短編小説集 その二
【薬物バトル】
ゼルチュルナーはパソコンの前で頭を抱えている。
モルヒネの歴史だ。
自分が死んだあとに、モルヒネがどうなっていったかの歴史を見て悶え苦しんでいる。
「……よし…頑張ろ」
この苦しみが返ってやる気を出させるに至っているのだ。
罪悪感で苦しむことほど生きる事の活力を得られるものはない。
そしてゼルチュルナーは治療チームの扉を開いた。
「…どうも」
知らない人がいる。
「あ、どうも」
二人の間に沈黙が流れる。
「……あの、どなたですか?ここは一般の職員が入れないところで…」
「あ、俺アーサー・ヘフターと申します
あ、違うな。幻覚-ヘフターです。サボテンのペヨーテから幻覚剤のメスカリンを初めて単離させました!ゼルチュルナーさんですよね!?」
「えっ、あ、はい…」
「いや〜会えて嬉しいです!アヘンからモルヒネを初めて単離させて自分に投与……いやはや、私自身もメスカリンを自身に投与しましたから、お仲間です…!」
ヘフターは手を差し出し、ゼルチュルナーもそれに答える。
力強くブンブンと揺らされると、その衝撃に合わせてゼルチュルナーの口から間抜けた声が出続けた。
「本日からよろしくお願いいたしますね。ゼルチュルナー先輩」
「はわ…はい……」
ゼルチュルナーはその日の業務を終え、彼が開発チームの所属であることを知った。
ゼルチュルナーは自身のパソコンでアーサー・ヘフターについて調べる。
ドイツの薬理学者で、ドイツ薬理学会の初代会長…肩書きはとてつもなく凄い
(私はただの薬剤師見習いで、大学も行ってないし博士号とか無いけど……凄いなぁこの人は…)
ゼルチュルナーは次にメスカリンについて調べた。
植物から生み出された幻覚剤……植物の種類も違ければ作用も違う。
しかしある意味で似通った経緯を持つそれに対してゼルチュルナーも今更ながらに彼と似たようなところがある気がすると思った。
ゼルチュルナーの視点は苦痛を取り除く為のもの足り得るかだ。
メスカリンは幻覚剤というだけでなにかの治療に使われていた歴史はない。永遠に研究対象というものだ。
なにかに使えるかもしれないという延長線……
ゼルチュルナーとしては歓迎できるものではなかった。
薬物をなぜ研究するのかといえば、誰かの為だったからだ。
「………」
しかしモルヒネと同じくメスカリンも使用した事のある継承者がいるらしい。
今目の前にいる。
「……」
「……」
「君はヘフターをどう思う?」
「え?いや、えーっと、あの…わ、分かんないです」
「ふむ……私は気に食わんな」
「っへぇ〜…」
「メスカリンというものをかつてやった事がある。しかし最悪だった。蟹の幻覚が見えてだな__」
ゼルチュルナーはサルトルの悪口を延々に聞かされている。
どうやら生前にメスカリンを服用して痛い目にあったらしい。
それと同時に調べていたが、ハクスリーという人物はメスカリンを摂取してかなり歓喜していたらしいが……
「モ、モルヒネもメスカリンも、どう扱うかですから…」
「ふん、そうだな」
「そっすよ〜」
後ろからヘフターが話しかけてきた。
「モルヒネの功罪に比べたらメスカリンなんてかすみますってぇ!」
それ悪口じゃない?
「えっ」
「だってこっちは幻覚でやべーの見えたらアウトですけど、モルヒネは依存症出まくりじゃないすか〜」
「あ、あぅ…」
「ゼルチュルナー言い返しなさい!」
ナイチンゲールが後ろからすかさず援護射撃した
「モルヒネは今も医療現場で使われています!自信を持って!偏見を持つ人はまだ結構いますが!」
「嬉しくない〜」
ゼルチュルナーは咽び泣いた。
「ふぉっふぉっふぉ、なんか喧嘩しとるの」
ノストラダムスは微笑ましそうに見ている。
「健康なものなんてあるわけないのにな」
サルトルはノストラダムスの横で腕を組みながら帰りたそうにしている。
「おや、健康なものはあるぞ」
「それはなにかね?」
「砂糖じゃ!!!」
「………」
サルトルは帰った。
【砂糖ジャンキー】
ジョージ・オーウェルは本の中で言った
「紅茶に砂糖を入れるやつは紅茶の香りを台無しにしている。
普通の湯に砂糖を入れているようなものだ」と
オーウェルは車椅子を押して机に向かわせた。
車椅子がある以上テラス席の方がやりやすい。テーブルの日傘が二人をすっぽりと覆っていた時に、オーウェルはハクスリーに対して雑談を交わしていた。ハクスリーは眠そうにうつらうつらとしながら「ん」のみ返してくるが、いつもの事だ。
会話が枯渇してきた時に店員が紅茶を持ってきた。
「あ、紅茶来ましたよ先生……ちょっと待っててください。私トイレに行ってきますね」
オーウェルは急いでトイレに行き、用を足した後に席に戻った。
どうやら勝手に動いてしまっていたようで車椅子の向きや距離が違う。
手に何か持っているようだ。
「先生…あまり無茶なさらないでください」
「んぁ……ぅー……」
「怪我が起きては良くないですから…」
車椅子のロックを外し、再び良い距離に調整する。
「それではお茶しますか、先生」
「ん!」
ハクスリーは片手いっぱいにシュガースティックを持っている。
「それを……カフェから…持ってきたんですか……?」
「ん」
ハクスリーは丁寧にプチプチと袋の先端をちぎっている。
オーウェルは嫌な予感がした。そしてその予感が当たっているとこれ見よがしにハクスリーは紅茶の中に砂糖を大量に入れた。
オーウェルはこの日だけはショックから立ち直れなかった。
「……」
コーヒーカップに山盛りの砂糖があって、キルケゴールはそこにホットコーヒーを注いだ。
ニーチェはビチェリンを片手に、目の前の光景に目を見開いて釘付けになっている。
「それもう砂糖だろ…珈琲が虐待を受けてる…」
ニーチェはそうキルケゴールに言うが、目の前の彼女は知らぬ存ぜぬだ。
「美味しいです」
「…そっか!」
ニーチェは諦めた。
「在庫無くなってきたので明日砂糖山盛り珈琲は無しですよキルケゴール」
ヤスパースがそういうと、キルケゴールは怒った。
「なんでですか!」
「お前の飲みすぎだろ…!」
「絶望だ…」
「お前の絶望安すぎるだろ。百均なの?」
「うっうっ…ずぞ」
「その勢いで飲むんだ…」
「うるさいぞ!!」
暖炉の前から布団を被って動かないデカルトは、全員キレた。
「いやだって、キルケゴールが…!」
「砂糖の在庫がないのに納得がいきません!!」
「えぇい!明日買いに行けばいいだろうが!」
そう言い争いしていると、ヴィトゲンシュタインが部屋から出て、暖炉から火かき棒を取り出した。
振り回した。
彼を止めるのは至難の業でした。___報告:キルケゴール
「…ど、どうでもいい」
ベートーヴェンは報告書を燃やした。
【サイン会】
その日、ドストエフスキーの前には大量に列ができていた。
「サインください!」
ニーチェがハキハキとした声で本と共にペンを差し出した。
「いいですよ」
「やったぁ!」
フョードル・ドストエフスキーに影響を受けた哲学者や小説家は多い。
もちろん、その職業の枠を超えて愛されてきたと言える。
「私も欲しいね」
フロイトが列に並んでいた。
「君とは親友じゃないか」
「今回はフロイトとして…ね」
和気あいあいとしている。
カフカもいつもはドストエフスキーの賭博癖に怒りながらもこの日は別とサインを貰っていた。
サルトルはおずおずとしながらハイデガーに本とペンを差し出した。
「君は私を誤読した」
「はい」
「私はそのせいで実存主義とかいう意味わからんものに巻き込まれている」
「はい…」
「まぁいいだろう」
ハイデガーはサルトルから本を貰い、ペンで名前を書いた。
ニュートンのところにはラプラス、ラグランジュ、アインシュタインの三人が来ていた。
サインを書くのもそうだが彼らは彼らはなりに宇宙や物理学の話を交わしている。(ニュートンはあまり関わりたくなさそうだったが、三人の勢いに根負けしていた)
また、完成者として怪物となったゲーテであり、ファウストの元にもサインを求めて多くの人が来ていた。
ドストエフスキーを初め、カフカやニーチェなどだ。
ダンテは傍からそれを見ながら、寂しくなっていた。
「私に影響された奴いないじゃん」
本編でよくここに来てくれてるテグジュペリは神曲に影響を受けている訳じゃない。
ダンテに影響を受けましたという文学者は少なかった。(神曲を絶賛してくれている人とかはあまり見ない)
「当たり前すぎて浸透しているだけですよ」
ミケランジェロがそばに来ていた。
「サインください」
「オレも欲しいっす」
ロダンも来ていた。
「私も!!!」
ボッティチェリも来ていた。来ないで欲しい
「………芸術家には、モテるのね」
ダンテはサインを書いた。
「でもそうじゃなくてぇ!!!」
ダンテにとっては解釈違いだった。
「私を読んで影響を受けて〜とか!そういうのが見たいの!!」
「私は暗記してました!」
ミケランジェロがお目目をキラキラさせながら話している。
「ありがとう!!!」
ダンテはサムズアップした
「でもそうじゃない!!」
「ドラクロワとかも影響受けてたよね」
「芸術家じゃねぇか!!」
「この分野ならボッカチオが強くない?」
「あの子、いい子なのは分かるんだけど私の妻のジェンマを悪く言ってるからな〜デカメロンは良いと思う」
「へぇ」
一通りサイン会が終わったあと、ドストエフスキーはひっそりとユゴーの所に来た。
「あ、ドストエフスキーさんどうしました?」
「レ・ミゼラブルと死刑囚最後の日…最高でした…!」
「…サインですかね」
「はい! ……皆の前だと行きにくくて…」
「モテてますもんね」
「多くの人が読んでいるのも嬉しい話ですけどね」
「そうですね…はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「いえいえ、良い夜を」
「はい、良い夜を!」
ドストエフスキーはその日、ウキウキとしながらカジノに行って負けた。
【五秒で終わるもの】
「全自動卵割り機作りたいです!」
テスラが叫んだ。
「作ろう!!」
パラケルススが叫んだ。
「消費期限切れそうな卵今食べておきたいんで電子レンジで温めていいですか!」
コルトが叫んだ。
「いいよ!!!!!」
ノーベルが叫んだ。
卵は爆発した。
【性別反転薬(ご都合)】
「うっ……うっ…」
コペルニクスは泣いていた。
「でもミニスカも可愛い」
「そうだぞ。可愛い」
モールスとエニグマは笑っている。
「パラケルススの薬を迷いなく飲むからこうなるんだ……」
ノイマンは呆れて見ている。
「一人だけ男性は気まずくない?」というパラケルススの発想で急に薬を飲まされ女体にさせられてしまった。
「余計に気まずいです…というか、普通逆では!?皆さんが男性になるべきでは…!!皆生前は男性だったんだからさぁ…!」
「エニグマはエニグマですが…」
コペルニクスはよりにもよって周りはスーツなのに自分だけミニスカートを着せられていた。
「皆もミニスカートを着るべきじゃないですかぁ…!」
「私はもう歳だぞ。コペルニクス」
モールスは急に年齢を盾にしてきた。
「こういうのはラプラスさんの方が似合うじゃないですかぁ…!」
コペルニクスは思わず叫んだ。
「………」
チーム内に沈黙が訪れる。
「ひゅー」
エニグマとモールスは「よく言った!」と言った感じで盛り上がっている。
コペルニクスは机の下に潜り込んだ。
ラプラスは無言で退席した。
「いいから仕事しろ!!!」
ノイマンはそう叫ぶと、ラプラス以外の四人は真面目に仕事を再開させた。ラプラスは二日くらい休んだ。
【鼓膜の破裂】
「あそこに植物があるな」
治安維持チームに所属しているダーウィンは目の前の草を見て言った。
「ありますね」
メンデルはそれを見つめた。
「あれはなんの種類だと思う?」
ダーウィンに聞かれると、頼られた嬉しさでメンデルは笑顔で答えた。
「根菜類のように見えますね!」
「ふむ、過去に似たものを見たことがある……引っこ抜いてきてくれないか?何か気になる」
「分かりました!」
メンデルはその植物の元に行くと、ずるりと引き抜いた。
顔がついている。根菜だ。
「えっ_____」
ッギャァァァァァァァアアアアアアアアアアア!!!!!!!
「」
メンデルは倒れた。
ダーウィンは耳を塞いでいたから平気だった。
耳を塞ぎながらその根菜類の元に行くと、そのまま足で踏み潰した。
「ふむ、マンドラゴラだな…落ちた星による環境汚染の影響でこういうものが生まれることがある…パラケルススの元に持っていけばさぞ喜ぶだろう……」
ダーウィンは砕けたそれを袋に入れた。
「メンデル…平気か?メンデル…メンデ………あっ、し、死んでる…」
その後、ダーウィンはメンデルを運んだ。
一週間の入院生活の後、次はボコボコに殴られたダーウィンが入院することになった。




