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開発チーム篇 第六話『絶望解体新書』

『ある者が「神」と呼ぶものを、他の者は「物理法則」と呼ぶ

-ニコラ・テスラ-』

汽笛が鳴った。

今の時代には似つかわしくないその音はが聞こえた時、脳が揺れたのか地面ごと揺れたのか分からなかった。

その音は今までの喜びを全てかき消すかのように鳴り響く。

鳴った途端に子供の声で、一緒に列車に乗るように誘われた。


「銀河鉄道の夜……」

ノーベルは脳内にチラつくその子供の笑顔と、背後の列車をしっかりと記憶に焼き付けるように集中した。

物語に生きる者の内の一人、カムパネルラだ。

ノーベルはこの後に起こり得ることをわかってて、ギリギリまで交渉をしたまま探ろうとしていた。

完成者の一人__カムパネルラ

彼が何故、完成者になったのかまでは知らされてはいないが、そこには深い絶望と愛があったはずだ。

ミヤザワの受肉を知った途端に暴走しだしたカムパネルラ。

ジョバンニは宮沢賢治の投影とも言われている。カムパネルラは、そんな彼が目指した理想の姿…とも。

カムパネルラにとってジョバンニはかけがえのない存在だ。

その存在としてのミヤザワを、彼は救おうとしたんだ。

救済の概念が広がりすぎた結果として彼は完成者となり、無差別に人々を連れ去っては天国へと導いていく。

これはその為の、問いかけだ。

__一緒に天国に行こう?

ノーベルはその問いかけに答えることはしなかった。

駅のホームに立って、入口に立つカムパネルラを見ていた。

彼らは世界に生きるキャラクターではなく、世界ごと全てを塗りつぶす怪物だ。

彼は何故可愛らしい笑顔で、人を破滅へと誘うのだろう。

「カムパネルラ……」

ノーベルは駅のホームで立ったまま、周りの人を見ていた。

周りには誰もいなくて、自分だけ、彼の笑顔も、自分だけに向けられている。

「なんでキミは……皆を連れていくの?」

カムパネルラはニコニコとしている。

「ほんとのさいわいを見つけるためだよ」

「一緒に行こう」

「みんなでいけば、さみしくないよ」

ノーベルは自分のポッケを探った。

切符が無い

「……ごめんだけど、切符がないみたいだ」

「ないの?」

「うん、ないよ…だってジョバンニじゃないもの」

ノーベルは、カムパネルラよりも大きい体で、手を振った。

「だから行けないんだよ。カムパネルラ」

「ジョバンニじゃなくてもいいよ。おいでよ」

「行けないよ。カムパネルラ」

「おいで」

「……」

「おいで、おいで、一緒に、一緒に行こう?みんな一緒に、天国に行こう?一緒だったら、今度こそ、怖くないさ」

「カムパネルラ……」

ノーベルはカムパネルラの方を見た。

ニコニコと、無邪気に笑っている。

「行かない」

「……」

「私は天国に行きたくない」

「……」

「天国になんか、行ったってつまらない」

「……」

カムパネルラは星がこぼれ落ちるように涙を流した。

「………またね」

カムパネルラが、列車からこぼれる光の中に溶け込むように消えていった時、再び汽笛が鳴った音が聞こえた。


「ノーベルッ!!」

ノーベルはテスラの呼びかけで気がついた。

じっとりと汗をかいていて、体を動かす度にそのひんやりとした気味悪さを感じた。

「ノーベル……皆が………」

テスラの声に合わせてノーベルが起き上がると、探索、戦闘チーム両方の、全員のバラバラ死体があった。

内側から破裂したかのようなそれは、まるで彼らが人の血が通っていないただの物であるとでも言わんばかりのものだった。

「………」

「ノーベル…」

「チッ……あんな子供の戯言、断れば良かったものを…!」

パラケルススは椅子に座って貧乏ゆすりをしながら、死体たちを見ている。

落ち着けるように、震えた手でペットボトルから水を飲んでいた。

「布が台無しだ」

「そっちですか…!」

テスラはパラケルススに叫ぶが、すぐさま空を見た。

空に向かって線路が伸びている。

それはまるでジェットコースターのように下まで下降した。

伸び続けた線路は、こちら側に来て__

「路線が来た!!」

ノーベルはテスラとパラケルススを掴むと、建物がない場所まで離れた。

「何をするんだ!ノーベル!」

「静かに!」

ノーベルの言う通りに二人が静かにしていると、空の向こうから線路を使って蒸気機関車が走っていた。

白と黒混じりの煙を吐いている。

朝のはずなのに、その煙の向こうに銀河が見えた気がした。

ソレはさっきまでいた線路の上を走った。三人が線路の先を見つめているとそれは建物内部にまで続いている。

三人の嫌な予感は的中する。

蒸気機関車は建物を崩壊させながら、突っ切って行った。

蒸気機関車の最後まで見えて建物の中に消えた後、金魚のフンのように続いて線路も消えていった。星が瞬く煙の後に残された場には八人の死体が消えていた。

「……持っていった…カムパネルラが……」

テスラが死体があったはずの場所に走り寄る。

ついて行ったノーベルとパラケルススが機関車が通った建物を見る。

穴が開き、内部がぽっかりと開いて見えるものの、崩壊とまで入っていない。

途中で消えた…というような有様だった。

しかし避けきれずに轢かれた職員たちの死体が床や壁にこびりついているのが見えた。

「……皆が…」

テスラが血痕だけが残る地面の草を握りしめながら涙を流す。

「…彼らは物語なんだよ。テスラ」

「……」

「物語の中の登場人物として生まれた彼らはまた、物語から逃れられない……」

ノーベルは地面に膝を着いてテスラを抱き寄せる

「彼らは…乗ってしまったんだ。カムパネルラと、一緒に乗るのが、物語の始まりだったから……」

「ぅうう……」

テスラはノーベルの胸に飛びつき、服を濡らさせた。

ノーベルはそっと抱きしめる。

「……!」

二人の様子を見ていたパラケルススは、何かを嗅ぎとったかのようにまた別の方向を__治安維持チームの方を見た。

「…パラケルスス、何かあったか?」

「地獄まで溢れた…!」

遠くから今までの天国に包まれていた高揚感を塗りつぶすほどの憎悪を感じさせるナニカが届いた。

「ダンテだ……ッ!クソッ!カムパネルラだけでも厄介なのに、よりにも寄って最悪なやつが…!!」

「…パラケルスス、テスラをお願いできる?」

「いいぞ……何をする気だ」

ノーベルは治安維持チームの方角を共に見る。

「治安維持チームで、地獄を呼び出せるのはロダンだ。恐らく地獄の門を開いたんだろう…今ならまだ間に合うかもしれない。直ぐに閉じさせる……!私のこれなら、門ぐらい直ぐに壊せるさ!」

ノーベルはダイナマイトを手に取った。

「……頼んだ。ノーベル」

「…あぁ!お互いまた会おう!」

ノーベルは急いで治安維持チームの区画へと走っていった。

走り去るノーベルの背中を、パラケルススとテスラは見送った。

「…開発チームのところに戻ろう。テスラ…」

「はい…」

パラケルススは目を差し伸べ、テスラを立たせた。

「…建物が……テスラの権能も、途切れさせられては補給しにくいです…」

「だな」

パラケルススは頭をボリボリと掻きながら蒸気機関車によって崩壊させられかけた目の前の建物を見る。探索・戦闘・記録チームの三つが揃う建物だ

テスラの権能と建物を同期させることで、建物へ電気供給を行っていた。

目の前の建物は電線のいくつかがちぎれていて、テスラに言わせれば血管が途切れて流れていってしまってる状態らしい。

それでも影響はこのえぐり取られたような部分だけで、他は大丈夫との事だった。

「カムパネルラにダンテ……か、どっちも天国とか地獄とか、死んだ後の世界をギャーギャー己の好き勝手にしてるだけじゃん」

パラケルススは痒くもないのに、苛立ちが故に頭を爪を立ててガリガリと掻いた。

その爪の間に若干の皮膚と血と、ちぎれた髪の毛が紛れていようがパラケルススは気にしなかった。

「……!」

パラケルススはテスラを抱きかかえ、物陰に隠れた。

「なにを…」

「しっ……なにか来る」

パラケルススとテスラが見た。建物の穴からはジャラジャラと鎖が鳴るような音が響いた。

それは操り人形のように頭上の輪に繋がる鎖に、罪人のように四肢を首を繋がれている。

全身に黒い泥を纏いながらそれをボトボトと落とす相手が誰なのかはパラケルススとテスラには分からなかったが、同じような気配を持つ存在を知っている。

「完成者……?」

テスラが呟いた。パラケルススにはあの怪物が何者であったかが分からない。

「ダンテなら、赤いローブを着ているはず、ドン・キホーテなら鎧…ファウストは……収容違反をするとしても、絶対に表に出てこない……どのデータにも合わない……」

二人の中に嫌な予感が渦巻いた。

「…今しがた生まれた完成者……?」

「…ふっ、最悪だな」

パラケルススはもう笑うしかなかった。


やがてその怪物が去ったのを確認すると、二人はやっと物陰から出た。

安心をかき消すように、鎧の音が聞こえた。

「そこを動くな!百の目と口を持つ怪物達よ!この城を崩壊させたのは貴様らだな!!」

ドン・キホーテが蹄鳴らしながら歩み寄ってきた。

下半身が馬で上半身が人間、その全てが鎧に包まれているから本心が探りにくい。所々にこびり付く血と肉が、今までの全てを語っていた。

「ドン・キホーテ……!」

「我が槍は雷光となり!我が足は疾風となりて我は止まらぬ!!何びとたりとも我を止まらせぬ!!」

ドン・キホーテは槍を構え、思い切り振りかざした。

「……ッ!」

テスラは思い切り、地面に投げ飛ばされる。

ドン・キホーテの槍はパラケルススを貫いていた。

「敵の一人討ち取ったり!!」

ドン・キホーテはパラケルススを貫いた槍を高々と上に掲げた。

パラケルススはその重力により腹部をより貫かれようと、血反吐を吐きながらドン・キホーテを見つめた。

「クソ騎士……ッ!ざまぁねぇ……どうでもいい…妄想に逃げて…怪物になりやがって……!!」

パラケルススはポケットから薬品を取り出すと、それを口に含む。

「こやつ…呪文を唱えておる!最後まで諦めぬその心意気や良し!しかし我が道を塞ぐ敵兵なりしソナタは死すべきなのだ!」

ドン・キホーテは槍を持つ手を短くし、自分の近くにパラケルススを持ってくる。

それを見越してか、パラケルススはドン・キホーテの兜の隙間に薬品を吐きかけた。

「……ッ!」

薬品がかかった所はドロドロと解けていく。

「ざまぁみろ……」

ドン・キホーテは堪らず槍を振り回しパラケルススを地面へと放り投げた。

「……パラケルスス!!」

テスラは必死にパラケルススのところまで走り寄る。

「パラケルスス!」

「うるせぇなぁ…」

「…っ!」

「黙れって言ってねぇよ」

テスラはパラケルススを抱きしめる。

その間にドン・キホーテは薬品をかけられた部位を戻している。

「悪魔の毒など、我の聖なる心の前では無効!我は完璧な騎士である!!打破せざる!打破せよ!打破!アハハハ!!!!」

ドン・キホーテは再び、槍を構えた。

テスラはそれに対し、何もしないままただパラケルススを抱きしめた。

「…意味ねぇじゃんほんと」

「意味はありました……オレにとっては…」

「一人称名前やめたん?」

「オレは……オレですから…」

ドン・キホーテの槍が二人に突き刺さる。

「我が想い人!ドルシネーアの為に!」

ドン・キホーテは槍を引き抜くと、次の標的を求めた。

「我が正義の光を!槍と共に!!」

その場にはドン・キホーテの笑い声のみが残った。


同時刻、ノーベルは治安維持チームの区画へと向かおうとしていた。

しかし所々に、地獄から呼び出された怪物たちが闊歩している。

ノーベルは消費を最小限にしながら、ダイナマイトを投げて行った。

広い場所で、爆破範囲の少ないものを使ってはいるものの、危険には変わりない。

廊下から、広いホールに出た時、ノーベルは再びダイナマイトを握りしめる。

今まで異常に嫌な予感がしていた。

それはその先に微かに見える。職員たちの大量の死体から見て明らかだった。

ノーベルはその先にいるソレを見る。

ノーベルの手から、ダイナマイトがすり抜けて落ちていった。

目の前には確かに、ダンテがいた。

4mはあるのだろうか、大きなホールにいても、窮屈に感じさせるほどに大きな巨体を持つ怪物は、拘束具を全て取り払っていた。

「………」

無言でも存在だけで圧倒的な恐怖と威圧を感じさせる。

ノーベルは気がつけば、膝を着いていた。

「…徳にもえるものは………炎が他人に……られ……他人の…愛をも燃えたたすの…が………」

ダンテはブツブツと何かを言っている。内容からして、神曲のどこかの引用だ。

目の前にいる怪物は最初の完成者にして、最悪の怪物。

キリスト教においてその死後の世界を確立させた詩聖__その成れの果て

全ての人が思い描いた地獄は、全てダンテを元にしているとも言われている。それほどまでに、抗えない怪物が目の前にいる。

「……あ」

ノーベルはそのまま、祈るように両手を組んだ。

正座のまま、祈っている両手を掲げながら額を地面に擦り付ける。

人間であれば抗えない存在が目の前にいる。

ダンテが一歩、歩く。

「あ」

その度に炎がチラついた。見えないのに、地獄の炎が舞い上がるような熱を感じる。

硫黄の香りと自分自身の汗の香りが混ざる。

「罪人…」

「ッ……!」

ノーベルはより、両手を強く握り合わせた。

今際の際だというのに、感傷に至る間もない。

しかしノーベルにとっては、カムパネルラのような天国よりも、ダンテのような地獄の方が救いではあった。

ダンテは目の前の罪人を見下ろす。

ダンテの目には、全ての人間は、全て地獄で苦しむべき罪人にしか見えていない。

ならば、己にできることは一つ。

これ以上現世で罪を重ねさせないが為、罪人を地獄に送る為に、今ここで引導を渡す事だ。


ぐしゃりとだけ音が鳴った。

ダンテは罪人に目もくれず、その場を去った。

その場に残されたのは頭部が潰された男性と、ダイナマイトだけだった。

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