第三節『手術』 Abschnitt Ⅲ: “Operation”
2016/1/23いろいろ変更しました
第參節『手術』
Der dritte Abschnitt : “Operation”
てるまが、覚醒めてから二週間……。漸く激烈な筋肉痛から開放されたものの、未だに大きく呼吸するだけでも胸部に痛みが走るし、食欲も出ないし、倦怠感が取れないし、つかまり立ちでなければ歩くことも出来ない。著しい消耗によって衰弱した消化器を始めとする五臓六腑と、自力歩行できない程に萎縮した骨格筋を回復させるために、消化が良く高蛋白・高カロリーの食事と厳しいリハビリを余儀なくされている。現狀……頭脳的には快復は順調……咒紋操作にも馴染んできた……最初は僅かな咒力を使った小規模な咒氣領域しか操作できなかったが、今では全盛期のテルマの八割程度……殆どの咒術師を十分に陵駕する精度と強度の咒紋を使えるまでに体力も回復した。それだけ回復したところで、ふ……と、思い付く……咒紋というものに科学的な概念を持ち込むことで、従来の治療術とは異なる形で医療に応用できないだろうか?……と。医学部出身ではないが、研究のために一通り生物学、医学を学んだ輝真の部分……が、思いついたコトだった。医学は実験動物や自分自身の肉体を実験台にするために必要な知識だった。
予め自室に張り巡らせた対咒紋結界による防護障壁の正常稼働を確認した上で、メイド達も含めて全員を人払いし……作業に取り掛かる。先ずは……自身の体の狀態の把握から……『透視』の咒紋式を自らに使用し……自分の肉体の狀態を念入りかつ正確に把握しようと試みる。
結果は驚くべきものだった……元々そんなに発達していなかったテルマの五体の筋肉は一週間の完全臥床で萎縮し始めている。心臓マッサージか何かが行われたのか、肋骨の何本かはポッキリと折れてしまっている。それでは呼吸する度に痛みを感じるはずだ……しかも、臥床する前から全体的に骨格は貧弱で、胸椎腰椎などの脊柱は大きくS字に弯曲する高度の側弯……ついでに頭蓋骨の成長も極端でかなり左右不対称に歪んでいる……。恐らくろくに外で遊ばず、陽の当たらぬ部屋で子供時代から偏った姿勢で『咒紋』の勉強&修行だけをやってきた弊害であろう……。
しばし考えこんでしまったが……この際だから、寝たきり狀態になっている今のうちに、纏めて治療してしまおう……そう決意する。
治療に先んじて『念動』『切断』『転移』『素材処理』といった基本的な咒紋式を、使い勝手のいい形に改良……更にそれを幾つかの小実験を自分の体を使って実施、成功の確かな感触を掴んでおいてから本作業に取り掛かる。
通常よりも効果範囲が小さくて精密な『念動』の咒紋式を多数同時展開……それらを全身の骨格の全てにアンカーを引っ掛け操作する……全身の骨格の矯正のため……全身の筋肉の力に拮抗する逆ベクトルの力を掛けて強引に引っ張り、更にテンションを加えて骨格を空間的に『在るべき位置』に固定する。彎曲した脊柱を正常に配列し、捩じれた関節を本来の位置に戻してゆく……途中骨膜に傷が付いたり、靱帯が過伸展になったりした時には、壮絶な激痛が走ったので、『電撃』の咒紋式に少し手を加えて『電気パルス』を発生させる咒紋式に組み替える、その作用で極小単位で自分の脳に送り込んで痛みの中枢に直接干渉し『除痛』を行う……意識を明瞭に保ちながら痛覚を遮断……後は地道に『透視』で確認しながら骨の飛び出たところを削り、足りないところに持って行って移植・接合することの繰り返し。削った部分の傷は周辺の組織で補強したり、周りの組織を局所で移植し直して無理矢理に形を矯正する。手だけでは絶対に行えないレベルの精密作業である……天才的咒術師のテルマの咒紋制御能力があって初めて可能になる業……である。軟骨や靱帯も出来るだけ左右対称になり、脆弱な部分ができないように自分の内部で移植を行い、量と形を整えて帳尻を合わせていく。歪に、左右不対称に発育した筋肉も出来るだけ自家移植で整え、バランスを取ってゆく……。ついでに歪んだ頭蓋骨にも手を入れてしまえ……将来的に顎関節症になるコト確実な、顎の変な噛み合わせも修正、修正、上顎下顎の骨格を切り離して一旦解体、幾つかのパーツに分けて、位置をずらし……再固定……接合部位には接着処理・表面処理……。更についでに歯列矯正もやってしまおう。口腔内全体を沃度液を使って十分に殺菌してから作業開始する……。発達の悪い顎骨に対して、多すぎる余った小臼歯を何本か抜き取ると、全体に、かつ、強引に歯の位置をずらしてゆく。顎骨も細かく切除、歯の位置に併せて移植・接合処理を繰り返してゆく。かなり強引な歯列矯正だ……年単位でゆっくり行うべき矯正作業を……数分で完了させる。これらをほぼ手を触れること無く無菌狀態で実施することが出来るのは、咒紋操作の強みである。
……。
✳・……・✳・……・✳・……・✳・……・✳
「お嬢樣ぁ~!」
「お嬢樣ぁ~‼」
「お嬢樣ぁ~‼‼」
気が付くととんでもない時間が経過していた。判断力と集中力を維持するために自分の脳に行っていた、脳内麻薬やら伝達物質やらのドーピング的操作で、異常興奮狀態の内に、時間の感覚がすっ飛んでいたようである。部屋の外でエルメンガルト達三人が何やらけたたましく騒いでいる。そう言えば……処置を邪魔されたくなかったので、部屋を『封印』していたのだった……。忘れていた……経過時間は開始から凡そ二十四時間……それは、心配するわな……少し反省。
部屋に施していた『封印結界』を解除した途端に、エルメンガルトとアンネゲルト、ユリアーネが部屋に飛び込んでくる。既に三人とも既にかなりお怒りモードである。
「今日こそは言わせて頂きます‼帝國伯令嬢‼あれほど、病み上がりのご無理は禁物ですと申し上げたはずなのに!まだ病床から起き上がれぬ身で丸一日も閉じ籠もって実験など‼……」エルメンガルトがすごい剣幕でまくし立てる。
「エルメンガルト……まぁまぁ、そんなに怒鳴らなくても。」てるまが苦笑いしながら宥めようとするが、当人が言ったのでは全く説得力はない。
「何が『まぁまぁ』ですか‼」エルメンガルトがキレる……却って火に油を注いだ形……。
「テルマお嬢樣がお倒れになって以来、私達がどんなに心配したか……」年配で大人しい性格のアンネゲルトまでも涙目で静かに怒っている。やっぱり……心配かけすぎたか……流石に……これは拙いとてるまも思った。
「みんな……心配かけてごめん。……そして、心配してくれてありがとう。」素直に謝罪し、感謝する。
何時もなら、言い出したら人の諫言・忠告を聴かない……最後には逆ギレまでするテルマが、呆気なく謝ったことに、二人は驚いた……そしてすっかり気勢を削がれてしまった。
「……え?、あぁ……帝國伯令嬢がその地位に相応しい、分別を示されるのでしたら、私も口煩く言う必要もありませんが……。」生真面目なエルメンガルトは気まずい感じで口ごもる。
テルマも輝真もその本質は非常に似ているとはいえ、人生に於いて過ごした歳月・立場・身分・性別が異なる……。輝真はテルマとは異なり、必要ならちゃんと部下にも頭を下げるし、テルマよりは人の顔色を察知する能力も鍛えてある。
余り対人関係に長けたとは冗談にも言えない輝真であるが、テルマの対応よりはよほどマシ……のようだ。これからは人間関係の調整のために否が応でも全面に出なければいけないようである。
「それよりも、テルマ樣……丸一日も根を詰めて作業されていて……お体に障りはありませんか?」心配そうにアンネゲルトが訊いてくる。
「ええ、早く傷を治すために治療咒紋式の研究をしていたの。」
「おお……そうでしたか……それで……結果は如何だったのでしょう?」
テルマのことを幼い頃から知悉した、古参のメイドのアンネゲルトが……てるまの顔を覗きこんだ時に気付いた。
「…………おお……テルマ樣、そのお顔……どうされたのですか?」驚きを隠せず呟くように言う。
そのアンネゲルトの樣子を訝しんだエルメンガルトは……釣られてマジマジと主人の顔を見つめた……眼の前にあるのは何時も見ているとてもよく知った女主人の顔なのに……とても印象が変わってしまっている……何処かが違う……何かが違う……暫く考え込んでいたが……
「お顔が全く歪んでない……。」アンネゲルトはふと気付いて囁くように言葉を出した。
そう言われて、エルメンガルトも正しく理解した……。これまでそれなりにチャーミングな顔立ちで、美しいと言えば美しい方可愛いと言えば可愛い方……だけど、観賞の角度をかなり選ぶ……という風で、正面から見ると酷く不対称な印象を受けてチョット残念……そんな感想を持たれることの多い容姿だったのだが……今日の女主人の顔はほぼ完璧に左右対称、……全体的な容姿の印象もかなり変わってしまったように思われた……。
「ど……どうされたのですか……そのお顔は……。」
ニヤリと笑っててるまは答える。
「新しい咒紋式の実験の成果よ、全身の怪我を治すついでに、自分の体の歪みを全部……綺麗に直してみたの、顔の歪みも、背骨の歪みも、歯並びも……全てよ。背も少し伸ばしたわ。」
てるまは、胸を張って誇り高く宣言した。
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丸一日、全身の修繕に費やした。これで、体は完璧……と、考えていた。
だが、それは甘かった。
……返す返すも……甘かった。表面的には十分修復したはずの体内の傷だが、微細構造&細胞レベルのダメージの修復までは出来ていなかったのか、『麻酔』の咒紋式が切れた途端の全身の激痛……そして翌日から十四日間、全身に筋肉痛・関節痛と推定38℃以上の高熱に襲われて、再び寝込むことになった……。
再度エルメンガルトからタップリとお説教を喰らうことになったが、発熱による朦朧狀態でそれどころではなかった。
十日目に漸く少し微熱……程度の体温に落ち着いた……自分の全身を『透視』によってサーチしてみたが、明らかな炎症や感染は観測されなかった……骨接合部や軟部組織に微小出血が少し見られたが……大事には至ってない樣子……経過を観ることにした。結局、料理長であり薬師でもあるユリアーネから処方された何やら分からない漢方薬みたいなツンと甘ったるい香りのする薬湯を呑み、柔らかな麦粥を啜り、野菜と肉を煮込んだ黄色いスープをチビチビと喉に送り込み、十分な休養をとることで、徐々に体力を回復させることにした……。
それでも、骨折も全て治療することができたし、小血管や神経の損傷も修復済み、まだかなり違和感はあるものの、意識を回復した当初の激しい衰弱狀態から考えれば……異常な回復力……で更に四週間後には何とか自力歩行出来るようになった。そして『大改造手術』後も、ちょくちょくと不都合な部分を見つけては、エルメンガルト達に見つからない程度の微調整、細かな手直しを繰り返してゆく。指の動きが悪いと感じた場所の腱や骨格や筋膜を削ったり、動かす度にコキコキ鳴る関節の形態を観察して造り直したり……ついでに鏡を見て目についた黒子や疣を取り去ってみたり。そんな具合に、自分で改造した新たな肉体は徐々に馴染んで、調子が良くなってきた。またリハビリが進むと、通常のリハビリだけでは筋力強化が物足りないので、筋力強化を加速するために新しい咒紋式を考案する。
以前自分の神経の電気麻酔に使用した『電気パルス』の咒紋式に、更に変更を加える。低周波の微弱な電気信号を局所で発生させるように改良。これを、全身の骨格筋に合わせて配置・発動させる……すると、低周波電流が筋肉に流れることになり、収縮が起こる……健康器具のE(electrical)M(muscle)S(stimulation)の原理である。これで、筋トレが連続して自動的に出来るようになる……。当然無理な使用はかえって筋肉を傷めてしまうので禁物だが、毎日定期的に機械的に、自力では鍛えにくい深部のマイナーな筋肉まで鍛えることができるのは捨てがたい長所である。電流電圧や周波数、刺激と休息のパターンを変更して色々な筋トレをプログラムできるのも魅力的だ。速筋と遅筋を別個に鍛える……なんてワザも出来てしまう。
『EMS』の咒紋式を使用した後は、呼吸を整え十分なストレッチ……ビタミンとクエン酸・リンゴ酸・コハク酸等の有機酸の補充を行い、疲労回復を促してゆく、それと……咒紋には関係ないが回復にはユリアーネが調合してくれる薬湯がよく効いた……なんでも、末梢循環を改善し、局所の鬱血を取る処方らしい。更に、細胞レベルでの回復力を上げる治療術系統の咒紋式『回復』も常時使用しながらのトレーニングは非常に効率がいい。
一日数分からはじめ、徐々に時間を長く、強度を強くしてゆくことで……筋肉も骨格も靱帯も……徐々に強化してゆく……。
病み上がりの貧弱な少女だったテルマの生っちょろい肉体は、一ヶ月程度で(一見した)肉体だけはアスリート張りに肉体改造することが出来た……。まぁ、女性の肉体なのでそんなに外からでもひと目で分かるムキムキマッチョになるわけではないが……。全体的に無駄な脂肪が減って、随分引き締まった体つきになったと感じる。当然、日常生活にも不自由はなくなり、食欲とともに気力も……そして咒力も回復した。
……条件が揃ったところで、次の段階に進んでいく。此処までは、形を整えただけ……だが、どんなに鍛え上げた筋肉も、それを使う技量・頭脳がなければ単なる肉襦袢と何ら変わりない。此処からは単純な筋トレではなく、脳・末梢神経・筋肉・骨格……を一つのシステムに繋いで行く作業……鍛錬……が、必要になる。
大きく深呼吸しててるまは立ち上がった。




