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短編小説 その三

【ペスト】

サルトルは階段につまづいた時、外にいると感じた。

「…はァ?」

太陽が燦々と輝き、街は無機質なものだ。

スターバーストの建物のような近未来感は無く、どこか懐かしさを感じるほどには親しんだような場所…しかし、来たことはない

「自分の部屋から出たらこんなところに迷い込んだなんてねぇ……ダンテも気が付けば森に迷い込んだなんて言う出だしだったが、まさか己も気が付けば知らない所だとは…」

サルトルが周囲を歩いていると、見慣れた姿があった。

「…ノイマン?」

「サルトルか」

全身に黒いスーツを身に纏う女性は…汗一つかいていない

「やけに暑そうな見た目してるね」

「しかし、暑くはない。……着込んでいる服の量ならお互い様くらいだが、貴方も暑くないでしょうサルトルさん…」

「まぁね。キミも気がついたらここに?」

「えぇ…廊下に出たらこれです」

サルトルは周囲を見渡した。

空は広く、建物の中にいるよりは綺麗な空気に包まれている…だが、何処と無く閉塞感のようなものが胸につっかえる気がした。

「堕ちた星の領域に引きずり込まれた感じかね。ここがどこなのかを理解することで打開策が生まれると思うけど…」

そうサルトルが話すと遠くから誰かが二人を呼んだ。

「おーーーーい!おーい!主ら!お主らもおったかぁ!」

ペストマスクをつけた二人組、ノストラダムスとパラケルススが遠くから手を振っている。

ノイマンは手を振り返し、二人の元へと向かうようだ。

両者とも歩きだし、道の真ん中で落ち合うとお互いの無事を確認した。

「怪我は無さそうじゃのぉ〜良かったわぃ」

ノストラダムスは元気そうに笑顔で答えているが横のパラケルススはイラついている。

「ったく、こちとら朝からやりたい実験が山積みだったのに…!なんでこんな面倒なところに巻き込まれなくてはならないんだ…!」

パラケルススはしばらく頭を掻きむしると、やがて諦めたようにため息を着いた。

「他にも継承者がいないか確かめましょう」

ノイマンが提案するとパラケルススはノストラダムスを柱にしながらひっそりと立ち始める。

「あまり目立ちたくないが……」

そう危惧するパラケルススを見て、サルトルは周囲を見渡して安心するように伝える。

「安心するといいパラケルスス、どうやら街の人達は私達の見た目とかあまり気にして無さそうだ」

「それでいえば最初から騒ぎになってるはずですものね。ノストラダムス先生の見た目とか…」

「ふっ、そうだな」

「わしの顔に変なものでもついとるか?」

「そうじゃねぇよジジイ。見た目の話だよ」

「年下に向かってじじい呼ばわりとはなんじゃ!このクソホーエンハイム!」

「年上にそれ言うやつ初めて聞いたわ!」

パラケルススとノストラダムスはなんだかんだ仲が良さそうだ。

「ゼルチュルナーがいなくても彼らは喧嘩するんですね…」

「そうだな…」

「それでは、他の人達も迷い込んでいないか探しますか」

ノイマンとサルトルがノストラダムスとパラケルススを連れて歩いていこうとすると、街の路地裏で一人の青年に声をかけられる。

「おりませんよ。他に継承者は」

拘束衣のような服を着て、哲学者としての概念の拘束のために足枷をつけられた悪魔の角と尾が生えた男___

「ヤスパース…ッ!」

サルトルは警戒に入る。

ここが堕ちた星のフィールド内とは言え、ここで出会うのには嫌な予感がする。

サルトルの警戒を物怖じせず、ヤスパースは笑顔を向けて歩いてきた。

「処刑チーム所属、包括者ヤスパースです…どうぞお見知り置きを、医療チームリーダーノストラダムスさん、開発チームパラケルススさん」

ヤスパースはさっきまで言い争いをしていたふたりの前に出て礼をした。

処刑チーム所属と聞き、ノストラダムスとパラケルススも少し警戒をする__が

「ふぉっふぉっふぉっ!!挨拶とは良い奴じゃのぉ〜!」

ノストラダムスは勢いよく、ヤスパースの背中をバシバシと叩いた。

「ゔっ」

ヤスパースはその衝撃に耐えながらすぐにやめてくださいと言ってノストラダムスの腕を掴んで抑えた。

「力比べか?処刑チームのガキには負けんぞ!!」

「違いますが!!」

ノイマンの説得の元、ノストラダムスは抵抗をやめて落ち着いた。


五人はここがどこかを知る為に街を歩く。

サルトルが看板に書かれている街の文字を見た。

「オラン……」

その文字を目にすると、サルトルは周囲を見渡し、最終的に燦々と輝く太陽を手で影を作って見つめながら、察した。

「ここはカミュのペストの中だ」

「…アルベール・カミュが書いた…不条理小説の一つ…ですね。オランという街にペストが襲ってくるもの…」

「そうだ……恐らくここは、そうらしい」

「んん…」

ノイマンは困ったように考えた。

「サルトルさんの目の前で言うのもなんですが、カミュさんの小説の中にいる…となると、警戒せざる負えません。本当に大丈夫なのですか…?」

「それはどっちがだ。ノイマン」

「えっと…それは……」

「カミュなら大丈夫じゃろ!!昨日もゼルチュルナーの薬を元気に飲んでおったからな!!」

ノストラダムスが空気を読まずに割り込んだ。

ノストラダムスのその意見にはパラケルススも同意のようで、これは堕ちた星の領域内の特徴と一致しているのだからカミュは関係ないとした。

「概念は学習されているようだがな」

パラケルススが吐き捨てるように言った。

しばらく沈黙が続き、街の人々の声だけが響いた後サルトルを除く四人はサルトルを見つめた。

「…なに?」

「カミュさんと仲良いですよね。ペストも読んだことありますよね?」

「あるけど?」

「…どうなるんです?ここは」

「っあーーーー」

サルトルは頭を抱えた。

そして話し合いしやすいからと、近くの飲食店に入った。

サルトルはペストのストーリーを大まかに伝えたあと、これみよがしにカミュのペストの批評をしだした。

ペスト自体はペストというひとつの題材に様々なテーマを組み込んでいて小説として良いということを話していた。

その次だ。

カミュはペストをナチズムや戦争の寓意として書いていると読むことができると前提を置き、ペストという存在をカミュは自然災害かのように書いていると言って悪がなぜ生まれたのかや誰が作中の閉塞感を生み出すきっかけとなったのかなどの歴史的・政治的問題が消えてしまうということを考えていた。

サルトルの長い語りを聞きながら、ヤスパースは心の中で「んな事とどうでもいいわボケ、ペストはペストだろが…」と、思いながら珈琲を飲んでいた。

「…君のカミュに対する思いはよくわかった」

ノイマンは一区切りつかせた後、話をまとめようとするがその一区切りの間にペストが中心ならばとノストラダムスがペストマスクの奥から目を輝かせた。

「わしの得意分野じゃあ…!!」

「実際ペストでも…名前出てきてたなぁ」

ノストラダムスのペスト医師としての功績は並程度…とされている。良くも悪くもない程度だ。

パラケルススもペスト医師として働いていたが、こちらは働いていたと言うだけでどういうことをしたかはあまり聞かない。それよりも錬金術師の一面の方が目立っていた。

自分が活躍できるかもしれないという喜びを全力で体で表しているノストラダムスを見ながら、ノイマンとサルトルはこれからどうするかを考えていた。

「観測チームリーダーのノイマン、治療チームリーダーのノストラダムスがこの場にいて足止めというのは私としてはかなり心配だから早く終わらせたい……が、この場においては…鼠が死んでからが本番だ。それまでこの街で待っておくしかないだろうな」

「近くの宿屋を探そう。どうやら都合よく金は持っているみたいだし、とりあえず部屋分けは3人と2人で、私とサルトル。ノストラダムスとパラケルスス、そしてヤスパースの三人で泊まれ」

「えっ?」

ヤスパースの抗議を黙らせ、その日の五人は近くの宿屋に泊まることにした。


翌日、変化は目で見て理解できた。

「だぁーーー!そこらかしろで鼠が死にやがる!!」

「こっちには二匹もいるわ!」

「あそこにクソデブカス鼠がわんさか死んでるわ!」

宿屋の主人が鼠を箒で掃きながらちりとりの中に収めていた。

「鼠…」

サルトルらが階段を下ってきた時、宿屋の主人は鼠を隠すように捨てながら、愚痴愚痴と鼠の愚痴を言い始めた。

「こいつら、血反吐吐いて死にやがる。気味悪いったらありゃしねぇで……」

愚痴を聞きながら五人は目を合わせて「不条理が来た」と、確信をした。

五人は外に出る。サルトルが口を開いた。

「リウーの所に行こう。できる仕事をあそこで手伝わせてペストの収束を待つのが、この空間での生存の仕方だ。そうすればいつか堕ちた星が姿を表すだろうよ」

「堕ちた星が姿を得るとしたら、どの皮を被るのだろうね」

ノイマンの問いに、サルトルは少し考えて答える。

「さぁね。コタールかもタルーかも分かりはしない…いつ何が来るかも分からないんだから___」

そう話して歩く五人の前に一匹の鼠が歩いてきていた。

よろよろと力なく歩いた鼠は道の真ん中でもがき苦しむと血を吐いて死んだ。

「…ペストがもう始まって」

そう話すサルトルの口は、その口の形のまま止まった。

目の前の鼠につまづいた人物に釘付けになった。

襟を立て、トレンチコートを着て煙草を吸う人物……

「…カミュ!」

名前を呼ばれた相手は、サルトルの方を見た。

「……サルトル、ここに居たのか」

「皮肉だねカミュ。作者も迷い込むとは」

「いやぁ全く、その通りだよ……」

ヤスパースはカミュの靴に着いた鼠の血を見て、ばっちぃからこっちに近づいてきて欲しくないと思ったが、カミュはそのままサルトルの前まで歩いていた。

「どう?この不条理の舞台は」

「居心地悪いよ。早く出たいものだ」

「ふふ…不条理の前に人間は屈するんだよ。それに対してどこまでの抵抗を皆は見せるのか楽しみだ…。どう抗おうと無駄なのにね…」

「なぁに!任せろ!わしはペスト医師じゃからな!!」

ノストラダムスがそう叫ぶと、カミュはニコニコと笑った。

「カミュ」

サルトルが冷たい声で名前を呼ぶ。

「なんだい?」

「ボロを出すのが早すぎる」

「…なんのこと?」

「アルベール・カミュは不条理に抗う人間を決して無駄だとは言わない」

カミュと呼ばれた人物は煙草を咥えながら細く立ち上る煙を見つめ、また口から吐き出していた。

「……チッ、だから何?」

カミュは煙草を吐き捨て、靴先で土をえぐりながら火を消した。

「黙って不条理に潰された死んでろよ」

「嫌だね」

サルトルは懐からコルト・ガバメントを取り出した。

「私達は不条理にも、お前らにも決して屈しない」

一発、迷いなくサルトルはカミュに対して引き金を引いた。

「…っ」

それはカミュの首に当たる。

サルトルは少し手を震わせながらも位置を調整し、次にカミュの腹部を撃った。

その次に心臓を撃つ。人間としての急所を撃った後、次にどう出るかを確認しながらサルトルは拳銃を構えた。

「ヤスパース、お前は見ているだけか。処刑チームのくせに?」

ノイマンの問いにヤスパースは笑って答える。

「血みどろは苦手なんで」

三発の弾丸を喰らい、カミュの服には血が滲んでいっている。

カミュは不敵な笑みを浮かべ、自身の影に手を伸ばすともう一人のカミュを取り出した。

「……今度は本物か」

「…ふ…っぐ……ゲホッ…」

本物のカミュは血を吐きながらむせている。

息苦しそうに喉に手を伸ばし肩を上下に動かしている。

「っおい!!発作が出てる!」

「そりゃそうだろ。オレがこいつの中の核を少し弄って出させたんだから!

よく学習させてもらったよ。こいつの本も、こいつ自身もね!

やっぱ真似るのは難しかったわ。哲学者とか小説家とか気難しい様に書いて、読ませる気が無いんだわ!こんな奴を真似るなんて無理無理!」

カミュの姿をした偽物は床に転がったカミュの頭を強く踏みつける

「…っ」

カミュはその衝撃に、地面の砂の痛さと靴の圧力を感じながらもトレンチコートの内側に手を伸ばし、サルトルに視線を向けた。

「…あいつほんと、ヒロインみたいだな……」

思わず口に出ていたヤスパースは、その発言を無かったことにするように黙った。

「見下げ果てたやつだな。堕ちた星よ」

「黙れよ。人間の心の中にオレみてぇなのがいるから、オレが生まれちまったんだ。オレを恨むならオレのような感情の塊が生まれる原因になった自分含め他の人間を恨めよ!」

カミュの偽物がそういうと、サルトルは呆れてため息を着いた。

「全く、気に食わんな。自己欺瞞も甚だしい

お前のそれは自分が生まれて、人を苦しめる選択をする理由を他者に押し付けているだけだ。

別にお前が悪感情から生まれようが、どうやっていきるかはお前次第のはずだ。

だのに、自分で選択をしておいて他の人間を恨めだ?子供の言い訳の方がまだ上手いよ」

サルトルの語りを、カミュの偽物はどうでもいいと言わんばかりに、足先でカミュをドカドカ踏みつけながら聞いていた。

「あと、お前は一つ人間らしくも愚かな思考に陥っているね」

「…なんだよ」

偽物がそう聞くと、踏みつけられていたカミュはその姿勢から銃を取り出して踏みつけている足を撃ち抜いた。

「__ッ!」

「カミュは自分の命が人質に取られようが抵抗をするし、私だって拳銃を撃つ手を止めないって事をだよ」

そして、弾丸が放たれる音が合計で五発鳴った。


堕ちた星を倒すと、五人はスターバーストの施設に戻っていた。

全員が立っている位置はちょうど治療チームの所で、ノストラダムスとパラケルススはカミュの手から拳銃を奪い、二人で担ぎながら治療をする為に部屋に寝かせに行った。

「頭に怪我ないかの!」

「待てノストラダムス!適合率の確認だ!薬を用意しろ!」

「ゼルチュルナー!ナイチンゲールゥーー…」


__サルトルは弾切れになった銃をしまうと、ノイマンと目を合わせる。

「…ノイマン、君が報告書を書いてはくれないか?」

「構わないよ。君はヒーローすぎたね」

「ふっ、あのままじゃ客観的に報告書を書くのが難しいだけだよ」

「分かっている。だから書くともさ」

サルトルとノイマンは二人揃って司令塔の方に向かった。

ヤスパースはその場で立ち止まり、懐からペストの本を取り出した。

「神話に比べたら、小説を学習させたやつは雑魚いな〜」

ヤスパースは近くのゴミ箱に雑にペストの本を投げ入れたあと、そのまま処刑チームへと戻っていった。

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