再会と婚約発表問題
夕日が城壁を赤く染めていた。
気づけば光司は城門の前に立っていた。手には設計図を丸めたものを持っていた。部屋で広げていたはずのものが、なぜかここにある。夕風が図面の端をぱらぱらとめくった。光司はそれを無意識に押さえながら、街道の方に目をやった。
馬車の影が見えたのは、それからすぐだった。
止まる前にもう扉が開いた。
「コージーっ!」
ミミが飛び出してきた。助走をつけて光司に向かってくる。受け止める間もなく、正面からぶつかってきた。
「うわっ、ちょ、ミミ」
「ミミずっと心配だったんだよ! ご飯ちゃんと食べてた? 寝れてた? 顔色悪くない?」
「食べてたよ、寝てたよ、そんな悪くないと思うよ」
三つ同時に答えながら、光司はミミの頭に手を置いた。ミミは光司の胸に顔を押し付けたまま、くぐもった声で「ほんとに?」と言った。
「ほんとに」
少し間があって、ミミの肩から力が抜けた。
セリナは馬車の扉のところで止まっていた。
ミミが飛び出していくのを見ていた。行こうとした。足が出なかった。
おかしいと思った。ずっと会いたかった。連絡が来た時にどれだけほっとしたか、自分が一番よく分かっている。なのに今、いざ目の前にコージがいると、足が動かない。
ミミを羨ましいと思った。あんな風に迷いなく飛び出せるのが羨ましかった。自分にはできない。年上だからとか、礼儀がどうとか、そういう話ではない。ただ、できなかった。
コージがミミの頭に手を置いているのが見えた。
その瞬間、胸の奥に何かがざわりと動いた。嫉妬と呼ぶには少し違う、でも穏やかとは言えない何かだった。
「セリナ」
コージが顔を上げてこちらを見た。ミミを抱えたまま、まっすぐ見た。セリナは馬車の扉のところで立っていた。
「待たせたね」
セリナが一瞬、目を伏せた。それからまっすぐ光司を見た。
「ですね」
そう言いながら、やっと足が動いた。
城の中に入って、荷物を置いて、みんなで食堂に集まった。
久しぶりに顔が揃った食卓は、思っていたより賑やかだった。エドワードがネアに何か言われて口を尖らせている。ミミが料理を見て目を輝かせている。アナベルが静かに茶を飲んでいる。
光司はその様子を見ながら、肩の力が少しずつ抜けていくのを感じていた。
食事が一段落した頃、光司は姿勢を正した。
「みんなに話しておきたいことがある」
場の空気が少し変わった。エドワードが腕を組む気配がした。ミミが光司をじっと見た。
「エルディバで起きたことについて。僕のせいでああなった。死者が出た。それは変わらない事実で、謝って済む話じゃないのは分かってる。でも、向き合うのを先送りにしたくなかった」
誰も口を挟まなかった。
「それと、アーンの居場所が分かった。リュートが追跡してくれて、ライガット山脈の深部に拠点があることが判明した。これからどう動くかは、改めてみんなと話し合いたい」
エドワードが低い声で言った。
「やっと動けるか」
「うん」
光司は一度深呼吸をした。
「それともうひとつ」
少し間があった。
「セリナとミミのこと、ちゃんと話しておきたい」
セリナは箸を置いた。
予想はしていた。いつかこういう話になることは分かっていた。分かっていたのに、いざその言葉が出ると心臓が跳ねた。
「アーンの印の影響があったのは事実だと思う。だから、二人の気持ちが本物かどうか、僕には断言できない部分があって」
光司が言葉を選びながら話している。誠実に話そうとしているのが伝わってくる。それが余計に、セリナの胸をざわつかせた。
印の影響。
その言葉が頭の中に引っかかった。確かに印があった。確かに影響を受けていたかもしれない。でも今この瞬間、コージの顔を見ている自分の気持ちは、印とは関係がない。そう言えるかどうかと問われれば、言える。はっきり言える。
でも、それを今ここで言うべきかどうかが分からなかった。
周りにエドワードもネアもアナベルもいる。みんながこちらを見ている。こういう場所でそういうことを言うのは、はしたないと思う自分がいる。思う自分がいる一方で、言わなければという気持ちも同じくらいあった。
「印の影響が抜けても」
気づいたら口が動いていた。
セリナは自分が喋り始めたことに、喋り出してから気づいた。止められなかった。
「気持ちは変わりませんでした」
食堂が静かになった。
エドワードが天井を向いた。ネアが小さく口元を押さえた。アナベルが茶碗を置く音だけがした。
光司がセリナを見ていた。まっすぐ見ていた。
セリナは視線を逸らさなかった。顔が熱いのは分かっていた。
「ミミも一緒」
ミミが間を置かずに言った。いつもの明るい声だったが、少し鼻声だった。
「コージがどう思ってても、ミミは一番になるから」
光司が少し笑った。
「そっか」
それだけ言って、深呼吸をした。
「二人とも、ありがとう」
エドワードがわざとらしく咳払いをした。ネアが「見てられない」と呟いた。アナベルがまた静かに茶を飲んだ。
セリナはようやく視線を外して、手元に目を落とした。
はしたなかったかもしれない。
でも、このはち切れそうな気持は抑えられなかった。




