堕罪篇 プロローグ 『願い星よ』
Twinkle twinkle little star
How I wonder what you are
セオドロスはスラム街の路地裏で目を覚ました。
至高天を引き起こした後、いつも戻るのはこの地点だ。
持っていた端末を横に置いて顔を上に向けると星々がキラキラと瞬いている。人工光により、夜空の星は見えづらくなったと誰かが愚痴をこぼしていた気がするがセオドロスにはどうでもいい気がしてきた。
「んん…」
星を見て思い出すのが誰かの愚痴であるなどセオドロスにとっては不快でしかない。星というものは美しいものでそのような邪推な思い出を出すものではない。
「…あー………」
思考が止まらないセオドロスはため息を着いた後に手で顔を覆った。そして今までの事を思い出す事にした。あらゆる旅路の前に始めなければならないのは己を見つめる行為だろう。
堕ちた星の襲撃に遭い、家族を亡くしてスターバーストに来た自分は友達を作る訳でもなく人に迷惑ばかりをかけて結局、ベアトリーチェの受肉も歪な形で生き延びる形となっている。
8回もやり直して本来の世界で救えているのはフェルメールだけだ。
…彼が救いを必要としていたかも分からない。
しかし、彼の自殺を無くすことで彼の周りの人間が悲しむことはなくなった。総数で見れば、救えている。
そもそも望みってなんなんだろうと、セオドロスは思った。
人間という生命として満たすべきは基本的な三大欲求ぐらいだ。
親から生まれ、生きる術を学び、食事をして、排泄をして、眠って、誰かと出会って番となり、そして子供を産んで次の世代を見送り死ぬ。これが本来生物としての姿だ。
人間という個体としてはこれらを満たしても満たされないものがある。それが心なのだろう。
人間は意味を求めるし、知識を尊ぶ。シャチが集団でアザラシを狩るように、ライオンが爪と牙で鹿を狩るように、人間は知識を使って獲物を狩っている。だからこそ食物連鎖の頂点に達していて、星により世界が壊滅させられても対抗できている。
知識というものは自由を得る手段でもあり、また人を縛るものでもある。セオドロスはそれを自分の今までの人生で思い知らされている。
暗くて孤独な夜ではずっと、こんな事しか考えられない。
こんな長ったらしくて考えても意味がないことをずっと考えていても仕方ない。
そんな思考をしてしまい続けるほどに、いつにも増して孤独感を感じるのは何故だろうか?
セオドロスは答えを出すとそれがそうであると確定してしまうが為にしたくはなかったが、するしかなかった。
「イーハトーブのせいだ…」
仲間であり家族というものを改めて知ったからこそ、その喪失を強く感じているんだ。
8回目に出会ったカミュとした約束…8回目のカミュを忘れないでいること、目的を果たして幸せになること、それと…人の愛を知ってから死ぬこと。
傍から見れば、なんとも意味が分からない約束をさせられたものだ。しかしそれが彼の望みならば叶えなくてはならないだろう。
大きくやるべき事の中に、小さくも重要な大事な事がある…。
なんだか宇宙も同じ感じだなと思いながらセオドロスは星空を見た。
この星々を繋げば星座とか、北斗七星とかの星群になるんだろう。でもそれらも結局人が勝手に繋いで勝手に物語をつけただけで、星座図鑑でこれははくちょう座です!と呼ばれても全然そうは見えないものだし……。それは大昔には感動もされて本当にその意味で信じられてきたのだろうけど、今の時代ではただそういう物語があると言うだけで他に伝えたい事のためのエッセンスにされてしまっているのだから、本来の意味での星座や星群はもう死したものだろう。
でも星座に精通していた訳でもないし、この星を見つけることができれば北に向かっているなんてセオドロスには分かるわけもないのでただただ光り輝く星を見ていた。
ふと、流れ星が目に映った。
流れ星に願いを込めれば叶うって、誰から聞いた言葉だったろう。
セオドロスは何に頼まれた訳でもなく星に祈ることにした。
「■■■■■■■■■■」
すぐに何を馬鹿なことをしてるんだろうと鼻で笑うと、固まった身体を起こして立ち上がった。
やるべき事は本来起きることであるフェルメールの自殺、葬儀屋の襲撃、完成者の暴走を止めること。
今までこれはフェルメールの自殺の阻止まではできていて、葬儀屋の襲撃までが阻止できていなかった。敵の内情を知るために敵の内部に入り込まなくてはいけない。
彼らはメンバーが全て星の堕胎児であり、その振りかざす主義の中でも対立関係がある。大きくわけて四つの派閥に分かれていて…葬儀屋は星を弔うもののリーダーだ。
しかしいきなりそこに入り混むのは至難の業だろう。どんな人物かはあまり把握してはいないが、一筋縄で行く相手でもないことはわかっている。搦め手が多そうな印象だ。なにより他者へ本質を与えるという思想で無神論的実存主義を掲げて死体を加工する存在など怪物でしかない。
セオドロスは今まで手に入れた情報から四つの派閥のうち、他三つよりも分かっていない星を保つもののことを思い出した。
他三つの派閥とは対立関係にあり、星を死に向かわせる弔うもの、星を画材とする砕くもの、星を実験として利用する握るものと、星の秩序を均衡に保つことが目的の保つものならば、保つものの方がセオドロスにとっても性に合っているし、己が掲げる思想も彼らに合いやすいものだ。
ただ保つもののリーダーはアリギエーリという男性で…スターバーストが関係ない存在と言ってもダンテの家名を名乗っているのはベアトリーチェを受肉させられスターバーストでも怪物となっているダンテを見ているセオドロスにとっては思う所しかない。
スターバーストとは関係ないとは知ってはいるものの、アリギエーリを名乗るなどとは思ったが…ダンテ・アリギエーリの遺したものは数千年経った今もまた、信仰されるに相応しい作品となったのだろう。
セオドロスは保つものと接触する為に8回のループの記憶を頼りに歩き出した。
翌日、セオドロスはポルックス周辺の地を歩いていた。
星の堕胎児の活動場所であり拠点は決まっている。
弔うものがリゲル、砕くものがカペラ、握るものがシリウスとプロキオンの間ら辺で、保つものがポルックスだ。
国の近くに拠点を構え、必要ならばその国に出向いて必要なものを買う…これが彼等の生活の仕方で、各々が各々の主義を内に秘めては目的の為に共に過ごしているだけの間柄だ。
アルデバラン周辺には星の堕胎児は拠点を構えてはいない…のは、継承者の存在があるからだろう。
既に脅威のあるところにわざわざ向かう存在はいないわけだし
しばらく歩いていると、人影が見える。
セオドロスは自分の記憶が正しかったと思った。この日、別のループの時ではたまたま散歩していたのだ。星を保つもののメンバーであるアルコルとバッド・フェイスと呼ばれる人間が…
最初は自然を装い軽く歩いていたものを、距離が近づくにつれ歩幅を短くしていった。
その異変に相手も気づいたようで、お互いにお互いを敵か味方かと思いながら歩いて、相手との距離まで2mの所まで来た。
「目的があるのはそっちだな。先に名前を名乗ってもらおうか」
褐色の肌の男が先導して話す。セオドロスは言われた通りに答えた。
「セオドロスです」
「どこから来た?」
「アルデバランから」
そこまで聞くと、褐色の男は聖職者の装いの男に耳打ちをして、再びセオドロスに顔を向けた。
「何が目的だ?」
「貴方達の仲間になりたくて来ました」
「…?」
褐色の男は一瞬怪訝な顔をした後、聖職者の装いの男は彼に耳打ちをした。
表情は険しく、セオドロスは何かを間違えたことに気付いた。
「お前、私達のことを識っているなッ!?」
聖職者の男は本を握りしめながら、焦りと怒りのこもった顔でセオドロスを睨みつけた。
「おい待て、落ち着けバッド・フェイス」
「疑わしきは罰す!疑わしきは罰す!アルデバランの存在なんて気にかけたこともないのに!どこの何かも分からぬ存在に私達の事がバレているなど不愉快極まれり!!」
「はぁ…」
聖職者の男はそのスリットの間から虫の脚をベキベキと生やし、強く地面に突き刺した。
そのまま自分の体を持ち上げて、セオドロスを見下ろす体勢になっている。
「悪い人ではありません」
「黙れ!そうじゃない!」
「セオドロスと言ったな。私達の情報をどこまで知っている」
「大体は知っているつもりですが…」
「大体は!!??」
バッド・フェイスは新たに虫の脚を生やすとその先端をセオドロスの方角に向けた。
「ボク、言葉間違えましたかね」
「あぁいや…えーっと…そうだな。なんて言えばいいか…」
褐色の男は相変わらずバッド・フェイスを落ち着かせるように声をかけるも、意味の無いことを悟るとセオドロスを見ながらどうしたものかと頭を掻いた。
「あ、そういえばあの男がバッド・フェイスなら貴方はアルコルさんですね?」
「んぇ?」
名前を当てられた男は流石に看過できないと言ったように猜疑の目をこちらに向けた。
セオドロスはより分からなくなったが、話しかけ方がまずかったのは理解した。
「これボクどうしたら__」
言い切る前に差し向けられた虫の脚をセオドロスは飛んで交わした。
地面に対し強く突き刺さった脚は、仮に当たればひとたまりも無いことを表している。
「危ないですね」
「避けるなよ!愚か者めがッ!」
「すみません、愚か者めで…貴方がそう思うならそれでいいんですが、最期に…冥土の土産に貴方達が掲げる主義を教えていただけませんか?」
アルコルとバッド・フェイスは「何を言い出すんだ」と困惑した顔でセオドロスを見つめている。
「ボクはセオドロス。掲げる主義は功利主義です。貴方達でありボク達星の堕胎児は一つの主義に囚われて、それにより願望を達成させることが目的として生きていますよね?
鳥が誰に教わった訳でもなくその翼で飛べるように…ボク達は本能でそれをするべきと思い、またそれを当然かのごとくする。合ってますよね。そして貴方達はその願望を達成させる為に各々が違う主義を持ちながらも集団で生きていて……」
「うるさいな」
バッド・フェイスが話を遮るように虫の脚を差し向ける。
「危ない」
セオドロスは先程と同じように避けた。
「えー…っとまぁ、あー…気になる事はあるけど、名乗られたし…君も君でそれなりに知ってるようだし…答えてあげようよ。最期くらいさ」
アルコルがバッド・フェイスを落ち着かせると、彼も虫の脚を畳みこんだ。
アルコルという人間は人と話をすることが嫌いではないというか、交流を率先して行うタイプに見てる。また横の男は攻撃の意志を示しながらもアルコルの話を聞く所から一定の禁忌を犯せば攻撃してくるタイプのように思える。
「私はアルコル………掲げる主義は現象主義さ」
「現象だけが認識できるものであり、その本当のモノなどは分からないし考える必要も無いみたいな主義でしたっけ。ジョージ・バークリーから始まったと聞いた覚えがあります」
「まぁ…そうかな……君…5を聞いたら15くらい返してくるね…」
次にバッド・フェイスが名乗りをあげる。
「私はバッド・フェイス、掲げる主義は静寂主義だ」
「活動を否定し全てを神に委ねて心の平穏を得ようとするものですね。それよりボクとしては名前のバッド・フェイスの方が気になるんですけど、それってサルトル哲学の自己欺瞞ですよね」
「こいつうるさいんだけど」
「まぁまぁ」
一通り会話が落ち着くと、先程までの柔らかかった表情が嘘のように鋭くなった。
太陽が雲で隠れた時にできた影が、ちょうど二人の顔を見えなくさせている。
「それでは、何時でも殺してください」
「言わずもがな」
アルコルが前に出る。
「私が認識するものこそ現象。私が認識せざるものは現象に在らず」
その言葉を聞いた後、セオドロスの脳はグラついた。
「……あっ」
セオドロスは再び路地裏で目が覚めた。
死んで巻き戻ったのだ。
「知っているという態度がダメだったんでしょうか…」
セオドロスは再び星空を見上げた。
「次は無知を装わねばなりませんね……」
セオドロスはそう思いながら今度は立ち上がらずにそのまま寝転がった。
鼻歌でキラキラ星を歌う。歌詞はほとんど覚えてない。
星を思えば他のものを思い出す。イーハトーブの人達は自分と出会わなかった世界ではいつもどうなっていたんだろうか
夜鷹の星はまだセオドロスには見えていない
しかし星が、キラキラと一つ輝く星がセオドロスの目には確かに映っている。
キラキラ光る小さな星よ
貴方は一体何者なのだろう?
When the blazing sun is gone
When he nothing shines upon
Then you shou your little light




