観測チーム篇 第三話『一望監視施設』
『看守が隠されていることによって、囚人の側には、つねに不可視の偏在にさらされているという感覚が生まれる
-ジェレミ・ベンサム-』
「…こんな所で会いたくありませんでした」
セオドロスはスラム街の路地裏の壁に座り込んでいる。
横にはフーコーが煙草を吸いながら、携帯を弄っていた。
「いやー、奇遇奇遇。元気してた?」
「元気ですけど……貴方ご自身の立場分かってますか?」
「スターバースト所属、司令チームの監視フーコーでーぇす」
「それで、ボクは?」
「スターバーストから脱走した子供で〜す。なんなら継承者にしようとしたのになんかバグった特殊個体で〜す」
「…」
セオドロスは呆れて声も出なかった。
スターバーストから見つからぬようにと、彼らの誰も訪れぬここに来たと言うのになんでこんな奴が目の前にいるのかという事にだ。
「こんな所になんの用なんですか…」
「SMバー、良いのここにしかないんだよね」
セオドロスは涙が出そうだった。凄くしょうもないことだった。
「ここら辺で美味しいご飯屋さん知りませんか?私バーか風俗しか寄らないんで…」
「……あります」
セオドロスは飲食店に連れていった。
一見はただの人だが、内情はスターバーストの人間だ。
それがバレたらまずい。スラム街の酷さはスターバーストの職員が6割は絡んでる。
セオドロスは連れていくだけではなく、共に食事することにした。
「おすすめは?」
「炒飯です。ここのはちゃんとパラパラしてますよ」
「素晴らしい。水分を含んだベチャベチャの炒飯など邪道」
「はぁ…」
氷も無くぬるいお冷を飲みながら、二人はどうせ聞かれていても構わない戯れ言を述べて言った。
「あなたのご熱心なカミュは元気ですよ」
「そうですか…」
「あら、静かですね。もっと興奮するかと」
「敬愛はしておりますが、執着はしていません」
「そうですか」
二人は炒飯が出来上がるのを待っていた。
「ボクが仕入れた情報ですとね。テロリストがスターバーストを狙っていますよ」
「テロリスト…ですか?」
「葬儀屋っていう…」
「あぁ、かつて三代目のカミュを殺して死体を奪った相手ですね」
「そんなこともしてたんですね」
二人は街を歩く人たちを見ながら会話を続けた。
「そんな彼が、また来ると?」
「ボクも調査をしている段階ですよ…」
「まさか潜入調査じゃないですよね」
「いいえ、彼らの住処に張り付いて盗み聞きです」
「古典的ですね」
「古典的ですが、確実ですよ」
フーコーはクツクツと笑いながらもうほとんど残ってないお冷を飲みきった。
それを察してかすぐに店員がお冷を注いでくれる。フーコーはまたお冷が並々まで入ったコップを持った。
「ボクも彼らの工房を潰して回っていますが……」
「彼…ら?…私が聞いていたのは葬儀屋は単独で活動する存在とだけだよ」
「え?…葬儀屋以外にもいましたよ」
「何人ですか?」
セオドロスは自分の指を一本ずつ立てていった。
「七人です」
「名前とかは分かりますか?」
「いいえ、分かりません」
「ふむ…」
フーコーはそのままお冷を半分まで飲むと、炒飯が運ばれてきた。
お互い、いただきますとは言わず、無言で炒飯を食べていった。
「葬儀屋とはそこまでの脅威なのですか?」
セオドロスは炒飯の米を少しずつ解しながら聞いた。
「私は出会ったことがありませんが、サルトルが言うにはおぞましい存在ということです」
フーコーはレンゲで米の山を切り分け、大きい塊のまま口に含んだ。
「ふぅん…」
セオドロスは米を細かく崩し続けている。
「キミ、食べ方は非効率的ですね。パラパラにしすぎたら掬うのが大変じゃないですか」
セオドロスはむっとした。
「自分が食べられたらそれでいいです」
「っふふ……キミはどこか傲慢だね。自分さえ良ければいい。しかし他者は許せない…っと」
「食事作法に文句は言いません」
「食事は比喩ですよ」
セオドロスは細かくした米をレンゲの中に集めて口に放り込んだ。
「とりあえず次の会議の時に報告しておきますね。情報提供ありがとうございます」
「いえいえ」
フーコーは気付けばもう四分の三まで食べ切っている。
セオドロスはまだ四分の一だ。
「食べるの早いですね」
「食べることがあまり好きではないので、早めに終わらせたいだけだよ。君もだろう?」
「好物の場合は別です」
「言うねえ」
二人は炒飯を食べ進める。フーコーは食べきったあとに口の油っこさと濃すぎる味を洗い流す為にまたぬるい水を飲んだ。
セオドロスは四分の三に差し掛かった時、水を一気に飲み干すとそのまま一気にかき込んだ。
見かねた店員はお冷を注ごうとするが、フーコーはもう飲み切るとして、セオドロスも拒否をした。
言われた店員は戻っていき、フーコーはその背中を見た後に口をもごもごと動かしたままのセオドロスの頬の動きを面白そうに見つめた。
「水もういらないんだ」
十分に口の中のものを読み込んだ後、セオドロスはハンカチで口元を拭いた
「ボクはご飯の味を残したままで居たいタイプでして」
「歯磨きはするんだよ」
「馬鹿にしてますよね」
「はい」
セオドロスが食べきったのを確認して、フーコーは伝票をカウンターに持っていった。
「割り勘にしましょう」
「これくらい私が払うよ。久方ぶりに君に会ったしね」
セオドロスは奢られることにした。言い争うのも時間の無駄だからだ。
フーコーに連れられセオドロスは近くの喫煙所に来た。酷くボロいところだが、灰皿がちゃんと置いてある。
フーコーは煙草に火をつけ再び一服をしている。煙草を咥えながら箱から煙草をもう一本出すと、セオドロスに手渡した。
「煙草の利点って何かあるんですか?」
「静かな時間すらより愛おしくなる為だよ」
「ならば吸いましょう」
セオドロスはフーコーの見よう見まねで煙草を持つと口に咥えてみた。フーコーはその煙草の先にライターで火をつける。
「…ゲホッ」
「慣れないとそうなるよね」
「…煙たいです」
「煙を吸おうとせず、煙を肺に満たすように呑むんですよ」
「なるほど…」
セオドロスはケホケホとむせながらも煙草を吸っていった。
「あまり好みの味ではありません」
「好みの味を探していくといいさ」
二人は煙草を最後まで吸い切ると、灰皿の中にそのまま入れた。
「安心してください。貴方のことはわざわざスターバーストには報告しませんので」
「…助かります。一応脱走者ですからね」
「いつか帰ってきてもいいんですよ」
「いつか、行きますよ」
楽しみにしてます。と手をヒラヒラさせてフーコーは喫煙所から出ていった。
セオドロスはフーコーが去った後に、カードが落ちているのを発見した。
スターバーストのカードキーとかだったらまずいと思ったセオドロスはフーコーの名前を呼びながらカードを拾い上げる。
…SMバーの会員カードだった。
セオドロスはフーコーの名前を呼ぶのを辞め、ポケットにしまった。
次来た時に渡すか、しれっとスターバーストに侵入して渡すかだ。
そのどっちでもどうでもいいくらいに、しょうもないカードだ。
セオドロスは喫煙所から出て、どこにも見えなくなったその人のことを考えながら、裏路地に消えていった。
同時刻、観測チームと対策チームは仕事終わりにギャンブルをしていた。
お金は賭けない(どこぞの教育チームリーダーのように、賭博癖になってはいけない)
エニグマはトランプをシャッフルし、全員に均等に配っていく
未来予知ができるラプラスと、体内の核との融合で両腕が翼になっているミルトンはお休みだ。
テミスと融合しているユゴーは目隠しで目を覆われている。
ハイデガーが常に近くで補助をするが、ババ抜きに至っては手札がほぼ判明してしまう。
ユゴーとハイデガーは独自の信号を決めて連絡を取り合いながら手札を確認している。
モールスは二人の信号がモールス信号ではないから解読がそもそもできない。だから安心してみているがエニグマはどうやら違うようで二人を必死に見ないようにしていた。
解読しないようにしているのはエニグマだけではなくノイマンとダ・ヴィンチもだが…
「エニグマって解読よりも暗号じゃないの?」
ミルトンは暇潰しにエニグマの横に座り、そのもふもふとした翼を片方エニグマの肩にかけた。
「う…でも何故か暗号をしかけるよりも、暗号を解く方が得意なんですよ…だからあの二人の信号も絶対解読しちゃいます…」
(※ドイツ軍最強の暗号機であるエニグマの解読を行ったのはアラン・チューリングという人物であり、彼はコンピュータやAIの起源を作ったことからコンピュータの父、AIの父と言われている)
「へぇ〜」
ミルトンはそもそも偉人じゃなくて暗号機の概念を羽織っているのだろうと思いながら、手持ち無沙汰にエニグマの手札を見ながらニヤニヤと笑った。
「ミルトンがニヤついている」
ハイデガーは暗号にするまでもないことをユゴーに伝えた。
「エニグマが持っているのか?」
「持ってませんよ!もーー!人の手札見てにやにやするのやめてください!」
「ふふふ、トランプカードを見てるとタロットカードが出てくる…占いは禁忌だ…」
(※トランプカードの起源は諸説あるが、今は中国説が有力。
トランプカードの四つのマークはタロットの小アルカナの剣・聖杯・金貨・杖がモチーフとなっている。
そもそもタロットカードの起源は15世紀後半のイタリア北部であり、元々は貴族階級のゲームの為のものだったが18世紀後半のフランスで神秘主義と結び付けられ、現在は占いなどに使われるようになった。思いの外歴史は浅い)
「ま、占いじゃなくてゲームだからどうでもいいけどね!」
「…この与えられた手札でどう舞うか…これこそが投企だ」
「哲学者の言うことってよく分かんないよね」
「分かる分かる」
「……」
ハイデガーはふと独り言が漏れただけなのにエニグマとミルトンにやいのやいの言われて少し不服そうだ。
「で、元から私の手元にある子の手札達がお前の言う被投性だろ?」
ユゴーはそれを察してか自分の手札をパタパタと振りながらハイデガーに問いかけた。
「そうだ」
ハイデガーは真顔ながらも少し照れくさそうに答えた。
(※ハイデガーの被投性とは人間が自分の意思とは無関係にある特定の時代・場所・環境などの世界の中に投げ出されているという事実を指す。また、投企とはその被投性の中から未来へ向かって自分で道を切り開いていくことを指す。
ハイデガーの哲学に強い影響を受けたのがサルトルであり、彼は存在と無という本で、ハイデガーの本である存在と時間を引用して話を述べた。その中で出てきたのがかの有名な「実存は本質に先立つ」であり、サルトルは自身の無神論的実存主義をヒューマニズムとした。ハイデガーが出した人道主義についての手紙という本の中でサルトルは自分を誤読しているとして批判した。)
コペルニクスはしれっと中心を高くして手札を持った。
案の定その中心にはジョーカーがある。
コペルニクスは焦っていた。ポーカーフェイスなんて自分にはできない…と。
しかし始まったトランプ大会では、コペルニクスの心配は杞憂のものだった。
皆何も考えずに札を取っていく、というよりコペルニクスの焦った顔なんていつも通りだから気にするだけ無駄だった。
「……」
コペルニクスには順調に札を揃え、見事一位で勝利した。
「コペルニクスが一位だ」
「負けてられんな…マルティン」
ユゴーとハイデガーは気合を入れている。
「そろそろ眠くなってきたな…」
「年寄りは早寝早起きなんだ…」
「黙りなさい」
ダ・ヴィンチはモールスからゲンコツを貰った。
頭を両手で抑えている。手札を隠しながらだが
順調に終わっていったトランプの最下位はモールスだ。
ジョーカーを片手にそのまま机に突っ伏して寝た。
最後のモールスとエニグマの対決は見ていて少し面白かった。
なぜならモールスが片手でモールス信号で威嚇したからだ。
エニグマはすぐにそれを解読し、口頭で返す。
モールス信号が分からなくても、急に片手でカタカタと机を指で叩き出すモールスは面白かった。
「もう深夜だし帰ろ…」
ダ・ヴィンチはトランプカードを箱に戻すと、自分のデスクの引き出しにしまい込んだ。
「モールスどうする?」
「部屋まで運ぶかぁ〜」
「誰が運ぶ?」
「私が運んどくよ」
ミルトンが翼をあげた。
「サンキュー!」
ミルトンはモールスを担いだ。
「じゃ、夜の観測は任せてください…」
エニグマとコペルニクスは机に座り直した。
「じゃまた明日〜」
「またね〜」
扉を出て廊下を歩きながら対策チームの四人はトランプの熱冷めやらずと言ったように興奮しながら話を続けていた。
「…しかし、観測チームは他チームと違って深夜も働かねばならないの大変だね」
「慣れたもんですよ。深夜にも星は堕ちるじゃないですか」
「そうだな…」
「戦闘チームだと毎回ジャックさんしか来ないのが難点です」
「彼女しか夜に行動できる子はいないからな。他は子供だ」
ハイデガーはユゴーと片腕同士を合わせながら道案内を続けている。
「深夜にも活動できる人…増やして欲しいけど…」
「上層部にもまた掛け合っておこう」
「ありがとう、ユゴー!」
「構わんぞ」
パノプティコンの主はその様子をニヤニヤと見ながら監視カメラで見ながら一人で机の上にトランプタワーを立てていた。




