短編小説 その四
【捨てられないもの】
「いっけなーい遅刻です!」
中学一年生のセオドロスは、絶賛遅刻中★
「サルトルの存在と無、ハイデガーの存在と時間を読み比べて推しポイントをパワーポイントにまとめていたらすっかりお寝坊したのです〜★こいつァ!星よりも先に単位が堕ちちまいます!」
母親に焼いてもらったパンを両手に一個ずつ持ちながら、走っていたセオドロスは角を曲がった時、何かにぶつかった。
「いってぇ!なんでございますか!」
尻もちを着いたとしても、両手を高くあげてなんとしてもパンだけは死守した。
「すまんな!!!」
下半身が馬で…鎧を全身にまとったケンタウロスみたいなやつが目の前にいる。
擦れる鎧の金属の音もうるさいが、彼の声もうるさい。
走り去っていく奴を見ながら、セオドロスはパンを一口食べた。
そして遅刻ギリギリで先生に怒られながらも席に着いたセオドロスはパンを完食しきると、教卓に立つドストエフスキーを見ていた。
ドストエフスキーはニコニコとしてさっきまでの真剣な空気が嘘のようにほんわかとしている。
「今日はな…皆に良いニュースがあるんだ」
皆の心に浮かんだものはひとつ、これは転校生が来るパターンのやつだ!!
「先生!転校生ですか!」
生徒の一人が勇気をだして聞くも、ドストエフスキーは首を横に振った。
「違う…」
「違うんだ…」
じゃあなんなのだと思ったドストエフスキーは、教室の扉を開けた。
「ペットだ!皆でペットを飼うことになった!」
開かれた扉から、鎧を着た下半身が馬の男がのそのそと入ってきた。
「あーーッ!お前あの時の!」
椅子から立ち上がってセオドロスは指をさした。
指をさされた相手は鎧の奥からクックッと笑ってみせた。
「今朝の幼子か…!ふっ…良い目をしているな」
蹄を鳴らしながら教卓の前に立った相手はお辞儀をした。
「我が名はドン・キホーテ!ドゥルシネーアの為に生きる騎士である!!」
子供たちの多くはドストエフスキーに抗議をした。
「こんな鎧の怪物飼える訳ないだろ!」
「返品してこい!」
「元いた場所に返してきなさい!」
ドストエフスキーは腕を組んで窓の外を見ている。
「聞いてんのかドストエフスキー!」
「先生でもお世話できないでしょうが!」
「子供たちに投げやりにすんじゃないぞ!」
セオドロスは立ち上がって指をさしたまま、他の子達と同じように抗議をした。
「大体これペットじゃなくて____!」
セオドロスは目が覚めた。
スラム街の冷たい風は目が覚めたばかりのセオドロスの体温を冷ますのに丁度良かった。
じとっと汗が滲む額を袖で拭う。
最悪な夢を見た。なにあれ本当に
「アレがペットはダメだろ…」
セオドロスはそう思いながら、次はマシな夢を見ようと再び眠りについた。
【どれが正解なのさ】
「ヴィクトル・ユゴー…ヴィクトル・ユーゴー……」
アルキメデスはブツブツと呟いた。
「マルティン・ハイデガー……マルティン…ハイデッガー…」
ブツブツと呟きながら、書類に目を通していた。
「どうした」
横からニュートンが話しかける。
「いやね、読み方どれが合ってるんだろって思って…」
「どっちも合ってる」
「いやでもほら、統一したいじゃん」
「問題は字数だ。文字数を稼ぎたいならユーゴーとハイデッガーにしたらいい。文字数を稼ぐつもりがないならユゴーとハイデガーにしろ」
「そんなでいいの?」
「いいだろ、これぐらいの感じで」
「緩いな…」
二人の様子を見ながら、パスカルは思った。
「あれニホン語の話ですよね」
横にいたラグランジュはパスカルの方を見るともう一度アルキメデスとニュートンを見た。
「………シッ…ミヤザワとか日本人の継承者が来たことあるから彼らも彼らなりに配慮しようとしてるんだろ…」
「えっでも書類は__」
「お黙りなさいパスカル」
「何故…」
三十分後、「エウレカ!」と叫んだアルキメデスは頭を飛ばして廊下を走り回った。
【三大ディストピア】
「三大ディストピア作品といえばすばらしい新世界、1984年、華氏451度ですね」
「私はその作品の列挙が嫌いだ」
カラカラと車椅子を自身の手で動かしながら、ハクスリーはセオドロスを見つめた。
「なんでですか?」
「1984年と華氏451度はディストピアと言えばで話題に出やすい癖に私のすばらしい新世界は出てこないからだ」
「1984年を送った後、先生ってば手紙で"恐怖で支配する方法じゃなく、私のすばらしい新世界の方が近い未来で実現する"…みたいな感じでマウント取ってきましたもんね」
「ふん…」
ハクスリーは車椅子に乗りながらも足を組んだ。
「監視社会の1984年…焚書の華氏451度……ふん、くだらない」
「両方面白いですけど」
「…そっちの方が話題に出やすくて、私のものは出てこない」
「ソーマですよね。副作用なく幸福を得られる薬物の…」
「ん…」
セオドロスは頭を捻った。
「文学作品ではよく、オマージュがされることがあります。
例えばフランツ・カフカの"変身"は人が別の何かに変身してそこから苦難に陥ることを暗示するものとして出てきやすいです」
「だからなんだ」
「オーウェルの1984年の二重思考やテレスクリーン…ブラッドベリの華氏451度の本を焼くという要素は他の文学作品やもしくは…アニメや漫画などに"出しやすい"のです」
「……私は、別にそういうのに出されたい訳じゃないし…」
「話題にされないって拗ねてるのもどうかと思いますよ先生」
オーウェルに言われると、ハクスリーは拗ねるようにそっぽを向いた。
「すばらしい新世界はぼくのかんがえたさいきょうのディストピアですから…話題にするところがないというか」
「セオドロスくんそれは…」
「個人的にブラッドベリの華氏451度はディストピアに入れたくないのは置いといて、すばらしい新世界の世界観は生まれから完成されすぎててこう…ボク的にはあの社会はどうして行くんだよっていう気持ちしかなくて…」
「安寧だ。あそこには幸福がある。社会の為に人間は部品になったんだよ…セオドロス。それともなんだ。発展が欲しいか?なにかに向かう、目標が欲しいか?」
「…いや…まぁ…うーん……あの世界は何となく、無味というか…」
ハクスリーは車椅子に深く腰掛けるとセオドロスを見つめた。
「社会のシステムの中の部品として人間は設計されている。自由はないかもしれないが、ソーマによる幸福がある。これは社会と、人間にとってウィン・ウィンの関係だろう?」
「…そうですが…確かにその世界の人達から見たら、そうかもしれませんがボクから見たら彼らはなんとなくつまらないように見えてしまいますよ」
「キミは傲慢だなァ。自分の気持ちが全てか」
「じゃないとこうなってないです」
「それもそうだな」
カフェで三人はサンドイッチを頬張りながらセオドロスは思いついたように話した。
「というか話題に出てこないのってソーマのせいじゃないですか?」
「えっ?」
ハクスリーは間抜けな声をあげた。
「いや、薬物って忌避されるし…副作用もなく幸福を感じれます!っていうのがすばらしい新世界のソーマの魅力なのは分かりますが……あんまり薬物バンザイするのも良くないじゃないですか」
「んん…」
「まぁ貴方は色んな薬を試してきたのは知ってますよ。それこそメスカリンとか…」
「んん……」
ハクスリーは頭を抱えた。
「…いいんだ。私のすばらしい新世界の方が…実現してるし…」
「華氏451度の方が…」
「シッ!」
オーウェルはセオドロスの口を塞いだ。
「もごもごもご」
「先生…お気持ちは分かりましたから、ショートケーキを食べてくださいな……冷めますよ」
ショートケーキは冷めないだろとセオドロスが言おうにも口を塞がれている。
ハクスリーはシュガースティックの袋を破くとショートケーキにふりかけ、そのまま両手で持って食べ始めた。
オルダス・ハクスリーの英国紳士らしい振る舞いは一切ない
「手遅れだ…」
声に出たか、どうかは定かではないにしろ、セオドロスの呟いたそれに対しオーウェルは「必ずや戻すさ。あの時の先生に」と、返した。
【NG】
ヤスパースはキルケゴールを説得していた。
説得というよりそれは洗脳に近く、ヤスパースの目的はキルケゴールを完成者にすることでスターバースト全体に混沌を生み出すことだった。
飽きた玩具の箱を捨てるのは自分でやるのとても億劫だ。
面倒なことは他者にやらせるにすぎる。
そうして、ヤスパースは深夜、キルケゴールの部屋に来てまで洗脳ASMRをしていた。
「…ことですね」
キルケゴールは震えた声で喋る。
「ア〇ルアサシンになれと…言うわけですね」
「待ってくれどういうことだ」
「ア〇ルアサシンとなり、皆に絶望を伝え、そして、神の前に単独者として信仰に目覚めさせると…!」
「なんでア〇ルになるんだよそれが」
「クッ…!神は私めに最後までこのような試練を課すのですね!」
「神が課したわけじゃないだろそれ」
キルケゴールは自室の棚の下をごそごそとすると、ア〇ルアサシンのグローブを取り出した。
それ以外にも見てはいけないものがあったが見ないことにした。
「ア〇ル処刑チーム…単独者キルケゴール、行きます!」
「ごめんどこに?」
「全ての人に……!」
ヤスパースは肩をキルケゴールに強く掴まれた。
「貴方も実存に目覚めましょう!」
「もう目覚めてます!!限界状況バンザイです!!!!」
「まだ足りません!」
「足りねぇってなんだよ!!足りないってなんだよ!!!」
処刑チームの寮から叫び声が響いた。
その五時間後、アンデルセンは目の前で同僚がアサシン(隠語)されているのを目撃していた。
「なッ…何をしているのですか…!キルケゴール!!」
「此処で会ったが…何年ぶりですかね」
「それは分からないです」
「分かりました。何年ぶりかのアンデルセン」
「何年ぶりかのキルケゴール…」
「懐かしいですね…私の処女作は貴方の本をボロクソに言ったやつです」
「あれ凄く腹立ちました」
「他作品に私出しましたよね」
「幸福のガロッシュのオウムがキルケゴールが元説ありますね…だからなんです?」
「ぶちのめすぞ…。あれって幸福のガロッシュの方が先に出たから先にお前が私に喧嘩売った説もありますよね」
「だからなんすか?どの道貴方のことは嫌いなんですけど」
「お互い様ですが」
アサシンされているダーウィンは、だいぶ気まずそうだ。
「すみません。その喧嘩の前にまず手を抜いてくれませんか?」
「そういう後世の仮説云々はどうでもいい。私は貴方が嫌いです。アンデルセン。そしてその思いは貴方も同じ…でしょう?」
「ふん…お喋りな口は閉じれないんですか?」
「うるさいぞ」
キルケゴールは咄嗟に拳に力を入れた。
ダーウィンの口から腑抜けた声が漏れる。
「黙れ。喋んな。婚約破棄野郎が。今の時代ならざまぁww系でなろう作品になってそうなやつがギャーギャーうるさいんですよ」
「んだとテメェ……生ぬるい童話ばかり書いて…周りの雰囲気に流されるだけで自分自身の内面ろくに書かなかった臆病者のくせに…!」
「もう臆病者ではありませんが!」
「ほう!言ってみてください!」
「すみません…手を、手を抜いてください…そろそろあの、種の起源じゃなくて、私の子種の終末が来ます…」
ダーウィンの訴えは届かないようだ。
「シェイクスピアさんの布団の下からエロ本盗みました!!それも全てです!」
「こいつ…強い!私でもニーチェのベッドの下から1冊のみというに…!」
「なにしてんの二人とも」
キルケゴールは悔しい思いでダーウィンからアサシンを引き抜いた。
「うぉ…種の存続ッ…!」
キルケゴールは一息つくと、アサシングローブでアンデルセンを指さす。
「覚えていてくださいね!アンデルセン!この次こそや必ず!!」
キルケゴールは捨て台詞を吐いて去っていった。
「次こそ何する気なんだ…くそっ!キルケゴールめ!」
「なんだろうね……あぁ、私のア〇ルが淘汰される…」
「そういえばシェイクスピアさんは…!メンデルさんは…!無事ですか?!」
ダーウィンは少し思い出してから答える。
「メンデルは出かけてるよ。シェイクスピアは……あ、奥の部屋だ」
そう話していると、奥の部屋からやけに真顔でいるシェイクスピアが歩いてきた。
「シェイクスピアさん…!ご無事ですか…?!」
アンデルセンの問いかけをシェイクスピアは鼻で笑うと、腕を組んだ。
「この世は皆舞台…男も女も…ア〇ルもまた、役者に過ぎないさ…」
治療チームに行ってくるといい、シェイクスピアは去っていった。
アンデルセンはわなわなと拳を震わせる。
「キルケゴール…強い!」
「そういう問題じゃないだろ」




