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短編小説集 その一

【ヤスパースの胃痛】

ヤスパースの一日は早い。朝から処刑チーム全員の適合率を見てから誰のメンタルケアをするべきかを決める。

まず朝から起きてこない人がいる。起こさないといけない。

「デカルトリーダー、デカルトリーダー!」

扉をガンガン叩けども彼は一切起きてこない

…冬なら尚更、起きない。

「クソが……普段は我思う故に我在りをねじ曲げて洗脳されてるイイコちゃんなんだから朝も起きろや…」

それもルネ・デカルトの逸話に由来することだ。

その哲学者は朝に弱い。中々起きれずに一人だけ昼まで寝ていいとまで言われていた。それにだ。寒い所にも弱い。

冬の寒さから逃れるために暖炉の前にいて方法的懐疑など様々な事を思いついたとされている。

「かったりぃ…」

朝と寒さをデカルトが異常に避けるのは死因にもなったからだ。

スウェーデンの女王に哲学の講義を頼まれたがそれが極寒の朝だった…

この事で体調を崩し、最終的に肺炎で亡くなることになった。

人生の中で染み付き、死の原因にもなったものだ。洗脳を受けていても無意識下で避けるのだろう。だとしても、決められた時間に朝食は食べてもらわないと困る。

「レンジでチンすんのだりぃんだよクソッ」

強くノックするのをやめ、部屋の扉をマスターキーで開けたヤスパースはそのままベッドで丸まるデカルトの前に来る。

「デカルトリーダー、起きてください」

「ん………拒否…」

「拒否とかじゃないんで、起きてください」

ヤスパースは布団の上からデカルトの身体を強く揺すった。

「暖房もつけてるので暖かいですよ」

「やだ…」

「ヤダじゃないです」

「ん〜」

あからさまに嫌そうな唸り声をあげられている。私は動物の飼育員じゃないんだが、せめて人間としての尊厳は保って欲しい。

ヤスパースは心底今の自分の立場を嫌だと思った。

自分に反抗しようものなら最終的に上層部に再教育してもらえればいいのだ。

ヤスパースは布団を強い力で剥ぎ取った。

「悪魔、悪魔だ」

デカルトは布団が無くなった今も縮こまっている。

「いいから早く起きてください」

「ふん……」

もぞもぞと遅いながらも朝の支度をし始めたデカルトを放ってリビングへと戻った。

「ヤスパースさん…」

キルケゴールが泣きそうな目でこちらを見ている。

「…なんですか?セーレン」

「砂糖が足りない……」

「……」

セーレン・キルケゴールは角砂糖を30個以上入れたホットコーヒーを好み飲んだとされる。その逸話を持つ偉人の概念を得た目の前の女は、それをご所望のようだがどうやら砂糖の在庫が無いらしい

(一日最低3杯、最高5杯飲むこの女はサトウキビ農業の人を殺したいのか…?)

ヤスパースはキッチンの棚の、鍵をかけておいた引き出しを開けると中から新品の角砂糖の袋を持ってきて砂糖の瓶の中に詰めた。

「どうぞ」

「ありがとうございます!」

キルケゴールは笑顔で残りの砂糖を数えながらコーヒーを入れていった。

ヤスパースの朝はまだ始まったばかりである。


【フロイト猫化事件】

「ナァァァアン」

猫は怒っている。

「成功だァ……」

ニタァと笑顔を向けてくるのは、パラケルススだ。

床には飲みかけの珈琲が転がっている。

その猫は椅子の上で覚束無いながらに床に降り、パラケルススの足を引っ掻いた。

「あっ痛い痛い」

「ナァァァン!」

「ハハハァ!メインクイーン…いい出来ですね」

猫の声という聞きなれないものが診察室に聞こえてきたのを異常と判断したユングとアドラーが部屋に入ってきた。

「野良猫が出……えっ」

「パラケルススさん!?…フ、フロイト先生は…?」

「これだ」

パラケルススは暴れる猫をがっしりと掴んで二人に見せた。

「ギニャーーーーッ!!!」

フロイト猫は手足をジタバタさせて暴れている。

「えっ…?!」

「最初から説明してください!パラケルススさん!」

アドラーが焦るように聞くと、パラケルススは最初から説明する。

「猫化する薬作ってだな。これをゆくゆくは完成者に与え、概念を猫で塗り替えることで無力化を図ろうとした…そして、その実験体にフロイト先生を使わせてもらったよ…」

「ど、どうしてフロイト先生を!」

ユングの叫びに対して「まぁ落ち着け」と宥める。

「フロイトは500年の間もこの組織にいて多くの継承者の適合率や職員のメンタルのケアをしてきた…いわば心のスペシャリスト」

「当たり前だろフロイト先生なんだから」

「黙りなさいユング」

「…それでだ。私は気分が良くないという嘘をつきフロイトの診断室に来た時に日頃のお礼で珈琲を入れる事にした。そう、私の薬はこの珈琲豆そのものに染み付いていたのさ…!

そして、何も知らないフロイトは珈琲を入れ、それを飲み!」

「フシャーーッ!!!」

「こうなった訳だ」

「何してるんですかーーっ!」

ユングはパラケルススを思い切り殴った

「いった!」

パッとパラケルススが手を離すと、こてん…としてフロイトは床に落ちた。

「フロイト先生…」

アドラーはフロイトを抱き上げた。

フロイトもすんなり落ち着いた様子でアドラーに抱かれている。

「にゃうにゃう」

「はいはいフロイト先生…お昼でしたよねそろそろ……あの、これはどうしたら…」

「キャットフードしかないだろ」

平然と言ってのけるパラケルススに対し、ユングは拳をチラつかせた。

「…」

パラケルススは懐からキャットフードを取り出した

「持ってんのかよ」

……ガリガリガリと部屋に音が響く

「解毒剤はちゃんとあるんでしょうね!パラケルスス!」

ユングにしこたま怒られたパラケルススは、少しだけ反省を見せた顔をしている。

「まだ開発してない。少なくとも三日かかる」

「よくそんなものを私のフロイト先生にやりましたね…ッ!」

「アハハ」

フロイト猫はお皿に出されたキャットフードを食べ進めている。

やがて食べ切ると「うにゃ」と言って口の周りをぺろぺろと舐めた。

「その三日間の間に何かあればどうするんだよ!」

「お二人が頑張ればいいじゃないか」

「あぁ!?」

二人の喧騒を置いといて、フロイトはアドラーの膝にぴょんと乗るとゴロゴロ喉を鳴らしながら丸まった。

「ふに…」

フロイトが大きく口を開けて欠伸をする。

「…ごくり」

アドラーはお口の中に指を入れた。

「はむ」

フロイトは一瞬何が起きたか分からなかったがすぐに怒った。

「フシャーッ!」

「すみませんフロイト先生…さぁさ、お眠り下さい」

アドラーはフロイト猫を撫でながらデスクに向かった。

喧騒を聞きながら手元を動かしていると、ものの数分でフロイトは寝た。

アドラーは携帯を取り出し六枚くらい写真を撮った。

そして、この三日の間にちゅーるを買うことを決めた。


【あっくれないんだ】

ダンテは牢屋にいる。

毎日気が付いたら槍で貫かれて動けないままで、何も喋れないのではフラストレーションが溜まる一方だった。

そんなダンテの楽しみが面会に来るテグジュペリだ。

毎日子供達との日々や、つまらない話をしてくれる。

しかしそのつまらない話も、この苦痛の中の牢屋では面白い話だった。

ある日子供達と焼いたというクッキーを持ってきた。

「皆生地を作るまでは良かったんだけど、どのクッキーの方にするかで喧嘩になって大変だったんだァ〜」

「……」

「で、結局色んな形のクッキーを焼こう!ってことになったんだけどね。これは星型のクッキーと、ハート型のクッキーが入ってて〜」

「……」

ダンテはソワソワとした。食べたくなった。

「…でも、ここにいたら君も食べちゃだめだよね」

まだそう決まった訳じゃなくないか?

ほらあの、横にいる職員だって黙って見てるけども、言えば分かるはずだ。

今回は特別に、とか

今だけいいだろう、とか

私だって今滅茶苦茶落ち着いているんだけど!?

「ごめんねダンテ…そろそろ時間だし、帰るね…!」

テグジュペリは横の職員の顔を見て欲しい。

「あっ、あげないんだ…」みたいな顔をしてる。

「…テグジュペリ、その、なんだ。やらないのか?それは」

「良いんだ。許されてない…そうだろ?」

「えっ、あの、いや」

「下手に逆らったら上層部に君らまでも処分されちゃうから、大丈夫だよ…」

テグジュペリは笑顔を作ってその場から立ち去った。

残された職員の二人は顔を見合わせると、「ドンマイ…」と言った。

ダンテは決めた。

次の面会の時は暴れ狂ってやろうと。


【次から来ない】

「……」

「……」

サルトルとカミュはバーの中にいる。

目の前で縛られているフーコーを見ながら

「ここお酒美味しいですよね」

「いや美味しいけどそうじゃなくてさ」

赤や青の照明がチカチカと入れ替わる中、従業員も破廉恥な服装をしている。

「我々はおすすめのバーを教えろと言ったね?フーコー」

「はい」

「ふざけてるのか貴様。ここSMバーじゃねぇか」

「私はおすすめのバーを、教えたまでです」

「子供達の教育に悪い…」

「ここに子供はいないじゃないですか、カミュ」

「…」

カミュは頭を抱えた

「お前はいつまで経ったらその手の拘束をとるんだ」

「店員さんに言わないととって貰えないんで…あ、これハプニングバーでもあるのでヤりたくなればいつでもどうぞ」

「お前マジでなんでこういうとこばっか連れてくるんだよ」

「こういうとこが楽しいので」

「SMで…ハプニングバーで……しかもここスラム街だろ?無法じゃないか……」

「見てくださいあそこ乱交してますよ」

カミュは顔を伏せた。

「やめてやれ、こう見えて此奴は純粋なんだ」

「生前モテまくったのに…?」

「こいつはこいつなりに苦しんだんだぞ。フーコー」

フーコーは鼻で笑いながら両手でグラスを掴んで飲んだ。

「サルトルさんはそんなカミュに嫉妬してたとかよく聞きますけどね」

「黙れ…」

「アハハ!」

サルトルとフーコーが話していると、女性がこちらに来た。

「そちらの殿方は酔い潰れましたの?」

「あぁ」

「あら、もっと刺激的なことをしてみたかったのに残念ですわ」

サルトルはこれ見よがしに白い手袋を丁寧につけ直した。

「こう見えて私は多くの女性と夜を共にしてきた哲学者だが…私と甘い夜を過ごす気はあるかね?」

「哲学なんてつまらないわよ」

「そうだな。寝かせない夜を過ごさせてあげよう」

サルトルはそういうと、その女性と一緒に奥の個室に向かった。

「えぇ……」

フーコーはカミュの背中をトントンと叩く

「相方連れてかれましたよ」

「知るもんか…ッ!顔をあげさせるな」

遠くでは男女が入り交じった嬌声が聞こえる。

「二度と来ないぞ…お前とサルトルの誘いには…ッ!」

「悲しいですね」

「どっちも酷すぎるんだ…ッ!この間はあいつ何処に連れてきたと思う!私を!」

「分かりませんね」

「猫耳メイドカフェだ」

「おっほ〜」

フーコーはげらげらと笑った。

その様子に何を言ってももうダメだと思ったカミュはフーコーを通り過ぎて出口に向かった。

「私は払わないからな!バカ!アホ!変態!」

カミュを見送った後のフーコーは乱交をしている集団に加わりに行った。


「___えっ」

スラム街で生活していたセオドロスはSMバーから顔を赤くして出るカミュを見てしまった。

話しかけることはしなかったが、なんだろう

「なんてこったい」

セオドロスは頭を抱えた。

今日は多分、寝れそうにない


【他に方法があるはず】

飛び降りるまであと数分。

フェルメールはふわふわとした振る舞いで、ドストエフスキーを見ていた。

「人工の光だって、ずっとずっと綺麗なんだよ。フョードル」

「……本当にそうか?」

「そうだよ。全く、フョードルったらわがままだ

綺麗な青色の夜を照らしてくれるなら、それを灯す光はなんだっていいんだよ。人の愛でも希望でも、人工の穢れた光だってね

私は、こういう青色が好き。ずっとずっと一緒にいたかったんだ…」

「……あの…ヨハネス…あのさぁ…いや、うん、そのまま、ゆっくり振り返って欲しい」

「?」

フェルメールは後ろを見た。後ろの、街に照らされる夜を…

「うわ」

虹色に光るうんこが夜に照らされている

「うんちだ…」

「違うあれはうんこだ」

ドストエフスキーが訂正した。

「何が違うんだ??」

フェルメールは空をよく見た

「あれは…なに?ほんとに、ドローン?ドローンなの?なんでドローンで、よりにもよってうんちを描いてしまったの…」

「分からん。私は何も知らん」

二人は夜空に光り輝くうんこを見ていた。

「帰るぞ、フェルメール」

「うんそうする」

そうして、飛び降りを止めることができた。


「どうです!モールス!完璧です!完璧なうんこが見えているはずですよ!」

通信機を使い、コルトは観測チームのモールスへ連絡を取っている。

「最悪だわコルト、カメラからも美しい曲線を描いて空に虹色のうんこが存在しているわ」

「ごめんなにしてんのマジで!!?」

ノイマンはモールスの携帯から横入りする形でコルトに叫ぶ

「空にうんち描いてます!」

「描いてますじゃねぇんだよこの野郎!!何一人でやってんだ!」

「横にはテスラもいます」

「いますじゃないの!!!街の人達びっくりしちゃうでしょ!!あのね!!私達は!!公務員!!!!国に従う!!公務員!!!」

「あっ公務員だったんだ」

「人間扱いされてないかと思った」

モールスとエニグマは横からグチグチと言っている

「ウガーッ!!街の人達からはそう見られているんだ!というより!それよりも手前に!私達はかつてこの世界に名を刻んだ英霊ーーッ!!国の皆は悪口も時々言いつつも尊敬してくださってるんだ!!何してんの!?リボルバーを大量生産させて人類を平等にしたって言われてた人が!?何してんの??交流電力システムを確立させて現代に至るまでの電気社会の基礎を築いた人が!!何夜空にうんこかいてんの!??!」

「頼まれたので、お手紙で」

「お手紙ぃ!?」

「今日の夜にうんちかいてくださいって」

「イタズラだろそんなもん!! 」

「イタズラでも誰かがそうして欲しいならやるまででーす」

すると電話先で誰かが話し合う声が聞こえた。

「グッドニュースですよノイマン!」

「んだよコルト」

「パラケルススがドローン使って記憶消去剤が街の人々に効くかテストするって」

「ッあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

ノイマンの絶叫はその日夜空まで響いた。

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