治安維持チーム篇 第四話『燃えよ向日葵。照らせや死相』
『真実の追求は、誰かが以前に信じていた全ての真実の疑いから始まる
-フリードリヒ・ニーチェ-』
ドストエフスキーは急いで孤児院に向かった。
既に子供たちのそばに居たテグジュペリ、カフカ、カミュが行動をしていて、地下のシェルターへの子供たちを誘導していた。
近くにいた職員に子供たちのことを任せることを伝えながら、全員でシェルター内の状態を確認した。
空調、広さ、食料…常にチェックをしているから準備は万全だった。
ドストエフスキーは端末を常に確認していた。
継承者の中でバイタルロストが出れば、終わりだ。
葬儀屋の侵略が始まったと言える。
にしても何故、この怪物はいつも来るのだろうか?
…そうしている間にもバイタルロストが出ていた。
修復チームのダーウィンだ。ロストしている。
その余波なのか修復チームのメンバーの適合率は揺れ動いていた。…正面玄関から修復チームはかなり遠いはず
それに葬儀屋は武器にする相手を選んでいる。何故ダーウィンを殺しに行ったのかも不明だ。
ドストエフスキーが端末にしか意識が行かない間に、カフカとテグジュペリ、カミュは子供たちを宥めていた。
しかし自分達は偉人の継承者だ。
子供たちを守る為に
ただの人間である職員達を守る為に
生物兵器である我々は立ち向かわなくてはいけない。それも怪物として
「ドストエフスキー先生!ドストエフスキー!」
端末を見続けていたドストエフスキーはカミュの呼びかけで顔を上げた。
「子供達の避難も、職員への引き継ぎもできました」
「そうか…」
「行かなくちゃダメですよね」
「そうだな」
カミュは葬儀屋の話を、サルトルから言伝で聞いただけだ。
三代目のカミュが葬儀屋に殺されて加工された。その次に作られたのが己だと。…彼は今何を考えているのだろうか
次にカフカがオドオドしつつも、蜘蛛の足を動かしながら臨戦態勢になった。
「やりたくないですけど、皆を守るためですから…」
カフカは端末を見て被害の数を知ったのか、いつもよりも明確に戦う姿勢を見せている。
テグジュペリはいつもと同じように、足のタイヤの煙をふかしながら意気揚々としている。
「皆の為に、頑張ろうね!」
彼の明るさは葬儀屋との戦闘において似合わないくらいに健気だ。でもその異質さが、彼の取り柄だ。
ドストエフスキーは再び端末を見た。
バイタルロストが増えている。
修復チームのダーウィンに続き、記録チームのニュートン、観測チームのエニグマだ。
それを確認している間にも同じチームのコペルニクスのバイタルがロストした。
修復チーム、記録チーム、観測チームはそれぞれバラバラにある。
適合率の揺れだけを見るなら次に揺れているのは対策チームのメンバーの方だ。
いつもよりも変則的だった。いつもなら、一定のルートに従って最後に死体安置所に行き、どこからともなく去っていっていた。
今回ばかりは異常だ。手当り次第に歩き回っている。ましてやその場ですぐに殺して死体を持っていくなんて、今までの葬儀屋からは考えられなかった。
棺桶にしまわなければならないからだ
その分入れる間の時間に隙が出る。それを葬儀屋も分かっているからこそ、今まですぐに殺していくやり方はしなかったはずだ。
「他にも敵がいる」
カミュが端末を覗きこみながら話した。
「葬儀屋以外に、彼の味方…敵がいるはずです。この短期間でこの数の死傷者はおかしいですから……それに、どの道危険なことに変わりありませんよ。ドストエフスキー先生」
ドストエフスキーはやっと端末の電源を落とした。
ドストエフスキーは教育チームのメンバーに命令を出した。
「フーコーの放送が遮断されている今、自分達で動くしかない
テグジュペリは治療・心療・開発エリア、カフカは記録・探索・戦闘エリア、カミュは司令・対策・観測エリアに!
私は近くの治安維持・修復エリアに向かう!
遠い所であり未だに交戦中かもしれない場にお前達を送るのは申し訳ないが、その分お前達は強い!…頼んだぞ」
テグジュペリとカフカとカミュはドストエフスキーに対して笑顔を向けた。テグジュペリは親指を立てている。
「「「もちろん!/頑張ります…/行ってきます」」」
三人とも、急いで現場に向かっていった。
ドストエフスキーはそれを後ろから見送りながら、自身の武器である弓と矢を持ち治安維持・修復エリアへと向かった。
ドストエフスキーが治安維持・修復エリアに足を踏み入れた時、丁度水たまりを踏む音がした。
ビチャと嫌な音を立てた地面を見た時に見えたものは血液に反射した己の顔だった。
ドストエフスキーは矢を構えながら、足を進めた。
久しぶりに嗅いだ死体の香りは、懐かしい過去の思い出を持ってくる。
蹴散らすように飛び散った職員達の中には呻き声を発するものがいる。
しかし、助けている場合でもなければ助けるのは己の役目ではない。
ドストエフスキーは修復チームに向かう為に道を曲がった。
___居た。葬儀屋が
葬儀屋はこちらに背を向けていて、気付いていない。
しかしドストエフスキーには疑問が湧いていた。
最初に襲撃していたのは、修復チームのダーウィンのはずだ。
それ以降に記録、観測チームで死傷者が出ている。
移動していないのか?
葬儀屋は棺桶にダーウィンの遺体を入れると、そっと蓋を閉じた。
周囲にはシェイクスピア、アンデルセン、メンデルの姿が見える。全員酷い怪我を負っている。遠くから見るにメンデルとアンデルセンは気絶。シェイクスピアは意識はあるものの動けない状態だ。
葬儀屋は棺桶を担ぐと、振り向いた。
目が合った。途端に葬儀屋はにんまりと笑った。
「久しいな。ドストエフスキーだったっけ…?
よぉ!ドストエフスキー!
トルストイにはお世話になったよ!見たいか?俺の"傑作"が…
加工したらなぁ良い剣になったよ」
「貴様、何しに来た!!」
「わーってるはずだ。死体を貰いにだよ」
「ッ…ダーウィンを、武器にするつもりか」
「そうそう、いや〜何作ろっかなぁ〜ッハハハ」
ドストエフスキーは矢を構え、葬儀屋に対して狙いを定めた。
「おぉ、怖い怖い…」
葬儀屋はふざけながら両手をあげた
「言え!仲間がいるだろう!?」
「いるよ。四人」
「四…ッ!?」
ドストエフスキーは少し手が緩んだ。
葬儀屋だけでも恐ろしいのに、仲間が四人?
その揺らぎを見過ごさず、葬儀屋はすぐに近付いてドストエフスキーの腹に蹴りを入れた。
「ぐぁ…!」
ドストエフスキーは弓矢を落とし、地面に蹲って腹を押さえた。
「え〜っと、こっから開発チームは…ん〜、うんうん、なるほど」
ドストエフスキーは腹を蹴られたことで呼吸がしづらくなっていた。脂汗をかきながら息を吸おうと口を大きく開き、息を吐く時には痛みに喘ぐような声を出していた。
「ゴッホはもう、武器にしなくても飽きたからいいんだけど、どうせなら殺した方が面白いよなぁ…知り合いにいるんだよ。ゴッホに嫉妬しちまうやつがな……。だから手土産に殺しちまおうって…」
葬儀屋は開発チームの方を見た。
「フィンセント・ファン・ゴッホって、拳銃で死んだんだったか?
だったら、これは傑作だな…アッハハハ!
…また後で会おうぜ。ドストエフスキーさんよ」
葬儀屋はドストエフスキーの頭を靴先でちょんと小突いて、開発チームのいる方にゆっくり歩みを進めた。
ドストエフスキーはしばらく動くことができなかった。
腹に一撃は流石に老体にはキツい
数分、十数分、数十分後、ようやく痛みも引き、立ち上がることができ、修復チームを安全な場所に寝かせて置くことにした。
端末の全体への連絡の方に葬儀屋の行方を説明しようものの、圏外になっている。
観測チームがやられたからだろうか?
ドストエフスキーはそのまま弓矢を拾い上げ、治安維持チームの方へと向かった。
アトリエは既に扉が開いていた。
急いで中に入ると、中にいたのは__片腕が粉砕されたテオドルスと、近くで蹲って頭を掻き毟るゴッホ
そして鎚を構えるニーチェだった。
__30分前、ドストエフスキーがまだ伏せていた時ニーチェは治安維持チームのアトリエへと入っていった。
アトリエの中にいたのはテオドルスとゴッホだ。
ニーチェを見てテオドルスとゴッホは驚いた顔をした。
「し、処刑チームが、なんでこんな所に……!」
テオドルスの言葉を遮るように、その疑問に答えるように、ニーチェは高らかに宣言した。
「処刑チーム所属 超人-ニーチェ!上層部からの命令だ。
画商-テオドルス、死んでもらおうか」
ニーチェは鎚を構えた。
「何故!?違反はしていなかったはずだ!」
テオドルスの疑問に、またしてもニーチェは答えてあげることにした。
「ゴッホの弟のテオドルスが死ねば、ゴッホの精神は不安定になる。そして不安定になれば適合率が上昇し、完成者になる…
つまりは、だ。葬儀屋に完成者をぶつけようと言う狙いだよ」
それを聞いたゴッホはテオドルスを守るように庇う姿勢に入った。
「ッ!兄さん……!」
ニーチェは話しながら自身の目の前に鎚を持った右手と、何も無い左手を出した。
目線の中心にテオドルスの左腕を合わせる。
左手をテオドルスの左腕に添えるように構え、右手の鎚を左手に振るった。
その動きは釘を打つようだった。
傍から見ればそれは、ニーチェがただ単に自分の左手をハンマーでぺちんと叩いただけだった。
滑稽とも思えたその動きを捉えた後に、テオドルスの左腕は内側から叩き割られたように崩壊した。
「___ッ!」
テオドルスに激しい痛みと混乱が襲った。
「弟に何するの…!?」
ゴッホが取り乱し始めた。
辺りに炎がチラつく。テオドルスはその炎で火傷しながらも自身の左腕よりゴッホに手を伸ばした。
「大丈夫!大丈夫だから…!」
「大丈夫なわけない!あぁ!ぁあぁぁあぁぁぁ……!!」
呻き声を出しながらゴッホは蹲り頭を掻き毟り始めた。
激情のままに生み出した炎をニーチェにぶつけるものの、すぐさまニーチェは鎚を振るい炎をかき消していく
「炎はいくら強くとも、光には遠く及ばない!!」
「ッ…う、ぅうう…ぁぅうう…!!」
感情の方に意識が向いたのか、ゴッホは蹲った。
一時的に炎は収まったものの、周囲には鬱々とした気配を感じさせる。
そんな最中に来たのがドストエフスキーだった
テオドルスは「ドストエフスキー先生!兄さんが!ゴッホが!ニーチェに……!」
ドストエフスキーは困惑しながら、二人に近寄った。
テオドルスの腕は血と肉から出来ているはずなのに粉々のような、壊れたように飛び散っている。
「平気なのか…っ!?」
「ボクは平気だから!兄さんが!」
必死に訴えかけるテオドルスを宥めつつ、ドストエフスキーは気がついたように前に出てニーチェに矢を構えた。
ニーチェは微動だにしない
「矢を放つのか?この私に?」
ニーチェの問いかけをドストエフスキーは矢を向けることで拒絶する態度を見せる。
しかしドストエフスキーには思う所があった。
処刑チームは命令を聞くようにできている。
過去にデカルトやキルケゴールを見てきたドストエフスキーにはよく分かっていて、彼らは総じて目的の達成…ターゲットの殺人の為なら手段を選ばず、またすぐに殺す事こそ、上層部の為としている。
__しかし状況を合わせるとニーチェの対応は酷くおかしいものだった。
ドストエフスキーはフェルメールが飛び降りる直前に行っていたことを思い出していた。
『私の弟だから、現に処刑チームでも私の弟は上手くやってるだろう?上層部の洗脳なんて、知ったこっちゃない』
彼は確かにこういっていた。
『代わりに気の狂った奴らに囲まれて便乗しながら人を殺させられてるけどな』
私はこう返した。そうだ、忘れていた。
彼は元来として人を殺したくない子だった。
それでも今は、しなくてはならないという状況が彼を追い詰めているのだろう。
ニーチェはドストエフスキーと目を合わせる。
「…力弱き者は、屈服させられてしまうのだ」
ニーチェは左手をドストエフスキーに差し出した。
ドストエフスキーは矢を構えたままだ。
そして意図を察したように___ニーチェの左腕に矢を放った。
「ッは!…はは…はぁ…ッは…ぅ……」
矢を貫かれた左腕を庇いながら、ニーチェは笑っていた
「これでは…ッ…執行できないな…!はは……」
ニーチェはテオドルスとゴッホを無視して、アトリエの外へと向かおうとした。
「ニーチェ!」
ドストエフスキーが呼び止めると、ニーチェは立ち止まった。
ドストエフスキーはポケットから取り出したそれを投げると、ニーチェはそれを難なく掴んだ。
「…なんだ」
ニーチェが掴んだものを見るために手を開くと、フェルメールの耳飾りがあった。
「持っていけ、お前に必要なもののはずだ」
「…」
ニーチェは黙って、そのまま去っていった。
「兄さん…兄さん!」
テオドルスは必死にゴッホに話しかけた。
端末からアラームが鳴る。適合率の異常上昇だ。
本来なら心療チームが来るはずだが、この事態では来るかどうかは怪しいだろう。
ドストエフスキーは声をかけることもできず、テオドルスとゴッホを静かに見守るしか無かった。
何かあった時にすぐ殺せるよう、矢を構えながら
しばらく均衡状態が続いていた時に、誰かが入ってくる音が聞こえた。
__ユングとフロイトだ。
「ッ、ユング…!?」
テオドルスはユングを見て嫌な顔をした。適合率が上昇している時に実の弟が来るなど、最悪な要素だろう。
「アドラーはどうした…?」
ドストエフスキーの問いかけに、ユングは顔を強ばらせた。
対してフロイトは平然としていた
「殺された」
テオドルスはそれを聞いて「え?」という声を漏らした。
「…葬儀屋にか?」
「いいや、違う。あれはなんだろうな…継ぎ接ぎの獣のような人間がそこら辺の職員の死体でアートを作ってた…
…いい、これは後で報告書に書くだけだ」
フロイトは少しイラついたように頭部から生えたシーシャを吸う
吐き出した煙を纏うと、ゴッホの前に歩いてきた
「記憶を全部消すか…」
「全ッ…?そ、それは…どういう意味で…?」
テオドルスの困惑した顔を、フロイトは煩わしそうに見つめた。
「完成者になって暴れられるより、廃人にした方がマシだろ」
「それは…!!」
テオドルスは涙ぐませて、右手でフロイトの袖を掴み縋った
「それは!それはやめてください!廃人になんてしないで!それは兄さんじゃない!」
フロイトは苛立ちを隠さなくなってきている
「ゴッホは今、苦しそうだろう?
お前の声も何も、通らなくなっている。
適合率だって今は99%だ。こうなるともう、人間じゃなくなってきている。人間を保てている間に精神を鎮静するしかないんだ」
シーシャの煙の中身を変えたのか、フロイトが漂わせている煙の香りが変わった。
その様子を見てユングも急いで駆けつけ、フロイトのシーシャを持つ右手を強い力で掴んだ。
「…チッ、貴様もか、融通の効かない奴らが」
「まだ方法があるはずですよ!フロイト先生!!」
「いいか?忘れたいものは、忘れたかったから忘れるんだ。全部忘れて、何がいけない?
忘却とはな、良いものでしかないんだよ」
「ッだからといって!クルス兄さんにこれ以上酷い事しないで!」
ユングが感情のままに吐き出したその言葉は、場にそぐわないものだった。
言った本人も自分が何を言ったのか分かっていなかったのか困惑している。
蹲っていたゴッホは顔を上げた。
そしてハッキリとユングの目を見て答えた。
「…オズ?」




