第一話『異邦人』
『熱さと火は切り離すことができない。
美しさと神も。
-ダンテ・アリギエーリ-』
「もう一度聞いてもいいですか?」
右半身を火傷した少年__セオドロスはベッドの上で頭を抱えた。
目の前の男性が唐突にフランスの小説家を名乗り始めた。
なんならもう死んでる人だ。
「…」
カミュを名乗る人物はそっ…と本を机に置き、気まずそうに頭を掻きながらもう一度自己紹介をした。
「カミュです…」
「おぉ……………」
二人の間に沈黙が流れた。
煙草の煙だけが揺らめいている。
セオドロスはカミュの顔を見ながら訝しんだ。
「アルベール・カミュとは似てもいませんが」
セオドロスは改めてアルベール・カミュを名乗る人物の頭のてっぺんから足の爪先までを見た。
オレンジ色の髪だ。
頭には一輪だけ花が咲いているが何の花かは分からない。
トレンチコートを羽織っていて後頭部から白い翼のようなものが小さく着いている。
その値踏みするかのような視線に気づくもカミュはどうぞと言わんばかりに手を広げた。
「……やはり、似てもいませんが」
セオドロスは再び告げた。
「……カミュは生前、確かにトレンチコートを着ていましたし、それが彼のトレードマークですがね」
セオドロスはカミュから目を逸らした。
「"襟が立っていません"……カミュは襟を立てていましたよ」
そう言われるとカミュは自身のコートの襟を立てた
「ちゃんと折っていた時もあったかもしれないよ」
「……」
セオドロスは幾分か納得いったように頷いた。
「では状況を把握したいのですがスターバーストとは何ですか」
カミュは待ってましたと言わんばかりに笑顔を見せて立ち上がった。
「テグ先生!テグ先生!準備準備!」
扉に向かって声をかけた。
「テグ……」
セオドロスにはその名前に少し聞き覚えがあるかのような感覚を覚え、顎に手を置いた。
「はいはーーい!!」
テグと呼ばれた男性がホワイトボードを引き連れて入ってきた。
セオドロスは彼を見ると驚くと同時にまるで予想していた答えが合っていたかのを喜ぶように頷いた。
男性の足はタイヤになっている。どう歩いているのか甚だ疑問だが…
金髪の髪に狐の耳と尻尾が付いていて、黄色いマフラーをつけている。腰からは翼も生えているが……
その状態でも殆ど確信はできるが、左眼に薔薇が咲いている。
狐、マフラー、薔薇、そして愛称のテグ…
「サン=テグジュペリですか?」
テグは驚いた。
「す、すっごーい!正解だよ…!!なんで分かったんだい?!」
やや大袈裟なリアクションを見つめながらセオドロスは狐と薔薇、そしてマフラーから『星の王子さま』がイメージされることと、その作者の名前がアントワーヌ・ド・サン="テグ"ジュペリなので名前の呼び方に納得がいった事から予想した事を話した。
「いやぁ〜!嬉しいなぁ!大抵タイトルだけで作者の名前は知らないとか言われるのに……作品さえ覚えててくれたら、それで良いのだけれどもね…えへへ…」
テグは嬉しそうだ。
ホワイトボードにカミュが説明の為に色々と書いていくのが見えた。
どう書くか悩んでいるのか頭を悩ませながらペンをなぞらせている。
早く説明して欲しいと思いながらセオドロスは完成したと声をかけられるまで目を閉じることにした。
「セオドロス!できたできた!」
セオドロスの肩を揺らしながらカミュは名前を呼んだ。
目を開いたセオドロスの見つめた先にあったホワイトボードは白紙だった。裏をひっくり返してもそう。同じ白紙。
…さっきまでの時間を返してくれよ!!と言わんばかりの目でカミュを見つめたが、カミュは動じずにいる。
「いや〜最初から書くよりも書きながら説明した方が分かりやすいかなぁって!」
横で椅子に座りながらテグジュペリは申し訳なさそうに笑った。
「説明なんだけどさ、君はどうしたい?」
「は?」
今か今かと説明を待っていた時にさてどうされたいですか?と言われても、何を聞けばいいかも分からない。セオドロスは困った。
「あ、ごめんごめん。どの話から始めたいか?ってこと」
その心情を察したのかカミュが急いで追記をした。
テグジュペリがやれやれと言った顔で横から口を挟む
「ごめんね。彼が子供に対して初めましての説明とかをするのは初めてだから緊張しているんだよ」
セオドロスは改めてカミュの方を向いた。
「…どの話と言いますが、そもそもとして選択肢は何があるんですか…」
セオドロスは頭をポリポリと搔いた
「この世界の成り立ちから始めるか、君の親を殺した怪物の話からするか、私達の事を話すか…」
「成り立ちからお話ください。私と貴方達とで根本からの認識が違ったら後々、どこかで歪みが生じると思うので」
セオドロスは淡々と答えた。まだ子供というのに発言が随分と大人らしいことで
カミュは肩を竦めながらテグジュペリの方を見た。
テグジュペリは大きめの欠伸をしながら伸びをした。清々しい。
カミュは上司と顧客にへこたれずにホワイトボードに色々と書いていった。
「_まず、今から500年か、1000年前に隕石が飛来した。地図で言えば…オーストリア付近?」
「ヨーロッパ付近ですよね。その衝撃により地面はめくれ上がったとか聞きます。」
「そのクレーターの名前はベテルギウス・クレーターって言うんだよ」
素晴らしい流れが完成した。
カミュがまず先に話し、セオドロスが補足、テグジュペリが追記だ。
セオドロスは説明を聞く立場なのに何をしているんだろうか
「…その隕石が一番被害が多かったけれど、隕石は他にも落ちたんだ」
「それで世界は文字通り混沌としたと聞いています。」
「でも何とか生き残った人々が科学の技術や集団としての力を使って何とか渡り合える所にまで這い上がったんだよね」
カミュはコホンと咳払いをした。
「…そしてここはベテルギウス・クレーターの周りに生まれた国であり、世界の中心国でもあるアルデバランだよ」
「星のせいで滅ぼされたのに、星の名前で国を作り出すなんて何考えているんだと思いますけどね」
「死んだ星は次の星が生まれる為の材料になる
過去の犠牲を無駄にせず、堕ちた星達を倒そうって意思表明だよ」
セオドロスは首をかしげた
「名前にそれほどまでの意味を込めても仕方ないと思いますがね」
カミュは急かすように手を叩いた。
「はいはい、私の話の補足以外何もしない!」
説明役がそれで良いのだろうか
「…堕ちた星達に対抗する手段は限られているものの、少ないわけではないんだ」
「核を壊せば死ぬと聞きましたが」
「そう、でも彼らは瀕死にならなければ核を出さないんだ。そこで生まれた限られた中の対抗策の一つが…」
カミュがホワイトボードの前に立った
「私達、継承者さ」
「聞いたことがありません」
カミュは仕方ないと言わんばかりに頭を搔いた
「キミはポルックス周辺で拾ったからねぇ〜…あそこ生まれなら知らなくて仕方ないよ」
「…待った。先の話を予測します。その継承者とやらの存在達を集めた組織がスターバーストという訳ですか?」
そうである。カミュは正解おめでとうのつもりで盛大な拍手をした。
「そう。…付け加えておくなら、アルデバランは元よりAIが支配している国ではあるんだけどスターバーストはその国直属の組織なんだ」
テグジュペリは付け加えた
AIに生み出された組織と言っても過言では無いのだろうか?セオドロスはやや引っかかる点がある。
「大体予測はついておりますが、そもそも継承者とはなんなのですか?」
カミュは襟を立てながら話す
「歴史において名を残すほどに後世に影響を与えた存在達…の、継承者さ」
「あー…」
アルベール・カミュ、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ。なるほど
「それでは、他にも小説家がいるんですか?」
「小説家だけじゃなく、色々といるよ。精神科医とか哲学者とか…まぁ確かに文学者が多いかな」
カミュはホワイトボードに名前を書いていった。
「まず所属チームとメンバーから…と思ったけど多いかな」
「多くても構いません。必要なければ読み飛ばすので」
「…分かったよ」
まずは、ということでAIの代わりに継承者を取り仕切る…司令チームを紹介した。
メンバーはベートーヴェン、サンソン、サルトル、フーコーだ
「そろそろここに新メンバー来るらしいんだよね〜楽しみ」
「何故ベートーヴェンが…??」
セオドロスは混乱した。
次に組織内の秩序を守り、規則を作る対策チーム
メンバーはユゴー、ハイデガー、ダ・ヴィンチ、ミルトン
「……メ、メンバーの特徴に繋がりが無い…」
「それは僕も時々思うけど繋がりが無いのも狙いじゃないかな…」
次に異常があった時にすぐさま警告を促し、また堕ちた星の発生場所などを見つける観測チーム
メンバーはノイマン、ラプラス、コペルニクス、モールス、エニグマ
「エニグマ…?エニ、グマ…??暗号機の機械じゃないですか…?」
「それ本人の前で言わないであげてね。ショック受けちゃうから…」
他にもカミュは8つのチームを紹介した
治安維持チーム、修復チーム、治療チーム、心療チーム、戦闘チーム、探索チーム、記録チーム、開発チームだ。
チームのメンバーの平均人数は4人と言ったところか
そして最後にと、カミュは改めて紹介をした。
「私がアルベール・カミュの継承者のカミュ、そして横にいるのがアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの継承者のテグジュペリ先生!それで、後はチームリーダーのドストエフスキー先生に、カフカ先生で合わせて四人。これが、教育チームさ」
「…教育チーム?」
「君みたいに、堕ちた星の襲撃や…あー、国同士の戦争で孤児になってしまった子を引き取って、継承者として育てる。これが私達に与えられた役割なんだよ」
セオドロスは納得いった顔をした次に、納得いかない顔をした。
「…継承者として育てる?」
「うん、そうだよ」
テグジュペリが横から割り込んでくる
「僕達継承者は、元は君と同じ孤児なんだ」
「………なるほど」
セオドロスはこの時初めて冷や汗をかいた
「メンバーと継承者の概要を教えてもらい、疑問が浮かぶのですが継承者とは、人為的に作る存在なのですか?」
カミュは頷いた。テグジュペリも頷いた。
「子供に対して教育を行い、子供達を自由に育たせる」
「ある程度の年齢がすぎた後、その子達がどの偉人に適性があるかを調べる」
「そしてより確率が高く、組織へのメリットも大きい偉人を継承者として生み出すべく、特別な教育を………」
テグジュペリが話をしていた途中でセオドロスは待ったをかけた
「そ、それ…それは、……あの…?」
「どうしたんだい?」
「いや、いいです。気にしないでください。
その特別な教育とはなんなのですか?」
「例えば私なら、先生と一緒に新聞作って皆に配ったっけ、元はサッカーが好きなただの青年だったよ」
カミュが懐かしそうに話しながら、煙草に火をつける
「でもその記憶ももう他人のものの気分だね」
煙を吐き出した。
「僕は飛行機乗せてもらったっけ〜!」
テグジュペリが楽しそうに話す。
「…つまり、あれですか?特別な教育とはその子供がその偉人を継承する為に、その偉人に近い存在となる為に、その偉人がしていた事をさせると…?」
「そう。そうする事でよりその偉人を拒絶せずに受け入れられるからね」
カミュは平然と答えた。
「……受け入れる?」
テグジュペリが続ける。
「継承者を生み出すのは、堕ちた星の核さ。
僕らは倒した星の核を奪い、その核を人間に埋め込み、偉人としての概念を上書きされたのさ」
「……星の核、を?」
セオドロスはさっぱり分からなくなった。
「堕ちた星は怪物のはず」
「その核は強いエネルギー体だ。認識しだいで何にでもなる」
「僕らがよく知る怪物達は、昔の人間達と、今の僕達のもう無いはずの神話や宗教の認識を得て生きてるんだ
ならば、認識を他から与えればその力はまた別の形に変わる」
カミュが煙草を吸い終わらせ、近くの灰皿にジュウと押し込んだ。
「あの怪物達が人々の創り出した歴史として暴れるのなら、私達は人々の生きた歴史として彼らを制する」
「星にやられるだけじゃない。人間の時代が来たんだよ」
セオドロスは訝しんだ。
言っていること、やっていることは賞賛に値する。
セオドロスには一つ納得いかないことがあった
「その…核を埋め込まれ、概念を上書きされる前の子供の自我はどうなるのですか?」
「………」
カミュは黙った。
「僕らにその時の記憶はもうないよ。セオドロス」
テグジュペリからそう聞いたセオドロスは少し悲しそうな顔をした。
「なんだか、心ここに在らずと言った気分です」
「一気に色々話したからねぇ〜」
テグジュペリはおつかれと言わんばかりにオレンジジュースをコップに入れてセオドロスに差し出した。
セオドロスはそれを受け取るとぐびぐびと飲んだ。
「それではボク含め孤児達は、いつか偉人を継ぐ者になるのですね。
継ぐのは偉人だけでは無さそうですが」
セオドロスはホワイトボードを見た。
様々な名前が見える中セオドロスが見ているのは戦闘チーム・探索チームの所にある「ジャン・バルジャン」や「オディール」だ。
「かつては他にも童話や小説の登場人物達の継承者も多かったらしいよ。見てみたかったな〜ムルソー……サルトルに却下されたっけ…」
カミュがため息をついた。
「…普通に生きていたはずなのに、貴方の人生は誰かの二番煎じだと言われるのは甚だ遺憾ですけどね」
カミュに続いてため息をついたセオドロスを見ながら、カミュとテグジュペリは年齢の割には本当に大人びているなぁと感心せざるおえなかった。
セオドロスはオレンジジュースを飲み干すと、二人に怒るように言った。
「心療チームのメンバーをフロイト、ユング、アドラーの三人だけにしているのは私としてはとても腹立たしいのですが…」
カミュとテグジュペリは顔を見合せて「怒る所そこなのかい?」と思いながらもセオドロスの二言目を待った。
「あそこはフロイトが二人を破門にしたから良いのであって、継承者とした後に同じ所で働かせるのは解釈違いなんです…!」
セオドロスが違う方向で怒り始めた。
『愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである。
-サン=テグジュペリ-』




