開発チーム篇 第三話『血を啜る夜行獣』
『すべてのものは毒であり、毒でないものはない。 用量だけが毒でないことを決める
-パラケルスス-』
夜にそれは訪れる。
職員達には噂として知られている。
「怪物が出るんだって」
「ここじゃいつもそんなものだろう?」
「継承者サマの事でも寝ぼけて見違えたに違いないさ」
「いいや違うね。本当に怪物が出るんだよ
それは蠍の尾を持って、人を襲って食い散らかすんだ。たらふく食えばどっかに帰るさ」
「蠍の尾って、それじゃあまるで……」
「しーっ、本人に聞かれないようにな。あの人だって嫌だろ、夜な夜な人を食い殺してる事実なんて、覚えておきたくないさ」
「それもそうだな……死なない程度にお互いやっていこう」
その日ゼルチュルナーは、パラケルススに付き合わされて作った薬の整理をしていた。
一時的に偉人の概念を強くする薬……ドーピング剤のようなものだ。
戦闘の時に使えば、そりゃあ協力かもしれないが、使う相手を間違えれば適合率が上がりすぎる危険性もある…
それに、一時的にとは言ってもまだ薬が効く時間もちゃんと決められていない中、これは本当に使うとすると危ないものだ。
ゼルチュルナーは鍵をかけて薬を保管した。
己の身体に生える蠍の尾を動かす。
自分自身の身に宿る、偉人としての能力でこの尾からは毒であり薬になるモルヒネが生み出せる。
「今更こんなのもってたって……」
ご飯を食べるのを面倒臭がった結果として、サプリメントをプチプチと皿の上に30個は出した後、それを一気に飲み込んだ。
こんなのやったってお腹は膨れないが、それが目的ではない。
死なない程度のエネルギーさえ補充できればいい
全ての薬の残量を確認し、ゼルチュルナーは安心して眠りについた。
ここで安心できなかったことは、ご飯を抜いたことだ。
ゼルチュルナーはそっ…と、部屋から出た。
深夜では施設内の一通りは昼よりは減るものの、居ないわけではない。
職員たちが巡回と警備をしている。
巡回の職員はライトを暗い廊下に照らす。
「…?」
ひたひたと聞こえる…濡れた足で歩くような音
職員はゆっくりと歩みを進め、音の手所を探るようにライトを当て続ける。
まず最初にライトが照らしていったのは、血の痕だ。
職員はごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと歩みを進める。
好奇心が勝った。それはライトの動きにも反映されている。
ライトに照らされていない暗い廊下の先に、影が見えた。
大きな影だ。何かに被さっている。それは蠍のような尾を揺らめかせている。
ライトを前に向けていく。
血の跡がソレに向けて多くなってきて、最初に見えたのは靴だ。脱げた靴が一つ。二つ。
完全にライトを当てたのは2秒だけ。その一瞬だけで事態を把握するには十分だった。
誰かが死体を貪り食っている。
それは一瞬見ただけで人の生存本能を沸き立たせ、職員はライトを放り投げて腰が抜けそうになるのを四足歩行になりながら死に物狂いに逃げた。
死体を食べていた怪物は、ライトを見続けるとそれが眩しくて邪魔だと言わんばかりに、八つ当たりに尾で叩き壊してしまった。
「…先生!…先生!!フロイト先生!!」
職員は半狂乱になりながら扉を叩いた。
体感で三分も扉を叩くと、フロイトも渋々扉を開けた。
「私が夜行性人間なことに感謝しろ…あと落ち着け…黙れ…」
「言っている場合じゃなくて!怪物が!噂通りの怪物が…!」
「黙れっってんだよ」
フロイトはシーシャで職員の頭を思い切りぶん殴った。
「いっ……!」
職員はその痛さに悶え、頭を手で擦る。
「なにを…するんですか!」
「お前が黙らんからだ」
「……」
職員がようやく黙ると、フロイトはパジャマの袖をまくりながらバインダーと紙をセットさせる。
カチカチとシャーペンの芯を出すと、職員に対して質問を行った。
「噂は蠍の尾を持つ怪物の件だな」
「…そうです!」
「人を食っていたか?」
「はい!」
「ふーん」
フロイトは得れる情報がないとわかると、バインダーを机に適応に置いた。
「…なんでそんなどうでも良さそうな反応をするんですか!!」
「ハァー………チッ…お前は勤務して2ヶ月だな。なら仕方ないから教えてやるが、その怪物は定期的に暴れるんだよ。だからどうでもいい」
「……怪物を野放しにしていていいんですか…!」
「いい」
職員は欲しい反応が先程から得られないことに苛立ちを隠さなくなっていった。
「ッ…ここは狂ってる……!」
「それでもお前は高い給料と生活の安寧のためにここで働くことになった。
一定の決められたことをそのままこなし続ければ、お前を害する存在はいない。……ま、一部の怪物は例外だったというわけだが…」
フロイトはシーシャの煙を深く吸った。
「私たちよりはお前達は自由だ。人間よ」
フロイトは職員の顔に煙を吹きかけた。
甘い香りのするその煙は、職員の意識をすぐにかっさらっていった。
「忘れさせてやろう。この組織の安定の為にな」
フロイトは職員のカタがつくと、時計を見ながら端末でどこかに連絡を送った。
「あ〜…眠てぇ〜……」
呼び出しを食らったハンターは頭をボリボリと掻きながらフロイトと、テスラと廊下を歩いていた。
「力仕事ができるやつがいるのがいい」
「テスラは何のためにここに来させられたんですか?」
「私の煙だけでは制圧し切れるか不安だからだ。不安なことは、潰しておくに限る。だからお前を呼んだんだ。テスラ……制圧の為のもの持ってきただろう?」
テスラは鞄から拘束具を取り出した。
「…よし、それでいい」
「俺早く帰って寝たいんだけど…」
ハンターは大きく欠伸をした。
「…同じ治療チームメンバーの面倒を見きれなかったバカの代わりに、私が起こされたんだ。今後、あいつのメンタルケアも含めて私が面倒を見てやるから、我慢しろ。文句言うな」
「ふぁい…」
フロイトがはっきりとライトを照らした先で、人の死体を貪り食っていたゼルチュルナーがずっと、今も切り裂いた腹部の中に手を突っ込んで内蔵を貪り食っていた。
ぐちゅぐちゅと食されるそれは、目を閉じてさえいれば、鼻をつまんでさえいれば、美味しそうな音を聞かせるASMRとでも言えただろう。
「ゼルチュルナー…ゼルチュルナー……?」
フロイトが話しかけても知らんふりだ。名を呼ばれたことにも気づかないほど、食事に集中している。
「話しかけても意味ねーって……」
「待て…少し確かめたい。今のあいつは無意識の領域が強いからな………」
フロイトは咳払いをすると、よりはっきりと名前を呼んだ。
「ロイド」
ソレは食事をするのをやめ、すぐにフロイトの方を見た。
しかしライトが眩しいのか、袖で目を隠しながら呻き声を発している。
「…ふっ、元の肉体の方の自我がまぁまぁ残っているらしいな…ま、もういいが」
フロイトはシーシャを咥えると、すぐに煙をふきかけた。
動きが鈍くなった時、テスラがすぐさま制作した拘束具をゼルチュルナーに取り付けた。
「ぎ…ぎぎ……」
振りほどこうとするゼルチュルナーに、鋭く刺すような電撃が襲った。
「ギャッ!」
「…ふぅ、無力化完了ですね」
「なんか拘束具から煙上がってないか?」
「……改良の余地有りですね」
「……」
フロイトはシーシャを味わいながら、ハンターにゼルチュルナーを背負えと指示を出した。
はいはいと言いながらハンターはゼルチュルナーを担ぐ。
「こいつは適合率が低く常にマンティコアとしての本能が強めに出ている。偉人としての意思が低い代わりにだ。だから、常日頃から人肉を食わないと落ち着かんだろうな。」
「参ったな、人の肉を食わせろと?」
「そうするしかないだろう。そして、それを抑えるためにどうするかの開発を考えるのが開発チームだろ?」
フロイトはテスラの方を見た。テスラは両手をブンブンと振っている。
「テスラ、兵器は色々と考えておりますが、死体を用意はできませんよ!?」
「ふん、分かってるわ。ゼルチュルナーの件はパラケルススにでも任せてろ」
フロイトは大体のことをもう終わりだとして、端末に事の顛末だけを書き残して眠りに戻っていった。
「…改良の余地ですね、ほんと…」
テスラもメモ帳に色んなことを書きながらスタスタと去っていった。
「……あー、えっ?俺こいつと添い寝しないといけない訳?」
ハンターは自分が担いだままの、まだ少し暴れているゼルチュルナーをその腕力で黙らせながら、気まずそうに部屋に戻った。
翌日、記録チームのアルキメデスとアインシュタインはゼルチュルナーにより殺された職員の現場の記録を取っていた。
傍では治安維持チームのテオドルスが関係ない人が入ってこないようにと見張りを担当されている。
「うえぇ〜俺グロいの無〜理〜〜」
「リーダー、黙ってください」
アインシュタインは速攻でアルキメデスを黙らせ、一人で作業をしていた。
死体の手足は骨だけを残すように肉を食い漁られており、内蔵は心臓、肝臓、胃と腸の一部を食べていた。
職員が死ぬ前に食べていた内容物が胃液に溶かされていて、酸っぱい様な腐敗臭と共に、腸の方に溜まっていた物が食事の際についでに開かれていたのか、便も出ている。
「はぁ…今日はサラダオンリーにしなきゃなりませんかね」
アインシュタインはその様子を事細かに書き進めている。
「おえ…」
アルキメデスは遠目でそれを見た後、すぐさま持っていたレジ袋に嘔吐をした。
「リーダー、よく今までここで働けてましたよね」
「…ぅ…今俺頭がちょー賢くないタイムだからマジ無理なの…ちょー賢かったらいけてたの…今マジ無理…うぇ…」
「……もう、帰ってください…」
「うん…あの……終わったら呼んで……」
「はい…」
アルキメデスはフラフラと歩きながら、テオドルスが警備をするテープの先まで戻ってきた。
「別のところに行かれま……顔色悪いですよ…!?」
テオドルスは駆け寄ろうとした時、汚物の入ったエチケット袋で行く手を阻まれる。
「お気遣いなく……」
「…縛ってくださいね?袋…」
「…うん」
アルキメデスの足取りを心配そうにテオドルスは見つめながら、再び警備の為に姿勢を戻した。
「あの……本当に記憶が無く…て……」
「わーってるから、いいから」
ハンターの部屋のベッドの上でゼルチュルナーは縛られたままガタガタと震えていた。
「…また、暴れちゃいましたか…」
「お前飯抜いたろ?まーたナイチンゲールに叱られちまうな〜」
「うぅ……あの、これ解いてください」
「……」
「…ハンターさん?」
「いやほんとごめんなんだけど、解き方知らないや!」
ハンターはゼルチュルナーにVサインをした。
「え、えーっ!?あの、えっ?嘘でしょ!?」
「テスラが新しいの試すってゆーからさぁ〜これバチバチいってたぜ?下手に触れたら俺も感電しそうで怖いんだわ!!
てかあんま暴れない方がいいと思うぜ!バチバチくるから!」
「えっ!!」
ゼルチュルナーはピタリと動きを止めた。
「……じゃあ開発チームのヤツらのとこ行くかぁ〜」
ハンターは渋々ゼルチュルナーをお姫様抱っこすると、そのまま足で扉を蹴って開けて、開発チームの方に向かっていった。
開発チームに着き、事情を説明するとテスラはすぐさま拘束をとった。
「説明書くらいくれてりゃ良かったのによ〜」
「テスラうっかりとしてました!テスラさえ分かれば良かったもので…」
「試運転というよりそれ実験じゃ…」
テスラは人差し指を立てた。
「あ、お客さんが朝から来てる!」
コルトがひょっこりと顔を出すと、そのままノーベルとパラケルススを呼んだ。
パラケルススは端末でフロイトからの連絡を見ながら、ゼルチュルナーが来ているのを改めて確認し、ツカツカと歩み寄った。
「ゼルチュルナー」
「ひゃい!?…なんですか?」
「今から健康な成人男性の肉体の一部を食ってもらおう」
「…えっ?」
その場にいる全員が今のパラケルススの発言を脳内で反芻させた。
「…何を言ってるんですか!パラケルスス!」
真っ先に声を上げたのはコルトだ。掴みかかる勢いでパラケルススの方に歩き出す。
「ゼルチュルナーが、フリードリヒ・ゼルチュルナーという偉人を受肉させる為に使われた核はマンティコア、だからお前には食人する本能が強く出ている。本来なら私達はその怪物としての側面を抑えられる……でもお前は別。適合率が低いままのお前はどうもそこが抑えられない」
パラケルススはそのままキッチンに向かい、冷蔵庫からタッパーを取り出した。
赤いものが見える。
「だからこそ、時々抑えられなくなった側面が暴れる。それで短くて一週間…長くて2ヶ月の間にお前は必ず一人、食い殺す。
それを防ぐ為に、治療薬が必要だ」
パラケルススは話しながら電子レンジで温めたそれを、ゼルチュルナーの前に差し出した。
正体不明の肉だ。
「…何の肉なんだ?」
ノーベルがパラケルススに聞くと「戦地周辺で回収した遺体だ。保存状態はいい」とだけ言った。
「食え」
パラケルススはゼルチュルナーの胸ぐらを掴んだ。
「い…ぇ…これは…だって……」
「これでお前が、人を殺さずに済むんだぞ?夜な夜な誰かを襲ってしまうことなくな」
「…パラケルスス……」
ハンターはゼルチュルナーからパラケルススを離すと、落ち着かせるように背中をとんとんと叩いた。
「フリードリヒ……大丈夫だ。ただの肉だ。…オレとしては、お前がもう人を殺さないようにいてくれたらそれでいい」
「ハンターさん……」
ゼルチュルナーは、タッパーの中の生温い、血が滴る肉を掴むと一口で飲み込んだ。
気持ち悪くて吐きそうになることなんてなく、口の中を蕩けるような肉の旨みが包み込んだ。
指先に着いた血まで余すこと無く、ちぅちぅと吸うように食べ終わったゼルチュルナーは周りの視線から逃れるように俯いた。
唾液と混ざりあった、吸いきれなかった血は白衣に吸い込まれたが、深夜の出来事により既に血塗れだったそこに、新たに血がついても何も変わらなかった。
「これでいい…」
パラケルススはそういうと、両手を上げた。
「これでいいものだったんだ。銃口を下げろ。コルト
本人も嬉しそうだっただろう?」
コルトはゆっくりと銃を下げた。
「人に嫌がることをさせてはいけません……」
「その分、人が死ぬんだぞ。コルト」
「でもこんな事…!」
「どーどー」
ノーベルが間に入り、コルトを抱き締めて頭をぽんぽんと叩いた。
「は、話を逸らさせないで!ノーベルさん!」
「はいはい、いいじゃんいいじゃん。なーんがいい感じに収まりそうなら!んじゃま、朝ご飯……軽く食べてく?」
ノーベルはコルトを抱きながら、ゼルチュルナーとハンターにウインクを飛ばした。
「…そーしよっかな〜。今戻ってもナイチンゲールにはお叱りくらいそうだし〜。どうせノストラダムスの爺さんにはこの事筒抜けだろうしな。食ってくわ!」
ハンターが了承すると、ゼルチュルナーも続けてOKを出した。
ノーベル、コルトが食事を作りながらハンターとゼルチュルナーはテレビを見ていた。
テスラはソファーで一人でいるパラケルススの隣に座ると、ポソッと呟いた。
「…あれ、牛肉ですよね……テスラ、食べようと思って買ったやつなのに」
「あれより高いものを買ってやる。……黙ってろ。あれはな。人肉だった。そういう風に思い込ませておかないと、人肉でないとわかった時に、面倒になる」
「思い込みが大切だと?」
「そうだ。新鮮な人間を用意するのなんて大変だし、コストが高いからな」
「…良かった。パラケルススさんはそこまでマッドサイエンティストじゃないんですね…!」
「……」
パラケルススはゼルチュルナーの方をじっと見た。
「効果が無ければ…本物を食わせるがね」




