デッド・アステリズム-プロローグ-
『あなたの起源を思い起こせ。あなたは獣のように生きるように造られたのではなく、徳と知識に従うように造られた
-ダンテ・アリギエーリ』
窓から見える景色の中に雲を突き破って星が落ちていった。
少年はそれを眺めつつ本のページを捲った。
母親が朝食にとパンを焼いているのが匂いで分かった。
それを楽しみにしつつ、それまでを楽しむ為に本に視線を落とす。
小説ではなく、ただ偉人の偉業や名言などが簡単にまとめられた本だが、少年にとってそれは何よりも美しいものだった。
ずっと昔の時代で、何もない時代で、敵が多い時代で、多くの人を救えるような…偉業を成し遂げた人達は少年にとっては星と同じ輝きをしていた。
_悲鳴が聞こえた
少年は音の方を見た。そこは壁だ。つまり外だ。
パンの良い香りに混じって鉄の匂いがする。血だ。血の香りがする。
少年は危険を感じ取り、母親の元へと近付いた。
そこで意識は途切れる。
気がつけば床に伏せていた
いや、伏せられていた。
身体が重い。重いという感覚は分かるものの、他が分からない。
開けられた目から見えるのは瓦礫からはみ出た己の左腕だ。
動かそうとするとかろうじてピクピクと指先が動く。
無事ではあるが、傷が所々にある。
血が流れていっているが、痛みはまるで感じなかった。
見える景色の中に、燃えるトカゲが見えた。
アレがこの世界における敵…宇宙から飛来し、かつて人々の希望であった存在を奪う「堕ちた星」だ。
少年はただそれをじっと見つめていた。
見つめることしかできない。体が動かないからだ。
段々と意識が沈むのが分かった。眠たい訳では無いのに自然と瞼が落ちていく。
その沈む感覚は少し心地の良いものだった。
まるで産まれる前、母親の体の中で守られていた時のような幸福感を少年に与えた。
そこに沈みきった後、意識は消え去った。
「…おい、おい…!……はぁ、フェルメール!生存者を確認した。子供だ」
身体が大理石でできた男は、日傘を持った男を呼んだ
「ん〜?あぁ、本当だ……」
フェルメールはゆっくりと振り返り、大理石の男の近くに言った。
「今回はちゃんと報告できて偉いじゃないか。ミケランジェロ…この間の君は子供を見殺しにしただろう?」
ミケランジェロはそれを聞くとバツが悪そうにそっぽを向いた
「アレは俺でも説明がつかん。…しかしなフェルメール。私は子供をあそこに連れていく気にはどうしてもなれない」
ミケランジェロは少年の上に積み重なる瓦礫を足で蹴った。
大理石の方が負け、足先にヒビが入る
「やめなさいミケランジェロ…後でナイチンゲールさんに怒られるよ」
「ふん…」
フェルメールはミケランジェロに対し諭すように話を続けた
「それに、私達もそこで育ったじゃないか」
「それが、嫌なんだ…」
フェルメールは何を言ってもダメそうな気配を感じ取ると、少年の方に視線を落とした。
ミケランジェロは腕を組んでフェルメールの方を見る
「とにかく、ゴッホが来るまで待っているしかないぞ」
ミケランジェロは苛立ちながら話を続ける
「私の体は…見た目よりずっと脆い。それに、お前だって半身が殆ど使えないしな」
「…いやぁ、面目ない」
ミケランジェロとフェルメールはどうしようもないままに、少年を見下ろした
「…彼は誰を継承するんだろうね?ミケランジェロ」
「知らん。ただ芸術家はもう事足りている」
「私はもう少し欲しいねぇ〜…ピカソとか!」
「………」
ミケランジェロはフェルメールを睨んだ。
それから数時間が経った後、少年はベッドの上で目を覚ました。
ページをめくる音が聞こえる。
窓から見える外は暗い。夜だ。
少年は自身の両手を自分の視界に入る位置に持ってきた。
そして分かった。右目が見えないのだ。辛うじて光しか掴めない。
辛うじてでそれならもう、右目から見える視界に価値はないだろう。
ページがめくれる音と蝋燭の炎が揺らめく方に少年は顔を向けた。
まだ起きたばかりの目では大まかな輪郭しか見えないが椅子に男性が座っている。
オレンジの髪でトレンチコートを着ている。
男性は蝋燭の炎を頼りに本を読んでいたが、少年の視線に気づくとそっと本を閉じて机に置いた。
「…おはよう」
男性は少年に話しかける。
そのまま話を続けた。
「記憶はどこまである?」
少年はそれを聞いて、意識を失う前のことを思い出すように目を閉じた。
「朝、本を読みながら星が落ちるのを見ていました。そのあと悲鳴が聞こえて…それまでですね」
「そうか…」
男性は悲しいような顔をした。
「とても言いにくい内容なんだ。でも聞いておかなくてはいけない」
「君の母親は…怪物に襲われて亡くなってしまってね。助けれたのは君だけだ」
「そうですか」
男性は目を見開いた。
"そうですか"と冷静に返されたのは初めてだったからだ。
男性は「悲しくないのか?」等と言うような真似はしなかった。
目の前の少年に対しただならぬ気配を感じつつも、話が伝わるだろうとそのまま話し続けた。
「それじゃあ…君の右半身も火傷でやられてしまってね
右目も…見えないだろう?…ノストラダムス先生もさすがに無理だってお手上げでね…」
「そうですか」
少年はまたも同じように返した。しかし返したあとに訝しむような顔を男性に向けた。
「ところで名前は?」
男性はその顔に気づきもせずに話を続けた。
少年はとりあえず、質問に答えるようにした。
「セオドロスです」
「良い名前だね」
セオドロスは今度は嫌悪感に満ちた顔を向けた
「良い名前ですか?この世界でこんな名前をつけられているのに?」
セオドロスの言い分も少しは分かる。
神の贈り物を意味するセオドロスという名前は、正体が星だとしても神が人を殺してくるこの世界では確かに嫌な意味に見えてしまうかもしれない。
「…でも、世界がこんな事になる前までも使われていた名前だよ
悪い意味だけ考えていても辛いだけさ。君の名前は…良い名前だよ」
男性はふっ…と微笑みながら、煙草を取り出してライターで火をつけた。
「…貴方は誰ですか?」
それを聞くと男性は煙草の煙を吐いた。
机に置いた本の表紙をセオドロスに向ける
「スターバースト教育チーム所属…コードネーム"太陽"」
___本のタイトルは
『異邦人』
「アルベール・カミュ。フランスの不条理を書いた小説家…その継承者さ」
「ようこそ、不条理へ」
『強い心、知性、勇気があれば、運命の力を阻み、しばしばそれを逆転することが可能である。
-アルベール・カミュ-』




