処刑チーム篇 最終話『最期の処刑』
『希望喪失はすでに敗北の先取りである
人間にできることがなお残されている限り、希望を失うことは許されない
-カール・ヤスパース-』
「__お久しぶりですね。ヤスパース」
「あぁ…久しぶりだね。セオドロス」
ヤスパースはセオドロスに笑顔を向けた。
セオドロスは先程撃った感触を忘れないままに剣を握る。
「色々と聞きたいことがあります」
「…いいよ。セオドロスくん。君の話に乗ってあげる」
「キルケゴールを暴走させたのは貴方ですね?」
「そうだよ」
ヤスパースは変わらず笑顔を向けた。
「ここまでの地獄を作り出す為に?」
「うん。暇になっちゃったんだもん」
「なるほど…」
セオドロスは少し考えた。
「暇になった……のは、葬儀屋達によるテロのせいですか?あれでかなりの継承者が殺されましたからね」
「ん〜そうだね。あれでいっぱい居なくなっちゃってさ……均衡が崩れちゃったね」
ヤスパースは伸びをした。
「私はねぇ、セオドロス
終わる展開が好きじゃないの
ただずっと、それがそれであるまま続いて欲しいの、分かる?」
「…少しだけ、理解はしましょう」
セオドロスは剣を地面に突き刺した。
「貴方はただ何もないだけの日々が続いて欲しかったんですね」
「言語化されると変な感覚だなぁ〜。そうだね」
「最終回を迎えるのがそんなに怖いですか」
「……だって有り得なくない?つまらなくない?
全ての物事が終わったら、はい終わり!って用済みなんだよ?
その後も彼らは生き続けるのに、見るとこ見たら終わりでバイバイは寂しいでしょ」
「……死んでいった彼らのことを、コンテンツだと思っていますか?」
「…うん!」
__汽笛が鳴った。
声は聞こえなかった。
セオドロスはため息をついた。
「彼らは彼らとして生きて死んでいったんです。貴方の子供のような感情を満たす為ではありません」
「そう?普遍的だと思うけど…言い方は悪かったけれど、今が永遠に続いて欲しいって、人の欲望の中ではありきたりのものじゃない?」
「……でしたら余計に、なぜキルケゴールをあぁさせたのか謎です。普通、食い止めるのでは?」
ヤスパースはセオドロスが同じ質問をしてきた時、少しだけ苛立った。
「どうせ終わるなら、とっとと終わらせたくなって!
で、終わらせるなら自分の手でぐっちゃぐちゃにしてみたかったんだよね」
「貴方は…酷くわがままな子供ですね」
「そう?」
「癇癪を起こした子供のようですよ。カール・ヤスパースとは程遠い」
「今更?遅かったね…気付くの」
「……ハロルドと、お呼びした方がよろしいでしょうか」
「しっくりくるのはそっち、そっちでお願い」
「かしこまりました」
ヤスパースは周囲を見渡した。
よくよく周りに気を使ってみると、ドン・キホーテの高笑い、列車が走る音、地獄の炎で建物が燃える音が聞こえていた。
匂いだって感覚が麻痺していてもう何も分からない
「全滅、だねぇ」
「貴方が引き起こしたんですよ」
「ははは…だね」
「端末を見ました。デカルトの自殺というのも貴方の教唆でしょう?」
「言い方酷いなぁ〜彼は本当に、死にたくて死んでいったんだ。ちゃんと見届けてあげたさ
彼が死にたいと思っていたのは本当だよ。彼の気持ちを尊重してあげたの、何が悪いの?」
「…そうでしたか、彼は自分の手で選んだのですね……
しかしそれ以外の人間は?暴走したキルケゴールにより殺された人達は?
彼らは死にたくて死んでいったわけではないはずです。
キルケゴールという驚異を目の前にして、立ち向かわなくてはいけないから仕方なく死を受け入れさせられたのです。
そしてキルケゴールを追い込んだのは貴方です。この件につきましては…悪は貴方では?」
「あぁ、そうだね……っふ…ふふ…んふふ……セオドロス…!キルケゴールにカミュが殺されて、そんなに辛い?」
セオドロスの背後から少し光が射した気がした。
逆光なのだろうか、セオドロスには影がかかり、周囲に光が見える。
…まるで天使か神かな
「図星?」
「黙ってください」
「辛そうだね。可哀想に」
「思ってもないことをよくつらつら言えますね」
「いやぁ、これは本当だともさ。本当に可哀想だとは思っているよ」
セオドロスは少し光を抑えると、ヤスパースに歩み寄った。
「周りの人は、貴方にとってただ自分の欲望を満たすためだけの存在だったんですか?」
「それだけではないさ。人の心って、そう単純じゃないから
自分の欲望を満たすためだけでは無いけど……まぁ、概ねその通りだね。全員動かしやすくて助かるよ」
「上層部は処刑チームという玩具を与えて貴方に媚びたということですね」
「そうなるかもね。
上層部は処刑チームの四人を抑え込みたかったけど、心療チームに行かせるわけにも行かず、洗脳に頼りきりで…何とか調整を行う人間が欲しかったわけだ。
そこで選ばれたのが私、カール・ヤスパースの概念を得る事で人心掌握の権能を得たから、上層部のお望み通りにやってあげたさ」
「貴方は…人の心を掴むのが上手いというより、言葉が上手いようだ。相手が欲しい言葉や欲しくない言葉を自然と与える」
「それはね、相手の気持ちが…心が分かるからだよ
相手の本心が分かれば、言われたい言葉と言われたくない言葉ぐらいよく分かるよ」
「……先程、ボクがヴィトゲンシュタインを殺した時…貴方映像を撮ってましたよね
意味の無い行為を何故したんですか」
「フロイトに送り付ける為だよ」
「…何故?」
ヤスパースは頭をガリガリと掻いた
「フロイトが嫌いだからだよ。だから弟の死を見せてあげたんだ。嫌がらせだよ。嫌がらせ。」
「……貴方はとことん、悪ですね」
「アニメや漫画が面白くなるのって、悪役がいるからだろ?平和なだけのぬるま湯に浸かってるだけの物語なんて何も面白くないんだってば」
「貴方は自分の思い通りに行く日常が好きですね。だから、自分の予想内である普通の日常が好き…と?」
「…あー、お前わざわざ別の言葉で言い表さないとすっきりしないの?なぜなぜ期はそろそろ過ぎて欲しいなぁ」
「貴方を理解したいだけです」
「ふーん」
「他の継承者も殺すのが、ボクとしては納得いかなかったので」
「だって、全滅レベルまで減ったら面白いかなぁ〜ってさ
今の今まで何の滞りもなく生きてた癖に…仲間が死んだらあたかも辛そうな顔を見せるんだぜ?どうせ、脳みそさえいじればそんな感情消え去んのにさ……」
ヤスパースはそろそろこの問答に終わりが欲しかった
「もう終わりにしない?この会話」
「終わりにしてどうするんですか」
セオドロスは再び剣を握りしめた。まだ地面からは抜かず、支えにしているようだった。
「キミは……あー、何しに来たの?」
「来なきゃいけないと思ったからです。今明確に理由が分かりました。ダンテに会うために…です」
「あっそ、んで…キミはダンテに会うためってのは分かったわ。会いに行けばいい!こんな所で話してないで、早くダンテの所に行ってあげたら?」
「いいえ、まだ行きません。やるべき事が残ってます」
「…はぁ?」
ヤスパースはため息混じりに苛立ちのこもった舌打ちをした
「あと何が残ってるわけ?」
「貴方の処刑です」
「……は?」
「貴方は私のことを知っているはずです。私が何をしていたか、私が何をモットーにしているか」
「私を殺して、誰かが幸せになるとでも?」
「幸せになる人はいないかもしれません。もう皆死んでいきましたし、貴方のことを知っている人など少ないですから」
「だったらさぁ…」
「ですが次の被害者はいなくなります。貴方…ここから逃げたあと、また別の所で同じことを繰り返す気でしょう?」
ヤスパースは笑顔をやめ、セオドロスを見つめた。
「…ま、バレてるか〜。いいよ、殺したきゃ殺せば?」
ヤスパースは観念したように地面に膝をつけて座り、首を落としやすいように髪をかき分けて首を見せつけた
「……」
「びっくりした?惨めに抗うとでも思った?死にたくないって、俺だけは見逃してくれとか言うと思った?いいよ、別に。お前が殺したきゃ俺を殺すといいさ!」
ヤスパースは顔を上げセオドロスの顔を見る。
得たかっただろう反応が得れなくて、さぞ残念だろうか__と
セオドロスはただ何も見つめてはなかった。
いや、こちらは見ているが、その人見になんの感情も宿らせてはいない。
ヤスパースは少し、焦っていた。
トリガーハッピーに陥りヴィトゲンシュタインを撃ち殺したあとから、セオドロスの言動のなにもかもから彼の本心らしきものがあまり見えてきていない。
声の抑揚も平坦で、無表情なのが常だ。
まるで機械のようだ…とも思う。
しかし別に構わない、彼だってたかが人間で、子供なんだから
必死に感情を表に出そうとしないだけだ。
お互いにお互いのことを分かっている
相手の望む反応をすれば敗北したとお互いに思っている。
「…似たもの同士だね、私達」
「…そうですかね」
セオドロスは地面から剣を引き抜いた。
「…ハロルド、貴方には父と兄がいましたね?」
「…?いたけど」
「兄はここではニュートンとなった…と、彼には何も思わなかったんですか?」
「お互いにお互いのことはどうでもよかったからね」
「そうですか」
セオドロスが土を踏みしめて、こちらに歩いてくる
「スターバーストで働いていた父親が、孤児を逃がそうとして見つかり……その代償でここに来たんですよね」
「うん、孤児院での日々は楽しかったかな……あ、そうそう、父親が逃がそうとしてたガキはゼルチュルナーになったんだっけ!笑えるわ」
ヤスパースは慎重に言葉を選んでいた。
急にハロルドとしての記憶を掘り起こされたからだ。
「…オルダス・ハクスリーという名に、聞き覚えはありますか?」
その名前を聞いた途端、ヤスパースは目を見開きセオドロスを見た。
「…ッ知ってんの!?」
「貴方の父親が…大人であるにもかかわらず、洗脳によりオルダス・ハクスリーのような性格に矯正された後、オルダス・ハクスリーを受肉させられた……と、聞きましたが」
「っふ、その通り!その通り……!その様子を見てて…俺すっげぇ面白かったの…!2時間ずっと脳を弄るのを一週間繰り返すだけであんなに人間は廃人になるんだなって!」
「…貴方の父親なんですが」
「父親だからだよ!」
ヤスパースはハロルドとして、本心から笑った
「……で、なんで名前出してきたの?行方を知ってるの?」
「あぁ、こちらでも脱走という話だったんですね」
「表向きはね。裏ではちゃんと、教育チームのオーウェルが、地下室からハクスリーを攫っていったと伝わってるさ」
「……オーウェルは、ハクスリーが地下室で上層部の人間に薬漬けにされたまま好き勝手されるのが嫌だった…らしいですよ」
「だからなんだよ。そんな身勝手な理由で、貴重な継承者を持ってかれたら困るんだよね」
ヤスパースはせせら笑った。
「それで?行方知ってんの?!俺是非とも会いに行きたかったんだよね!俺の事忘れてるだろうし、あんなに薬漬けされてんだもん。ほぼ会話も通じないだろ?
でも俺はそういう奴にも言葉が通じるような偉人だからさ
会話できると思うんだよね__いや違うな、言うこと聞かせられると思ってるんだわ!ははは!」
セオドロスは剣を構えた。
「あ、ちょい待った。ハクスリーのことを教えてくんない?」
ヤスパースは手を前に出した。
「…」
セオドロスは剣を構えた姿勢のままだ
「殺しましたよ」
「_えっ?」
セオドロスは剣を振るおうとする。ヤスパースは途端に首を守る姿勢をとった。
「っ待てよ!?殺した…殺したッて!おま、お前が___クソッ!ふざけんなよ!!人の楽しみを奪いやがって__」
「それでは、死刑執行を行います」
セオドロスの剣はヤスパースの腕ごと、首を切り落とした。
「執行完了。お疲れ様でした。カール・ヤスパース。
そしてさようなら、ハロルド」




