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堕罪篇 第一話 『既知のヴェール』

セオドロスは再び同じ時刻にポルックス周辺を歩いていた。

向こう側から人影が見える。誰なのかはもう分かってる。

懐に入り込むのならばアルコルと名乗った褐色の男の方で、言葉を慎重に選ばなければならないのは聖職者のバッド・フェイスの方だろう。

前回失敗したのはこっちが知っている前提で言ったからだ。だから今回はあくまでも知らないことを装わなければならない。

「(知ってる事を知らないようにするなんてどうしろというんだ)」

そんなことを考えていると、相手と自分の距離が2mまで来ていたことに気がついた。

「ここを歩いてくるなんて珍しいな。人の子」

「…見た目が人間とは違うぞ。ツノ生えてるし、尻尾も生えてるし両手も黒い鎧みたいで…あー!天使の輪あるくせに!翼は骨組みだけじゃないか!なんなんだお前!」

バッド・フェイスがこちらを指さして話す。

「なんなんだと言われましても」

だからなんなんだよと答えたくなったセオドロスは、さっき死んだ時よりは二人が友好的だと気が付いた。

「人間とは違い異形の形になってるのは貴方達もじゃないですか?今言ったツノや天使の輪…尾の方褐色の方にしかありませんが…それ以外は貴方達にもありますし、褐色の方は足は鳥脚みたいになってるし」

「お前自分が言われたくないからって人を攻撃するなよ」

「してないんですけど、事実を述べた迄じゃないですかなんで急に攻撃とか言うんですか」

「お前ら!私を中心に口喧嘩するな!」

アルコルが二人を制止すると、彼の方から名乗りを上げた。

「私はアルコル…で、こっちがバッド・フェイス……キミは?」

「セオドロスです」

「ふぅん…本名?」

「はい。そちらは偽名ですか?」

「うん……」

セオドロスは何故彼らが偽名を名乗るのかが気になったが今聞くべきでもない気がしたので黙っておくことにした。

今ここで会話の主導権を握っているのはアルコルだ。ここで自分が質問として責め立てればまた面倒なことになる。

「なんでここらを歩いてたんだ?セオドロス」

セオドロスはこの質問に悩むことになった。

未来で葬儀屋からスターバーストを守るから内情を知りに敵の敵は味方と思ってこっちに潜入したいと思っていて、出会えるとわかっていたから来ましたなんてどう説明していいか分からない。

しばらく悩んでいると、向こうもなにか嫌な予感がしたのかと言わんばかりに首をかしげた。

「複雑な事情か?ポルックスに何か用なのか?…あまりいい国ではないぞ」

「いい国どころの話じゃない!星の上位種の支配下で植民地じゃないか!」

「…とまぁこんな感じだが」

「国に用がある訳ではありません」

セオドロスのその発言を聞くやいなや二人は目を見合わせて「じゃあ何が目的だったんだ」と質問した。

「ボクは未来から来ました。未来から来たと言うより…未来であったことが納得いかないが為に過去に戻ってやり直しに来たんです」

「…へぇ〜」

半分興味、半分疑惑の声が混ざっている。そりゃあそうだ。信じろと言っても難しい、だから信じて欲しいだなんて命乞いをする気はない。

「ボクもそうですが、貴方達もですよね。星の堕胎児という存在は堕ちた星の血肉や核を得ても他の人間のように死にはせず肉体が変異する…両性具有になるとは知ってます。また各々が一つの主義を掲げて活動をすると……」

情報を羅列するセオドロスを前に、二人はちゃんと話を聞く姿勢になった。

「ボクが掲げる主義は功利主義、目的は最大多数の最大幸福。私は未来を変えることで起こりえる不幸を無くしたいのです」

「…その不幸って?」

「アルデバランをご存知でしょうか。倒した堕ちた星の核を子供に植え付け、偉人の概念を上書きすることでその偉人の継承者を造り出している…」

「聞いた事はあるね。それで?」

「ボクはそこの国から来ました。そこの国では完成者と呼ばれる継承者の中でも完全に偉人に染まり切り、偉人という概念の堕ちた星として完成した存在がいます。現在は四体。その存在は一度顕現すれば被害は増大です。ボクがいた世界ではそれらがアルデバランという檻から出て世界を滅茶苦茶にする所で終わりです。

それらを食い止める為に、試行錯誤の最中というわけです」

二人はしばらく今聞いた内容を咀嚼しきると、次の質問を出す。

「ではなんで私達の所に来た。アルデバランの事は全然知らないし、その完成者とやらを止めろと言われても急に頼まれても難しいぞ」

「そもそものきっかけに葬儀屋が絡んでいるからです」

葬儀屋の名前を聞くと、二人は身を強ばらせた。

「貴方達にとっても葬儀屋は敵…で合ってますか?」

「敵…というより邪魔な存在ってだけだが…」

「葬儀屋だけじゃない!あの連中は消すべきだ!秩序を乱す存在など生かしておくべきではない!アリギエーリだってそれを分かってるはずなのになんで手を下さないんだ…!」

「落ち着けバッド・フェイス…リーダーだって思う所あるんだろ」

「…ボクは葬儀屋を止める事で、アルデバランと世界を危機から救いたいんです。彼らが暴れたせいで、未来ではそもそもの世界の存続すらできなくなってしまっています」

バッド・フェイスは深呼吸をして自分を落ち着かせながらアルコルの方を見ている。決定権を持っているのが彼なんだろう。

アルコルはセオドロスを見つめると、目を細める。

「………」

沈黙の対価として時間だけが流れていく中、アルコルはセオドロスの肩を優しく叩いた。

「詳しく話を聞きたい。ここじゃなんだし…功利主義ならば秩序を保ちたい私達にも合っているしね」

アルコルはバッド・フェイスの方と目を合わせて、踵を返して歩き始めた。

「着いてきなさい。セオドロス。私達の隠れ家にご案内しよう」

「……」

セオドロスは無言でついて行く前に、やるべき事をやっておかねばと思った。

「ありがとうございます」

お礼を言うとアルコルは照れくさそうに「こっちにも利益があると思っての行為だからお礼を言われても困るよ」と話した。

困らせる気はなかったのに困らせてしまったと思いながらセオドロスはアルコルとバッド・フェイスについて行った。


「それで彼がセオドロスって訳」

アンティークな雑貨が並ぶ家のリビングにセオドロスは座っていた。

アルコルが話しかけている相手がアリギエーリで間違いないことはわかっている。

彼が名乗る存在はダンテ・アリギエーリその人だ。正しく彼は、彼を表してるようにその見た目も絵で語られるその人の服装そっくりだ。赤いチュニックに黒いひし形に見える襟、帽子に…月桂冠。

ダンテを軽く知っている人に「ダンテ・アリギエーリを描いてください」も言えば10秒で出てくる落書きの特徴で描かれやすいものがそのままそっくり目の前にある。

セオドロスの脳内に完成者たるダンテの方が思い起こされる。彼もダンテに染まりきった怪物として、今なおスターバーストの地下室で封印の為の槍を貫かれ、鎖で縛られたまま恨みと苦痛で蠢いている。彼もまた、人の姿を保ててはいないものの赤いチュニックのようなものは着ていた。(それ以外の部位が怪物の形に歪められていても)

皆して、ダンテはそういうものだと思っている証拠なのだろうか

同じファッションの系列のダンテを出されてもちょっと飽きてくるものである。しかしそんなわがままを言える立場ではない。

「…聞いてるのか?」

ダンテスクファッションを考えていた最中、アリギエーリに話しかけられていたらしい。

「すみません。服について考えていました」

「服か、何故だ?」

「ダンテ・アリギエーリといえばどれも貴方みたいな服を着ていると思ったからです」

「…はは、そうだな」

アリギエーリは少し気分が良いと言った雰囲気で手元の紅茶を飲んだ。

「それでだ。キミの話をより詳しく聞こうじゃないか。まず聞きたいのはキミ自身だ。アルコルからタイムループしてるとか、色々聞きはしたが君からの言葉としても聞きたい」

「構いませんよ」

アリギエーリとの会話の最中、アリギエーリとセオドロスが対面で八人用のテーブルに着いている所に他のメンバーも座った。

褐色の男であるアルコル、聖職者のバッド・フェイスの他にも同じような見た目をしている人物や白いトレンチコートで下半身が四足の獣のような人物もいる。

彼らがいわゆる星を保つものメンバーであり、その主義が秩序側の人間達なのだろう。

まずは己が何者かを明かさねばならないセオドロスは、簡潔に話した。

自分がベアトリーチェの受肉をされたが、星の堕胎児として生きている事。天国篇の力由来かは分からないが、タイムループをする力があり、それは十分な力があれば自分一人でもできるし、スターバーストにいるダンテと共鳴することで起こせるものであること。また自分が死ねば戻される。というところまでを話し、次に本来の世界で起きていた葬儀屋達の襲撃により世界が滅びるまでの話をして多くの情報を探った結果、葬儀屋を食い止める為に敵の敵は味方だと思ったからここに来たかった。とまでを明かした。

アリギエーリはセオドロスの言うベアトリーチェ、ダンテ、天国篇の単語に分かりやすく反応しつつも全て聞いた後に「葬儀屋か…」とあくまでも自分の気になるものとは別の話をしだした。

「私達は世界の秩序を保つのが役目…葬儀屋が未来でそのような行為をするなら見過ごせない」

アリギエーリがそういうと、バッド・フェイスが煽る様に入り込む。

「だから前々から言ってたんだ!あんな死体冒涜カス野郎なんてそもそも…」

「バッド・フェイス。静かにしてくれ。お前の声は頭に響いてかなわん」

白いトレンチコートの男が耳を掻きながら制する。

「しかし、本当にそうなるかは別だ。未来で起きると言ってたがだいぶ先じゃないか」

「まぁ、12年後ではありますが…」

「長すぎる。待てる気がせんし、その間はどうするつもりなんだ。お前をここに置いておくメリットはないし、葬儀屋共に「スターバーストを襲撃するならやめとくんだな」って説得すればいいのか?それとも彼らを殺せば良いのか?」

「殺してまでとは頼んでおりませんが…」

「までと言ったか、その手前まではどうかしてもらおうと思ったか?お前の不確実な話を信じて無駄に戦えというのか?」

「実際ボクには止めることはできませんでしたし、どう足掻いても世界は崩壊しました。ボクはそうとしか言えませんし、無理に信じてとは言いませんがそれでも起こるものは起こるので対処法を探すためにここに来たんです」

全員の目が、突き刺すように差し向けられる。

言葉を間違えたのか、それとも頼み方を間違えたのかはさておき相手との交流が上手くいかなかったと分かったセオドロスはやり直そうと決めた。

「秩序を保つ為に悪を排除するのでは無いのですね?」

バッド・フェイスではない聖職者の男が呆れながらセオドロスを見つめた。

「愚かなのか?」

「貴方がそう思うならそうなのだと思います」

「はぁ…」

その男はセオドロスの襟首を掴みながらズルズルと引き摺ると、玄関の扉を開けて外にセオドロスを放り投げた。

「痛いです」

「そのお前の言う12年経ったら来いよ。お前の襲撃が本当ならな」

そう言って扉を閉ざされてしまった。

「………」

セオドロスは悩んだ。12年とは確かに長い

今まで自分がその長い年月の中でしてきたことといえばどこかに潜入してはそこで平凡な日々を過ごして、時々情報を得て終わりだったなと思うとやけに長く意味の無いことをしていたことを知った。

セオドロスは一つ思いつくと、アルデバランの方に歩いていった。


スターバーストの研究者。一人の男性の存在を奪ったセオドロスは背丈や声まで全てをその相手と同じ様にした。

尾も角も何も無い人間の身体はやけに軽く、最初は歩くのもヨタヨタとしていたが次第になれてきて順調に歩けるようになった。

セオドロスは研究者としてのカードを他の人間と同じように胸につけながら歩き、地下まで降りた。

警備員にカードを見せて、冷たい廊下を歩く。

カードをかざして例の人物の牢屋に入る。

「ダンテ、こうして会うのは始めてなんですけど」

そう言いながらセオドロスが入った所はダンテが収容されている所だ。

ガラス越しに、槍で貫かれながらも身動ぎしているダンテがいる。

彼はセオドロスを視界に入れると、まさに「何しに来たんだ」と言わんばかりに苛ついた顔をした。

監視カメラはこちらに向いている…が、どうせ後にやるべき事は至高天によるループだ。別にどうなろうが構わないと思いセオドロスは部屋を施錠したまま、研究者の姿を脱ぎ捨て元の姿に戻った後ガラスを叩き割った。

セオドロスはダンテに着いてる槍や鎖を全て無くしたあと、改めてダンテに話しかけた。

ダンテはセオドロスを気にすることなく監視カメラの方をしばらす凝視し、やがてセオドロスと目を合わせた。

「ちゃんとした場で話し合うのは初めてですねダンテ」

セオドロスが話しかけてくるのを聴きながらダンテは自分の首に突き刺さる首輪を外した。

「…ッ……ハァ………何しに来たのか。我がベアトリーチェと天国を連れ去った忌み子よ。ただ気が狂って我を解放しに来た訳ではあるまい?」

「ボクは世界を救いたいです。それで未来にはスターバーストに葬儀屋が襲撃しに来るではありませんか。それを止めるために試行錯誤の最中な訳ですが、それが12年ともなると長すぎて待てないと言われたので、至高天で巻き戻る地点を今から未来にズラしたいです」

「…………」

ダンテはその巨体をゆっくりと動かしながら入口の方に向かう

「光の中で探すといい」

「もうひとつ聞いてもいいですか?」

「なんだ」

「貴方の目的ってなんなんですか?」

ダンテはいつもと変わらない、何かに対して怒ってるような顔で答える。

「世界を地獄に還すことだ」

「…?」

セオドロスが分からないと言った顔で見つめるのを煩わしそうにしながら「至高天をしたいなら早くやれ。私はこの世界を地獄に変えるので今から忙しくなるんだ」と言った。

「分かりました」

セオドロスがダンテに手を差し出すと、ダンテも手を差し出す。

手と手が触れ合う瞬間に、眩い光が部屋を包んだ。

セオドロスはたった今起きた至高天の中から、12年後に飛ばなくてはいけない。

「眩しくて分からないんですけど」

誰に届く訳でもない問いかけをしながらセオドロスは光の中を歩いた。

真っ白いだけの空間は、簡素な天国にしてはやけに虚無感を孕んでいる。

「ど、どれ…何処…?ここ」

いつも光に包まれて気がつけば戻っていたのだから、この中の空間のことなんて知るはずがない!

白い空間に耐えきれなくなりただただ走っていたセオドロスは、急に誰かに腕を掴まれた。

「…えっ」

それが誰なのか分からないままなにかに引き込まれたセオドロスはまたしても強い光に包まれた。


気が付けば、いつも通りのスラム街の路地裏だ。

「ッゲホ!ゲホッ…!」

全身が埃を被ったようになっている。身じろぎするたびに粉が舞う。

体を動かす度に別の重みが襲う。周囲にはゴミが散乱していて、自分にも乗っかっている。

「なんですこれ…」

立ち上がって埃を払ったセオドロスは、夜空の模様がいつも見るものと違い雲が多いことに気付いた。

また、自分に積もっていたゴミや身体に張り付いていた埃から12年後に来れたのではないか?と思う。

それを確信に変える為、日付を知る為にセオドロスはスラム街を出て街中へと溶け込んでいった。

『無知のヴェール』

アメリカの哲学者。ジョン・ロールズの提唱したもの。

自分が金持ちなのか貧乏なのか、男性か女性か、健康なのか障害をもつのかを知らないままの状態を仮定する。

すると自分がどの立場なのか分からない為全員が誰にとっても不利にならず最悪となる弱者の立場になっても最低限の生活や権利が守られるルールを選ぶというもの。

功利主義を批判し公的な正義を導き出すための思考実験。

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