挿話「クラウン」
認証が、通らなかった。
アーンはもう一度コックピットに手を当てるが機体が応えなかった。インジケーターが赤く点灯して、そのまま落ちてしまった。
要塞の廊下から聞こえてくる駆動音は変わらない。空調の風も変わらない。
世界は何も変わっていないのに、ルークだけが黙っていた。
機器の不調だ、とアーンは思った。
それ以外の可能性は、頭の端にも浮かばなかった。
七七七の格納区画に向かう。使い慣れた動き方で乗り込もうとしても、やはり同じだった。機体が沈黙した。
アーンは少し首を傾けて、それから手を下ろした。
「まあ、いいけど」
誰に言うでもなかった。廊下を引き返しながら、王の印の感触を確かめた。
ある。力は出る。
自分に問題があるわけじゃない。
フレームの話だから、フレームで解決すればいい。そう結論が出るまで、五歩もかからなかった。
製造区画の主任技師は、依頼を聞いてから短く間を置いた。
「七七七に、寄せる、ということですね」
「そう。完璧に再現しなくていい。動いて、それっぽく見えれば十分」
「理由を伺っても」
「会いたい人間がいてね」
そう言って、アーンは軽く笑った。
技師がそれ以上聞かなかったのは、賢い判断だった。理由を聞かされて得をする立場ではないと分かっていた。
出来上がったのは三日後のことだった。
格納区画に並ぶ機体の中で、一機だけ違う形をしている。
七七七に似ていた。細部は違う。推進ユニットの配置が微妙にずれている。
フレームを長く見てきた人間なら一目で分かるだろう。
でも戦場で一瞬だけ目に入る程度なら問題ない。
アーンは機体を見上げながら、名前を考えた。
王様の機体に似せて作った。なら王様らしい名前がいい。王冠。コージの世界の言葉でクラウン。音の響きが気に入った。それだけの理由だった。
「クラウン」
声に出してみるとしっくりきた。
コックピットに乗り込み認証を入れると今度は通った。インジケーターが緑になった。
やっぱり自分は大丈夫だ、という感触がゆっくりと戻ってきた。ルークと七七七はたまたま不調だっただけで、自分に問題があったわけじゃない。そう考えながら、機体の各部を動かして感触を確かめた。七七七に似た動き方が手にすんなりと馴染んだ。
コージが来るのは分かっている。
近づいている気配が、要塞全体を通して伝わってくる。どんな顔をして来るだろう。頭の中でその顔を思い浮かべたら、少しだけ楽しくなった。
「クラウンか」
もう一度だけ転がした。
王冠。自分には似合う名前だと思った。
なぜそう思ったのかはわざわざ考えなかった。考える必要を感じなかったから。




