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観測チーム篇 プロローグ『街を見下ろす目』

『万能の神が創りたもうた世界は、疑いようもなく、かくも広大なのである

-ニコラウス・コペルニクス-』

修復チームはその日、堕ちた星により襲撃を受けた街を修復させる作業をしていた。

瓦礫の撤去から始まり、荒らされた植物をメンデルが権能により回復させていった。

血と灰色しかない街に緑が生い茂る。

ダーウィンはその傍で震える犬たちを撫でていた。

シェイクスピアとアンデルセンは荒れた地をまるで物語の上かのように綺麗に作り変えていった。

権能を使うまでもないのか、彼らは魔法と呼称するものを使い家を元通りに建てていっている。

「コペルニクス!帰ったら食堂の人に大量に作っとくように言っといて!これやったあとちょー疲れるからさ!」

シェイクスピアが家を指先一つで建てながらコペルニクスに伝えた。

「ふぇ…はい!分かりました!伝えときます」

コペルニクスは携帯を使い食堂の人達に連絡を取ると、今言われたことをそのまま伝えた。

「…っはぁ…電話…緊張します…」

「わかる」

携帯をポケットにしまい、命拾いをしたかのようにほっと一息を着くコペルニクスの隣に犬をわしわしと撫でながらダーウィンが来た。

「ダーウィンさん…!その子達…どうするんですか?」

「一定の安全が確認次第、ほっとく」

「保護とか…しないんですね」

「元々この地に住んでいた子達だ。生態系を乱してはいけない。私が修復するのはあくまで堕ちた星に襲撃を受けた獣達が元々の生活に戻れるまでの回復過程だ。無駄に保護する気はない」

「そうなんだ…」

コペルニクスは肩に下げていたカバンからダーウィンに水を差し出した。

「炎天下疲れるでしょう?」

「あんがと…ほかのメンバー分もある?」

「もちろん!」

「皆にも配っておいて…」

「はい!」

コペルニクスが少し走り出したあと、後ろを振り向けばダーウィンは犬たちに水をあげていた。

ダーウィンの為にあげたのに、彼らしいなと思いながらメンデルに水を渡した。

「ありがとうございます…!」

彼は蓋を開け、グビグビと水を飲んだ。一度に半分ほど

「あとどれぐらいかかりそうですか?修復作業…」

「ん、植物たちは…あと30分もあれば、ここの区画の分は大丈夫!

シェイクスピアとアンデルセンの方もあの調子なら同じぐらいかな。前半頑張ったもんねぇ〜」

「そうですね…」

コペルニクスは周りを見渡した。

街は完璧に修復されている。

人が少ないから、なんだか箱庭にたっているだけのように思えてしまうが

「後は開発チームの人達を呼んで…電気を繋げば完璧です」

「…五時間かかりましたね……」

「いつもよりは少し短いですよ」

「へぇ〜…」

コペルニクスとメンデルが話していると、遠くからアンデルセンが走ってくる。

走ると言うより泳ぐだろうか、下半身は防具のようなものを着ていて、人魚のようになっている。

「あ、アンデルセンさん…!」

「す、すみません…!み、水貰えますか…?」

「いいですよ!すみません話してて…」

「いえいえ!」

アンデルセンはコペルニクスから水を貰うと、4分の1程を飲みすぐに蓋をした。

「はぁ〜…生き返りますね」

「も、もっと水いります?」

「え?大丈夫ですよ?」

「………」

コペルニクスの視線の行き先が自分の下半身だと分かると、アンデルセンは照れくさそうに笑った。

「これは…開発チームの人達がくれた補助具みたいなものです。これを付けてると力がより出せるんですよ……人魚姫の概念に近付くとか難しい言葉を貰いましたが」

「へぇぇ…」

「…私はほかの小説家の人達みたいに、適合率が高くて強い訳ではありませんから…」

アンデルセンはシェイクスピアの方を向いた。

「その点シェイクスピアさんは凄いです。いとも簡単に街を直すんですから…」

「アンデルセンさんも頑張ってますよ!」

「そうですか?…えへへ…」

ダーウィンは三人が話しているのを犬を撫でながら見ていた。

「強く生きるんだぞ…わんこよ…」

そういうと撫でるのを辞め、三人の話に合流しに行った。

街の修復についてだけではなく、すっかりアンデルセンの童話の話になっていた事に会話に混ざってから気付いたダーウィンは、そういえば本を貰ったけど読み忘れていたことに気づいた。

ダーウィンには積読癖がある。というより英語以外の本を読みたくないのでデンマーク語で貰った本を開くわけがなかった。

シェイクスピアの話なら入れたのに…としょんぼりするダーウィンを横からメンデルが慰めた。

「私の手紙すらも読みませんでしたからね」

「…まだ根に持ってるんだ」

生前、メンデルは遺伝子について交配実験に基づく論文をコピーでダーウィンに送ったものの、未開封のままに終わった。

これはダーウィンが英語以外の文を読むのが苦手だったことと、嫌いな数学がメインだった事が原因とされている。

メンデルはその事をグチグチと今でも文句を言ってきている。

そりゃ確かにメンデルの遺伝子についての話を知ってれば、ダーウィンの進化論の弱点である融合遺伝の考え方も解決していたはずだ。

(※融合遺伝とは親の形質が混ざって子供に伝わるという遺伝の考え方。メンデルが発見したように実際には混ざり合うのではなく形質は独立して子供に引き継がれている。

ダーウィンの生きていた時はこの融合遺伝しか考えられていなかった為、ダーウィン自身の唱えた自然選択説との矛盾があった。

ここで苦肉の策で生み出された仮説がパンゲン説というものであるが、ここは解説の場ではなく小説の場なのでこれまでにする)

「……なんか、今難しい言葉を聞いたような…」

コペルニクスは頭をクラクラとさせた。

「私には分かるけどな」

「当事者ですもんね」

アンデルセンはコペルニクスにもお水を飲むように言っていると、シェイクスピアがニコニコとして歩いてきた。

「終わったとも!」

「リーダー…!流石です!」

シェイクスピアは、少し千鳥足のように歩いている。

しかし普段の彼だ。これも演出に見える。

彼はこの世は皆舞台!といいながら歩く道すらレッドカーペットにしだすくらいには、演劇に生きている人だ。

「…様子おかしくないですか?」

ダーウィンがコペルニクスにヒソヒソと話す。

その声はその場の四人にはしっかりと聞こえていた。

「ふっ……ねっ…ちゅー……しょ…」

シェイクスピアはその場で綺麗にお辞儀をすると、そのままゆっくり倒れた

「危ない危ない危ない!!!」

「だからさっき無理せずに休憩しようって話してたじゃないですか!!」

アンデルセンが急いでシェイクスピアの元に行き、お姫様抱っこをした。

「そんなこと言ってたんですか?!」

「はい!なのにこの人ったらこれくらいならやり切ったあとに休憩したいね!っていって…もー!バカ!」

「さ、作業ももう終わりでいいでしょう!スターバーストに帰りましょ!」

「おう!」

四人はシェイクスピアの様子を見ながら他の職員にも事態を伝え、早々に切り上げた。


その後、修復された街には生き残っていた人々が戻り、開発チームの職員によって夜にはちゃんと人工光が照らされた。

夜道も安全である。

そんな夜の街に人工光と共に、監視カメラが設置された。

観測チームにより、堕ちた星の発生場所をより観測できるようにする為と__パノプティコンの主の暇潰しの為に

パノプティコンとは一望監視施設を意味する言葉で、ジェレミ・ベンサムが考案した理想的な監獄建築の構想だった。

それをフランスの哲学者、ミシェル・フーコーが現代の監視社会の仕組みを説明するための比喩として用いた事で、パノプティコンと言えばミシェル・フーコーを思い浮かべる人が多い。

そんな哲学者の概念を羽織わされたフーコーは、パノプティコンとは名ばかりのただの監視カメラ管理棟に一人でいた。

フーコーの権能とは視界に映る存在に、無意識下で一つの行動を強制させるものである。

その権能の効果拡大の為にフーコーはずっと監視カメラ管理塔から出ることを許されてはいない。

フーコーは監視カメラの映像から職員、継承者、はたまた__

完成者の姿を視界に入れ、彼らが逆らうのを辞めるようにと、強制している。

目薬は必須だ。あともうひとつ必須なのは、何時でも愉しめるように心の余裕を持つことだ。

監視カメラの映像から、人間の醜い映像が見れるのを、フーコーは楽しみにしていた。

司令チームには珍しく誰の目の前にも出てこない司令である彼は、目に見える範囲での愉悦を好む。

ずっとモニターとにらめっこだからって暇じゃないし、仕事中に動画サイトで動画を見たり、小説を見るなどご法度だ。

仕事は仕事で真面目にするのがフーコーの日常だった。

…しかし連絡は別である。時々司令チームから作業中に連絡がくる。送り主はサルトルだ。生前も交流があったもの同士、仲良くしている。

(※当時はサルトルの実存主義がトップだった。しかしフーコーが言葉と物という本を出した時、サルトルの実存主義での主体を重要視する考え方は古い思想として批判されるようになった。

サルトルはフーコーの思想を映画のコマ送りのようだと言い、フーコーもサルトルのような考え方を輝かしいかつ無力な試みだと言った。フーコーは構造主義に数えられがちだが、その始まりであるレヴィ・ストロースもミシェル・フーコーも構造主義ではないと言っている。かつ、ミシェル・フーコーはそもそも哲学者と呼ばれるのを気に入っておらず、歴史学者と呼んで欲しいと言っている。

しかし、サルトルとフーコーは共にデモ活動を行ったりなど、対立はあっても仲は悪くなかった。サルトルが亡くなった時には葬儀にも参列していた。)

「はぁ……通知音がうるさい」

何かあった時に気付くためといえば、大切なのだろうがフーコーにとってその音は自分の静寂を乱す虫の羽音に過ぎない。

「…」

フーコーはチャットで会話するのも面倒になった為、通話をかけた。相手はすぐに出る。

「フーコー、お前またパノプティコンに引きこもってるな?」

「これが仕事ですから」

「お前の権能は常時効かせなくてもいいだろう」

「そうですけど」

「……お前がやりたいのってただ監視カメラから人の弱みを握りたいだけだな?」

「さすが、ご名答」

フーコーは机に足を乗せながら監視カメラの映像を見つめた。

モニターの上から4番目の左から5番目の映像にはサルトルが映っている。

サルトルはちゃんと監視カメラに顔を向けている。こちらを見ている。

「夜だが」

「夜ですね」

「飲みに行かないか?」

「あー、そういうお誘いでしたか……ガールズバー?それともゲイバー?」

「今日は普通のバーだ馬鹿」

クスクスとフーコーは笑い、是の返事をして電話を切った。

生前のサルトルは女好きで、フーコーは男好きだ。

好きの性別が真逆だが、愉しむことは愉しむようになった二人は夜な夜なそういう所に行く…が

「カミュが受肉してからお誘いは減りましたが………んー、愚痴でも聞いて差し上げますか」

100年前までは、三代目と呼ばれる反抗-カミュが居たが、彼はテロリストのせいで死体ごと持っていかれた。

生前、サルトルとカミュはその思想により対立をした。反抗的人間の側面が強かった三代目のカミュはその記憶を強く持っている。だからこそ、喧嘩が絶えなかったが…、彼が殺されてから、まるで歴史をなぞるようにサルトルはカミュの死を惜しんだ。

そんなカミュが教育チームに新しく受肉されてからというもの、サルトルは彼に付きっきりだ。

もう二度と同じ歴史を繰り返さない為なのだろう。

果たしてあの頭が古臭い老人は、どこまでをカミュとして見て、どこまでを見ないつもりなんだろう。

「…先入観に縛られ過ぎて、もう身体も硬そうだ」

フーコーは独り言を呟きながら、外に出る為に少し身長を変え、服を変えた。

軍服を脱ぎ捨て、生前に気に入っていた白いタートルネックと黒い革ジャンを着た。

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