撤退
ピンクタイフーンの四本の腕が自在に動き反撃をさせる事無く攻め続ける。マリアが攻めている相手は攻撃の軌道を最小限の力で弾く事で、四本の腕の攻撃をしのぐという離れ業を見せていた。
「案の定、凄腕が護衛してたねぇ!」
魔道フレームが単機で隠密行動を取るわけがない。一発逆転を狙っているなら少数精鋭で攻撃を仕掛けてくる筈だと、マリアが考えていた通りだった。ただその護衛が自分の機体と似たようなカラーリングなのは驚いたが。
「いいね、いいねぇ! まるで攻撃が届かないじゃないかっ!」
「おばさん、うるさい」
外部スピーカーで激しい自己主張をするマリアにミミも応える。あまりのうるささに辟易しているせいもあるが。
「ここは絶対通さないから」
「意地でも通りたくなるねぇ!」
剣を構え低い体勢でまっすぐ突撃するマリア。Xの形に腕を広げ、ミミのいなす攻撃を食らわないように注意深く、だが勢い良く突き進む。剣を構えているのはブラフで、体当たりで機体をぶつけて強引に進むつもりだ。だが、そんなマリアの思惑はお見通しといわんばかりにミミは身軽に飛び込んでくる。
二機が衝突する寸前、ミミの機体は身を沈め両手を地面についてまっすぐにマリアに向けて伸び上がる。寸前で身を屈められ一瞬ミミを見失ってしまったマリアは、その動きについていけなかった。首を足でロックされ、地面に引き寄せられる。そして、ミミの機体を中心として身を捻りながらマリアの機体を吹き飛ばす。間髪いれずに体勢を整えたミミは斬撃を無数に飛ばす。
「危ないねぇ」
不可視の斬撃はマリアが剣を振るう事で全て無効化される。無理な体勢ながらも、軽く動かすだけで見切ったマリアは流石だった。中距離では仕留めきれないとみたミミは、すかさず追撃してくる。
二本の腕を使い四本の腕を持つマリアの機体を追い込む。単純なその攻撃は圧倒的な速さでもってマリアを防戦一方へ誘う。速さだけで軽いように見える攻撃だが、受け止めたマリアの機体の腕を揺るがせており、威力もかなりある事を伺わせる。さらに反撃しようとするマリアの反撃も封じているようで、動きがぎこちなくなってきていた。
さすがのマリアも無駄口をたたく暇はない。ないのだが、その表情は喜々としたものであり危機を迎えている人間のそれではなかった。そして、徐々にマリアの機体に変化が訪れる。四本の腕を動かしていたマリアだが、三本になり、二本になり、少しずつミミの速さに追いついていった。さらに最初は攻撃を受けるたびに揺らいでいたものが、しっかりと受け止めるようになり、まったくの互角へと変わっていった。
「よーしよしよしよしっ! やっと追いついたよお嬢ちゃん!」
「本気だしたって事? 頑張らなくて良いのにっ!」
「まさか、最初から本気だったさ。だからこそ追いついたんだよっ!」
マリアは確かにミミの攻撃を受けかねていた。だが、繰り返し攻撃を受けるたびに力の加減、軌道、間合いを覚え自分の物にしていったのだ。今でこそ二本の腕でしか、同様の動きができないが慣れてくればどの腕であっても、同様にできるようになるだろう。
そろそろ試してみようとした瞬間、無意識にバックして距離をとるマリア。そして降り注ぐ援護射撃。上空からエドワードが狙い撃ちしてくれたようであった。手の内を見せれば見せるほど学習してしまうマリア。そんな厄介な相手と理解したミミは、自分の攻撃が見える力をフルに利用せねばと考えた。下手に手の内を見せるよりも、隙をつき少しずつ削る方が確実であると分かったからだ。
そしてなにより、緑色の機体がこちらへ援護してくる様子がちらりと見えた。エドワードの機体はセリナの護衛なのであまり離れる事はできない。長距離射撃が得意な緑色の機体の攻撃は、注意して防がなければ容易にセリナのフレームを直撃するだろう。そうなれば飛行要塞を落とす事は不可能になってしまう。
剣を持った手を大きく振り、地面を大きく抉る斬撃を飛ばすミミ。そこが絶対防衛線。そこから先には誰も進ませない意思表示。
「おばさん、ミミは負けないからね」
「良い根性だ、もっともっとあんたを見せなっ!」
そして再度二人は激突した。
“今、あのライダーはなんて仰いました…?”
こちらにもいるピンクの機体をバインダーで弾き飛ばし、大剣を持ったシルバーの機体の斬撃を避け、追撃しようとした所を白い機体に阻止されたので、急上昇して一旦仕切りなおす。
“ミミと言えばアーンさんのハーレムの一人では無かったでしょうか”
ディリンに接近しようとしている緑の機体へ銃撃をし、その進攻を阻止しつつ閃光弾を敵の集団の中心へ撃ち込む。すかさず煙幕を張り、シルバーの機体の背後からバインダーアタックを仕掛け吹き飛ばす。
“確か、セリナ、ミミ、ヒロコ、白夜。四人もお相手が居たはずでした。ですが、今は何故かいません。これは偶然なのでしょうか?”
マリアと互角に渡り合っているミミと名乗った機体。調査書ではミミという少女は、戦闘力も確かな物を持っているという報告があった。それだけで断定するには気が早すぎるが同じ名前の戦闘力の高い少女がそんなにゴロゴロしているのも不自然だ。白い機体の動きを予測しつつバインダーで突撃していく。少々読みが甘かったようで、少しひっかける程度で通り過ぎてしまう。そしてふと脳裏によぎる見知らぬ少年の横顔。
“いえ、アーンさんじゃありませんわ。もっと頼りない誰かが…”
そこへ正面にシルバーの機体が現れ、大剣を叩きつけてきた。避けられる事を考慮していない思い切りの良いその攻撃は、防ごうとしたバインダーを真っ二つにし右肩を掠めて通り過ぎていった。
「いけません、集中です」
即座に予備のバインダーを飛ばす指示を出し、敵の銃撃から逃れるべく勢いを落とさずジグザグに回避行動を取る。にもかかわらず機体を掠めていく銃弾。よほど腕のいいライダーが居るようだ。煙幕はいつの間にか晴れており、向こうも体制を整えなおしたようだった。やはり、多数を相手している時に考え事をしていては、落とされるだけだと実感する。
“それにサラは特に驚いていない事ですし、きっと私の思い違いでしょう”
脳裏をよぎった頼りない少年は気になるものの、アーンにどこか面影が似ているので何かの加減で頼りなく見えてしまっただけだろうと結論を出した。
「ごめん、ちょっと失敗した」
「アーン?!」
「どうした大将!?」
「アーンさんっ?!」
「どうしました?」
急に入ったアーンからの通信。声が聞き取りづらく、搾り出すように声を出しているようにも聞こえる。
「エルディバ攻略に失敗しちゃったよ。要塞も落とされた。そっちは大丈夫かい?」
「それよりアーンは無事なんですの?」
アーンが一人で向かったエルディバの攻略が失敗したという台詞には驚くが、一番心配なのはアーンの容態である。ときおり苦しそうな声を上げるため、無事ではない様子が伝わってくる。周囲に展開している敵は一時放置し、サラの機体へと向かうリリノア。
「僕はちょっと休めば大丈夫だ。そっちにも要塞を落とす兵器が設置してるかもしれない、即座に撤退してくれないか」
「分かりましたわ、要塞でそちらに向かえば宜しいですか?」
「あぁ、そうして。じゃあ待ってるよ」
リリノアと同様に要塞へと向かうディリン。マリアは要塞付近にいるためぎりぎりまで戦闘を楽しむつもりのようである。
「みなさん、聞いてのとおりです。撤退しますわ」
「了解です。ですけど、最後に一発でかい花火を撃っておきましょうか。サラさん、準備してください」
「はい、あれですね?」
「そうです、あれです。竜を落とすまではいかないでしょうが、傷を負わす事ぐらいできるでしょう」
「じゃ、あたしはこいつらを相手しながら待ってるからやられるんじゃないよ」
そしてそれぞれが撤退する為に動き出す。リリノアは、普段使う場合なら四枚しか使えないバインダーを多数要塞から呼び寄せる。そして、サラはディリンと合体し、高速で戦場を駆け巡りながら最後の花火の為のエネルギーを充填していく。
「魔力がどんどん高まっています。なるべく早くここから離脱しましょう」
「バインダーを展開します。みなさん気をつけて下さいね」
「思い切りやれリリー」
「大丈夫です、リリー」
「僕のことはお気になさらず」
精密な動きはできないが、おおまかには操作できる為でたらめに動かして敵のフレームの動きを阻害する事はできる。意識を戦場へ拡げ、バインダーの動きをイメージするリリノア。
ピンクの機体はマリアが抑えてくれているので、今一番厄介なのは青い機体だ。空を自由に動く青い機体へバインダーを囲むように動かす。少々の攻撃であれば物ともしないのでぶつけるぐらいの勢いで解き放つ。先ほどまで戦っていたフレーム部隊は、突如大挙したバインダーに対処する事に追われこちらを追ってくる余裕はないようだ。古代竜はディリンが自由に撃ちまくれる状態になっているので、常に砲弾にさらされており自由に身動きが取れずにいる。
「サラさん、じゃあ行きますよ」
「はいっ! 対閃光防御展開っ! みなさん、眩しいですよぉっ!」
サラの機体下部の超長距離砲が閃光を放つ。集束したエネルギーの奔流はまっすぐ古代竜を貫いた。そして古代竜を貫いただけでは飽き足らず、その後方に位置していたイーサルークまでその威力は届いていた。だが、その一撃を撃った事により超長距離砲は溶け落ち、ディリンの機体から魔力の供給を受けねば空を飛ぶことも難しい状態に陥っていた。
「急いで撤退です! 師匠、殿はお願いします」
「あいよぉっ!」
バインダーで通路を作りながら要塞へと帰還していく。まずは機体が使い物にならなくなったサラとディリンが要塞へと突入し、ついでリリノア、マリアと帰還する。要塞からの援護射撃もあり、少々被弾はしたものの無事に全機帰還を果たした。
「急速潜行! 急いで現宙域から離脱します」
着艦と同時に指示を出すリリノア。急いで潜行せねば広域殲滅魔法の餌食となってしまうだけである。魔法障壁が数層展開してあるといってもアーンほどの者が手ひどくやられたぐらいである。臆病なぐらいが丁度良いと考えるリリノア。
そして、イーサルークの空から飛行要塞は姿を消した。




