民の中ではほとんどいない。政治を行う王たちやその関係者、騎士団の中ではトップの上位騎士たちぐらいのものだ。ごく一部の例外を除いては。

 この場合の例外とは潜入してきた『銀』と呼ばれるクロムガルドの暗部組織と直接刃を交えた連中を示す。つまりはキールとフィーネ、エリス、それからこの一件の原因とも言えるイヴにアインを加えた五人である。

「――そういう結果になったから」

「……教え子の退院祝いにそんな色気のない報告を持ってきたんですか?」

 病院の一室。まだ退院できないフィーネの病室で、キールはじとっとした目をアインに向けた。そんな教え子の視線を受けて教官はむっとする。

「何よ。味もわかってないくせに酒なんて要求するんじゃないわよ」

「教官の退院祝いって酒限定なんですね……」

 エリスが苦笑交じりに言うと、アインはますます唇を尖らせた。

「そもそも退院って言っても、たかだか二日間だけでしょ。入院のうちにも入らないわよ」

 彼女の言うことはもっともだ。たった二日間入院しただけ。キールはすでに退院の手続きを終えて、このフィーネの病室で他の当事者と共にアインの報告を聞いていた。

 今の仲間を守るために、かつての戦友と殺し合ってから二日。それを『もう』と取るべきか、『まだ』と取るべきか、キールには判別が付かない。

 あの後、キールは気を失い、怪我を負ったフィーネと共にこの病院に担ぎ込まれた。一度は紋章が暴走しかけたこともあって、精神的に疲弊し切っていたキールはそのまま入院という形になった。だが、大きな怪我もしていなかったので、今日には退院と昨日決まってしまった。

「せっかくだから、もう少し入院したかったんだけどなー」

「……何言ってるのよ。こっちとしては代わってもらいたいぐらいなのに」

 足を伸ばしてベッドに座っているフィーネはぶすっとした口調で言った。脇腹の怪我の悪化に加えて、太ももに深い刺し傷。キールのように即座に退院を許されるものではなく、ここで養生を言い付けられていた。あまりじっとしていられる性格ではないフィーネは、それが気に食わないらしい。

「でも、キールさんは本当に退院しても大丈夫なんでしょうか?」

 エリスが花瓶の花を入れ替えながら口を開いた。一時ではあるが、あの爆破の特性と同じになったと聞いて心配しているようだ。あんな化け物みたいな姿になったと聞かされれば誰だって大丈夫なのかと疑問に思う。

「ふぁいひょうふ」

「……イヴ、口に物を入れたまま喋るなって言っただろ。女の子としてどうかと思うぞ」

 エリスが持ってきたお見舞い用のリンゴを丸かじりしながら、イヴが口を開いた。おそらくは『大丈夫』と言ったのだろう。「ん」と素直にキールの忠告に頷き、イヴはリンゴを飲み込んでから言葉を続けた。

「大丈夫。今のキールは墨が魅せられてる状態だから」

「えっと、よくわからないんだけど……」

 アインが首を傾げた。至極真っ当な反応だ。

「どう言えばいいのかな……? 墨がああいう風に暴走してしまうのは、自分を肯定できないからなの。キールが今の自分を肯定し続けられる限り、墨はキールを襲ったりしない。……まあ、もう一度否定するようならどうなるかわからないけど」

「要するにこれから先、爆弾を抱えて生きるようなものなのね。一度は死の淵から蘇れたんだから、それぐらいの代償は必要なのかもしれないけど」

 フィーネもエリスと同じように不安そうな口調で言った。

 彼女の言うとおり、この一級の紋章はいつ暴走するかわからない爆薬だ。もう一度あの状況にならないとは限らない。

「ま、大丈夫だろ」

 それでもキールはさほど不安になったりはしていなかった。

 暗殺者としての体捌き。常に暗殺を警戒してしまう心。それは『銀』の生き方だ。フレッドの言ったとおり、キールの本質はそちら側にあるのかもしれない。

 だが、キールは今の自分が正しいと信じられる。

「おや、何だか自信に満ち溢れた顔してるじゃない。誰かから突然キスでもされて男としての自信でも手に入れたわけ」

「はっ……。そんな奇特な女の子いるわけないじゃないですか」

 ニヤニヤと笑みを浮かべるアインの言葉を鼻で笑って一蹴するフィーネ。まるでキールにキスなど無縁だとでも言いたげなその発言に釈然としないものを感じるが、確かに突然キスするような女の子は『奇特』だと言われても仕方がない。

 そして、その『奇特な女の子』がリンゴをむく手を止めて発言した。

「あ、私したけど」

 キールが口止めするために目で訴えようとした矢先のことだった。

 イヴの衝撃発言が炸裂して、部屋の中が静まり返る。硬直は時間にしてわずか数秒。キールはその隙にこの場から逃げ出すことを決意したが、それを成し得る前に硬直が破られた。エリスが手を滑らせた花瓶が割れる音によって。

「ちょっと待ったっ!!」

『銀』の時代に培われた敏捷性だが、『血風』として勇名を馳せたアインには通じなかった。部屋から脱出しようとするキールの腕をアインの手が掴んだ。そのまま組み伏せられ、キールは床にうつ伏せにさせられた。

「きょ、教官! 後生ですから、俺を逃がして下さい!」

「あはは、キール。あたしの性格は知ってるでしょ? こんな面白そうな話、無視できるはずがないじゃない」

 拘束されたキールの頭上から聞こえるアインの声。楽しそうなのは声から判別できるが、後ろから拘束されているので顔は見えない。見えるのはキョトンとして周囲を見回すイヴの顔と花瓶の破片を足下に撒き散らしたまま固まっているエリス、それから足を怪我しているので歩く時に使っている杖を掴むフィーネ。

 そのフィーネは槍投げの要領でその杖をキールに向かって投げ付けた。背筋を全力で働かせてアインごと身を反らしてそれを避ける。先端が尖っていないので床を突き抜けることはなかったが、確実に今の攻撃は目を狙っていた。

「ねえ、キール。今、イヴがとても面白いことを言ってたんだけど、私の聞き間違いかな? イヴとキスしたって」

「それは……もごっ!?」

 アインがキールの口を塞いだ。それは言い訳を阻止する意味合いもあったのだろうが、それ以上にイヴの素直過ぎる性格を見抜いた上での行動だった。

「聞き間違いじゃないよ。キールとキスしたの」

 期待に応える形でイヴが肯定する。エリスが口元を両手で覆い、わかりやすく絶句する。フィーネは「ふふ」と小さく笑うと、目を釣り上げた。

「エリス、そこにある槍を寄こしなさいっ! こいつの頭、ぶち抜いてやるから!」

 フィーネが足を怪我していてよかったとキールは心底思う。もしも怪我がなかったら、槍を掴んでキールに飛びかかっていたことだろう。

「え、いや、でも……」

 立てかけられた槍の近くにいるエリスは困惑したようにフィーネとキールを交互に見る。キールは首を左右に激しく振って命乞いをする。背中越しに聞こえるアインの笑い声とフィーネの怒号。イヴはもう興味を失ったのか、リンゴの皮むきを再開し始める。

 いつもの騒がしい日常。今のように多少は怖いと思ったり、うんざりすることもきっとあるのだろう。それでも、この光景はかけがえのないものだ。

 キールは自分のことをもう否定したりしない。自身の本質が何だろうと、この騒がしくも楽しい空間が間違いなんてことがあるはずがない。

 誰にも気付かれることはなかったが、アインに押さえられた手の下でキールはこの光景が嬉しくて小さく微笑んだ。


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