集約篇 第一話 『ア・ポステリオリ』
『ア・ポステリオリ(羅:a posteriori)
「より後のものから」を意味するラテン語
中世スコラ学では結果から原因に遡る帰納的な認識方法や推論という意味で使われていたがカント以降は経験に基づく後天的な認識という意味で用いられるようになった。
つまり経験に基づいて得られる認識や知識のことを刺す』
「ということで、これが一番最初の世界線の末路となります。ダンテと共鳴後、至高天を作り出してからボクはスターバーストを脱走した後の地点まで戻されました。
以降、時間を繰り返して自分の目的が達成できるようになるまでリセットを繰り返しているのです」
セオドロスはスラム街に建てられた建物の一つの中で床に座りながら、目の前の人物に話しかけていた。
「にわかには信じ難いけど、キミがこんな私の名前や経緯を当てたということは…本当なんだろうね。セオドロスさん」
「貴方の知恵が借りたいから、来ました」
「そう言って貰えると嬉しいね。ほら、お茶を出そう」
床から立ち上がると、キッチンへと向かいカセットガスコンロを使い湯を沸かすと、マグカップの中にティーパックを入れてそれを埋め尽くすようにお湯を入れていった。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
セオドロスは一分ほど経った後、ティーパックのタグを掴んでチャポチャポと動かした。
「ここには人間も、なり損ないも沢山いるが…そんな中でも私をか…光栄だねぇ。こうなった後でも人に求められるのは良い気分だ」
「そう言っていただけて、こちらも嬉しいですよ。ゲーテさん」
「ゲーテのなり損ないでいい。そっちの方が性に合ってる」
「それではゲーテのなり損ないさん」
「さん付けもいらない」
セオドロスは肩を竦めた。
「私の知恵を頼るのもいいが、何が欲しいんだ?」
「次はどうするのがまともかってことを聞きたいです」
「オッケー、それじゃあ改めて振り返りをしようセオドロスさん」
ゲーテのなり損ないは床に座りながら足を前に出して組んだ。
「君の目的は?」
「最大多数の最大幸福です。もう少し言うならば人類総数の平和となります。私はこの達成の為に堕ちた星を殺し切りたいです」
「よしシンプル、で他の目的は?」
セオドロスはお茶を一口飲んだ。
「孤児の解放です。もっと言うならば継承者の人達は堕ちた星を核にしたことによる獣性と、偉人の概念を上書きされた事による人間性を併せ持ちます。そしてその釣り合いを保っているのが根本的な子供としての自我です。私はここを解放したい」
「均衡が崩れたら、獣性と人間性は暴走するんじゃない?」
「それが狙いです。獣性や人間性など不要。あの人達を救うためには自我だけを出せればいいんです」
「ふぅん」
ゲーテのなり損ないは窓から空を見た。
「セオドロスさんはあくまでも今の継承者に自我はないって思うのかい?」
「ありません。今の彼らは偉人にならなければならない、偉人であるという概念に染まりきっているかもしくは己の心に秘めたる獣性に脅えています。その中で自我というものは萎縮しておりますので」
「なるほどね…。じゃあ次、君が言ってた最初の時間軸で起きたのは、フェルメールの自殺から始まり、葬儀屋の襲撃、完成者の暴走で全員が死んだ…ってやつだけど、これらの運命を変えるために、君は何をしてきたの?」
セオドロスは手の指を七本立てた。
「フェルメールの自殺は簡単に止められました。彼が飛び降り自殺してしまう場所を封鎖する。もしくはそもそも彼にそこに立ち入らせないために阻止すればよろしいのですから、出会い頭に頭でも殴って気絶させておけばあとは探しに来たメンバーに回収されて終わりです。彼の自殺は突発的なものですからそれで直ぐに収まります」
セオドロスは指を立てていた二本折った
「良いね。次に葬儀屋の襲撃だけど?」
「……」
セオドロスは指を五本折った。
「それが難点なのです。中々阻止ができない…あれら集団は厄介です」
「あらら〜。そこでどん詰まりか。そういう危険な集団って四つくらいあんだっけ?教えてくれない?」
ゲーテのなり損ないは机の上にノートとペンを置いた。
「あの集団は、構成員はボクのように堕ちた星を体内に入れ、そして自我を貫いたまま力を得た怪物です。細かいメンバーの事はわかってはおりませんが、概要は今までのループで手に入れることができまして…」
「よしよし、一個ずつ教えて〜」
「星を弔うものです。由来は不明ですが、死にまつわる事を表に出してる時点でろくなもんじゃないでしょう
リーダーは葬儀屋と呼ばれる人間で、彼は継承者や人間の死体を使い加工武器を作り上げます。過去にもスターバーストを襲撃し、死体を奪うなどの行為をしております。
星を弔うものは八人存在しており、気まぐれで行動しています。
葬儀屋のように死体を加工するのが目的というより、彼らは彼らなりの目的があるが一時的に衣食住の場所として選んでいるに他ありません
加入順にメンバーを言うと…
葬儀屋、スターリーナイト、モルヒネ、サルヴァトーレ、ニーチェ-ϛ、ロビン、ブラッドベリー、アルジャーノン…です
このうち元継承者と思われるのはニーチェ-ϛとブラッドベリーと呼ばれている二人です。ニーチェ-ϛはニーチェの継承者のなり損ないと思われます。ブラッドベリーは恐らく華氏451度の概念に影響されたものであり、元々は別の継承者と思われますが、まだ調査不足です」
ゲーテのなり損ないはその全てをきちんとノートに書いた。
「厄介だね」
「えぇ」
「それでは次を教えて、セオドロスさん」
「次は…星を砕くものです。絵の具の素材は砕く作業が付き物ですから、そこから来ていると思われます。
リーダーはシャンゼリゼと呼ばれる人間で、彼は自身の権能を使い眷属を増やしては家族ごっこをしています。それとはまた別に、メンバーが作成するものを裏オークションで売っていますね。メンバーは今言ったように芸術家を名乗ります。全て偽名であり、動植物の学名から取られています。
メンバーは加入順で……えーっと
スコルピオス、シャンゼリゼ、アリエス、カプリムングス、オリンディアス、ヘリアンサスです。この星を砕くものの活動範囲は広く、またほか組織とも強い繋がりがあるので面倒な癒着物となっています。このうち元継承者と思われるのはスコルピオスで…恐らく外見などから歴代のゴッホの継承者と思われます」
「芸術というものは、人間の心に強く残るものだからねぇ。彼らもまたそれに魅了され、それの宿主を増やし続けているんだろう」
ゲーテのなり損ないは書きながら指を立てた。
続きを言え…という意味だ。
「星を握るものです。由来は主導権を得るのを手のひらで動かす…のように、手が他者を支配することを表すことからと思われます。
リーダーはフレデリコと呼ばれる人間であり、元プロキオンの研究のリーダーだったらしく主導権を握ることには長けています。彼等にとっては堕ちた星や人間、継承者、他のあまねく全てが研究対象になっており、構成メンバーには研究職ではないおそらく実験目的の相手も含まれています。彼らも私と同じように、怪物ですが…
同じく加入順で
フレデリコ、アブジンスキー、ガリオン、アンタレス、ベルンハルト、オーウェル、ハクスリー
この内元継承者はオーウェルとハクスリー。この二人はオーウェルが主導権を握っています。彼は加入して研究するというより、また別の目的で加入しているようです。恐らくハクスリーの治療目的で薬が欲しいのだと思われます」
「ハクスリーさん、さっきの語りでも出てきたが頭アッパラパーになっちゃったんだっけ?」
「スターバーストの上層部のせいらしいです」
「アイツらはいつもそうだよ。可哀想に」
「……」
「次だ。セオドロスさん」
「星を保つもの。由来は…おそらく秩序を保つなどから来ています。活動内容からしてあの人達は徹底した秩序を求めておりますから、目指す方向性はメンバーにより少し差異はあるものの大きく見て同じな事から共同で過ごしているようです。
リーダーはアリギエーリ…」
ゲーテのなり損ないは筆を止めて笑った。
「アリギエーリ!?」
「…の、別人です。継承者でもないみたいですよ」
「あ、そうなの!?いやー、運命かと思ったのに、迎えに行ってあげなよ。永遠の淑女さぁん」
「ボクはベアトリーチェではありません。力と概念を奪っただけです」
「ふは、そうだね。中断してごめん。続けて」
「…リーダーはアリギエーリ、継承者ではなく、ダンテを真似る者と思われます。あまり調査が進んでおらず目的は不明です。
しかし神曲というものは神の秩序を重んじているものなので、信仰心はおありでしょう。
メンバーの何人かも神への信仰心が強いものが多いです。
メンバーは加入順でアリギエーリ、バッド・フェイス、シルヴァスター、レピドプテラ、アルコルです。この内レピドプテラのみ信仰心はほぼ無いですが、メンバーとは仲が良いのでそばにいると言った感じです。組織だったものはこれで以上です」
「ありがとうセオドロスさん」
「他は単独行動をしていて名前が時々出てきた程度ですが、ムルソー、ギュスターヴ、トイフェルという者達はなにかに属することなく暴れているらしいです。このうちのムルソーは恐らくスターバーストの継承者だと思われます。名前が…カミュの小説の主人公ですしね」
「はいはい〜」
ゲーテのなり損ないは全ての情報をノートに書き切ると、満足そうに頷いた。
「どいつもこいつも頭おかしそうだねぇ、攻略は一筋縄では行かないだろうし……情報集めの為にこいつらの仲間入りしちゃえば?敵を知るには、まず味方になってみるのも手だと思うよ」
「なるほど…」
「どういう原理か知らないけど、ダンテと遭遇した時に使える至高天とやらでループできるらしいし何回もリセマラできるじゃん」
セオドロスは半分まで飲みきったお茶をすぐに飲み干した
「そういうゲーム感覚でやる気はあまりありません」
「冗談さ。でもそうだねぇ〜…その至高天はダンテがいないと使えないのが難点だ………あ、待てよ。君はベアトリーチェの概念を奪ったろう?」
「ん?はい」
「そして今のダンテは天国篇の力が使えないとまで、君はさっきまでのクソ長い会話の中で言ってくれたね?」
ゲーテのなり損ないはお茶を入れる前のあの長い話の中で聞いたものをノートをペラペラと捲りながら話している。
「はい」
「…君がもってるからじゃないかな」
「あー、ベアトリーチェの概念の中に、天国篇の力も入っている可能性があると?それになんの関係があるんですか」
「天国篇にしか至高天は出てこないよ。だから…あのあれだ。もしかしたらダンテが居たから力の使い方がその時わかっただけで、君は君単体で至高天を使ってループできるんじゃないかってこと。ダンテはブーストアイテム…的な?」
「ゲームで例えるの好きですね。ゲーテのなり損ないさん」
「子供の頃好きだったのかもねぇ〜」
話に詰まった時セオドロスは改めて今のゲーテのなり損ないの話を頭の中で十分吟味した。
「やってみる価値はあります。この時間で失敗したら」
「よし来た。成功したら……また私に伝えておいて!知らないだろうけど、知るのはとても良いからね」
「分かりました」
セオドロスがマグカップをもって立ち上がるとゲーテのなり損ないはそのままひょいとマグカップを奪ってキッチンに行った。
洗い物をするゲーテのなり損ないをセオドロスは後ろから見ている。
「いきなりその四つの集団のどれかに紛れろなんて言われても、私はやりたくないね
だからアレだ。セオドロス、潜入捜査に慣れようじゃないか」
「慣れる…?」
「君と同じようにスターバーストから逃げて、スラム街で暮らす者がいる。継承者達だよ。君の境遇と立場を話せば…四人とも食いつくだろう。もしかしたら一人は実際に噛み付いちゃうかも」
「継承者がここに居たんですね」
「姿を隠すのが上手いからね。彼等は…」
「…えーと、会うにはどうしたらいいとかありますか?」
「多分手ぶらでいいと思う。君のコレと、事情さえ分かれば彼らは優しいが故に仲間になってくれるだろう。彼らもまた、スターバーストには思うところがあるらしいからね」
ゲーテのなり損ないは自分の頭を、コツコツと叩いた。
「それで、あの…場所は?」
「鳥に聞くといい。イーハトーブに行きたいと、聞いてみな」
「…イーハトーブ」
セオドロスはその名前に聞き馴染みがある。
宮沢賢治が自身の本で出した理想郷の名前だ…
「日本人の偉人には、初めてお会いします…」
セオドロスは緊張を隠しておらず、手をしきりに動かしている。
「安心してよ〜優しいからさ〜」
洗い物が終わると、ゲーテのなり損ないはセオドロスをグイグイと玄関の外まで追いやった。
「また来てくれていいからね。セオドロスさん」
「急に来てもそのまま話を聞いてくれて嬉しかったですよ。ゲーテのなり損ないさん。ファウストとは大違いです」
「本家と比べないでよ〜〜〜。あれとは全然違うに決まってんじゃ〜ん。じゃなきゃ捨てられて、こんな所で暮らしていないからねぇ」
首から上が一つの目玉しか浮いていないゲーテのなり損ないはそのたった一つの目をセオドロスに向けた。
感情は読みにくい。その声色だと半笑いに聞こえた。
「…今のバッド・コミュニケーションでしたかね」
「いんや、私はもうそういうの気にせず生きてるからいいよ。君は継承者を救ってやるといいさ!もうここに住むスラム街の連中の自我はほとんど会ってないようなものだし、偉人の意思すらないようなやつだ。そういう私も、そうなんだけどさ」
ゲーテのなり損ないはセオドロスの肩を力強く叩いた
「頑張るんだよ。セオドロスさん。なんだか凄い使命を背負っちゃってる気はしなくもないけど、肩の力の抜き方も誰かに教わるといい」
「ありがとうございます。ゲーテのなり損ないさん」
「いいんだ!…行ってらっしゃい。セオドロスさん」
「はい」
セオドロスはゲーテのなり損ないにお辞儀をした後、スラム街を歩き始めた。
鳥を探せと言われた為、セオドロスは上や左右をキョロキョロと見渡しながら歩いていた。
「鳥なんて全然いないんですけど」
鳥よりも多く見つかるのは身体が一部欠けた人間だ。あれらも偉人のなり損ないか、失敗作だったり…もしくはどこからが逃げてきた罪人か、仕事も無くどこにも居場所がない浮浪者だろう
長い時間を歩いて疲れたセオドロスは路地裏の壁を背に座り込む
ここは…いつだったかフーコーと再会した場所だった気がした。
今日、彼はここに来ていないらしいが…別に会いたくもないのでいいだろう
ウトウトと船を漕いでいると、翼がはためく音がした。
セオドロスは未だ閉じたがる目を力強く開けると、目の前に鳥がいた。
セオドロスは思わずポッケの中にたまたま入れていたパンを半分にちぎって投げた。随分と固くなってしまっていたが、食べれないことはない。
その鳥は近くに投げ込まれたパンに、最初は驚いていたものの、しばらくするとじっとパンを見ていた。
鳥はセオドロスの方を向いて言った。
「貴方は普段こんなのしか食べていないの?」




