処刑チーム篇 第一話『刃の誕生』
『秀でたる知性を有するだけでは十分ではない。
大切なのは、それをうまく活用することである
-ルネ・デカルト-』
時はかなり昔に遡る。
まだ処刑チームの存在がなかった時代。
処刑チームのリーダーであったかつての座標-デカルトは対策チームに所属していた。
「堕ちた星の発生場所は……」
渡航-マゼランは自身の持つ羅針盤を見ながら答えた。
「モニターもちゃんと見ろ」
「嫌なこった。私にとってはこの意味の分からない電子掲示板より、コンパスが全てだ」
「ハァ…」
デカルトはあからさまに呆れたため息を吐いた。
「戦闘チームの不死-フナサカが向かった。すぐ終わるだろう」
デカルトはモニターとの睨めっこを早々に切り上げて休憩に向かった。
食堂に向かう途中、司令チームのダンテとすれ違う。
「今から休憩?」
「はい。貴方は今からお戻りになられますか?」
「うん…うん…あの、そろそろ敬語やめてちょーよ」
ヘラヘラしながらダンテはデカルトの方を軽く叩いた。
「んな堅苦しいのやめよう?オレさぁ〜ラテン語とかそっこら辺の堅苦しい敬語嫌なわけよ。気楽にやろうぜ?な?方言出してこ?」
「上司であり年上に向かって流石に馴れ馴れしくなれは無理です」
「タメ口だからって馴れ馴れしくしろってわけでも、ないっちゃないけどぉ〜…」
ダンテはしょんぼりとした。あからさまに
「……」
「……」
「それでは休憩に参らせていただきます」
「あ、うん…あっ……はい……………」
デカルトは食堂に向かった。
食堂に向かう途中に見える孤児院から、ドストエフスキーと一般の職員が談笑しているのが見えた。
自身の妹のマリナはまだ受肉していない。
遠くから見える妹の姿を、立ち止まって目で追っていた。
届きはしないのに窓のガラスに手を添えた。
「元気ならそれでいい…」
デカルトはかつて忘れてしまったはずの己自身であるアルバのことを思い出す。
ただ戦争に巻き込まれただけで、生活が苦しくなって、スターバーストが多額の金を払うという名目で子供をよこせというものにサインしただけだ。
これは悪いように言っただけで、良いように言えば親はお金を貰って生活にある程度の潤いができる。
そして、子供という枷を外すことができるし、なにより子供は孤児院で一定の不自由なく過ごすことができる。
双方にとって、ウィンウィンと言える関係だ。
アルバは決して親を恨んではいない。何故捨てたのかなんて被害妄想は拗らせてはいない。ただそうなるべくしてそうなり、そうする事が親も子も生き残る唯一の方法だったのだからそれで良いと、思っている。
「妹がいていいね」
デカルトはふと、声がした方を向いた。
「………ライヒハート」
同じく対策チームに所属している処刑-ライヒハートだ。
いつも通り身だしなみに気を遣い続けていて、今も手袋をきっちりはめようと手首の布を弄っていた。
「両方売られて羨ましい限りだ」
「カッリスト、そういう言い方はやめてくれ……」
デカルトはライヒハートに向かって落ち着くようにハンドサインをした。
気に入らなかったのかライヒハートはそのまま眉間に皺を寄せ始めた
「アルバ、知ってるだろ?私の両親は私だけを売った、一族の弟だけ!長男だけを優遇し続けて、愚かにも要らなかった子供だけを渡して、お金だけ得て……」
こうなるとライヒハートは収まらなかった
「不公平だ!何もかも…!家族愛なんて、反吐が出る!クソッ!!」
「………」
デカルトがなんの返答もないまま自分の惨めな姿だけを見ていることを理解したライヒハートはしばらくすると落ち着きを取り戻し、乱れた服を丁寧に整えた。
「すまなかった。私もほかの人達みたいに上手く偉人に染まれたら良いんだけどな…」
「気持ち分かるよ。受肉前の自我と、偉人としての思想を持ったまま生活ってほんとストレスだよな。カッリスト」
「全くだ。アルバ……私事が入って荒れてしまったが…それもお前ら兄妹が羨ましかっただけだ。私の嫉妬はそのまま自身の人生の賞賛と受け取るといい」
「受け取りにくいから…それはいいかな…」
ライヒハートは蝶ネクタイを整えながら、少しショックを受けながら「フロイト先生の所行ってくる…」と言って去っていった。
デカルトは窓から目を逸らし、食堂について食事をした。
ただのAセットを頼み、ただのコーンスープやパンが来る。
普通の味のそれをデカルトはいつもの様に味わった。
食事をしながら物思いにふけていた。フロイト、ドストエフスキー、フェルメールの三人が最初期組の継承者と言われているが、自分達も初期の時代の継承者と呼ばれている。
最初期組は受肉の儀式がまだ不安定だった時期であり、それは受肉を受けた子供の姿で成長が止まっていたり、生殖機能がまだ有したままになっていたり、多重人格といった形で現れている。
彼らほどでは無いにしろ、初期の継承者には共通した特徴がある。
_受肉をする前の人間の記憶がある
それは不思議な感覚なもので、自分としての記憶を客観的に思い出すと、己の事が分かる、分からない以前に自分の存在が不安定に揺らぐのだった。
周りの継承者達は全員、自分自身の記憶を客観的に見ることができながら、自主としては偉人の思想を持っている。
ルネ・デカルトの思想や記憶を自分は持っている。しかし同時に、アルバとしての記憶を思い出そうと思えば思い出せる。
その記憶を思い出した時の吐きそうな感覚はどこから来るのかを考えるより前に、その吐き気を思い出した時の感覚が嫌ですぐに考えるのを身体的にやめさせられることになる。
_自分とは一体なんなのだろうか?
その結論を考えようものならひとつの思考に染まる
「我思う、故に我在り」
…そうじゃないはずだ。そうじゃなくて、それが思いたい訳じゃなかったはずだ。
その後、デカルトは考え事に集中しすぎてすっかり冷めていた食事を30分かけて完食した。
__食事をし終わった後も思考は止まらなかった。
それもデカルトだからなのか、自分自身がそうだったからなのかは分からないままだ。
上層部のAIと人間達は未だに試行錯誤のようなもので、これ程まで自分が苦しんでいるのも彼らからしたら良いデータになるのだろう。
他の継承者達も、ライヒハートと同じように受肉前の記憶があるからこそ偉人の思想と上手く折り合いがつけられずに感情が荒れやすくなる。
その差の衝撃を抑える為にも心療チームは生まれているが……
根本として、自分達が自分達として存在していた人間としての記憶などそのままにしておく方が苦しい気がしていた。
全て偉人として染めてしまえば、ここまで苦しい思いをしなくても良いのではと思う。それをフロイトに言ったら鼻で笑われた。
「人としての尊厳を捨てても、良い事なんてない。上層部の思惑や個々人の思いがどうであれ、記憶を持っていてそれに苦しむという今の葛藤の状態は、私たちが人である為に必要なものだ。そへに、記憶を持っていて悪い事ばかりではないだろう」…と
自分にはその言葉の意味が分からなかったが、日々記憶の混雑によって自分という存在が分からない時に妹の事を思い出すと落ち着くのだけは何となく分かっていた。
誰かの為に、それも血の繋がった家族が繋がっていて、それが大切だと思えば大切であるほどルネ・デカルトになった後でも思い出した時に幸せを感じるのだろうか。
デカルトは答えの出せない問いを考え続け、休憩時間と言いつつ余計に頭を疲れさせたのだった。
対策チームでのデカルトの役目は指示と遂行だ。
司令チームが全体への指揮を担当するのなら対策チームは規律の徹底を担当している。
まだ観測チームや治安維持チームというものも無かったこの時期は対策チームが主に外に赴いたり監視することで国とスターバーストの秩序を守っていた。
デカルトはその中でも街の巡回をしたり、何かあった時に指示を出しながら自分自身でも行動する事で秩序が守られる為に任務を遂行する担当だった。
毎日同じことの繰り返しだった。
やる事の内容は少し変わりつつあっても全体で見ればさほど変わらず、同じような内容を同じようにやり過ごすだけ、強いていえば__
「味気ないね」
隣にいた焚書-ブラッドベリは自分の気持ちを代弁するかのように呟いた
「味気ない方がいいに決まってる!」
また自分の隣にいた神秘-ハクスリーは言った
自分を真ん中にして二人は二人で話す。
「何も起きない安全というものが一番すばらしきものだ!私たちはそれを守る為に活動している。だから何も無くていいに決まってる!」
「それとこれとはまた別だ。私としては燃やす情報もなければ新たに得られる情報もないというのが何ともたまらん。人は己自身で知識を得ていかねばというのにそれをしようにも我々には自由が無いだろうが」
「私を挟んで会話しないでくれ…」
間に挟まれているデカルトは二人の会話に押し潰されて心も体も少しぎゅっとした。
「あぁすまない。つい興奮して、それでは私が席を変えよう」
「悪かったよ。近代哲学のパパさん」
「やめてくれ…パパ呼びは……」
スターバーストにとって、国にとって不必要なものや世間に出してはいけないものを焼く役割があるブラッドベリと、今後の未来を予測しつつどうすれば安全な新世界を作れるのかの対策を思考し行う役割があるハクスリー
堕ちた星や国で起きた事件の発生場所を調べるマゼラン
表向きに対処に動き、街の平和を守るために動くデカルトと、裏で指示された人間を殺すライヒハート。それが今の対策チームだった。
色々とバラバラすぎる自分達は各々の専門性を活かしつつ、会話の中でのみ協力していた。
全員の仲を取り持つのはデカルトであり、他の四人はお互いで仲良くなろうがどうでも良いと言った印象だ。
いつも真ん中にデカルトを挟みつつ、なんだかんだで談笑しているのが常だった。
その毎日が崩れる事件が起きた。
スターバーストで起きた事件の中でも組織の方向性が変わったといえば、大きい事件の一つに数えられる。
「__ッ妹は!妹は…!」
デカルトは治療チームの解剖-ダ・ヴィンチに掴みかかっていた
「生きてるよ」
デカルトの激情とは反対に冷たく言い放つダ・ヴィンチはデカルトを落ち着かせる。
「襲撃を受けたけど、キミの妹さんは無事、ひとつ問題があるとしたら視力かな。外傷性視神経症になってる。簡単に言うと強い衝撃で目の神経がやられたってこと」
「目が………」
デカルトはすっかり汗をかいて濡れた手を拭う気力もないままその場にへたり込んだ
「希望を持たせる発言をするなら、受肉の際、余程がない限り、目の見えていた偉人を受肉する事になる。だから概念が上書きされた時目が見えているという記憶と概念が付与されるからこそ視力は復活する…事になる。復活というより、元通りに使われる方が正しいけど」
ダ・ヴィンチの話をほとんど聞かずデカルトはずっとダ・ヴィンチが塞ぐ扉の先の妹の身を案じていた。
その思いを察したのか、ダ・ヴィンチは「心配し過ぎで強く身体を揺らすなよ」と言い、扉に通した。
妹のマリナはベッドに寝ていた。目には包帯がある
目だけではなく至る所にガーゼや包帯が巻かれていた。
「マリナ……マリナ…?」
デカルトは声をかけた。名前を呼んだ。
だが、名前を呼ぶ前に少し躊躇をした。
目の前の妹と思っているはずの相手が、本当に自分の妹なのかがデカルトに染まりつつあった自分には分からなかったからだ。
疑うように、心配ととれるように震えた声で名前を呼ばれたマリナは細々と声を出す
「お兄様……?」
デカルトは返事が返ってきて妹が無事であること、自分の事を覚えていたこと、マリナという名前が間違っていなかったこと、相手が自分の妹で合っていたこと、デカルトになりつつあった自分が唯一人間であった事を思い出せた事に、少し喜びと悲しみを感じていた。
「マリナ…マリナ、大丈夫…?」
「大丈夫ですわ……身体は痛いですけど…助かって嬉しいですもの…」
記憶を思い出して震えているのか、強かにも無事だと言い張る妹の手をデカルトは握った。
握っていて、目が見えていなくてよかったとも思った。
デカルトとして変わり果てた自分を見る事なく、今も昔も変わらない声だけを妹に与えながら兄であるアルバとして話しかけられるのだから
デカルトが手を握ってしばらく経っているとフロイトが訪れた
「…フロイト先生」
ここでフロイトが来る理由が何なのかを理解していた。消すつもりだ。妹の記憶を
「記憶は消さない。それは持っていなくてはいけないものだ」
……なんて?
デカルトは少し戸惑った
「消さない…んですか………」
妹に聞こえないように小さく呟いたデカルトの目の前で、フロイトは妹には見えないようにウザそうな顔をした
「何でもかんでも私が消すと思えば大間違いだぞお前……なんだよその偏見……拗ねるぞ…」
そう言うとフロイトはとっととデカルトを追い出した。
病室から追い出される直前、デカルトはマリナに対して「またね」といい、額にキスをした。
妹に家族らしい事をするのはルネ・デカルトを受肉して以来初めてだった。
妹の手の温もりを感じたまま、デカルトは上層部の所へと歩みを進めた。
今回の事件は妹が街を歩いていた時、敵国の人間達に襲われ連れ攫われかけたというものだった。
スターバーストの素材である子供を奪い、交換材料として機密情報を得ようとしていた敵国の人間の仕業だった。
国中に仕掛けられた監視カメラの死角を狙ったもので、逆に不自然な程に隠れていた奴らをマゼランが発見し、ライヒハートが裏で消そうとした事で判明した。妹の救助を優先したライヒハートは彼らを殺さずに妹だけを助けて戻ってきた…と。
デカルトは上層部の元に行く前に、司令チームのダンテに会った。
継承者の統率をするチームなだけあって今回の事態の把握をしており、デカルトを見るやいなやずっと持っていたのであろう缶コーヒーを差し出した。
急いではいるが、急では無かったデカルトはその缶コーヒーを受け取り、その場で開けて飲むことにした。
買った時は冷たかったであろうコーヒーはダンテの手の熱ですっかりぬるくなっていた。
「…上層部の所に、なんの用なんだ」
ダンテは掠れた声で聞いた。なぜ声が掠れていたのか、なぜダンテの目に泣いた痕があったのか、デカルトは最後までその理由が分からなかった。
「敵を自分の手で殺させてくれと頼みに行く」
それを聞くとダンテは酷く悲しそうな顔をした。
「やり直すなら、陰湿にやり直した方がいいぞ。オレみたいにな」
ダンテは神曲の話をした。政敵を地獄で苦しめてやったとそこだけを嬉しそうに語った。
それでもデカルトの意思は変わらず、確実に自分の手でやりたいと言うとダンテはもうどうしようとないと言わんばかりに笑った。
「……その手段を持った存在は、その手段で持ってしか考えられなくなる。それ頼りになって生きることがどれだけ人生を窮屈なものにするのか………」
ダンテは少し独り言を呟いて、考えに考えた挙句デカルトに精一杯の笑顔を向けた
「…いいと思う。オレは応援するよ
妹さんの復讐、できるといいな!」
そう言ってのけるダンテの顔が明らかに無理しての発言なのをデカルトは分かっていたものの、応援の気持ちは嬉しいと素直に受け取り飲み終わった缶コーヒーを近くのゴミ箱に捨ててダンテの元を去っていった。
「デカルト!」
声をかけられるも、デカルトの歩みは止まらない
「……どの道、私達はそれ頼りに行くしかないのに」
どんどん遠ざかっていく背中を見ながら、ダンテは怒りにより歯ぎしりをした。
上層部の職員達の元に着くとドストエフスキーへ今後は孤児達を街に出さないこと、教育チームの先生が一人着いておくことを条件にすること話しており、大体話し終えた後にドストエフスキーは職員に礼を言って去っていった。
デカルトは上層部の職員に対し今回の件で異議申し立てをした
「私に彼らを殺させてください」
上層部の職員はデカルトの訴えを聞くと、職員同士で小声の会話を交わした
「我々としても今回の件を踏まえ、対策を立てるつもりだった。
ライヒハートのようにただ物理的に処刑するのではなく、概念として消す事ができ、また単純な暴力ではなく認識として脅威なりえる存在がね」
職員はデカルトを見る
「…哲学者カテゴリーの存在の権能は概念的なものであり、威力は強大だ。その分危険だが……使い方次第では強い刃になる…。問題はどう扱うか、だ。強い思想を他の要素で制御する事で双方にとって扱い易いようにするしかない。無駄な思考を削ぎ落として敵を消せるように___」
デカルトには職員の言いたいことが分かってきていた。
自分達の道具として扱いたいから実験に付き合えということだろう。他国への牽制の為でもあり、実際に消す為だろう。
核爆弾一つ持つことで戦争の状況が緊迫するようなものだ。
どうなるか分からない大いなる存在が必要であり求められている
「構いません!構いませんから…!妹をこんな目に遭わせた奴らに報いる為に!どうか私をお使いください!」
デカルトは自身の有用性を誇示した
「私は存在を疑える!疑った果てに否定できたもの全てを、確実に消して差し上げます!…どうなってもいいんです!どうなってもいい……だから、なので、どうか…どうか私を使ってください…この先こんな悲劇が起きないよう。多くの悪である存在を消させてください……」
気が付けばデカルトは涙ぐんでいた。
この涙が人である事をやめるからなのか、妹を傷付けた相手を殺せるという喜びからなのかが分からなかった。
上層部の職員はおぞましいほどの気味の悪い笑顔を見せた
「言ったな?」
「じゃあ付き合って貰うか、これで上手くいえば今後も__」
デカルトは上層部の職員に強く腕を掴まれる。
骨を抉り出すかのような強い力と、今の発言と表情の気味悪さからデカルトは一つ気付く
__これは仕組まれていたのでは?
自分が自主的に、言い出す為に
そういえば今日対策チームの皆と会っていないな等と思いながら上層部の職員に引き摺られるように歩かされる前、最後に思い出したのは妹の笑顔だけだった。
その日、刃は誕生した。




