第13話 真実の愛は三か月
審問から三日後、王宮の裁定が下された。
エドガー・ラインフェルトは、領地の公金を私的に流用した罪により、侯爵家から廃嫡された。
流用した金はすべて返済を命じられ、そのためにエドガーは平民として、王都の商会で下働きの書記として働くことになった。
皮肉なことに、彼が一度も読んだことのない帳簿を、一から書き写す仕事だった。
ラインフェルト侯爵家は、監督不行き届きを咎められ、伯爵家へと格下げされた。
家督は、まだ十五歳の弟フィリップが継ぐことになった。
そしてシャルロッテ・メイズは、侯爵家の名を騙って借金をした罪で、裁きを受けることになった。
裁定の日、王宮の回廊で、オリヴィアは二人の姿を見かけた。
衛兵に付き添われたシャルロッテと、それを追いかけてきたエドガーだった。
「シャルロッテ! 待ってくれ!」
エドガーの声に、シャルロッテは足を止めた。
けれど振り返った顔に、かつての甘い笑みはなかった。
「何のご用かしら。もう、侯爵家の若様ではないのでしょう?」
「君のせいだ! 君が勝手に借金なんかするから、僕は……!」
「わたくしのせい? 公金に手をつけたのは、エドガー様ご自身ではありませんか」
シャルロッテは、冷たく言い放った。
「それに、わたくしにはレナルド様がいらっしゃいますもの。あの方が、きっと助けてくださるわ」
けれど、その言葉はすぐに打ち砕かれた。
回廊の向こうから、ブラント伯爵家の青年が歩いてきたのだ。
シャルロッテの顔が、ぱっと輝いた。
「レナルド様! 来てくださったのね!」
青年は、シャルロッテを一瞥しただけで、そのまま通り過ぎようとした。
「レナルド様?」
「ああ、メイズ嬢。悪いが、借金まみれの娘と関わる気はないんだ。父上にも叱られてしまったしね」
青年は肩をすくめた。
「楽しかったよ。でも、遊びは遊びだろう?」
軽やかな足音が、回廊の奥へ消えていく。
シャルロッテは、その場に立ち尽くしていた。
エドガーも、何も言えずに立ち尽くしていた。
やがて、シャルロッテが乾いた笑い声を上げた。
「……真実の愛、ですって。笑えるわね」
「シャルロッテ……」
「あの夜会から、三か月ももたなかったじゃありませんか。あなたは帳簿に追われ、わたくしは別の殿方に夢中。わたくしたちの真実の愛とやらは、とっくに終わっていたのですわ」
シャルロッテは衛兵に促され、二度と振り返らずに歩いていった。
メイズ男爵家は、すでに彼女と縁を切っていた。
彼女は借金を返し終えるまで、王都の外れの洗濯場で働くことになる。
華やかなドレスも、宝石も、すべて差し押さえられた。
残されたエドガーは、その背中を見送りながら、壁にもたれてずるずると座り込んだ。
王都の宿に戻る前に、オリヴィアにはもう一人、会わなければならない人がいた。
ハートレイ子爵。
父だった。
父は宿の応接室で、落ち着きなく待っていた。
侯爵家との縁を自慢してきた父は、今回の騒動で社交界の笑いものになっていた。
捨てられた娘を辺境に売り払い、その娘が実は侯爵家を支えていたのだと、誰もが噂している。
「オリヴィア、よく来てくれた」
父は、これまで一度も見せたことのない愛想笑いを浮かべた。
「お前は、昔から賢い娘だった。父さんは、ずっとそう思っていたんだぞ」
「……ご用件は何でしょう、お父様」
「辺境伯様に、口添えしてもらえないか。ハートレイ家とも、これから懇意にしていただきたいと。お前の頼みなら、きっと……」
オリヴィアは、静かに首を振った。
「お断りいたします、お父様」
「なっ……」
「私はもう、アイゼンベルク家の人間です。夫に、ハートレイ家のことでご迷惑をおかけするつもりはございません」
父は口を開いたが、何も言えなかった。
オリヴィアは丁寧に礼をとり、応接室を出た。
扉の外では、ジークハルトが壁にもたれて待っていた。
「……大丈夫か」
「はい」
オリヴィアは、小さく笑った。
「不思議ですね。少しも悲しくないんです」
ジークハルトは何も言わず、自分の外套をオリヴィアの肩に掛けた。
初夏とはいえ、王都の夜風はまだ少し肌寒かった。
「帰ろう」
低い声が、短く言った。
「北へ」
オリヴィアは、外套の襟をそっと握りしめた。
(帰ろう、と言ってくださった)
その言葉が、胸の奥に温かく灯った。
帰る場所。
生まれ育った王都ではなく、あの北の砦が、いつの間にか自分の帰る場所になっていた。
それが、たまらなく嬉しかった。




