一人で考えること
夕暮れが近かった。
遺族への挨拶回りを終えた帰り道、光司はリーゼロッテの少し後ろを歩いていた。石畳の道が夕日で赤く染まっている。長い影が伸びていた。
今日の最後の家は、年配の女性が一人で住んでいた。夫を亡くしていた。扉を開けた瞬間、その人は光司の顔を見て少しだけ目を細めた。怒っているのか、悲しんでいるのか、光司には判断がつかなかった。ただ黙って話を聞いてくれて、最後に「若い人が謝りに来なくても良いんですよ」と言った。その言葉がずっと、頭の中に残っていた。
良いんですよ、と言ってくれた。でもその言葉を受け取っていいのかどうか、光司にはまだ分からなかった。
「光司様」
リーゼロッテが振り返った。いつの間にか、光司の歩みが止まっていた。
「すみません、考え事を」
「いいえ。急ぎませんので」
リーゼロッテはそれだけ言って、また前を向いた。急かさない。余計なことを言わない。この人のそういうところに、光司は何度か助けられていた。
歩き出しながら、光司は空を見上げた。夕焼けが雲の端を橙色に染めている。きれいだと思った。きれいだと思えた自分に、少し驚いた。
城に戻ると、白夜が待っていた。
正確には、白夜が窓枠の上に座っていた。光司が部屋に入ると、ちらりとこちらに視線を向けてから、また窓の外に目を戻した。
「おかえり」
「ただいま、白夜」
光司は上着を脱いで椅子に掛け、床に座り込んだ。椅子に座る気力がなかった。白夜が窓枠からひょいと飛び降りて、とたとたと歩いてきて光司の膝の上に乗った。小さくて軽い体だった。
しばらく、二人とも何も言わなかった。
「主よ」
「うん」
「わしはすまなかった」
光司は白夜を見た。白夜は膝の上から光司を見上げていた。その目が、いつもと少し違った。
「白夜は悪くないよ。僕が知らなかっただけだ」
「それでも、じゃ」
白夜がそっぽを向いた。光司の膝の上で、小さな手が光司の服をつかんだ。
光司は少しの間、天井を見た。
言い訳が次々に浮かんでくる。
年配の方が多かった。あの場所で食い止めなければ、もっと被害が出ていた。直接攻撃ではなかった。あの判断は間違っていなかったはずだ。でも。
でも、死んだ人がいる。
その事実はどんな言葉でも覆せなかった。
異世界に来てから、どこか現実感が薄かった自分に気づいていた。ゲームの知識で魔法を使って、漫画の設定でアイテムを作ってきた。強くなれた気がしていた。なんとかなると思っていた。でも人の死はゲームオーバーじゃない。取り消せない。リセットできない。そのことをようやく、体の底から理解していた。
理解した上で、それでも自分に何ができるのかが、まだ見えていなかった。
見えていなかった、けれど。
「白夜」
「なんじゃ」
「自分にできることを考えてたんだ」
白夜が光司の膝の上でこちらを向いた。
「死んだ人は戻らない。それは変わらない。でも残された家族の暮らしを、少し楽にすることならできるかもしれない。この世界にないものを作れる。便利なものを広めることで、世界のあり方を変えていける。そう考えたら」
光司はそこで一度止まった。
そこで初めて、その考えが自分の中でちゃんと形になっていると気づいた。いつから考えていたのか分からない。遺族の家を回りながら、歩きながら、少しずつ積み上がっていたのかもしれない。
「そう考えたら、動けると思った」
窓の外で、夕日が沈もうとしていた。部屋の中が少しずつ暗くなっていく。
白夜がまたそっぽを向いた。でも膝の上から離れなかった。
「…主は、相変わらず回りくどいのじゃ」
「そうかな」
「そうじゃ。もっと早くそこに辿り着けばよかったものを」
「うん、そうだね」
光司は苦笑いをして、白夜の頭に手を置いた。白夜は振り払わなかった。
深呼吸をした。
「よし、動こう」
白夜がぴくりと耳を動かした。それだけだったが、光司にはそれで十分だった。




