集約篇 第四話 『ブラックスワン現象』
『ブラックスワン現象
「起きることはありえない」と予測することが極めて困難なことが急に起きた場合、非常に強い衝撃を与えるという理論。予想していた自体よりも大きな衝撃が起きることに使われている
ヨーロッパでは白い白鳥しかいないと思われていたが、オーストラリアで黒い白鳥が発見されたことが由来となっている』
イーハトーブでの生活で5ヶ月が過ぎようとしていた。
ミヤザワの家事を手伝ったり、ボッティチェリの画材を代わりに買いに行ったり、作品作りのインスピレーションを与えるために自分が分かる限りの神曲の情報を与えていた。
スターバーストに葬儀屋が襲撃するまで後1年半だ。
セオドロスは最初の時間軸を除く7回のループでやってきたことを思い出していた。
1回目は、葬儀屋の襲撃の情報を先に伝えた。
しかし葬儀屋の集団は強くそれでも太刀打ちできなかったどころか本来の時間軸よりも多くの継承者が死ぬ結果になった。
2回目は、最初に彼らの巣を潰そうとした。
しかし殺すことができず、死にかけ続けた結果全てを殺し尽くしたのだろうダンテと出会って終わった。
3回目は、スターバーストの従業員の一人の存在を奪い取り、成りすますことで内情を知ろうとした。
葬儀屋の襲撃と完成者の暴走に至るまでの本来の時間軸の内情を知る結果となって終わった。
4回目は、スラム街に生息し裏側でも情報を得ようとした。
しかし亡骸に等しいなり損ないしかいない住処と、ゴミのような悪人しかいない場所では何も得ることができなかった。
5回目は、隣国であるリゲルに赴いて過ごすことにした。
最終的に完成者の暴走は国外にもその影響を及ぼす事を知り、彼らがリゲルにまで足を踏み入れたところでダンテに再会した。
6回目は、情報収集に徹した。
スラム街の研究所を潰して得た金を使い裏のオークションに参加し星を砕くものや星を弔うものについての情報を得た。
姿を隠すのが上手いようで何かをしているという情報しか得られなかった。
7回目は、他の国々に出向き彼らに関する情報を得ようとした。
全員偽名を使っているせいで情報を集めるのにも苦労したが、彼らについてと考えられる噂話はいくつか聞けた。
これらは全て、そこで終わりだ。
7回も世界を無駄にして、少しの情報しか得られなかった。
彼らのうち誰も殺すこともできなかったし、彼らの正体も知らない。その対策が分からない限り、スターバーストの継承者達をアレらから守ることもできないだろう。
セオドロスは8回目である今回で、スターバーストから脱走し、スラム街の裏事情に詳しい人であるヴィドックに出会えて良かったと思った。
一人で行っていたから、今まで何も得られなかったのだろう。
セオドロスは洗濯桶で選択をしている最中ヴィドックに質問をした。
「なんでいつも拘束衣を着ているのですか?」
ヴィドックは拘束衣のベルトを外しながら答える。
「私が…ヴィドックを受肉する時に使った核がミノタウロスでねぇ、どうにも暴れやすいから……もしもの時の為にこれを着てるんだ。見てくれはおかしいし、目に着きやすいかもしれないけど…仕事の時はちゃんとマシな服を着るから安心して」
「なるほどです」
水気を絞った服を洗濯バサミを使い吊るした。
「だいぶ慣れたね。ここの生活に」
「はい、お陰様で」
「次の時間軸でするって言ってたけど…潜入捜査…できそう?」
「なんとか…」
「ふふ…」
ヴィドックはミヤザワを呼び、どこからか持ってきた紙を渡した。
「潜入捜査はまずは自分が堂々といかなきゃいけない。怖気付けばより敵として見られてしまう…だから、情報収集と同時に緊張に慣れよう」
ミヤザワは紙の内容を読むと、嫌な顔をした。
「大丈夫なわけ…?」
「前々から目星はつけていた。行く価値はある」
セオドロスはもどかしくなり紙の内容について聞いた。
ヴィドックが説明をする
「星の上位種って聞いたことある?」
「名前だけなら…」
「堕ちた星の性質は、人間の認識を喰らい伝承や神話の存在に成り代わるものだ。危険度は…出力元の神話の存在の強さに比例する。しかしより危険な存在がこの星の上位種だ。
彼らの危険性は彼ら自身がオリジナリティを得た事にある。人間の認識に頼らずとも自我を得て、自分の意思で力を扱うことができるんだ。
それらは、今までの堕ちた星のように推測ができないのと、堕ちた星よりも上位であるが故に力と知性の使い方が上手い。狡猾とも言える」
セオドロスは今の説明を聞いて、ひとつ思い浮かんだ。
「継承者と完成者とは、逆ですね」
ヴィドックはその指摘に「確かにそうかもね」と答えた。
「何にでもなるはずの物が、偉人というひとつの概念に縛られる。逆に概念に縛られていた星が、上位種という自由に生きられる個体になる………この二つの違いにはなにか共通点があるのかもね」
ヴィドックは付け加える。
「君自身の存在についても、なにか意味があるはずだし……
そう、それだ。今回君を交渉材料にさせてもらったよ。セオドロス」
「えっ?」
「星の上位種は今言ったようにオリジナリディを得た存在で…今回の相手はスラム街の一部を宗教というもので支配している。
今回信者の一人に交渉をさせて貰って、お互いに情報交換をしようということになった。良い情報をくれれば教祖である星の上位種に会わせてくれることになったんだ。でも、私が最初に出した情報はどれも新鮮味がないって…断られてね。最終手段で君のことを出したんだ。そうしたら食いついてくれて…是非会いたいってさ」
「星の上位種…」
「勝手に名前を出して申し訳ない気持ちもあるし、星の上位種は…こちら側から見れば世界そのものがおかしくなった元凶の一つだ。
私達継承者にとっても、君という稀有な存在にとっても…今回のこの星の上位種との対話で得られるものは、さっき言った我々の存在についてなにか近づけるものになると思う
…素直に来てくれるかい?」
「…もちろん」
「OK、交渉が上手い自負がある私と、ミヤザワ…そして君で行こう」
セオドロスはミヤザワの方を見た。
「ミヤザワさんもなんですか?」
「…正直僕も、なぜ僕もご指名なのか分からないんだけど……ヘルシングとか、ボッティチェリの方が…力が強いよ?」
ヴィドックは拘束衣を脱ぎ、まさに探偵といった定番の服を着た。
「戦闘での強さだけが求められる全てじゃないさ。今回の目的はあくまでも対話……セオドロスくんは元より、私も仕事という目線で会話することになる。互いに相手の腹の探り合いになるわけだ。そこでミヤザワ、君がいることで会話に弾みが出る。優しさが生まれるわけだ。
そこでお互い緊張が解れるってわけ」
「…皆緊張しているんだぁ」
ミヤザワはふふっと笑った
「緊張しない日なんてないよ。ミヤザワ」
二人の様子を見ながら、セオドロスはミヤザワに補修してもらったカミュのおさがりのトレンチコートを着た。
「それって今からですか?」
「正解、今から」
心の準備も程々に、ヴィドックに連れられてミヤザワとセオドロスはスラム街の奥の奥、迷い込むほどに入り組んだ場所を歩いた。
「覚えられそうにないだろう。セオドロス……面白いことに歓迎されていないと辿り着けないらしい」
ヴィドックは手元のペンダントを取り出して見せた。
「信者にはこれを渡し、辿り着かせるようにする…とね
歩いていればじきに着く…らしい。これがあれば彼の結界を越えられると…いやはや、ファンタジックなことが多くて楽しいよ!」
セオドロスは特に何も思わなかったが、ミヤザワもヴィドックと同じようにちょっと楽しそうだった。
招かれた時、同じ服を着た信者たちに迎え入れられた。
人間と思わしき形のものもいれば、星側だろう異形のものもいる。
個人という存在が集団というものに一体化していることに注目すれば気持ち悪かったが、社会というものを構成する粒と見れば美しさを感じた。
奥の部屋に通されると椅子には3mほどの身長と思われる人の形をした存在が座っていた。
胸が出ていることから女性の個体と思われる。三対の翼が生えツノと龍のような尾の先には蕾が咲くような金属の装飾と炎が揺らめいている。
その姿は確かにどの神話の生物とも一致しなかった。
相手はヴィドック、ミヤザワ、セオドロスの三人を順に見るとセオドロスを見てにっこりとした。気付いたらしい。
相手は椅子から立つと三人の前に出た。
近づけば近づくほどより威圧感を感じさせる相手は程よい距離まで来ると三人にお辞儀をした。
「私の事はなんとでもお呼びください」
「…教祖サマってのは、言い難いよなぁ」
ヴィドックは半笑いでミヤザワの方を見た。見つめられたミヤザワは「えっ?あっ、あー、うん…そうだけどぉ…」と、なんとも言えない様子だった。
セオドロスは早く会話を終わらせようと思った。
「仮称、Nでよろしいのでは」
「カショウエヌ…」
セオドロスは相手が繰り返したのを聞いて、言い方を間違えたと思った。
「N…」
「何故、最後にNの一文字を選んだのですか?」
セオドロスは前半の仮称含め名前と認識されたことを間違いだと指摘する気力が無かった。
「Nというのは…NONAMEとか、そういうものを表しますから…様々なものを総合して、Nの文字を選びました」
「ふぅん」
仮称:Nは嬉しそうな様子を見せた。
「名付けは……素晴らしいものですから、私は自我を得た時にこう思いました。
世界は私をなんと名付けるのだろうと!…ですから、私はあえて名を持たず生きているのです。今はもっぱら、教祖様と呼ばれますがね……」
仮称:Nは礼をした。
「改めて自己紹介をしましょう。私は仮称:N
星の上位種にて自我を得たものであり、インスピレーションを受けたのは萌芽です」
「インスピレーション…?」
三人ともハテナを浮かべていると、仮称:Nは手を前に出した。
「見ててくださいな」
しばらくすると仮称:Nの手のひらに花の蕾が生まれ、もう暫く待つとそれは咲いた。もう少し経つと、花の中心部から火がでた。
花の中心に揺らめく炎の色は、仮称:Nが指を鳴らす事にパチパチと変わっていった。
本来なら燃えるものが、燃えず綺麗に調和している。
「…これは観賞用ですがね。咲かせることができます。私はその初動を与えることで眷属達を増やしているんですよ」
仮称:Nは三人をソファーに座るように言うと入ってきた時と同じように椅子に座った。
信者のひとりが紅茶とお菓子を持って来た。
「継承者は正直、会う価値はありません。
実験として、心をこじ開ける形で抑圧されている核である…本来我々であった堕ちた星としての側面を私の権能で咲かせる……これをやってみたかったですが、今回はいいです
今回興味があるのはそちらの彼ですから…」
仮称:Nはセオドロスの方を見た。
ヴィドックはセオドロスを最後の手段にするべく先に質問をすることにした。
「私が聞きたいこと…分かるか?」
「大体察せれますよ。私たちがなぜここに来たかでしょう」
「そうだ。なんの目的で地球に来た 」
仮称:Nは少し悩む素振りを見せた。
「実は私もそれについては考えあぐねているところでしてね。私は私以外の星の上位種とはあった事がなく…私達は自立心が強いですから、他の個体と群れ合う気はなくてですね
他の個体の情報も無い中、私単体の意見が全体の意見と捉えられないようにお話いたしますが…
私個人としては、自分の存在が何かを知りたいから、人間という存在と慣れ親しんでいる…です。
私の目的は少なくともそうです。人と触れ合う中で、何が己であるかを見つけたいのですよ」
「…なんだ、緊張して損した…」
ミヤザワはホッとしたように仮称:Nを見た。
「つまり結局は…君らも僕らも同じだったわけだ。理由を知りたい……ってさ、良かった。どれだけ力を有してても、同じなんだねぇ僕らは……」
ヴィドックはミヤザワのお気楽さに緊張を解しているようだった。
セオドロスには分からなかった。
「それならば何故、宗教という形で人を縛るのですか?人を知りたい、もしくは触れ合いたいとするのならば他に方法はあったはずですし、触れ合うということは人に限らずとも星の上位種同士でも行える行為のはずです。それもせずに何故貴方は人間に執着するのですか?貴方は結局の所ここで教祖として求められることに満足しているが、得たい情報は得たいから動かずに餌を待っているだけでは無いですか?」
仮称:Nはセオドロスのその発言を全部その通りだと言った。
「えぇ、居心地が良いのでね
それに、人という存在は相手よりも強い力を持てば持つほどに、支配しやすいのですよ。それに、こうすることで人は救われておりますから」
「宗教というものは救いと言うよりも、洗脳であると思います
それが人為的なものなら尚更です。貴方は神の名を穢しました」
「人間もそうでは?私がしている事は、人間がかつてしてきたこと同義です」
「貴方は神を信じていないはずです。貴方達が穢したんですよ。人々が信じてきた恐れや神秘を貴方達が穢し、世界を滅ぼしたんです」
「私も私で、元凶が何かを知らないのですよセオドロス
貴方達と同じ土俵にいるのです。それらがなにかは分からないが恐れるべき、そして盲信するべき何かがそこにあると、そして、私が生まれた原因と貴方達の敵は同一です。私はそれを神であり、母と名付け、呼んでいます。
貴方達もそうでしょう。己が生まれてきたのはなぜかと言う理由を探した時、大昔に神が世界を、人間を作りましたと言われていたでしょう?それと同じです。私も、星によって作られまた星に生きているのです。私はそれを同じように神だと言っているだけです。ミヤザワさんが言ったのと同じように、同じなのですよ。私たちは」
セオドロスは大体は納得したということを素直に伝えた。
仮称:Nは大体であればいいと付け足すように言った。
「生まれてきた理由など、分からないから自分達の納得のいく形で作ってきたのでしょう」
ヴィドックはより深いところまで聞こうと思い、前のめりになった。
「お前が母であり神と呼んでいるそれは、私達は根源、もしくは元凶と呼んでいる。それらとの交信は取れないのか?」
「…できますよ。その手段に頼らず生きていきたかったから使っていなかっただけで……。それに今回セオドロスくんに会いたいと思ったのもその交信で手に入れた情報に思い当たるものがあったのでね…」
ミヤザワはセオドロスの方を見た。セオドロスはミヤザワと目を合わせると再び仮称:Nの方を見る。
「私達もそれが聞きたいと思っていたところだ。仮称:N
……セオドロスのように、堕ちた星を体内に入れても、継承者のように他の概念に染まらずとも生き、他の人間のように怪物に成り果てることもなく強い自我を得て生きている存在……
どういう存在か。検討はついているか?お前達が、元凶であり根源のはずだ」
仮称:Nはヴィドックの問いかけに頷くと、一つの単語を出した。
「星の堕胎児……と、名付けられた存在でしょう」




