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治安維持チーム篇 最終話『エゴイストの果て』

『希望を持たずに生きることは、死ぬことに等しい

-フョードル・ドストエフスキー-』

ドストエフスキーは汽笛の音の元へと辿り着いた。

辺りは瓦礫が多い。

建物が崩壊している。まるで、そう、まるで戦争みたいだ。

500年前に受肉した時は確かにフョードル・ドストエフスキーだった。

その時は進み過ぎた科学と、未来の建物に酷く驚いたものだ。

自動で動くようになって、暖かい風が出る機械や、手をかざせば水が出る水道もあった。

夜もずっと真っ暗にならずに人工の光が世界を明るくさせた。

そんな世界でドストエフスキーは酷く疎外感を感じた。生きていた時代と全く違った世界があったからだ。

でも、どうだ?今の目の前の光景は

なんだって変わらない。

戦争とは、どの時代にも平等に同じ結果を与えるものだった。


死屍累々だった。

所々にある遺体の一部に、知り合いの面影を感じた。

それが誰かをはっきりと分かりたくなかったから、ドストエフスキーは音の元へ、歩き続けた。

遠くで、カムパネルラは多くの足を蠢かせ走っている。

その様子はさながら列車だ。残酷なまでに、それも健気に、人を救う為にと走っているんだろう。

ドン・キホーテの高らかな笑いが響く。

ぼやけて見えるほどの遠くでもわかるくらい彼の純銀の鎧は赤く染まりきっていた。いやもうむしろ、赤色というより赤褐色だろうか。

カムパネルラもドン・キホーテも、上層部も継承者も何も関係ないはずの民間人のいる街の方に走っていった。

怪物だった継承者ですらこのザマだ。

街一つを蹂躙するのに、一時間も必要ないだろう。

ダンテは上層部があったはずの建物の上でただただ空を見ていた。

何かをずっと囁いている。その言葉は地獄の言葉だろう。


終わりだった。

きっと自分以外にもまだ生きている人はいるはずだ。

でもそれを探すのもずっと億劫で、もうどうしようもないのだ。

汽笛の音の元に来て、我が子を殺した存在の前にやってきたが、瓦礫の山の頂上の存在は微動だにしない。

自分を一度も見やしない。

「生きてたんですね」

不意に横から話しかけられた。

そちらを見るならモールスがいた。

「…同じセリフをそのまま貴女へ」

「ふふ、恐縮です…」

ドストエフスキーはしばらくの沈黙の後、そちらでは何があったかを聞いた。

「ノイマンとラプラスと共にやっていたのですがね。ファウストがこちらにやって来て、ノイマンが対処したのですが殉職しました。

その後、ラプラスが未来視を行ったのですが___そのまま発狂死と…」

モールスはダンテの方の瓦礫の山を見た。

その地面に散らばる死体も

「この未来を一人で見れば、それは発狂ものでしょう。他の人達はほとんど…完成者に成ったキルケゴールとドン・キホーテにより蹂躙されました。

私は……運が良かっただけです。通信室に居て、そこが丁度誰も来なかっただけ、建物も崩壊しきらずに保たれただけ、です」

モールスは伸びをした。

「その後キルケゴールはダンテにより消滅させられました……私が観測したのはそこまでです」

「そうか」

ドストエフスキーとモールスは未だ瓦礫の山に御座す怪物を見つめた。

「さて、私はそろそろお暇させていただきます」

モールスは懐からリボルバーを取り出した

「……そうか」

「止めないんですね」

「やめてくれそういうこと言うの、もう今更だろう?」

「それもそうです」

モールスは自身のこめかみに拳銃を向けた。

「最後に会えたのが貴方とは、良い人生でしたよ」

「そうか?」

「えぇ、貴方は全ての継承者の父ですから」

「そんな大層なものでもなかったよ」

「いいえ、私達は、その希望を込めて貴方を見ていました」

「………」

「…ほんと、クソみてぇーな人生です」

「全くだ」

「どうせなら皆でBBQでもして楽しく死にたかったなぁ!」

拳銃を持つモールスの手は震えている

「でも、もう意味なんて無いんですね」

「ないな。その皆は…あいにく居ないらしい」

「ふふ、それでは天国でお待ちしています」

「おいおい、縁起でもないことを言うな」

「ははは!…でも貴方も早くここから去ることです。

どうせ長くいても、ここには地獄しかありませんから……」

さようならと言い、モールスは自身の頭を撃ち抜いた。

ドチャ…と頭の中身をぶちまけて、ドサリと重い体を地面に打ち付けて、そのまま死屍累々の仲間入りをした。

ドストエフスキーの服はすっかり泥と血に塗れていた。

元々の高潔な程に白かった部分はほとんど無くなっていた。


髪に着いた血を袖で拭い、ドストエフスキーはその場に座り込んだ。

目の前の怪物はずっと、動かない。

このままずっと待ったまま、なにか起きるまで待っていよう

いつもみたいに、子供達を見ていた時のように、自室で__自室の窓から__子供達と、先生たちが遊んでいるところを見ていた時のようにずっと、ずっと、いつもみたいに見続けるだけで、何もしなかったように___

「随分とお疲れのようですね。ドストエフスキー先生」

天使が声をかけてきた。

「………セオドロスか」

「お久しぶりです」

セオドロスは処刑人の剣を持ちながら、ドストエフスキーの横に佇んだ。

「いつから来ていたんだ」

「今朝から来ていました」

「こうなることを分かっていたのか?」

「分かっていませんでした」

「お前が仕組んだのか?」

「いいえ。全ては…原因があるものと、無いものがあります。今回は後者です。私はたまたま来ただけなんです」

ドストエフスキーはため息をついた。

「何しに戻ってきたんだ。たまたまなら」

「…逃亡し続ける生活が嫌で、戻ってきたかったんです」

「…そうか」

セオドロスは懐から煙草を差し出した

「吸いますか?」

「是非とも」

セオドロスはドストエフスキーに煙草の一本を咥えさせ、そのままライターで火をつけた。

己も同じように煙草に火をつけた。

煙が吐き出される。

「煙草なんでどこで覚えたんだ。悪い子だ」

「脱走した時点で悪い子ですよ」

「ははは」

ドストエフスキーは震えた手で煙草を持ち、煙を吐く

「…ヴィトゲンシュタインを殺したな」

セオドロスは少し手を止めると、続けて煙を吐き出す

「えぇ殺しました」

「なんでだ?」

「殺しに来たので、殺し返しました。今思えば…対話するべきでしたでしょう」

「今思っても遅い」

「そうですね…」

「他に誰か殺したのか?」

セオドロスはタバコを吸いながら思い出そうとしていた。

「ベートーヴェンさんと、ヤスパースさんを殺しました」

「…それはなんで?」

「ベートーヴェンさんは……彼から頼まれました。

キルケゴールの襲撃で両腕を持っていかれた_と、それで死ぬことをじわじわと待つくらいならお願いだから、とね」

「…そうか」

「ヤスパースさんは私から明確に殺そうと思い、行きました。

キルケゴールの暴走は彼の洗脳によるものです。人を狂わせてここまでの損害を生み出す存在は…悪でしょう。全ての悪は滅ぼされるべきと、思っています。」

「それでいえば、この世には悪が溢れている」

「……そうですね。この考え方をもう少し、柔らかくできたらどれほど良いか」

セオドロスは煙草の煙を吐き、吸殻を自身の手の甲に押し付けて火を消した。

ドストエフスキーも吸殻を地面に放り投げた

火は消さなかった

その様子を見た時、セオドロスが足先で踏みにじって火を消した。

セオドロスは剣を手に持った。

「ボクにはやることが残ってます」

「この世界でこれ以上やることがあると?」

「えぇ、何となく、やるべきだという思いが少し…ありまして」

「そうか」

セオドロスはそのまま、瓦礫の山にいるダンテの方へと歩みを進めようとした。

「…セオドロス」

ドストエフスキーに呼び止められ、セオドロスは立ち止まってドストエフスキーの方に戻ってきた

「どうしましたか?」


「殺してくれないか」

「………」

「こんなことを頼んでしまってすまない」

「構いませんよ」

セオドロスは剣を構えた

「セオドロス、お前に会えてよかった」

「…ボクもです。……先生、先生の本当の名前を教えてくれませんか?」

ドストエフスキーは肩を震わせながら笑った

「ニコライだ。息子の名前はグレイ、娘の名前はエリーゼ」

「良い名前ですね。ミケランジェロさんと、ロダンさんでしょう?お顔そっくりですよ」

「私に似たからな」

「性格は貴方の方が優しいです」

「言うなぁ」

ドストエフスキーは笑った。楽しそうに

「セオドロス」

「なんですか」

「この先、苦難や絶望がお前を襲うかもしれない」

「ふふ、もう十分です。ここまでの惨劇を見た時点でね」

「それもそうかもな…でも人生が続く限り、いつだってそれは訪れる」

「……」

ドストエフスキーはしっかりとセオドロスを見た

「希望を持って生きなさい。この先で何があろうとも」

「……はい」

セオドロスは剣を構え、振り下ろそうとした

「今までありがとうございました。ニコライ先生」

刃の通り方は綺麗なもので、ドストエフスキーの首と胴体は綺麗に別れた。


ドストエフスキーはふと、ひとつ思い出した。

首を切られても意識は数分間残るということを

それを証明するように転がったはずの自分の視界の先で、セオドロスが礼をしたのが見えた。

するとすぐにダンテの方に走っていき、やがて……何かをしていた。何をしていたかまでは薄れゆく意識と、遠すぎる景色の前では何も分からなかった。

やがて光が見えた。

その光は空を包むほどに大きくそして暖かなもので、まるで、それ、それは___

「神の愛…」

『意志は、自ら願うにあらざれば決して滅びず

-ダンテ・アリギエーリ-』

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