領空侵犯
シンプルだが、肘や膝、腰周りなどの要所には分かりにくいように守られている。白を基調としたカラーリングで、胸元の色合いだけが違うライダースーツ。薄手だがジャケットとあわせて着るようになっているので体のラインはそこまで気にならないようになっている。おかしな所は無いか振り返って自身を確かめるリリノアとサラ。何故か早速着崩れているマリア。ディリンは落ち着いてのんびりと座ってその様子を眺めている。
「さて、いよいよ古代竜と対決って訳だ。いやぁ、楽しみだなぁ」
「そうですね。それに話によるとフレームも何体かいるようですし。的に事欠きませんねぇ」
心底嬉しそうという表情で、両の手を握ったり開いたりを繰り返すマリア。今日は流石に酒を飲まなかったのか、完全にしらふのようである。ディリンもいつもの落ち着いた様子ではなく、とんとんとリズムを刻むようにテーブルを叩き瞑目して何かに浸っている。古代竜という巨大な敵を前にしてたった四人で挑むというのに、なんら不安を感じていないマリアとディリンの様子に流され、緊張がほどけていくリリノアとサラ。初陣はすませており、シミュレーターでは幾度となく戦闘を繰り返してきた二人。それを知っているマリアとディリンは特に二人に対して掛けるべき言葉は持ち合わせていなかった。
「ところで無人機ってのは、必要なのかねぇ? むしろ邪魔じゃないか?」
「今回は出さずに行きましょうか。僕の的が減っても困りますし、少々の雑魚なら僕とマリアさんで対応できるでしょうし」
「でも、こちらは四人だけですよ? 相手を分散するために囮に使う分には良いのではありませんか?」
コントロール権限を持った人間の指示に従って行動する無人フレーム。その数百五十機。数だけ見れば一国と渡り合えるものである。シミュレーターの戦闘データを取り込んでいる事もあり、それなりに利用価値のあるフレームである。一騎当千のライダーが手を組んでいると言っても所詮は寡兵である。古代竜という伝説の竜を相手にするのであれば、兵数を揃えて攻める方がこちらがやられる確立が減るのは当然の理である。
「馬鹿言え、リリー。獲物が減るじゃねぇか、そんなヘタレに育てた覚えはねぇぞ?」
「ですねぇ。どうして僕たちがやられると思うんでしょうかねぇ。リリノアさんもサラさんも僕からみても中々のもんですよ。自信持って下さい」
「ですが、一応いつでも出れるようにはしておきますわ。アーンも使ってと言ってましたし」
リリノアのその言葉に好きにしろという風な態度の二人である。準備をするだけなら問題は無い。その準備が無駄になるように敵を倒していけば問題ないからだ。
「そろそろフレームに乗って準備しましょう。どきどきしてきました」
「いい笑顔だ。味方の弾に当たる馬鹿はこの中にはいねぇ、気にせずにぶっぱなしな」
「はいっ、精一杯がんばりますねっ!」
マリアに声をかけられ喜びの表情のサラ。今まではシミュレータでしか動かせなかった自分の機体をようやく自在に空を駆け巡らせる事ができるので、緊張がいい方向に作用しているようであった。
「サラさん、補給は遠慮なく言いなさい。練習した通りにすれば、問題ないですからね」
「はい、よろしくお願いしますディリンさん」
サラとディリンは弾薬をばらまくという同じコンセプトの機体である。ディリンの機体には使う弾薬の全てを生成する機構が積み込まれている為問題は無いが、サラの機体にはそこまでの機構は、機動力を殺ぐために組み込まれていない。なので、ディリンから弾薬を補給する形をとる事で無制限に弾薬をばらまく事ができるように練習を重ねていた。
リリノアとマリアは反対に接近戦を得意とするが、マリアは相手にまとわりつくような距離に対しリリノアは一撃離脱で相手にダメージを負わせてからの接近戦となるので、結構いやらしい戦い方である。その上、機体に搭載されているバインダーを使って相手を翻弄するのでマリア並に手数があるのだ。
「さぁ、それじゃあ竜狩りと洒落込もうじゃないか! 行くよ!」
「はいはい」
「はいっわかりましたっ!」
「うふっ、頑張りましょうね」
ずらりとフレームが並ぶ格納庫の中、マリアの号令と共にそれぞれの機体へと駆け寄る四人。マリアは桃色の四本の腕を持つ異形の機体。ディリンはマントのような外装を持つ黒い機体へ。リリノアは四枚のバインダーを背負った水色の機体。サラはごてごてとした武装に長い一本のカノン砲を背負った緑色の機体へ。
飛行要塞「クロト」の進行方向には古代竜が住まうイーサルークの方へ自動で航行するように設定してある。こちらの要塞は機械によって少数で運用できるようになっており、今もこの要塞には四人しか人間は乗っていなかった。
「じゃあ、縄張りの手前でハッチを開けるからね。殿はディリンに任せたよ」
「はいはい、マリアさんは先陣を切って露払いをお願いしますね」
どこか諦めた様子で了承するディリン。だが、マリアの返答は予想を裏切るものであった。
「馬鹿、そこまで鬼じゃないよ。リリー、先陣はあんたが行きな、譲ってやるよ」
「えっ!? よろしいんですの?」
「弟子の晴れ舞台だ、思い切り成果を見せて来いっ!」
「分かりました。マリアさんの名に恥じない戦果をお見せしますわ」
まさか先陣を任せられるとは思わなかった一同。最初は渋っていたマリアだが、リリノアのさっぱりした性格とは気が合ったのか今では師弟関係とも言えるべきものが芽生えていた。サラは戦闘スタイルが違うのと憧れの表情で見つめてくるので、少々踏み込めずにいるが。
要塞の武装を展開する為に偽装が解除されていく。ゆるやかにその姿を現した飛行要塞「クロト」。イーサルークの領空までわずかな距離であった。
突如、イーサルークの東北の空へ姿を現した空中要塞。その進行速度はゆるやかであり、敵に動きは見えないが明らかにこちらへと進路を取っているのが分かる。急報を受けたアナベルは急ぎ巫女の間へと駆け出す。
「セリナ、行こう! ロコはコージに連絡をお願いね!」
「分かった!」
「急ぎましょうミミ」
いつものように訓練を終えて話をし終えて、部屋へ戻ろうというタイミングに要塞襲来の報が入った。いざという時に備えていたつもりであったが、訓練を終えてほっとしていた時に来られたのは、油断していたつもりが無くとも油断していたと思い知らされる出来事であった。
「広域殲滅魔法を展開しますから、完了するまで足止めをお願いしますねミミ」
「うん、なるべく敵をひきつけるから任せて」
「お、いよいよ来よったなぁ、後はコージが戻ってくるのを待つばかりやな」
格納庫へ向かう道すがら合流してきたラインハルトに声を掛けられる。嬉しいような怒っているような難しい表情をしてから、にっこりと笑みを返すセリナ。
「コージの手を煩わせる必要はありません。私達だけで食い止めて褒めて貰います。ご褒美をたっぷり貰いましょうね、ミミ」
「うん、そうだね。ミミ達だけでも頑張ればできるって所をちゃんと見せようね。で、ご褒美、くふふぅ」
台詞を聞かなければ極上の笑顔なのだが、そこに空恐ろしいものを感じてしまい手放しで喜べないラインハルト。見れば相棒のランバルトも苦笑いしている。リュートがここに居ればセリナの言葉に気軽に頷けるのだが、今はバルトス国内を回っている為ここに戻ってくる事はないだろう。連絡が届いたとしてもうまくイーサルーク周辺にいるとは限らない。
「なんにせよ、無理はせん事や。気張りすぎて無茶しなや?」
「ハルトが言うのは説得力が無いわね。なにか食べたの?」
「なんも食っとらんわ! セシーも大概わしの扱いがひどくなってきたのぉ」
「あら? 愛があるでしょ愛が?」
「ぶほっ?! まぁええわ…セシーも無茶すんなよ」
なにやら、良い雰囲気の二人に周囲はそっとしておこうと見守る。格納庫に近づくにつれ、慌しい雰囲気が漂ってくる。出撃準備を整備班が大急ぎで整えてくれているのだろう。怒号が飛び交い、機材があちらこちらへと移動していっている。そんな中、ライダーは大急ぎで自分の機体へと駆け上がり、出撃の準備を整える。
イーサルークの自衛のフレームは五十機ある。その中で今回出撃できるのは二十機。少ないようだが古代竜の加護があるこの都市にはそれでも過剰な程の戦力だったのだ。そして、光司が作ったフレームが現在この場に九機ある。合わせて三十機に満たない戦力だが、これ以上の戦力増強はたとえフレームがあったとしても乗り手を育成する時間がまるで足りなかった。
だがそれでも、飛行要塞を迎え撃つしか無かった。




