開発チーム篇 第五話『コードホワイト』
『全ての子供は夢を持っている
夢の追求はそれを実現させるために全ての子供の手の中にある
ある人の発明は他の人の道具となる
-サミュエル・モールス-』
午後4時になった後、治療チームは急いで活動を開始した。
病棟に居た看護師や医師を呼び全員で救助活動を行う。
見つける死体に、黒のトリアージタグをつけていく。
「観測チーム……うっ…」
ゼルチュルナーが何人かの部下と共に観測チームのモニター室を開くと、まず目に入ったのは気絶しているサルトル、カミュ…モールス、ハイデガーだ。彼らはまだ軽傷に見える。
ゼルチュルナーに着いてきていた看護師たちは彼らに黄色のタグをつけていった。
「こっちは重傷です!」
赤のトリアージタグをつけられていったのはベートーヴェン、ラプラス、ジャンヌだ。
ゼルチュルナーの目の前の職員の死体の中に紛れているコペルニクスとエニグマは…
「……」
ゼルチュルナーは黒のタグをつけた。
脳みそがさらけ出されていて、動かないそれは……助けられない
「この二人の遺体は…別の所に置くようにお願いします…っ!」
「分かりました!」
午後7時になった頃、やっと収拾がついた。
ノストラダムスが居ない代わりに、ハンターが現状をまとめる。
まずは死者だ。
観測チームはコペルニクスとエニグマ。心療チームではアドラー、記録チームではニュートンとアインシュタイン。
死体が無いのがダーウィン、ユゴー、ノストラダムス、コルト…軽傷だった他のチームの人達からの証言で葬儀屋に回収されたとの事だった。
その次に重傷者だ。
司令チームのベートーヴェン、ジャンヌは両足が切断されていて、観測チームのラプラスも同様の切断があった。
治安維持チームはテオドルス。片腕が粉砕されている。
教育チームのテグジュペリは至る所に切り傷がある。脇腹を深く刺されたようだった。
最後に軽傷者だ。
教育チームのカミュは腰部を強く打ち付けていて、結核の症状が酷くなっている。精神的負荷で適合率が一時的に悪化したんだ。
対策チームのハイデガー、記録チームのアルキメデスは精神的ショックが強く、一時的な健忘症が起きている。
修復チームのダーウィン以外の三人は気絶させられていたらしく、怪我は無かった。
ハンターは継承者のことを言った後、続けて職員の死者数を言った。
「職員は437人が死に、20人が重傷。45人が軽傷だ。……病棟はカツカツになるな。私の権能は治す方向じゃない…ナイチンゲール、すまないが…」
「分かってますよハンター。皆と共に治癒能力を高めつつ、私自身の権能で治せる限り治します。まずは継承者の方に行きますね」
「頼んだぞ」
そういうと、ナイチンゲールはすぐさま走り出した。
ゼルチュルナーもついて行き、病棟にいる人達の痛みを必死に取り除いて行った。
ゼルチュルナーの視界の先にある顔は全て苦痛に歪んでいる。
身体的な痛みだけではないだろう。しかし、精神的にも辛い中、身体の痛みまで来たら、人は壊れてしまう。
ゼルチュルナーは必死に、鎮痛の為に動き続けた。
ゼルチュルナーは怪我をしている部位や、包帯に滲む血を見ながら他の看護師がガーゼを取り替えている作業を見ながら点滴に無毒のモルヒネを入れていった。
…本来ならモルヒネは緩和ケアなどで使うはずだ。
常時使っていい代物でもない…しかし、ゼルチュルナーの権能はモルヒネを作り出すことだ。
普通の鎮痛剤だけを使うなら、すぐに在庫切れになるだろう。
ゼルチュルナーは自分の力で人を癒せるのならばと投与し続けた。自分の鎮痛剤が効き、人々が安らいでいく顔を見る度にゼルチュルナーはどこか救われたような気持ちになってしまった。
苦しんでいる人が多いのは悪いことなのに、自分が求められていると分かるとどうして、幸福を感じてしまうのだろうか。
__葛藤しながらも救助活動を続け、日を跨いだ時にはほとんどが収まっていた。
ナイチンゲールが継承者の方の治療を行ったらしく、理学療法士がベートーヴェンやジャンヌ、ラプラスの歩行訓練をしていたのが見えた。
テオドルスの方はというと、ニーチェの権能によって壊された腕は元には戻らないらしい。
しかし本人はそれを悪いものと思っていないらしく、平然としていた。
カミュやテグジュペリなどのメンバーはナイチンゲールの権能によって回復したらしくいつも通りの活動を行っていた。
ただハイデガーはメンタルケアのために、心療チームの方に行っているらしいが…
「疲れましたね…」
「全くだ」
ゼルチュルナーとハンターはヘトヘトになりながら缶コーヒーを開けて乾杯をした。
やっている場合でもないのかもしれない
「また午後からは気合を入れていかねばならないぞ。職員も治してやらんとならん」
「はい……」
「私達が治さねば、彼らは生きていけないんだ」
「……」
ゼルチュルナーは初めてその日、コーヒーを一気飲みした。
ノーベルはモールスの部屋を訪れていた。
ノックを三回すれば、彼女は快く扉を開けた。
「…お茶の用意は……してませんでしたがね」
「別にいいんですよ。すぐ終わりますから」
「いえ、こちらもすぐにいれ終わりますよ」
モールスは慣れた手つきで紅茶をすぐに入れ、ノーベルに差し出した。
「そして…要件は?」
「コルトの件だけど…」
モールスは自分用に入れた紅茶を机に置いて、座った。
二人の間には2つの湯気だけが立ち上る中、ノーベルは鼻で笑った。
「集会の時に既に知らされていますよ。あの子が死んだことぐらい…」
「あの子が貴女に渡して欲しいと言われたものを渡しに来たんですよ」
「……」
湯気が動かされる。
ノーベルはモールスに対して一つの箱を机に置いて滑らせた。
モールスは差し出されたそれを、時間をかけて丁寧に開ける。
ゆっくりと蓋を開けると中には銃が入ってあった。
「サミュエル・コルトが作り出した…世界初の量産回転式拳銃…リボルバーですよ」
「……彼女は受肉してから一度もこれを作り出したことがないはず…これの改良版が、沢山出てましたからね」
「詳しいですね、さすが生前の旧友だ」
「…ハハハ」
ノーベルとモールスは紅茶を飲む、お返しと言わんばかりにモールスはノーベルへクッキーを渡した。
「これの改良版がコルト・ウォーカーやコルト・ドラグーン……ま、これは関係ない話ですが…」
「いえいえ、興味深いですよ
…彼女はね、これをおまじないだと言ってました。今日も無事に生きられるためのおまじないとね」
「あの子らしい」
「それはまだ機能していて、弾も全て入ってます。ロックがかかってるから安全ではありますが…」
「危ないものを遺品にしたものですね」
「最期に…あの子がこれを貴女にと、言ってましたから……私はそれを届けに来たまでです」
ノーベルは紅茶を飲みきると、クッキーの個包装を開けずにポケットに入れた。
「もう帰りますね…行く所もありますから」
「そうですか、またいつか」
「えぇ、いつか」
ノーベルが部屋から出ていくと、モールスはコルトの拳銃を両手で包み込むように持った。
その重さがコルトの全てを表していた。
「月日を重ねるのは悲しい事ですね……もう涙も枯れましたよ」
モールスはその拳銃をもう一度箱にしまうと、天井を仰ぎ見た。
「拳銃だけを渡すのではなく……ホルスターも渡してくださらないと、そばにいれないじゃないですか…サミュエル……」
時計の針は午後2時を指していた。
_何もかもが落ち着いてきた日、探索チームと戦闘チームの八人は開発チームの人達と共に武器の試運転を行っていた。
権能に頼らずとも相手を殺せる方法を掴む為に
しかし武器の専門家だったコルトがいない為、開発としての作業は滞っていた。
「私の爆弾は広範囲だからな〜……一点集中の武器ってムズい〜」
「テスラの死ね死ね光線は許可降りないんですけど」
「危険だからそれはパス」
「ノーベルのケチ!ケチケチケチケチ!ケチケチケチケチケチケチ…」
テスラの口を、バルジャンが塞いだ
「もごもごもご」
「わがままは良くないですよ…」
「むぐ…」
テスラがわがままを言うのを辞めると、バルジャンは手を離した。
テスラはバルジャンの方を見る。
目の下にはクマがある。明らかに寝れてはいない。
しかしそれを感じさせないようにと、彼はしっかりとした顔つきでみんなのことを見ていた。
「…寝れてますか?」
「いいえ、あまり」
お互い正直に聞いて、答えた。
「……」
テスラも近くにいるパラケルススも分かっている。バルジャンがショックを受けているのは作者であったユゴーが連れていかれたからだ。
探索・戦闘チームは記録チームの記録を見ることを許されてはいない。
だからと、善意で記録を見たが、記録チームの彼らは赤裸々に書くことを義務付けられていた。
そこにあった記録は、とてもじゃないが本人には伝えれないほどのものだった。
だから他の余計なものを削いで「首を絞めて殺された。死体は持っていかれた」とだけ伝えた。
それを伝えられた彼は、その時だけは事実をただ受け入れてはいたが、翌日は部屋から出てこなかった。
今こうやってここにいるのも、やっとだろう。
「弔いすら許されないのは辛いものですね…死体すらその目で見させて貰えないとは」
「えぇ、そうです」
遠くで武器を使って遊んでいるオディールとアリスを見る。
物語の登場人物として生きる彼らは、その物語に準じた悲しみ方や動きしかできない。
そうだとしても彼らは、人並みに悲しむし、人並みに怒る。
どこまでが登場人物なのか、どこまでが彼ら自身なのかは不明だ。
しかし、今この時の感情は、人間のものだった。
バルジャンは床に座り込み、静かに泣いた。
テスラはそばにずっと座っていた。
瞼を閉じても溢れる涙は頬を伝う。暗い視界の中には憎くも愛おしくもあった人の姿が思い浮かばれる。
暗い視界の中に一人でいた時、誰かがゆっくりと背中をさすった。
バルジャンにとってそれは愛しいコゼットのように思えただろうか。それともファンティーヌだろうか……優しくも強く寄り添う作者だろうか
そのどれでもあり、どれでもない優しさを感じながら、バルジャンは死を思い、二度と会えない愛した人へ別れを告げた。
「悲しい顔も全部!燃やせたらいいのに!」
少女はマッチに火をつけ、そのまま爆弾に火をつけると遠くの方に投げた。
爆発音が響き渡る。
「そう簡単には行かないよ。マッチちゃん」
「そうよ!クララもお人形さん壊された時、ずっと悲しかったもの!」
「それと同列にするのも良くない気がするわ…」
ジャックとクララ、少女は談笑しながら武器の試運転をしていた。
「私裁縫上手いかもしれない…」
「ボク裁断上手いかもしれない!」
「いいぞその調子だ!」
ノーベルとファントム、赤ずきんは共に服を作っていた。
パラケルススが呆れながら後ろでハラハラしている。
「貴重な布なんだから丁寧に使え……」
パラケルススが堕ちた星の毛皮を改良して作ったものらしく、パラケルススは目の前の三人がいつ調子に乗って布を無駄にしないかを心配そうに見ていた。
「バルジャン!バルジャン!」
アリスがお菓子をバルジャンに差し出した。
ドーナツだ。
バルジャンは涙と鼻水で濡れた顔を見せまいと、袖でゴシゴシとした後に顔を上げた。
「…アリス」
「泣いてばかりじゃダメよ!ユゴーさんも悲しい顔よりも笑顔でいて欲しいはずだわ!」
背中をさすっていたテスラはそっと手を離した。
「テスラもドーナツが食べたい…」
「みんなの分あるわよ!赤ずきんと少女と一緒に作ったもの!」
テスラはアリスからドーナツを受け取り、一口食べる。
「…美味しい!しかも、体が縮みません!」
「そんな意地悪しないもん!」
二人の楽しそうな会話を見て、バルジャンもアリスから手渡されたドーナツを一口で口に入れた。
「…凄いわ」
「凄いです…これが、大人の身体…おっきい口です」
「このドーナツじゃ、物足りないかしら…!?」
ドーナツをごくんと飲み込むと、バルジャンは豪快に笑った。
「物足りるよ!アリス!…さぁ、試運転の再開だ!アリス、私とお手合せ願おう!」
「良いわよ!」
バルジャンとアリスは二人でノーベルの開発した武器を試そうとしていた。
テスラは皆の様子を微笑ましそうに見ていた。
__その時、汽笛が鳴った。
それはまるで、誰一人とも死の喪失から逃がさぬようにと手を伸ばす。ケダモノのように




