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深呼吸は平和の証  作者: Siebzehn17
再戦

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格納庫の姫

 夜明け前のシュライト城の格納庫は、昼間とはまるで別の場所のような静けさがある。


 リリノアがそこに来たのは、空がまだ暗いうちだった。折り畳みの椅子を一脚持ち込んで、作業台の上に借りてきた図面を広げた。ランタンの光の下で図面を見ていると、あっという間に時間が過ぎていく。気づけば窓の外が白みはじめていた。


「姫様、昨晩もほとんどお休みになっていないのでは」


 ロダンが腕を組んだまま、呆れたような声で言った。背後に立つ執事の影が長く伸びている。


「眠れなかったのよ。見ていたら考えたくなってしまって」


「…いつもどおり過ぎて安心していいのやら、嘆いた方がいいのか微妙なところですな」


 リリノアは返事をしなかった。図面の推進系の部分に書き込んだメモを指先でなぞりながら、もう一度数字を確認する。この流路の取り回しが気になって仕方がなかった。もう少し改善できるはずだという確信があるのだが、どう変えれば良いかの答えがまだ出ていない。


 格納庫の扉が開いたのは、そこからさらにしばらくしてからだった。


「あれ? リリノアさん。朝早いね」


 光司が入ってきた。どこか目元に疲れの色はあるものの、今日は少し顔つきが違う。ひどく落ち込んでいた先週よりは、幾分か息をしているように見えた。


「コージ。少し良いかしら、この図面の事で聞きたい事があって」


「うん、いいよ」


 光司が近づいてきて、作業台に両手をついて図面を覗き込んだ。リリノアはその横顔を一瞬だけ見てから、すぐに図面に視線を戻した。


「この推進系の熱効率なんだけど。ここの流路を変えれば推力の損失を抑えられると思うの。でもどこをどう変えれば良いかが、まだはっきり分からなくて」


「あ、そこ僕も悩んだんだよね」


 光司が少し身を乗り出した。


「実はここに迂回路を設けてみたんだけど、それだと今度は全体の重量配分が崩れちゃって」


「重量配分が崩れる? どのくらい?」


「ちょっと待って」


 光司がポケットからメモ帳を取り出して、図面の脇に数字を書き始めた。リリノアはそれを真剣な目で追う。光司の手が止まった。


「このくらいの差なんだけど。少しとはいえ、全開にすると誤差がおおきくなりすぎて…」


「…そうね。だったらここをこうして、対流をつくりながら徐々に推力をあげていけば」


 リリノアが光司のメモ帳を指でとんとんと叩いた。


「で迂回路をもう少し内側に寄せれば、重量の偏りを相殺できるんじゃないかしら」


 光司がリリノアの指先を目で追い、それから図面に目を移した。少しの間、黙って考えている。


「あ、それだ」


 ぽつりと言って、すぐに書き直し始めた。


 ロダンがそっと壁際に下がった。こうなったら朝食の時間まで終わらないだろうと、長年の経験から分かっていた。




 それから二人は、気づけば日が一番高くなるまで話し込んでいた。


 フレームの話をしている時の光司は、いつもと少し違う。難しい顔をしているのは同じだが、その難しさの質が違う。悩んでいるのではなく、考えているのだ。リリノアにはその違いがよく分かった。自分もきっと同じ顔をしているだろうから。


「リリノアさんって本当にフレームが好きだよね」


 光司がふと顔を上げて言った。責めているわけでも、からかっているわけでもない、ただそのままの言葉だった。その口元に、小さな笑みが浮かんでいた。


 本当にわずかな笑みだった。でも確かにそこにあった。


「当然でしょう。これほど面白いモノは他にないわ」


「うん、そうだよね。僕もそう思う」


 光司はそう言って、また図面に目を落とした。


 リリノアは少しだけ間を置いてから、自分も図面に視線を戻した。


 ロダンがこちらを見ていることには気づいていたが、今は気にしないことにした。




 光司の端末が鳴ったのは、昼前のことだった。


 画面を見た瞬間、光司の手が止まった。リリノアは顔を上げなかったが、気配で分かった。何か、重要な連絡が来た。


「リュートから」


 光司が短く言って、画面を開いた。映像と静止画、それに短いメッセージ。


「居場所が分かった」


 リリノアは図面から顔を上げた。光司は端末の画面を見つめたまま動かなかった。映像の中には山岳地形と、岩壁と、その中に消えていく人の流れが映っている。


「山をそのまま使った要塞ね」


 リリノアが画面を覗き込みながら言うと、光司が少し顔を傾けてこちらを見た。


「出入口が一箇所しか映ってないのが気になるわ。こういう設計をする者は必ず複数の経路を用意する。隠れた出入口が他にもある筈よ」


「そうだね。内側の構造が分かれば、もっとはっきりするんだけど」


「それなら少し心当たりがあるわ」


 光司が端末から顔を上げて、リリノアをまっすぐ見た。


「ハードとソフトが違うって、前に言ってたよね」


「ええ」


 リリノアは椅子から立ち上がって、作業台に向き直った。


「話せる事は全部話すわ。座って」


 光司が素直に椅子を引いた。メモ帳を新しいページに開いて、ペンを構える。


 その姿を見て、リリノアは少しだけ胸の力が抜けた。


 この人はちゃんと、前を向いている。




 格納庫を出る頃には、外はすっかり昼の光になっていた。


 光司は城壁の方へ歩いて行った。一人で考えたいのだろうと、リリノアは見送るだけにした。


 ロダンが隣に並んだ。


「お昼はお召し上がりになりますか」


「そうね。食べましょう」


 歩き出しながら、リリノアは格納庫を振り返った。


 図面はまだ作業台の上に広げたままだ。続きは午後にする。やりたいことがまだたくさんある。


「ロダン、昼食の後で少し時間を作って」


「はい」


「シャイニングブレスの改修案、まとめたいの」


 ロダンがまた溜め息をついた。でも今度はいつもより少し、軽い溜め息だった。


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