居る幸せ、居ない平穏
光司がイーサルークを離れて半月ほどが経った。危惧されていた飛行要塞の襲撃も無く時々襲来する魔石獣を撃退するだけの特に変わらない日々を送っているセリナ達。その中でラインハルトとランバルトの二人はめきめきとフレーム操作の技術を上げていた。それはエドワードという手練れがいたおかげである。ミミと互角の戦いをするエドワードの操作技術は誰もが一目を置くものであった。
ただ、少々お調子者なところがあるエドワードはいま一つ女性陣にとって人気者になるという所までには至らなかった。本人としては、場を盛り上げるために頑張っているつもりなのだが、どうも空回りしてしまうようである。女性にもてたいという下心がどうも見透かされてしまっているようである。だが、そんな愛すべき馬鹿ともいえるエドワードは男性陣にとっては、ある意味人気者であった。
「ちっくしょう…どうやったらコージみたいにモテモテになるんだ?」
今日も今日とて、フレーム整備をしている女性に声を掛けたものの軽くあしらわれて撃沈した様子のエドワード。やるべき事はしっかりやっているのだが、どうも軽薄そうな見た目と態度と口調が駄目だという事がわからないようだった。
「お、今日も振られたかエド。記録更新ごくろーさん」
「うるせー! いつまでも振られてばっかりだと思うなよ、こんにゃろう!」
「はっはっは、頑張れよーエドー!」
そうやって、整備班の年上の男性陣にからかわれるのは、ここ最近お馴染みになってきた風景である。記憶を無くしていた頃と比べて格段に明るい性格になったエドワード。だが、その心の中にはトロンが殺された事実が深く突き刺さっていた。エドワードから見ても凄いフレーム製作技能を持ちながら、全く世に出ることなく葬り去られてしまったトロン。彼の事を知る者はほとんど居ない。いや、全く居ないと言っても過言ではないだろう。
復讐を誓った。
だがその反面、復讐の志半ばで倒れる事も想像した。今でこそ妹が居るので自分という人間が居なくなったとしても、多少の人間の心に残るであろう。だが、結局は死んでしまえば何も残らない、時間が経てば自分の事も忘れられてしまうだろう。身寄りを持たなかったトロン。あれだけの才を持ちながらも誰に知られる事も無く世界に埋もれていく。身寄りが無いという事は、後に何も残す事ができないという意味でもあるという事を、まざまざと実感させられた形となった。
一時的にとは言え記憶を失っていたエドワードとしては、人々の記憶から自分が消えていってしまう事に恐怖を禁じえなかった。自分が分からず、自分という人間が誰からも省みられない恐怖とでもいうのだろうか。そういった存在の喪失への恐怖から逃げるようにエドワードは伴侶を求めていた。コージがセリナ達と一緒に居て幸せそうな雰囲気を出しているのが羨ましかったのも理由の一つではあるが。
「兄にはもう少し落ち着いて欲しいんですけども。妹として恥ずかしいです」
「あー…すまんな、ネア」
休憩室の机でぐだっとしているエドワードの前に、湯気の立つ紅茶を両手に持ちネアがやってきていた。ここ最近、色々と噂になっているエドワードに一言言いたいようだった。行方不明になっていて最近になって再会できた兄である。言い難いが言わないといつまで経っても同じことを繰り返すだろう。
「それに兄は誰でも良いって感じが凄く見えます。あれでは、誰も気にしません」
「うっ。といってもなぁ、どうすりゃ良いんだ?」
「とりあえず仲良くなる事から始めないと。兄の人となりを知って貰った方が良いと思います。真面目にしていれば格好良いんですから」
そこまで言って持ってきた紅茶に口をつけるネアの言葉になるほどと頷くエドワード。妹に恋愛のてほどきを受けている兄。どうも情けない話だが、こういう事にとんと無縁な生活をしてきたエドワードはネアの言葉は非常にありがたかった。
「ですが、兄はコージさんのようにはならないで下さいね」
「うっ。というか俺ってもてないんだからできないって、はぁ…」
にっこりと目が笑っていない笑顔でエドワードに釘をさすネア。彼女の目にはコージは女の敵として映っているようだった。コージみたいに美少女に囲まれてみたいとは思うエドワードだが、妹の目を見て考え直した。
「とにかく今はそういう事は控えて下さいね。兄は自然にしていればそれで良いです」
「うーん、でもなぁ…というか仲良くなるかぁ。難しいなぁ」
「あまり意識しないでお話すれば良いんじゃないですか? 分からない事があれば聞いたり、興味がある事を聞いたりして。なんでも良いからとにかくお話するのみです。口説いちゃ駄目ですよ?」
「はい、分かりました」
どうすれば良いか悩んでいるエドワードを見て助け舟を出すネア。正直に言うとネア自身も色事に関して特に経験豊富という訳ではなく、色々聞いた話を自分なりに解釈してエドワードに伝えているだけである。ただ、自信たっぷりに言うのでエドワードにとって神の声に等しかった。そんな感じでエドワードがネアに小言を貰っていると俄かに周りが慌しくなり、竜の巫女アナベルが誰かを探していた。
「セリナを見てないか?」
「いや、今日はここには来てないけど」
「そうか邪魔したな。っと居たっ! セリナ大変だ一大事だ!」
セリナを見つけたらしいアナベルはそう叫んだ。
イーサルークで光司が居室に使っていた部屋。そこには様々な機械が置いてあり、アーンの情報は勿論他国の情報や魔石獣の動きなども、把握できるようになっている。衛星を打ち上げた事と、偽装した探査メカを指示した所へ移動できる事もあって大変重宝していた。
「…これは」
つぶやくセリナを見つめる周囲の人間。アナベルは問題となる映像をセリナとミミだけに見せるつもりだったが、何故か他にもぞろぞろとついて来たせいで部屋が狭く感じられる。そして、人が集まって熱気が集まっている筈なのにシンと冷えた空気がその場を支配していた。ピピピと何かを操作し、件の映像をもう一度確認するセリナ。
「えっと、何度見ても同じちゃうかなぁ?」
「静かにして下さい。コージの事は細大漏らさず知る必要があります。みなさんも見逃さないようにしっかり見ておいて下さい」
「はいっ!」
そしてもう一度巻き戻してから再生するセリナ。なにやらぶつぶつと言いながら画面を食い入るように見ている。その鬼気迫る表情と行動に周囲の人間はついてくるのではなかったと後悔していた。今、セリナの前の画面にはエルディバ国の演説の様子が映し出されている。内容はエルディバの美姫の婚約発表である。三人の美姫の全てが同時に婚約したという事もあって、観衆から大きな悲鳴が上がっていた。相手の名前は発表されなかったのだが、フォーリス王の後方に控えめに立つ人物を見る者が見れば、それがその相手だとすぐに分かった。明らかに二人の姫の目付きが違うのだ。
「白夜、あなたがついていながら…ん? そうですか、それで言いなりなのですね」
「白夜がどうかしたの?」
「見れば分かるでしょう?」
ミミの質問に質問で返すセリナ。いつもであれば分かりやすく答えてくれるセリナなのだがコージの事で頭が一杯でいつもと違うようだ。セリナに言われてもう一度画面の白夜を見るミミだが、いつもどおり可愛い白夜であって何か違いがあるのか良く分からない。
「なぁセリナ、これって婚約相手ってどう見ても光司だよな?」
「はい、間違いありませんね。名前を隠しても私達には分かりますのに、コージは本当に馬鹿ですねぇ」
アナベルの問いにうふふと艶然と笑いながら答えるセリナ。だが、それを見た周りの人間は心の中でコージの為に合掌した。セリナの様子を見るにどうやっても無事に済みそうにないからだ。
「いや、コージが名前を出さないのはアーンにばれたらやばいからやと思うんやけど…」
「はい、何か言いましたかヘイローさん?」
「いえっ! 何も言ってません!」
「もうハルト…あなた学習しなさいよ」
要らぬ事を呟いてセリナの逆鱗に再び触れてしまうラインハルトに、呆れた様子でいさめるセシリア。正論であっても言うタイミングがあるのだ。嫉妬に狂ったセリナに通じるものではない。
「姫には手を出してないようですね。これで手を出していればちょんぎる所でしたが…」
物騒な事をたんたんとつぶやくセリナ。その言葉を聞いた男性陣は戦慄した表情で股間を思わず抑えてしまう。だが、そんなセリナに臆する事無く話ができるのがミミとアナベルである。
「ちょんぎらずに絞り取る方が良いよぉ。他の女に目がいかないように毎日私たちで搾り取るほうがきっと気持ちいいし、楽しいよ?」
「そうだ。ちょんぎるのはやめろ。子供もまだ授かってないではないか」
そんな声を上げる二人に対して、うろんな瞳をむけるセリナ。アナベルは少々その瞳にびびっているがミミはあっけらかんとしたものである。そして、二人の言葉をじっくりと吟味している様子のセリナ。
「搾り取るとはどういう事です、ミミ」
「あのねぇ…」
恐怖の大魔王とも言える存在と化したセリナに警戒する事無く近づき、ぼしょぼしょと耳打ちをするミミ。しばらくの間そうやって内緒話をしていたのだが、時間が経つにつれてセリナの表情が戻ってきて、しまいには真っ赤な顔になってしまう。
「そ、そうですね。ミミの言う事にも一理ありますね。そうしましょう。一滴残らず搾り取りましょう!」
「うん、ミミも手伝うねっ」
「あ、俺もがんばるぞ! 仲間はずれすんなよ!」
そんな固い結束を見せるセリナ達。画面の向こうの光司がひきつった笑顔で見ているようだった。




