いじられる光司
静かな森の中、安心して街道を歩く人の姿が多く見受けられる。元々エルディバは魔石獣の出現が少なく、街道を守る兵の質も高い事から治安が良い。巡礼の為に質素な出で立ちで連なって歩く人々も多く、街道は人が絶える事がない。
「今日は巡礼が多いな?」
昨日、今日とどうも巡礼者の数が多くなっている気がして、思わず疑問が口からこぼれる衛兵。
「なんでも、首都で演説があるそうだ。姫様達を一目でも見たい奴がわんさと押し寄せてるんだろうよ」
「また婚約発表か?」
「そこまでは知らん。おととい聞いた話だとどうも姫が全員顔を出すそうで、街はえらい騒ぎだったんだよな」
こんな時に街道警備とはついてない、とぼやく。
「そうか、俺行こうかな」
「くそぉ、良いよなおまえは今日までだもんな」
「まぁまぁ、おまえの代わりにじっくり見てきてやるよ。だけど、バルトスだっけか? そっち関係の話でもあるのかね?」
「あー魔石獣絡みで因縁ふっかけられてたよな。でも、あれって解決したんじゃなかったか?」
街道に異変がないか目を配りつつ、会話を続ける衛兵。そんな光景は日常的なのか街道を歩く人は誰も気にとめていない。
「さぁ? まぁなんにせよ、お姫様が出るってんならなんだっていいや。まぁ婚約発表なら断固反対するけどな」
「姫様が結婚して他の国に嫁ぐなんて考えられないよなぁ」
「あれ? そういえばラウラ姫ってバルトスに向かったとか噂無かったか?」
「演説に出るっていう話だから、行ったとしても戻ってんだろう? まぁ、それらしい車は通ってないから噂だったんじゃないか?」
首をひねる衛兵に冷静に答える。少し前にあまり見られない豪華なパニモア車が通過して衛兵の間では噂になっていたのだ。ラウラ姫お付のリーゼロッテ卿の姿を見たという話や緩衝地帯トーラウでも姫の姿を見かけたという話があって、いろいろな憶測が飛び交っていた。
「ラウラ姫が行儀見習いでハイローディスに行ってたりしたらどうするよ?」
「帰ってきてるんだから、なんも無かったんだろ。もしあんな所に嫁ぐってんなら、いくらでも反対署名集めるぞ俺は」
ハイローディスにラウラ姫が嫁ぐ事を想像して熱くなったのか、癒しの女神ラウラ姫万歳! と人目もはばからず叫びだす。普通であれば、引くような光景だが何故かここではその万歳に呼応するように、巡礼者達から衛兵と同じように万歳が返ってきた。
「エニラ姫は署名のおかげでもう大丈夫だろうけど、アルラ姫はどうも結婚したいみたいだから油断できないよな」
「姫様達なら、少しぐらい年を食ってても全然いけるもんなぁ。ラウラ姫は今一番いい時期だし」
そういってラウラ姫を思い出しているのか頬が緩む。そんな相方を見てこづいて正気に戻らせる衛兵。
「そろそろ見回りに行こう。少しは体を動かしておかんとな」
「あぁ、分かった。魔道具は持ったか?」
「大丈夫だ。じゃあ俺は東を見てくるから、お前は反対で」
「ん、了解だ」
そういって敬礼して、お互いの持ち場へと見回りに行く衛兵。不穏な空気も無く穏やかな空気が静かに流れていた。
忙しなく動く女中達の中、光司はじっと立っていた。シュライト城の一角。光司にあてがわれている部屋に、衣装の寸法を計るために数名の女中が道具を持ち込み、どんどん光司の身体を測定していった。そんな事に慣れていない光司は、目をつぶってかかしのように突っ立ったままであった。
“こういう事するから、こんなだだっぴろい部屋をあてがわれたのかぁ。寝室も三つあるし衣裳部屋はあるし、おかしいと思ったんだ…”
現在、衣裳部屋にて採寸を行っている。下着のみの姿で女性に採寸されるというのは、勘弁して欲しいと思った光司だが、有無を言わせぬ女中の手際により気づけばこのような姿になっていたのだ。正直恥ずかしい。
「はぁ…」
うっとりとしたため息が聞こえる。何故かラウラ姫は光司の採寸に立会い、女中も追い出そうとしない。追い出そうと睨んでも喜び、無視しても喜ぶせいで光司は目をつぶってラウラ姫を意識しないようにした途端、今度はじろじろと嘗め回すように見られているようだ。赤く染めた頬を両手で押さえるようにし、潤んだ瞳で光司を見つめる様は周囲の女中にとって微笑ましく映っていた。
“白夜の方はどう?”
“もう好きにしてくれという感じじゃ。主、わしは自前で服なぞいくらでも用意できるのじゃから、こんな事しなくとも良いんじゃが”
“だって僕だけこんな目に会うのはなんか嫌だ!”
“というか、ここの女中は百合がおるぞ。さりげなく色々触ってきおる、あっ”
“ちょっと! 僕いま下着姿で採寸中なんだから、想像させないでよ?! 大変な事になるからね?”
“ちなみにわしはすっぽんぽんじゃ。全部取られた”
ぐっと歯を食いしばる光司。眉間にしわを寄せて耐える様は苦行をおこなっているようにも見える。白夜の言葉に思わず昨晩の情事を思い出してしまい、下半身に血が集中していくのをなんとか食い止めようと必死にがんばる光司。
“ていうか、なんですっぽんぽんなのさ! 脱ぐ必要まったく無いよね?!”
“ん? なんでも女は下着から勝負しないと駄目だと熱弁をふるっておったぞ、百合が。違うのか? んむっ、百合はなかなかにテクニシャンじゃ、んぅっ”
光司の事情をまったく考慮せずに嬌声を上げる白夜。さわさわ。
「コージ様? ここが腫れてきてますけど大丈夫ですか?」
「ちょっ!?」
「きゃっ?!」
やさしく手でナニを撫でられる感触に、勢い良く飛びのく光司。だが、周囲を確認せずに飛びのいたせいで背後にいた女中を押し倒して、一緒になって床に転んでしまう。
「大丈夫ですかっ!?」
大慌てで二人を助け起こしに駆け寄る女中達。ラウラ姫はきょとんとした表情のまま、何がいけなかったのか良く分かっていない様子だった。そんな中、絡み合っている女中と光司は起き上がろうとするものの、女中が中々光司の上から退こうとしない。打ち所が悪かったのかと心配になった光司は、声を掛ける。
「頭打ちましたか? 大丈夫ですか? 声聞こえますか?」
「…はぅ…ぉ…ぃ」
「え? 大丈夫ですか? 立てますか?」
ぽそぽそと何やら呟いているが小さすぎて全く聞こえない。一応意識もあって大丈夫そうなので、駆け寄ってくれた女中さんに手伝って貰って起き上がらせて貰う光司。その傍に申し訳なさそうな表情で寄り添ってくるラウラ姫。
「ごめんなさいコージ様、腫れてる所を触られて痛かった…ですよね?」
「…あー…痛くはないけど、触ったら駄目だよ?」
大きな声で怒鳴りそうになった光司だが、純粋に心配しているラウラ姫を見てなんとか思いとどまり、静かな口調でたしなめる。
「でも、あんなに腫れてて大丈夫なんですか?」
「姫様、こちらへ」
事情を察してくれた女中がラウラ姫をひっぱってくれる。色々とばれてしまって気まずくて恥ずかしくて散々な光司は、さすがにラウラ姫に説明できるほど落ち着いていられないようであった。
「コージ様はこちらへ。少々休憩いたしましょう」
「はい」
穴があったら入りたい心境の中、うながされるままにガウンを羽織らされて隣室へと連れられていく光司。
光司が席につくとさほど間をおかずに暖かいお茶が用意される。焼き菓子もつまめるように用意されている。礼を言い茶を飲み、菓子をぽりぽりと食べる光司。その姿はどこか小動物めいていて、給仕をしている女中達から思わず笑みがもれる。そこへ先程、光司が押し倒してしまった女中がやって来て、謝罪し始めた。
「申し訳ありませんでしたっ!」
「いや、こっちこそごめんなさい。怪我は無いですか?」
「はい、大丈夫です!」
何故か顔を赤らめながら、勢い良く答える女中。そんな様子を見てほっとする光司。だが、まだまだ採寸があるのかと思うと途端に憂鬱の波が襲ってくる。そこへ、ラウラ姫がすごい勢いで光司の元へやってきた。
「コージ様、ごめんなさいでした。えとその、がんばりますからっ!」
「え、な、なに? 何を頑張るの?」
「それは勿論、夜伽です…」
一瞬何を言われたか分からなかったようで、光司は疑問の表情を浮かべていたが言葉を咀嚼しおわった途端、顔を覆って俯いてしまう。
「あの、あのっ! 先程は良く分かってなくて駄目だったかもしれませんけど、頑張りますから今晩にでも!」
「そういう頑張りはいいからね、だ…ラウラ姫。とりあえず僕は採寸を終わりたいよ」
「そうは行きません! 絶対にコージ様に気持ち良くなって頂きます!」
「セリナを説得できたらねー」
「はいっ、頑張って説得します!」
その返事を聞いて大丈夫だと思ったのか、安心した様子の光司。だがまだ採寸は終わっていない。身体のあちこちをおおまかには調べ終わっているのだが、女中達が面白がって細かく調べている事を光司は知らない。もう少し光司の苦難は続きそうであった。




