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深呼吸は平和の証  作者: Siebzehn17
再戦

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298/308

再会と婚約発表問題

 夕日が城壁を赤く染めていた。


 気づけば光司は城門の前に立っていた。手には設計図を丸めたものを持っていた。部屋で広げていたはずのものが、なぜかここにある。夕風が図面の端をぱらぱらとめくった。光司はそれを無意識に押さえながら、街道の方に目をやった。


 馬車の影が見えたのは、それからすぐだった。


 止まる前にもう扉が開いた。


「コージーっ!」


 ミミが飛び出してきた。助走をつけて光司に向かってくる。受け止める間もなく、正面からぶつかってきた。


「うわっ、ちょ、ミミ」

「ミミずっと心配だったんだよ! ご飯ちゃんと食べてた? 寝れてた? 顔色悪くない?」

「食べてたよ、寝てたよ、そんな悪くないと思うよ」


 三つ同時に答えながら、光司はミミの頭に手を置いた。ミミは光司の胸に顔を押し付けたまま、くぐもった声で「ほんとに?」と言った。


「ほんとに」


 少し間があって、ミミの肩から力が抜けた。




 セリナは馬車の扉のところで止まっていた。

 ミミが飛び出していくのを見ていた。行こうとした。足が出なかった。


 おかしいと思った。ずっと会いたかった。連絡が来た時にどれだけほっとしたか、自分が一番よく分かっている。なのに今、いざ目の前にコージがいると、足が動かない。


 ミミを羨ましいと思った。あんな風に迷いなく飛び出せるのが羨ましかった。自分にはできない。年上だからとか、礼儀がどうとか、そういう話ではない。ただ、できなかった。


 コージがミミの頭に手を置いているのが見えた。

 その瞬間、胸の奥に何かがざわりと動いた。嫉妬と呼ぶには少し違う、でも穏やかとは言えない何かだった。


「セリナ」


 コージが顔を上げてこちらを見た。ミミを抱えたまま、まっすぐ見た。セリナは馬車の扉のところで立っていた。


「待たせたね」


 セリナが一瞬、目を伏せた。それからまっすぐ光司を見た。


「ですね」


 そう言いながら、やっと足が動いた。




 城の中に入って、荷物を置いて、みんなで食堂に集まった。

 久しぶりに顔が揃った食卓は、思っていたより賑やかだった。エドワードがネアに何か言われて口を尖らせている。ミミが料理を見て目を輝かせている。アナベルが静かに茶を飲んでいる。

 光司はその様子を見ながら、肩の力が少しずつ抜けていくのを感じていた。


 食事が一段落した頃、光司は姿勢を正した。


「みんなに話しておきたいことがある」


 場の空気が少し変わった。エドワードが腕を組む気配がした。ミミが光司をじっと見た。


「エルディバで起きたことについて。僕のせいでああなった。死者が出た。それは変わらない事実で、謝って済む話じゃないのは分かってる。でも、向き合うのを先送りにしたくなかった」


 誰も口を挟まなかった。


「それと、アーンの居場所が分かった。リュートが追跡してくれて、ライガット山脈の深部に拠点があることが判明した。これからどう動くかは、改めてみんなと話し合いたい」


 エドワードが低い声で言った。


「やっと動けるか」

「うん」


 光司は一度深呼吸をした。


「それともうひとつ」


 少し間があった。


「セリナとミミのこと、ちゃんと話しておきたい」




 セリナは箸を置いた。

 予想はしていた。いつかこういう話になることは分かっていた。分かっていたのに、いざその言葉が出ると心臓が跳ねた。


「アーンの印の影響があったのは事実だと思う。だから、二人の気持ちが本物かどうか、僕には断言できない部分があって」


 光司が言葉を選びながら話している。誠実に話そうとしているのが伝わってくる。それが余計に、セリナの胸をざわつかせた。


 印の影響。


 その言葉が頭の中に引っかかった。確かに印があった。確かに影響を受けていたかもしれない。でも今この瞬間、コージの顔を見ている自分の気持ちは、印とは関係がない。そう言えるかどうかと問われれば、言える。はっきり言える。

 でも、それを今ここで言うべきかどうかが分からなかった。


 周りにエドワードもネアもアナベルもいる。みんながこちらを見ている。こういう場所でそういうことを言うのは、はしたないと思う自分がいる。思う自分がいる一方で、言わなければという気持ちも同じくらいあった。


「印の影響が抜けても」


 気づいたら口が動いていた。

 セリナは自分が喋り始めたことに、喋り出してから気づいた。止められなかった。


「気持ちは変わりませんでした」


 食堂が静かになった。


 エドワードが天井を向いた。ネアが小さく口元を押さえた。アナベルが茶碗を置く音だけがした。

 光司がセリナを見ていた。まっすぐ見ていた。

 セリナは視線を逸らさなかった。顔が熱いのは分かっていた。


「ミミも一緒」


 ミミが間を置かずに言った。いつもの明るい声だったが、少し鼻声だった。


「コージがどう思ってても、ミミは一番になるから」


 光司が少し笑った。


「そっか」


 それだけ言って、深呼吸をした。


「二人とも、ありがとう」


 エドワードがわざとらしく咳払いをした。ネアが「見てられない」と呟いた。アナベルがまた静かに茶を飲んだ。

 セリナはようやく視線を外して、手元に目を落とした。

 はしたなかったかもしれない。

 でも、このはち切れそうな気持は抑えられなかった。


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