集約篇 第二話 『青い鳥症候群』
『青い鳥症候群
現実の自分や環境に満足いかず、次々と環境や人間関係を変えてしまう心理状態のこと
主な原因として低い自己肯定感や過度な理想主義、現実逃避などがある』
「貴方は普段こんなのしか食べていないの?」
青い、青い夜空のような毛が混じった白い鳥が喋った。
「えぇ……」
セオドロスは自分の手にある半分ちぎったパンを口に入れた。
咀嚼して飲み込むまでの沈黙の間にセオドロスは今の時代を少し考え、埒が明かないし多分これは幻聴ではないのは確かなので対話を試みた。
「あー、あっあの、イーハトーブに行きたいんですけど、何か知っていませんか?」
「イーハトーブ…ね」
鳥は地面に転がったパンを嘴で咥えると、セオドロスの所まで持ってきて懐にぽとっと落とした。
「着いておいで」
鳥はその場で羽ばたくと空をばたばたと飛んでいた。
セオドロスは半分のパンを二つ、ポケットに入れると立ち上がった。
それを確認した鳥はセオドロスに先導するように前を飛んでいった。早すぎる羽ばたきを途中で止めながら待っている。
「ゲームで言うなら、チュートリアルみたいだなぁ」
セオドロスは鳥について行った。
「君の名前は?」
鳥が羽ばたきながら、聞いてきた。
「セオドロスです」
「良い名前だね」
「それ言われても嬉しくありません」
「おぉ。そうかい」
鳥は先まで早く飛んでいくと、二階建ての建物のベランダの柵に足を乗せて座り込んだ。
よく見るなら窓が既に開いていて、外から入る風で中のカーテンがなびいている。
「鍵は開いているよ。どうぞお入り」
白い鳥はそのまま二階の窓の中に入っていった。
セオドロスはその建物まで近づき、扉を意味もなく三回叩いた。
沈黙だけが返ってくると、自分がセオドロスは扉を開けた。
一階には誰もおらず、四人がけのテーブルがある。中央には花瓶が置いてあって中にはアイリスが入っている。
「ようこそ、イーハトーブへ」
二階からギシギシと階段を軋らせながら鳥のような逆関節の足を持った人物が降りてくる。
頭には鳥のような帽子を被っている。
「貴方は?」
セオドロスがそう聞くと、相手は階段を下りきりセオドロスに対してお辞儀をした。
「ミヤザワ。宮沢賢治の継承者で…元々教育チームに所属してたけど、上手くいかなくて逃げ出して、それきり」
「…なるほど。あの、ここがイーハトーブと言いました?」
「うん!理想郷だよ。ここには…自然がある。空気だってあんな所よりずっと綺麗だ」
セオドロスは近くのアイリスを見たあと、周りを見渡した。
植物の絵は多く飾ってあるものの、イーハトーブとは思えなかった。
「……」
「うん、言いたいことは分かるよ……そのー…あれだよ
合言葉で…イーハトーブって……ちょっとかっこいいかなぁって」
「……」
__鳩時計から三回鳩が飛び出してきた時刻、ミヤザワとセオドロスは机に座っていた。
セオドロスから事の顛末を全て聞いたミヤザワは冷や汗をかきながらニコニコと笑っている。多分話した内容を頭の中で処理し続けていて、今ようやく四分の三が終わったところだろう。
全てがインストールされるまで、待っていたセオドロスは壁の絵を見ていた。
「君は時間を繰り返してて……あぁ、教育チームの皆が………そうか、そう終わってしまったのか………」
セオドロスは言葉を選んで話したつもりだった。
目の前にいる人は宮沢賢治なのだ。元の世界でもカムパネルラが暴走し大量に人を殺していた。
原作者としてはそれを聞かされた時、激しくショックを受けるだろう。
ダンテがそれで、完成者になるほどに暴走したように
「……」
「でも、それは本来の世界で……だもんね。あの子にたくさん人を居なくさせられないようにする手は…まだ、あるよね?
…あの子がこれ以上誰も殺すこと無く、彼として生きて欲しいんだ……」
「あるはずです。まずはドミノ倒しを止める為にも、葬儀屋の襲撃を止めたいんです」
「なるほどね……僕じゃちょっと解決策とかは考えるの難しいから他の三人が帰ってきてから聞こうか」
セオドロスは周りの植物の絵を見渡した。
「…他は画家ですか?」
「ふふ、一人は画家だよ」
「へぇ〜」
「ボッティチェリ」
「あっ」
セオドロスはまずいと思った。ボッティチェリといえば有名な絵に地獄の見取り図がある。
ボッティチェリはダンテの神曲に深く傾倒し、多く挿絵とその見取り図を書いた。
ダンテと繋がりが強い継承者は完成者となったダンテの精神汚染を他の人よりも強く受けやすい。
七回目のループのうちほとんど全てで影響を受けたロダンがダンテの解放をしたほどだ。
色々と考えているセオドロスの心中を察したのかミヤザワは警戒を解かせるようにふふと笑った。
「彼は良い人だよ。悲しい事に分かり合えないけど」
「そうなんですか?」
「うん、君の考える通り彼は確かにダンテに強い影響を受けているけどあれは……ダンテから与えられる精神汚染から来ていると言うより、彼本来の性質から来ていると思うんだ……普段から…ダンテの話多いし」
「……例えばどんな?」
「よ、酔ってる感じ……彼が求めてるのは、地獄の解放だから…ちょっと合わないんだよね」
「…なるほど、貴方が求めるのはカムパネルラがこれ以上誰も天上へ連れていかず、ただのカムパネルラとして生きる事ですからね。確かに合わないでしょう」
そうこう話していると、玄関の扉が開かれた。
他の三人が帰ってきたのか、あと二人の詳細を聞くのを忘れていたセオドロスは少し後悔をしながら玄関の方を振り向いた。
リビングにはそのまま三人の人が入ってきて、一人は拘束衣を着ている。カジュアルな格好の人とスーツを着ている人がいてその人はマントをつけている。
「今度は誰を招き入れたんだ?ミヤザワ」
「すっごい複雑な子〜」
セオドロスはミヤザワの方を見た。説明を全てこちらに任せる言い方だった。これは
拘束衣を着ている人とスーツを着ている人は四人がけのテーブルの方ではなくソファーの方に座り、カジュアルな人はセオドロスの横に座った。
四人の視線を全身に浴びながらセオドロスは再び説明をした。
途中から話すのが苦手なので、最初から
教育チームの孤児院で過ごしていた事、周りの子はおろか教育チームの先生たちともあまり上手く関われなかったこと、問題行動を起こし続けてたら上層部の人間の策略により自分とは似ても似つかないベアトリーチェを受肉させられたこと、失敗して死ぬかと思った上層部の思惑を裏切って生き延び、今もベアトリーチェの力を使えること、最初はひっそりと生きて数十年を過ごしてたがスターバーストに戻ってくると壊滅状態だったこと、その状態で何人かの継承者を手にかけ、また完成者であるドン・キホーテやカムパネルラが大量に人間を殺していたこと、そして最終的にダンテと出会った時自分の内側から力が溢れ至高天を発動させ、時間を繰り返すようになったこと。
これらを話終わると、セオドロスは今が八回目であり、先程ゲーテのなり損ないに次何をするのがいいのか聞いた時にここに来るといいのを聞いたから来たということを話した。
葬儀屋を筆頭としたテロリスト集団に対処する為に、潜入捜査に慣れるためだ。
そこまで聞くといつの間にか足を組んでいたスーツの男は「そこまでしないとダメなのか?」と聞いた。
「スターバーストの連中を助けるのにそこまでお前が自分の身を削る必要はあるのか?あんな奴らを助ける為に?子供を犠牲にして生き、また死地に向かわせるあのゴミ共を?」
そこまで聞くと横の拘束衣の男性は咎めるように言った。
「そんなに酷い言葉を言うものじゃない。私達もそう生まれた」
「生きたくて生きている訳じゃないだろう!?私の目的がなんなのかお前も知っているはず!スターバーストの継承者含め上層部の解体だ!路頭に迷うがいいさ!」
「彼らには彼らなりの苦労がある。境遇が違うだけだ。ヘルシング…」
拘束衣の男性はそこまで言うと、セオドロスの方を見た。
「それにしても私も聞きたいね。セオドロス
自分の身を削るのは早々できることじゃない…
それも目標が大きいほど…助ける人が多いほど、助ける人がよく知る人であればあるほど、助けようとした時の努力の量は大きくなり、助けられなかった後の後悔も大きくなる……そこまで、やる気がある?
君の話を聞いているとそこが気になるんだ。助けよう助けようって気持ちが強いのはいいこと。でもね?そもそも彼らは助けを必要としていないかもしれない。
君の主観で助けないといけないと思い込んでいるだけの可能性も高い。だって、最初の世界ではなるべくしてそうなった訳だろう?
本来の歴史をねじ曲げて…フェルメールさんを助けたまではいいけど…その本来をねじ曲げてまで、君は救い切りたいの?
それに至るまでの努力ができる?諦めないと言える?結果的にどんなに嫌なことがあっても、どんなに素晴らしい記憶を得られても、全てダメになったあとでも……希望を持てる?
まさか、失敗したらまた、ループさせればいいとまで考えてるんじゃないだろうね?
そのやり方だって、完璧じゃないはずだ。今できていても、できなくなる可能性だってあるんだから………」
セオドロスはそこまで聞いていて、ヘルシングがふと笑ったのを見ると自分が手に力を入れすぎていることを知った。
「…できる?」
「できます」
「そうしなければいけないからする…ではなく、本当に救いたいと思って、やる?」
「はい」
「自分のエゴで相手を縛り付けることを分かって、君はやろうとしている?」
「はい」
相手は拘束衣に身を包んだまま、さっきまでの真剣な顔が嘘かのようにげらげらと笑った。
横にいたヘルシングも「笑いすぎだ。ヴィドック」といって、自分も少し笑いながら咎めている。
「それが聞けたら良いんだ。セオドロス!歓迎しよう!」
ヴィドックは拘束衣で腕を拘束されたまま、ソファーから立ち上がりセオドロスに近付いた。
「私はスターバーストからの逃走者、元対策チーム。探偵-ヴィドック。よろしく頼むよ!」
ヘルシングもソファーから立ち上がりセオドロスに手を差し出した。
「元戦闘チーム…教授-ヘルシング、よろしく」
セオドロスはよろしくお願いしますと言うと同じように手を差し出して握手を交わした。
「僕ミヤザワー!元教育チームの夜鷹-ミヤザワ〜!」
ミヤザワは手をブンブンと振っていた。
手を振り返そうとした途端に横に座っていた男性に肩を掴まれる。
「えっ、あっ」
ミヤザワから聞いていたはずだ。目の前の男性が残りの…
「元治安維持チーム所属ッ!誕生…ボッティチェリ……ぁは!」
恍惚とした笑みを向けられたセオドロスは初めて向けられた感情に対する嫌悪感を隠さずそのまま顔に出した。
「君の中にベアトリーチェがいるんだぁ…!」
「ベアトリーチェそのものでは、無いです…」
「良いんだッ!」
ボッティチェリは目を見開いてセオドロスを見た。
その様子はさながら狂った信者のようで、セオドロスはどこか同族嫌悪のようなものを感じて一瞬吐き気がした。
「中にいる…中に…ふふふ…しかも、しかもだ!本来の世界ではあの御方は牢屋から出て…はぁあ…!ロダンが、門を解放した…って、最高だ…ぁッ!」
ボッティチェリはセオドロスから手を離すと、椅子から立ち上がってまた酔いしれるように窓の外から見える空を仰いだ。
「あの御方が地獄から出て、この世全てを燃やし尽くすなんて、なんてすばらしい世界…!それはいつ、いつ起きた!いつ起きたんだ!セオドロス!!」
ボッティチェリはまた、セオドロスを見た。
「…確かに日時が分かれば、対策はしやすいぞ。葬儀屋襲撃と…完成者の暴走はいつ起きた?」
セオドロスはこれを聞けばまた耳が痛くなるだろうと言うのを覚悟して言った。
「葬儀屋の襲撃が今から2年後のRe,1320年12月24日。完成者の暴走がその三ヶ月後のRe,1321年3月25日です」
ボッティチェリは何かを過剰に摂取しすぎたのか、言葉というものを形成させる前の声を口から吐き出して気絶した。
「クリスマス・イブかぁ〜最悪の日にやるね」
ミヤザワは全員分の珈琲を入れた。セオドロスにはココアだ。
「ボッティチェリは今のどこにダンテを感じたんだ…?」
ヘルシングは机から珈琲の入ったマグカップを奪って飲んだ。
ヴィドックも拘束衣のベルトを外し、余り余った袖の中の手で器用に珈琲を受け取り、ちびちびと飲んでいる。
「3月25日は…ダンテが地獄・煉獄・天国の旅をする始まりの日と言われていて、そのことに由来してダンテの日も言われているのですよ…」
「あ〜あ、うん…災難だったな。セオドロス」
「正直覚悟はしましたから…」
「こいつの事は無視していいからな。いつもこんな風にダンテがなんだって色々喚くからさ…」
「慣れるともう、一周まわって面白いんだけどな」
ヘルシングとヴィドックはワイワイと話しながらボッティチェリの手と足を持ち、ソファーへと放り投げた。
雑に見えるが、雑にするくらいには親しい間柄なのだろう
「飯の前にシャワーにしよう。セオドロスの部屋もひとつ作らねばならんな」
ヘルシングはタオルを用意すると風呂場へと向かった。
「大体のことはミヤザワに任せるわ〜〜」
そう言うと、ヘルシングはお風呂に入った。
ミヤザワはセオドロスの方を見てニコニコとすると「元と言っても教育チームだから、君ぐらいの子を見るとちょっぴりお父さんの目になっちゃうなぁ〜」といい、セオドロスの前に来て立つように言うと、部屋に案内した。
「ここは僕の部屋だけど、セオドロスくんの部屋作るまで一緒に寝よう。セオドロスくんがベッドでいいよ。僕ソファーでいい」
「いや悪いです…」
「いいのいいの。断らないで、断られた方が悲しいな〜?」
「じ、じゃあ…ありがとうございます」
「ふふ、こちらこそ」
その後セオドロスはヘルシングがお風呂から上がった後、(一人で入ると言ったが断りきれずに)ミヤザワと共にお風呂に入った。
丁寧に洗われたセオドロスはタオルを首にかけてミヤザワから借りた服を着ていた。
同様にお風呂から上がったミヤザワはセオドロスに今着ていた服を洗ってもいいかと聞き、良いと言われたミヤザワはそのまま服を洗濯桶の中に入れた。
「あの黒いトレンチコート、ずっと着てたの?」
ミヤザワはお風呂上がりにセオドロスと共に冷たいメロンソーダを飲みながら聞いた。
「はい」
「ふぅん……」
ミヤザワは心当たりのあることを聞いた。
「あのトレンチコート、カミュのだね?」
「……そうです。彼が、あー…私が、受肉をしてもベアトリーチェではなくセオドロスのままで、生きてくれたのが嬉しいと…それで、着るものも孤児院の服を着るよりもこっちがいいだろう?って、それで…貰いました」
「ずっと着続けてもうボロボロだけど、どうする?ちょっぴり補修しとく?」
「いいんですか?」
「もちろん」
「…ありがとうございます。何から何まで」
ミヤザワは少し微笑んで、メロンソーダを少し動かして中の氷をカラカラと鳴らした後にセオドロスに思い出話をした。
「カミュとは…教育チームでは仲良くてね。彼の言うその…反抗とか不条理とかはちょっぴりよくわかんないままで終わったけど……一緒に逃げようって、ウジウジ悩んでた自分の背中を押してくれて一緒に逃げたまでは良かったんだけど結局処刑チームに見つかって、それで……カミュが囮になってくれて終わり、僕は…ヘルシングさん達に助けて貰えて今の今までカミュのことは心配だったけど…君を育てたのがカミュで…良かったな」
「元…ご友人でしたか…教育チームですもんね」
「他の先生たちも元気?」
「元気です」
「なら良かった!じゃあ晩御飯の準備してるから待っててね」
ミヤザワはそう言うと飲みきった自分のメロンソーダのコップを持ったままキッチンへと向かった。
セオドロスは自分のメロンソーダを飲みながら、窓の外から夜空を見ていた。
この街から見上げる夜空は深い青色で、フェルメールはこの青色に恋をしてあの日、飛び降り自殺してしまったのだろうかと邪推なことを考えると、すぐさま冷たすぎるメロンソーダを口に含んで別のことを考えることにした。




