決戦まで
静かな機械音だけが無機質な部屋を満たしている。飛行要塞内のシミュレーター室である。ずらりと居並ぶ機械はコンパクトにまとまっている為、一つ二つであれば圧迫感はないのだが十を超える数が並ぶとさすがに窮屈な印象があった。その中の三つが現在稼働中のようである。しばらくして軽く空気が抜けるような音がして、機械から人が出てくる。
「これでようやく二勝目ですね。やりましたわね、サラ」
「うふふ、そうですね。こんなに早く二勝目をあげられるとは思っていませんでした」
「してやられたなぁ」
「でもコンビでようやくなんとか戦える程度ですので、まだまだですわ」
「ですねっ」
頭や肘や膝などを覆うプロテクターをしたサラとリリノアに、ディリンが軽く汗をかきながら出てきてそう語り合う。どうも、サラとリリノアのコンビとディリンが戦っていたようだった。
「でも実戦じゃこうは行かないでしょうけどね。練習にはなりますけども」
「それでも大金星ですよ! ちょっと身体が痛いですけど」
そういって、身体をあちこちさするサラ。リリノアと違い身体のあちこちにアザらしきものができており、かなり痛々しい姿であった。リリノアはプロテクターをうまく利用しているのか、アザがついているようには見受けられない。
「なかなか良いコンビだね。それに度胸もあるから、育てがいがあるよ」
朗らかに笑うディリン。負けたというのに中々に楽しそうな風情である。歯ごたえのあるパイロットを育てて後で的にしようと考えているのであろうか、少々悪そうな口元である。
「マリアさんは、またお酒でしょうか?」
「そうだろうね。彼女、戦わない日はほとんど酒浸りみたいだからね」
最初の内はマリアもシミュレーターを利用していたのだが、何度かする内に勘が鈍ると言い切り、使わなくなってしまったのだ。どちらかといえば射撃に重きを置く三人にとって近接が得意なマリアが居なくなるのは少々物足りなかった。酒に入り浸るマリアをひきずりだすには、それ以上の楽しさを与える必要がある。だが、実戦を禁じられている今はどうやってもマリアとの手合わせは望めそうに無かった。
「僕たちでデータを蓄積していくしかないですね。あの人は実戦でいくらでもデータが取れるでしょうし、放っておくしかないですね」
アーンが戦闘データを蓄積する事によって、フレームの問題点やライダーの癖などを把握し更なるフレームの改善を考えているようなので、ディリン達は日夜シミュレーターでの戦闘に明け暮れているのである。見目麗しいお嬢様がたの扱いなど良く分からないディリンにとっては有難い話である。
「ところでディリンさんは、空を飛ぶのにそろそろ慣れてきましたか?」
「いえ、まだ思い通りという訳には行かないですね。空では勝手が違いますからね。地上の時と同じような回避の仕方では、勿体無いですからね」
「そっかぁ。空だと上にも下にも動けますもんね。という事は、慣れてくるともっと当てにくくなっちゃうのですか?」
ディリンの言葉にびっくりした様子のサラ。リリノアの方も納得したように頷いている。
「まぁ慣れればもう少し当て難くなるだろうね。でも、それにあわせて射撃の精度も上げないと駄目だから、物にするのにはもう少し時間が掛かるだろうね」
肩をすくめて正直に答えるディリン。そうは言っても現時点でも鬼のような精度を誇るディリンなので、サラとリリノアはただ驚くしかなかった。ディリンは命中率はさほど良くは無い。だが、ここぞという所で当ててくるので恐ろしいのである。
「とりあえずサラさんは、少し休んできたほうが良いでしょう。ちょっとこれ以上は見ていて痛々しいですからね。良いですね?」
「はぁい…」
ディリンのその言葉に不満そうに口を尖らせて答えるサラ。ぷくっと頬をふくらませているその様に少々たじろぐディリン。だがここで心を鬼にして言い聞かせなければサラは何時間でもシミュレーターから離れないのである。
「あぁ。よく見れば昼の時間が過ぎてますね。皆で食事にしましょう」
「本当ですわね。楽しいとつい時間を忘れてしまいますね」
「食事なんてぱっぱと食べて再開しましょう!」
「駄目ですよ。しっかり時間をかけて休憩しますからね」
「むぅ」
どこまでもフレーム中心な思考のサラに思わず苦笑がもれるリリノアとディリン。
「先に医務室に寄りますよ。サラさんの手当てしますからね」
そう断言して部屋を出る。特に返事はなかったが流石のサラも手当てはしないと駄目だと思っているので静かにディリンの後を着いて行っている。少しおっかなびっくりな感じではあるが面倒見の良いディリンを頼もしそうに見つめてリリノアは微笑んでいた。
日課のフレーム訓練を終え、機体を整備してくれる人間に声をかけてから、一人静かに自室へと戻るセリナ。セリナに声を掛けられた整備士は他の整備士になにやらこづかれていた。光司の仲間には女性ライダーが多いのだが、その中でもセリナはかなりの人気を誇っているようである。
「セ、セリナさん、こんにちは」
「あ、ヴァイスさん、こんにちは。ヴァイスさんも訓練が終わったんです?」
「はい、先ほど終わりまして戻る所です」
なにやら緊張した様子のヴァイスを見て微笑むセリナ。傍から見ればヴァイスがセリナに惚れているのは一目瞭然なのだが、セリナは全く気づいていないようだった。
「じゃあ、いつものようにご一緒にお茶でもしましょうか」
「はい、是非!」
以前にも増して色気が出てきたセリナ。普通に立っているだけでも、見惚れてしまいそうなその姿や雰囲気は周囲の男の視線を釘付けにしている。現在もセリナはあちこちから視線を受けているのだが、セリナ自身は以前から良く見られていた事もあり少し多くなったかな? という程度の認識である。だが、ヴァイスは人に見られる事に慣れていない。とくに嫉妬が混じった視線は。
「今日は昨日の続きですか?」
「いえ、ちょっと遡って修行を始めた頃の話ですかね。二人で薬草を取りに行った時の話しですね」
「そうですかぁ、うふふ楽しみです」
セリナはヴァイスからコージの話を聞くのが楽しみな様子で、非常にご機嫌な顔で笑っている。間近でそれを見たヴァイスは顔が一気に熱くなるのを感じた。周囲からさらなる視線の圧力が強まるのだが、そんな事は知った事ではないようだ。
「報われないよねぇ」
「だよね。でも健気だよねヴァイス君」
そんな二人の様子を柱の影から覗き見ているのは、ミミとアイシャである。ヴァイスがセリナに好意を抱いているのは分かっていたので念の為に見張っているのだが、ヴァイスの愛はプラトニックな物らしく一向に何もしない。なんとも健気な事にコージの話を必死におもしろおかしくセリナに伝える事で、なんとか元気付けようと毎日こうやって話しかけているのである。
「コージが居なくなって、セリナって美人度が上がったよね」
「うん。色気が物凄い事になってるね。同性でも下手したら危ないわよあれ」
休憩室に入った二人を遠めに見やり、ため息をつく二人。元気そうに振舞っているのだが見る者が見ればコージが居なくなって寂しがっているのが分かるのだ。ヴァイスもそれに気づいた一人である。さすがは良く見ているという所だろう。
「あれで手を出さないんだから本物だよね」
「うん。普通なら何かあってもおかしくないし。まぁ、手を出さないからこそああやって笑顔を間近に見れるんだから、ヴァイス君にとっては幸せだろうねぇ」
だがセリナが見ているのはコージのみ。ヴァイスがコージの話をしなければ積極的に関わろうとはしなかったであろう。なのでヴァイスが報われる事は無いだろう。
「コージ浮気してないかなぁ」
「んー…コージ君の事だからエルディバのお姫様でもひっかけて来るんじゃないかしら? 一番末のお姫様が年が近い筈だし。あれ、真ん中のお姫様も近かったかな? まぁどっちかは、ひっかけて来るでしょうね」
冷静に分析しているアイシャ。そんな事は無いと反論したいが、今までの経緯からそんな反論をしても説得力がないと押し黙るミミ。
「いいもん、誰が来てももっとコージを振り向かせるだけだもん」
「ミミちゃんは強いねぇ。でも、心配だね」
「…うん」
アーンが持つ飛行要塞。その威容は映像で何度も繰り返し見ていた。エドが持ち帰ったその映像は飛行要塞の脅威を余すことなく伝えてくれた。場合によってはコージは一人でその飛行要塞に立ち向かわなければならないのだ。
「まぁ私達もコージ君が戻ってこれるように頑張らないと駄目なんだけどね」
「ミミ、頑張るから」
セリナは笑っている。だが、心の奥底では不安が渦巻いているのがミミには分かる。それはコージが無事に戻ってくるまで変わる事はないだろう。まぁ無事に戻ってきたとしても状況次第で黒セリナが出て無事に済まなくなるかもしれないが。
「無事に帰ってきてねコージ」
願いをこめてそう呟いた。




