開発チーム篇 最終話『捥りは星の瞬く瞬間と共に』
『我々が出来ることは、今を生きることだけだ。過去には戻れないし、未来があるかどうかも定かではない
-宮沢賢治-』
ゼルチュルナーはへし折れた片腕を庇いながら、血まみれの廊下を走っていた。
視界のどこを見ても死体だけが散らばっていた。
「………」
ゼルチュルナーは自分自身に蠍の尾を突き刺し、モルヒネを投与する。副作用が起きず、折れた片腕の痛みを消し去る程度のモルヒネを
「……ハァ…」
__今までの記憶を思い返す。
いつも通り病棟に薬を届けに行っていた。
そうしたらまず、汽笛が聞こえた。子供の声が聞こえて何かを問われてもゼルチュルナーはいつもの癖で否定した。
その後、地面から突き上げられる形で何かが来たのを覚えている。
建物はほとんど崩壊して、病棟に居た患者のほとんどが消え去った。
ナイチンゲールが言うにはその衝撃が来る前、患者のバラバラ死体が多くあったが、その衝撃が来た途端に全て消えた__と
ハンターが言うにはあれはカムパネルラだと
汽笛がなった時が合図で、皆を天上へと誘うのだ。
誘われた人が本当に天上に行くのか、幸せになるのかは分からないがゼルチュルナーはわざわざバラバラ死体にしてしまうのを持っていくのは残酷だと思った。
優しく連れていく訳では無いのだ。なんとなく、肉を美味しく調理する為に、事前に叩いておくような作業のものを感じた。
情報を共有していたら、どこからがドン・キホーテが来た。
病棟を悪魔の城として蹂躙しに来たその騎士は圧倒的な力を振るって悪魔達を皆殺しにした。ナイチンゲールも、ハンターも、妄執の騎士の前では平等に悪魔だった。
__自分は立ち向かえずに、他の人達と同じように吹き飛ばされて終わり。
死体になった肉塊が、クッションになって終わり。
「地獄の方がマシだ……」
現実の方が地獄になる日が来るなんて聞いてない。
ゼルチュルナーは血で滑ってしまえる程に力強く早く、走っていた。
行先なんてものはない。
天井の穴から差し込む太陽の光で照らされた血の赤い色だけを踏み潰すように走っていた。
廊下の既に開いた扉を通り、角を曲がった時、ついに光の道に影が差した。
充分に嗅覚が麻痺していた鼻に、また別の血なまぐさい香りがこびりつく。
ゼルチュルナーは走るのをやめて、段々と血の道の血の跡を蹴散らすのをやめて、立ち止まった。
蹄の音が聞こえる。病院に居てそんな音は聞こえるはずがない。
尚更、この音の持ち主は先程までいたのを知っている。
ゼルチュルナーは立ち止まったまま、現れる怪物を見ていた。
「フハハハハ!見つけたぞ!!最後の悪魔!獣の一匹!!」
ドン・キホーテは槍を持ったまま両腕を広げ、笑っている。
下半身の馬の蹄をカタカタと鳴らして今すぐにでも殺そうとしてきている。
「……僕のどこが怪物なんですか…!貴方の方がッ!怪物じゃないんですか…!!」
ゼルチュルナーの叫びを聞いて、騎士も鎧をカチャカチャと言わせながら考えた。
「蠍の尾を持っている人間など存在しないぞ!悪魔めが!!我を拐かして生きようという魂胆か!?我は悪魔を一匹たりとも逃さぬぞ!!」
ゼルチュルナーはそれを聞いて、己の蠍の尾を動かした。
確かに普通の人間に存在しないソレを持つ自分は怪物かもしれない。
そもそもとして、堕ちた星の核を持って、偉人を羽織って生きる自分達は普通の人間なんかじゃなくて怪物なのかもしれない。
ゼルチュルナーはふと、これまでのゼルチュルナーとしての日常を思い返していた。それはまるで走馬灯のようだった。
受肉した後、フリードリヒ・ゼルチュルナーとして造られた自分は治療チームのメンバーに迎え入れられた。
ちょっぴり厳しいナイチンゲールと、脳天気なハンター、ちょっと頼りないノストラダムスと四人で、怪我を負った人達の為に働いていた。
自分が死んだあとのモルヒネの歴史を見て、絶望をした自分はしばらく薬剤に触れたくなかったが、治療チームの三人になんだかんだ励まされて再びやろうと決めた。どの道やらなきゃダメだったものではあるが…
自分が死んだ後には色んなものが進化していて、最初は説明書ありきじゃないとやりにくかったがなんだかんだ動かすことができた。これはきっと、フリードリヒ・ゼルチュルナーだからじゃなくて、本当の自分自身の記憶が補助してくれてたんだ。
仕事に慣れてきた時、開発チームのパラケルススが自分を連れ去って実験に参加させるようになってきたんだった。
ノストラダムスがいつも強引に連れ帰ってくれるけど…
パラケルススは自分がモルヒネの功罪で苦しんでいた時にいつも彼なりに励ましてくれていた。
お前はお前で生前に注意をしていたのだから、用法と用量を守れなかったそいつらが悪いのだと。
どの道、救われている人は多いのだから一人だけで罪を背負おうとするなといつも言ってくれていたっけ……
パラケルススがそこまで自分を見込んでくれていたのはアヘンチンキの件が大きい。
彼が開発したアヘンチンキを、自分が弄って不純物を無くして、有効成分だけを出して…これがモルヒネになった。
自分自身は…生前もずっと、モルヒネを使ってた。辛くなったらすぐに
人は痛みや不安からすぐに逃れたいと思うから、使ってた。結局重い症状に苦しんで、自業自得だけど……
(パラケルススさんがアヘンチンキを開発しても、アヘン中毒になっていないのは、彼自身がちゃんと自分自身の忠告を守っていたからだろう)
自分よりも昔の人なのに、自分よりも先を行っていたあの人が羨ましいと思った。
色んな人を薬で救っていって、仲間たちと一緒に過ごしていって、大変だけど幸せだった気がする。
その日常を送っていた最中は、ずっと自由じゃないって思ってたけど、今を思い返すとずっとずっと自由にやれていた気がする。
皆の笑顔があったからだろうか。自由には、笑顔が付き物だ。
どうせこんな事を考えたって、もう遅いんだろうけど
「……僕たちは人間でした。悪魔に姿を変えられたんです…」
「ぬぅ!?なんと……!そうであったか!してその悪魔とは!?」
「ここにはもう居ません……」
ドン・キホーテはゼルチュルナーからそう聞くと、槍を置いてを差し出した
「我はおぬしを救いたい!して、人間に戻す方法を見つけ出さなくてはならぬ!さぁ手を!我の背へ!」
ゼルチュルナーは差し出された手を拒否した。
こんな方法が通じるんだったら、もっと最初からするべきだったんだ。
「…いいんです。もう、戻れない………」
「そんな…」
一丁前に悲しそうな声を出す目の前の怪物に、笑い声が漏れた。
「だから殺してください。人に危害を加える悪魔に…心も染まり切る前に」
「ふむ、分かった」
ドン・キホーテは槍を拾い上げ、ゼルチュルナーに向けた。
「今、楽にしてやる!苦しまずに一撃で仕留めて見せようぞ!」
「……」
「苦しめさせて殺してください……」
最期の願いが聞こえたかどうかは分からない。
槍が貫かれる音がして、肉がちぎれる音がして終わりだった。
「人々を悪魔に作り替えた妖術師を探し出し、倒さねばならんな!!」
ドン・キホーテは悪魔の一人を討ち取った後、廊下の血の道を歩き始めた。
彼にとってそれは城のレッドカーペットに見えていることだろう。
汽笛が鳴る。
その音に合わせ、ミヤザワは崩壊したスターバーストに足を踏み入れた。
「…カムパネルラ、カムパネルラ……すっかり遅くなったねえ」
再び現れた蒸気機関車を眺めて、ミヤザワは名前を呼んだ。
その声と、名前を呼ばれたことと、存在に呼応したのか蒸気機関車からカムパネルラが現れた。
胴体からちぎれたように離れている頭に、下半身は足が多すぎる獣のようになってしまっている。
ミヤザワはその首を見た。
……探索チームの人達は連絡が取れなくなった場合や、組織に反逆しようとした時、または暴走しようとした時に首輪についている爆弾が爆発するようになっている。
カムパネルラの首がちぎれてしまっているのも、上層部の人間が起爆させたんだろう。
それでも彼は死ねずに死に、あまねく全てを天国へと導くようになってしまった。
「カムパネルラ…久しぶりだねえ…元気そうで、良かったよ
カムパネルラ……きみは…いちばんの幸いをしたんだね…頑張ったんだねえ…遅れて……ごめん…ごめんね…」
ミヤザワは泣き出したいのを一生懸命に堪えていた。
カムパネルラはミヤザワの傍に来て、その身体で包むように寄り添った。
「こんな事をきみにさせる為に…銀河鉄道の夜を書いた訳じゃないのにねぇ…!カムパネルラ……」
ミヤザワはカムパネルラを撫でた。
「カムパネルラ……また、僕たち二人きりになったねえ」
「どこまでも、どこまでも一緒に行こう…」
ミヤザワとカムパネルラはずっと一緒に、太陽が落ちるまでずっと傍にいた。
汽笛はもう鳴らなかった。




