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深呼吸は平和の証  作者: Siebzehn17
再戦

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301/306

全の印の異変

 深夜の格納庫は静かだった。


 昼間は整備の音や話し声で賑やかなのに、夜になると別の場所みたいにしんとする。光司は作業台に向かいながら、その静けさが少し心地よかった。シャイニングブレスの設計図を広げて、ライガット山脈の地形データと見比べながら考えを整理している。リュートから送られてきた映像を何度も見返して、アーンの拠点への侵入経路として使えそうな箇所に印をつけていた。


 考えなければならないことは山ほどある。


 外からの制圧と内部への潜入、どう組み合わせるか。フレームの数と配置。タイムライン。想定される迎撃の規模。頭の中でいくつもの場合分けが動いていた。こういう時は不思議と眠くならない。考えれば考えるほど、次の問いが出てくる。


 しかし、ふと手が止まった。


 胸のあたりに、妙な感覚がある。

 それは、痛みではないが不快でもない。

 ただ、何かがいつもと違う。フレームに例えるなら、エンジンの回転数が微妙に遅れているような、そういう感じだ。全の印が、どこかぎこちない。


 気のせいかと思って、また設計図に目を戻した。でも数分後にはまた気になっていた。


 白夜が作業台の端からこちらを見ていた。


「どうしたのじゃ、主よ。さっきから手が止まっておるぞ」

「うん、ちょっと」


 光司は右手を胸に当てた。全の印の場所に、そっと触れる。


「なんか、変な感じというか、違和感があるっていうか」

「怪我か?」

「違う。体じゃなくて、印の方」


 白夜が少し首を傾けた。その目が、いつもより真剣な色をしていた。


「フレームで言うと、どんな感じじゃ」

「整備したばかりなのに、嚙み合ってない感じ。でも原因がさっぱりなやつ」


 白夜がしばらく黙った。光司も黙った。格納庫の外で風が通り過ぎる音がした。


「主、無理をするでないぞ」

「うん」


 白夜はそれ以上言わなかった。光司も深く考えるのをやめて、また設計図に向き直った。でも頭の片隅に、その感覚がずっと引っかかっていた。




 翌朝、アナベルが格納庫に来た。


 アナベルが自分からここに来るのは珍しい事だ。光司が顔を上げると、アナベルは少し迷うような顔をしてから口を開いた。


「少し、話せるか」

「いいよ」


 アナベルが作業台の前に立った。光司は手を止めた。

 アナベルの顔がいつもと少し違う。何かを確かめたいのに、確かめ方が分からないような顔だ。


「この頃、古代竜のまどろみの中で何かが変なんだ」

「変、というと」

「うまく言えないんだが」


 アナベルが少し眉をひそめた。言葉を選んでいる。


「いつもは穏やかな呼吸が、ここ最近少しだけ乱れている。竜が苦しんでいるわけじゃない。ただ、何かに引っ張られているような、そういう感じで」


 光司は黙って聞いていた。


「私だけの感覚かもしれないと思っていたんだが、お前に聞いてみようと思って」

「実は」


 光司は少し間を置いてから、昨夜の話をした。全の印の違和感。フレームに例えた時の感覚。アナベルがじっと聞いていた。


 話し終えると、しばらく二人とも黙っていた。


 アナベルが静かに言った。


「似たような頃から、か」

「うん」

「偶然じゃないかもしれないね」


 断言はしなかった。でもその言葉の重さは、光司にも伝わった。竜のまどろみと全の印。別々のものが、同じ時に何かを感じ取っている。


 光司は設計図から目を離して、窓の外を見た。朝の光が格納庫の床に細く差し込んでいる。


「アナベル、印って、もともとどこから来たんだろう」


 ぽつりと言った。自分でも、なぜそう口に出したのか分からない。今まで疑問にすら思わなかったことが、でもずっと頭の片隅にあった問いが、今になって出てきた気がする。


 アナベルが光司を見た。答えを持っているわけではなさそうだったが、その問い自体を軽く扱う気もないようだ。


「私には分からない。でも、そう問いを立てた事は、大事な気がする」


 光司は窓の外を見たまま、少し考えた。


 フレームの調子が悪い時は、原因を探す。外から見えなければ、内側を開ける。それでも分からなければ、もっと根っこのところを確かめる。


 印も、同じかもしれない。


「もう少し、様子を見てみる」

「ああ、私もそうする」


 アナベルが静かに頷いて、格納庫を出て行った。


 光司はしばらく、窓の外を見ていた。

 白夜が膝の上に乗ってきた気配がした。いつもどおりだから、気にするなという雰囲気。


 光司はまた設計図に向き直った。やるべきことは変わらない。でも頭の片隅に、さっきの問いがまだ残っていた。


 印って、どこから来たんだろう?


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