三番艦アトロポス
シュライト城の大会議室に、これだけの顔が揃ったのは初めてだ。
テーブルの周りに並んだ面々を端から見れば、これだけ違う立場の人間が一つの部屋に収まっているのが不思議なくらい。エルディバの姫アルラ、ハイローディスの姫リリノア、イーサルークの守護者アナベル、勇者一行とはリモートで繋いでいる。ロダンだけは壁際に控えていたが、その目は誰よりも鋭く室内を見渡している。
光司が地図を広げる前に、一度だけ手元のメモに目を落とした。
「まず、整理しておきたい事があります。アーンはこれまでに二つの要塞を使ってきた。一番艦クロト、二番艦ラケシス。クロトは広域の魔力供給と索敵が主な機能で、ラケシスはイーサルークへの直接攻撃に使われました」
誰も口を挟まず、室内がしんと静まり返った。
光司がメモから顔を上げた。
「クロト、ラケシス、と来たら」
そこで一度、言葉を止めた。室内の誰も、その先を知らないようだ。
「僕の世界の話なんですけど」
光司が少し前置きをした。
「運命の三女神、という話があって。クロトが命の糸を紡ぎ、ラケシスがその長さを測り、アトロポスが糸を断ち切る。人の寿命を司る三人の女神の名前です」
みんな黙ったまま、光司の話を聞いている。
「クロトが力を集めて、ラケシスが範囲を測った。だとしたら、三番艦の名前はおそらくアトロポス。機能は、糸を断ち切る、つまり」
「全てを終わらせる、という事ですか」
アナベルが静かに言った。
「そう考えています。王の印の強制力を、広域に、不可逆的に叩きつける。一番艦と二番艦が準備してきたものを、最終的に完成させる装置」
誰も言葉を返さなかった。
リリノアが地図の上に指を置いた。
「補足していいかしら」
「うん、お願いします」
リリノアが室内を見渡した。その目が、普段の格納庫での顔とは少し違った。
「ハイローディスでも、似たような設計思想の施設を調べた事があります。複数の拠点が別々の機能を担い、最終拠点が全てを統合して起動する構造。一番艦と二番艦が落とされても、三番艦が起動さえすれば目的を達成できる」
「つまり、最初から捨て駒だった可能性がある」
光司の言葉に、リリノアが静かに頷いた。
「アーンは最初から三番艦だけを守るつもりだったかもしれない。一番艦と二番艦は時間を稼ぐための、あるいは準備を整えるための存在として」
エドワードが低い声で言った。
「最初から、そのつもりだったのか」
「分かりません。でも、そう考えると辻褄が合う事が多い」
室内が静かになった。
アルラが静かに口を開いた。
「その三番艦の場所は、ライガット山脈の深部というのは確かなんですか」
「リュートの追跡で特定できています。リュート、確認してもらえますか」
リモートの画面の中で、リュートが頷いた。
「座標は送った通りです。間違いない」
「分かった。ありがとう」
役割の説明が始まると、それぞれの顔が少しずつ変わっていった。
ミミは光司の言葉を聞きながら、膝の上で静かに手を重ねていた。いつもならすぐに何か言うミミが、この場では口を閉じていた。自分の役割が告げられた時だけ、小さく頷いた。
エドワードは腕を組んだまま動かなかった。ただ、光司が敵フレームへの対応という言葉を口にした瞬間、わずかに目が鋭くなった。それだけだった。
セリナは光司の説明を聞きながら、時折手元のメモに何かを書き込んでいた。広域魔法による援護と浄化の炎という役割を聞いても、表情は変えなかった。ただメモを取る手が一瞬だけ止まって、それからまた動き始めた。
アルラが手を挙げた。
「制空権の確保というのは、具体的にどの範囲を想定していますか」
「ライガット山脈の上空、要塞から半径二キロを最低限として」
「分かりました。ストライクホークの機動範囲で対応できます」
淡々としたやり取りだったが、アルラの目には迷いがなかった。
リリノアが地図の一点を指で示した。
「内部への進入経路はここを使うつもりです。転移魔法が使える場所までのルートは、わたしが案内します」
「よろしく」
光司が短く答えた。
リリノアは頷いてから、また地図に目を落とした。ロダンが壁際で微かに表情を動かしたが、何も言わなかった。
アナベルが静かに口を開いた。
「イーサルークの防衛は任せろ。古代竜の結界で、後方は守る」
「ありがとうございます」
光司がアナベルを見て、それだけ言った。アナベルは短く頷いた。
リモートの画面の中で、リュートが少し前のめりになった。
「魔族の件は、僕が対処する。戦わずに済む方法を探してみる」
「リュートなら、できると思います」
「買い被りすぎだよ」
リュートが苦笑した。画面の隣でティナが何か言いたそうな顔をしたが、黙っていた。
光司が全員を見渡した。
「質問は、他にありますか?」
室内が静かになった。誰も手を挙げなかった。質問がないのではなく、それぞれが自分の中で答えを持っているような沈黙だった。
エドワードが重い口を開いた。
「一つだけ聞いていいか」
「うん」
「コージ、お前は大丈夫なのか」
室内の全員が、光司を見た。
光司は少し間を置いてから、苦笑した。
「大丈夫じゃなかったら、こんな作戦は立てません」
エドワードが鼻を鳴らした。
「それを聞いて安心したよ」
どこか力の抜けたその言葉で、室内の空気が少しだけ緩んだ。ミミが膝の上の手をほどいた。セリナがメモ帳をそっと閉じた。アルラが窓の外に目をやった。
光司が深呼吸をした。
「すーはー」
ミミが光司を見た。
「なにしてんの?」
「気合い入れてる」
「そういうのは深呼吸って言わないんじゃないの?」
「僕はそう言うんだよ」
小さなやり取りだった。でもリモートの画面の向こうで、リュートが笑った。ティナがその隣で肩をすくめた。
作戦会議は、それで終わった。
それぞれが立ち上がり、それぞれの持ち場へ向かっていった。言葉は少なかった。でも誰の足取りも、迷ってはいなかった。




