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観測チーム篇 第二話『ビデオレター』

『裏切り者の中で最も危険な裏切り者は何かといえば、すべての人間が己自身の内部に隠しているところのものである

-セーレン・キルケゴール-』

フーコーはパソコン内のフォルダを画面に映し出した。

なにか事件が起きた時、記録チームの記録が正しいかを指し示す為の映像を残す為のフォルダだ。

事件名と、日時、場所…それらをタイトルにして保存したあと上層部にまとめて送信する。それだけで終わる。

「つまんねぇ〜」

組織における不祥事なんて、大抵何が起こるかなんて分かりきってる。

やれ、適合率が低い継承者が獣としての側面が現れただ。

逆に、適合率が高い継承者が暴走しかけただ。

はたまた思想の違いによる喧嘩や、生前の因縁が絡んだもの、様々だ。

色々とあるが、その全てはフーコーにとっては既にパターン化されたものだ。

フーコーは別のフォルダを出した。

それらは表向き、記録チームとの齟齬がないように指示されただけのもの。

自分が秘密裏に見ているのは、自分だけが知っているものだ。

多くの継承者はそこらじゅうに仕掛けられた監視カメラが映像のみを記録していると思ってる。それは、上層部も同じ。

だがフーコーは監視カメラを仕掛けるついでに、音声も記録するように弄った。

その監視カメラは現在四つの場にある。

観測チーム、記録チーム、開発チーム、教育チームだ。

そこにつけた理由は特にない。面白そうな話題が聞けそうなチームだったからだ。

そしてフーコーの目論見通りに面白いものが聞けた。

記録チームの管轄内。映像だけならただパスカルとアインシュタインが話し合ってるだけだ。

ただ、内容がまずったものだろう。

最初はただの上層部への愚痴だ。この程度ならあいつらは別に何も思わない、でもその次だ。スターバーストの情報を他の国に売り飛ばそうとしているのは逆鱗に触れるだろう。

彼らも何も考えずにただ売るだけじゃない。

悲惨さを分かって欲しいのだ。自分たちの置かれた状況に対する同情が欲しい。あわよくば、犠牲となるような子供がこれ以上出ないように別の解決策が欲しいのだ。

パスカルがそれを推し進めたがってるが、アインシュタインはそれを窘めている。

フーコーはそれを映像と音を合わせ、ケタケタと笑った。

この内緒話は私のものだ。

権力に縛られようが、何があろうが、私だけが唯一有する刃だった。

その映像と音を得た日から、実に二日が経っていたがフーコーは未だに映像を繰り返し見てはニヤついていた。

自分だけが持っているものとは、フーコーにとっては日々を生きていて十分に生に縋れる理由だった。


__ガタンと背後から音が鳴った。

それは何かが外れる音で、フーコーは音がした後足で床を蹴って椅子を回転させた。

「………処刑チーム…」

鎖が四肢を繋いでいる。

「単独者ですか」

キルケゴールはフーコーに対しお辞儀をした。

「その通り、処刑チーム所属、単独者キルケゴールと申します…」

床まで続く鎖を鳴らしながらキルケゴールは端末を操作していた。

「何のためにここに?」

「上層部から、伝達です。貴方が情報を隠し持っている…と」

「へぇ、私はいつも何かが起きた時にはすぐ上層部に映像を送っています。また、普段の監視作業もちゃんとしています」

「……」

キルケゴールは端末を見つめたあと、電源を切ってそれをしまった。

フーコーを見つめる目は酷く冷たい。

「情報なんて隠していても仕方ありません。もしくはプライベートの事ですか?

ッハハ…困ったな。上層部もアッチの方にご興味が__」

無駄口を叩こうとしたフーコーの喉元に鎖が突き刺さる。

しかし刺さったことに対する痛みはなかった。

今迄通りそこにただ鎖が癒着しているだけのような、不思議とした感覚__

その違和感を感じる間もなく、フーコーは自分の首の鎖が繋がっていた背もたれにがっちりと掴まれたように動けなくなった。

首を貫通して、己の首と背もたれで鎖が均衡を保っている。

どう動こうにも首がまず動かなければ体をどう動かそうと変わらなかった。

ゆっくりとキルケゴールはこちらに歩いてくる。

首に繋がったままの鎖はその長さを余らせてキルケゴールの腕に繋がれていた。

キルケゴールはパソコンの前まで来たあと、フーコーが先程まで見ていた映像を確認する。ご丁寧に音を上げて。


「アインシュタインさん……いつもこんなことをしているんですか?」

「あぁ」

「……私の生前と、大きく違う……こんなことをしたいが為に、私は生きて死んだ訳ではなくて…」

「言いたいことはよく分かる。でもやるしかない」

「……っ」


キルケゴールは10秒後のスキップを押しながらお目当てのシーンを得ようとしている。

案の定。2、3回クリックした後にキルケゴールは少しニヤついた。


「このデータ……リゲルに渡そうと思うんです」

「ッ…!何を言ってるんだバスカルッ!!……正気か?」

アインシュタインは監視カメラの方を見た。

ただ会話しているだけだ。音が無ければ、だが

彼はきっとこの内容が喧嘩として処理されないか心配になっただけだろう。急に相手の胸ぐらを掴むなど、有り得ないからだ。

「この話他の人には?」

「し、してません…」

「そうか…なら、いい。するな……ニュートンはどうでもいいと聞き流すだろうが、ラグランジュはあぁ見えて均衡を保つ為にすぐにチクるぞ。悪気なくな。ただ、あいつは異常があるのを嫌う……次にだ。アルキメデスリーダーには絶対に言うな。

ラグランジュ以上に面倒というか、泣き喚くからな。色々と、心配で……」

「んん…」

「はぁ…どうしてまた、そんなことを言うんだ。リゲルは同盟国で、危険性はないと言っても他国だ。アルデバランのこんな事など知らない、知らないが……それでも知ってていい内容と悪い内容がある。これらの情報は、悪い内容だ」

「でも__」

映像が止まった。


パスカルの理由なんてどうでも良くてただ彼女が組織…上層部に違反することをしようとした。それさえ確認できたら後はどうでも良いのだ。

フーコーはキルケゴールに背もたれを持ちながら椅子を回転させられ、パソコンの前に向かわされた。

「見られては仕方ありませんね。これは__」

言い終わる時間も与えられず、キルケゴールの持っていた鎖の先はフーコーの手前のデスクに来ていた。

そのまま、手前へと引っ張られる。

喉に異物がある違和感から一変して、喉の内側から強い力で引っ張られている感覚が襲ってきた後、ガンと嫌な音がして勢いよく机に置い顔面を強打した。

主に強く打ったのは鼻だ。

どこかマズったのか鼻血がボトボトと出始めていた。

フーコーは顔をあげようとするも、机と喉を繋ぐ鎖の短さは変わらなかった。

「この映像、二日前のものですね

隠蔽もまた罪です」

キルケゴールは新たに鎖をフーコーに突き刺す。依然として痛みはない。

ただ内部に鎖があるという異物感のみに襲われる。

それは最初、左腕にあり、段々と先が肩__胸_

「__ッ!!」

心臓に到達した。

突如として締め付けるような苦しみが襲った。

心臓の一つの鼓動よりも過度な収縮を伴わせたそれは突如として息苦しさまでも誘発させた。

「ハッ…ハァッ……ッ…!」

息は吸える。しかし、心臓部の痛さにより上手く空気が吸えない。

胸を大きく広げようとすればするほど、心臓の痛みの範囲をより広げるような気がしたフーコーの呼吸は自然と短くなる。

ギリギリとした鎖で顔はあげさせては貰えない

机に押し付けられる己の顔面は酷く汗をかいている。

湿った空気が口から出る度にそれは頬を伝って外へと向かう。

息を吸い、吐く口は、短い動きを繰り返すために常に開かれて口の乾燥を塗りつぶすように生み出された唾液が銀色の糸を引きながら机へと落ちていった。

時間の感覚すら分からなくなった時、ようやくその鎖の呪縛は消え失せた。

鎖があたかも今まで存在していなかったように消えた途端はフーコーの頭は上げようとしていた反動から少し上がった後、ドサッと力なく机に再び落ちていった。

すっかり脱力し、身体中にびっしりと汗をかきながらフーコーは解放されたにもかかわらずずっと短い呼吸を続けていた。

やっと深呼吸に切り上げ、まともな呼吸ができるようになるとまず唾液が着いていた口元を袖で拭いた。汗は二の次だ。

唾液を拭いた袖を見ることで鼻血を出していたことを思い出したフーコーは続けて鼻血も拭き取った。

「……どうして、分かったんですか………」

フーコーの問いかけにキルケゴールは天井を指さした。

フーコーは自分の身長よりも高い、普段から見ようともしてなかった塔の天井を見た。

__黒いものが天井にある。あの形状のものは、あれは…

「監視カメラ………」

「貴方だけが監視する立場ではありません

以後、お見知り置きを…との事です」

キルケゴールはそのまま去っていった。

フーコーはただ一人パノプティコンに、変わらず座っていた。

目の前に映るモニターでは皆、様々な表情をしている。

笑顔だったり、大変そうな顔だったり、怒っていたり、皆そんな変わらない日常を過ごしながら、仲間たちと時間を1秒たりとも無駄にはしないようにと生きていた。

「………」

フーコーには縋れるものが無くなった。

フーコーはふと足元を見た。

一匹の蜘蛛が床を這っている。


フーコーはすぐに踏み潰した。


その数時間後、キルケゴールは上層部に連絡を貰ったあと記録チームの方に出向いた。

すぐに扉を開くと五人全員揃っている。

「処刑チーム所属、単独者キルケゴール。

記録チーム所属、圧力パスカル。共に来てください」

名前を呼ばれたパスカルは最初は困惑していたものの、処刑チームが来たと聞いて全てを察した。

「分かりました」

パスカルは迷いなくついて行った。

「っ待って!!?」

アルキメデスが二人の間に割って入る

「なんで…なんでさァ?パスカルちゃんはなんも悪いことしてないってぇ…!」

それを無言で黙らせるように、ニュートンが襟首を掴んで引き寄せた。

「リーダーァ…黙ってください。何かをした。それまでです」

キルケゴールは残りの四人を見ながら、さっさとパスカルに出るように指示した。

「ご安心を、殺しはしません。まだ未遂なので少しの罰を与えるだけです」

アインシュタインは歯を食いしばりながらキルケゴールとパスカルを見送った。

その次に部屋に取り付けられていた監視カメラを見た。

情報が漏れる要因といえば監視カメラしかいない。しかし、監視カメラを壊すという直接的な行為に出れば、それこそパスカルが受ける罰以上のものを与えられてしまう。

アインシュタインは机を一度だけ強く殴りつけて、自室に戻っていった。


「〜〜〜オェッ」

ラプラスは目を閉じていたのをやっと開け、ひとつ吐いた。

「汚い〜〜〜」

コペルニクスは涙目になっている。

「未来予知の反動で吐く。これは治らん。すまん。許せ」

「うぅ〜…」

コペルニクスはハンカチでラプラスの口元を拭いた。

「拭けって言ってないんだが」

「酸性のものは早く拭き取らないとお肌荒れちゃいます〜」

「肌を気にするとかお前女か?」

「男です〜!」

コペルニクスはせっせと処理をしたあと、エチケット事に分けて処理を行った。

「手際がいいな…」

「いつも皆さんがこき使うからでしょ…」

「それもそうだな」

通りがかったノイマンは頭痛薬を飲みながらラプラスに会話をふっかけた。

「にしてもなんか見えたわけ?吐くのも日常ではあるけど、吐くほどの予知なんてやーなもん見たんでしょ?」

「んん…記録チームのパスカルが処刑チームのデカルトに拷問受けてる未来見えた…」

「…まじ?」

「本当」

ラプラスの未来予知が冗談ではないことを分かっている観測チームは、やれやれといった様子で呆れ果てた。

「脱走企てたりしたんだ」

「あの人がそんなことするかね」

「さぁーね」

モールスとエニグマはありもしない事をワイワイ話している。

「でも可哀想に」

ノイマンがポツリと独り言を零した。

その次の発言はなんなのかと四人は聞き耳を立てている。

「パスカルといえば、デカルト主義者だろ?仲は良くなかったろうが生前は病気見舞いにデカルトがパスカルのところを二度も訪問したって聞くよ」

「今と全く違う!」

「今が酷すぎるだけだね」

エニグマもモールスは野次を飛ばした。

「最終的にパスカルは自分の本でデカルトを批判はしたけどさ〜それくらい確執のある相手に拷問されるとか…私だったらやだね」

「最悪なもんだ」

「仲が悪かったのならまた、まだマシな気がするがね」

変わらず野次を飛ばすエニグマもモールスも休憩しながら茶をシバいた。

「私は、記録チームのラグランジュやニュートンには聞き馴染みがあるから名前が出ると焦るね」

ラプラスはそう言った。

(※当時、「惑星の軌道はお互いの重力でいつか崩壊するのではないか」というニュートン力学の謎があった。ラグランジュが計算の基礎を作り上げ、そこをラグランジュがさらに発展させて「太陽系は周期的に変動するだけで、長期的には安定している」という結論を数理的に証明させた。

また、ラグランジュが記した解析力学とラプラスが記した天体力学概論は古典力学における最高の双璧と言われている。

フランス革命が起きた時、当時マリーアントワネットの数学教師であったラグランジュは親しい友人たちが処刑される中自分が処刑されず残されたことを嘆いていたが、ラプラスは強かにもその時その時の権力に従順に生きていた。同僚ではあったが親友と言えるほど親密な関係ではない。)

「私なら開発チームのコルトでしょうね。あの子は何かとやりたがりなので、何か失敗してお叱り喰らわないかとヒヤヒヤものですよ」

モールスはお茶を飲んで一息つきながらボソボソと愚痴を零した。

(※サミュエル・コルトとサミュエル・モールスは交流があった。

コルトが水中電気起爆装置の売り込みをしてある時に出会い、友人となった。その後コルトの考案した耐水性ケーブルがモールスの考えていた湖や川、湾を通す電信線に有効だと判明した後、大西洋を通す新しい海底ケーブルを敷設する時には共同で事業をした。モールスが電信ビジネスを展開する時にはコルトはモールスが設立した電信会社の株式を買って出費し、指示していた。

また、買うだけではなく販売代理人としても活動していた)

「二人とも色々縁があるんですねぇ〜」

エニグマは今までの情報をパソコンで調べながら聞いていた。

「目の前に本人いるのに…?」

「いやでも、もしかしてがないようにです」

「このやろ〜〜〜」

皆が楽しく交流している中、ノイマンは自分とアインシュタインが実は同僚だった…なんて話を今しなくて良かったと思った。

「ま、今日も元気に頑張ろー」

ノイマンのその声掛けに皆は「イエッサー!」と元気よく答えた。

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