第十二話『ダイナマイト』
『生きる意味や価値を考え始めると、我々は気がおかしくなってしまう
生きる意味など、存在しないのだから
-ジークムント・フロイト-』
「自分を受け入れること…」
「うん…」
テスラは自分の端末をもう一度見つめ、目を逸らした
「やっぱ違うかも…」
「うん…それで言ってしまうと、ボクは適合率0%ですもん。自己否定真っ只中ではないですか」
「本当に、そうだね」
テスラとセオドロスが話していると、コルトとノーベルが楽しそうな顔で戻って来た。
「こういう服どうかな!?」
コルトが出した服の案はフリフリである
「こういうのも良くないかな!!」
ノーベルが出した服の案はピチピチである
セオドロスは両方を見比べた
「却下で」
ごねた二人に揉みくちゃにされたあと、セオドロスはフロイトの所へと歩いてきた
フロイトに事前に呼ばれていたが、適合率の謎が解けない。
適合率の概念はフロイトが作ったもの。
改めて本人の口から適合率0%の謎に対する考察を聞こうという魂胆だ。
心療チームの扉を開いた。
「フロイト先生」
扉が開かれると、机に着いていたフロイト、ユング、アドラーはセオドロスを見た。
アドラーは微笑み、ユングは焦り、フロイトはダルそうに頭を掻きながら「そこに座れ」と、席を指した
セオドロスは指定された席に座った。
「適合率が0%の件だろう?」
セオドロスは「あっ」と声に出た。
「何故分かったんですか」
「それを話す為に呼んだからな」
フロイトは吸っていたシーシャの煙を吐き出すと、セオドロスの近くに歩いてきた。
最古の継承者の一人であり、受肉が不十分であった為子供の姿のままになっているフロイト
方や適合率が0%の少年だ。
フロイトはその小さな身長で、椅子に座ったままのセオドロスを立ったまま同じ視線で顔をジロジロと見ると、面白くなさそうな顔をした
「今のお前は、お前がなりたかった理想の姿に作り替えられている。と、私は推測する」
フロイトは席に戻って行った
「セオドロス、お前が何者かを当てよう」
フロイトは椅子に座った。
「お前は自分という意志を持って動きたくなくてただ死にたいと思っている子供だ」
フロイトはシーシャの煙を吐き出した。
横にいたユングはそれを聞くと鼻で笑った。
「フロイト先生、本当にそうですかね」
「ふん、どうとでも言うといい。私は私の意見を曲げる気はない
セオドロス」
名前を呼ばれたセオドロスは返事を返した。
「なんですか?」
「上層部の邪魔が入らなければね、私はお前にジェレミ・ベンサムを継承させたかったよ」
「…なるほど?」
「意味が分からない、といったようだな。分からなくていい」
フロイトはセオドロスの心の内を見透かした
「適合率が己の心を受容しているかの割合であることは否定しない。しかし肯定もできん。心とは複雑だ。一時的な案として私は私の作り出したエス、自我、超自我に合わせて、星の核、元の孤児、偉人を割り当てて測定している…と、公表している。」
横からアドラーが続けて話す
「この値はね。継承者の核から発せられる反応を数値化させている値なんだ。だから具体的にこの値はこれを表している…って訳でもないんだよね」
「そもそも何故それを数値化させたのですか?」
アドラーとユングは二人で目を見合わせた。
アイコンタクトでお互いに知らない事が分かったので、続いてフロイトをガン見した。
フロイトは煙をゆっくり吐き出すと、全員に対して話し始めた。
「私が適合率の概念を生み出したのは今から200年程前だ
司令チームにダンテという男がいた。名前の通りダンテ・アリギエーリを継承した男だ。
継承者になった後も、孤児の頃の記憶を持っていたやつだ。それ自体はなんら珍しい事でもない。言う必要も無いことだが、そもそも継承者はそういう存在だ。子供の肉体に怪物の核を入れ、記憶や認識を別人に塗り替える。歪みが起きないはずがない。
だからダンテも正常に、微かに記憶を保ったまま司令チームで働いていた。時折お世話になったテグジュペリに会いにな
教育チームの奴らは慣れたものだろう
自分達が精神的に殺したも同じ継承者に「こんにちは、貴方はダンテという詩人なのか」と挨拶するのはね
愛していた教え子が、受肉を過ぎれば他人の名と存在を使って生きるんだ。教育チームの奴らはよくあれで狂わないな
狂わないように調整しているのが、私でもあり上層部でもあるが…ま、脱走者はぼちぼちといたがね
脱線したが、ダンテは司令チームでも珍しく前線で戦うことを好んだ。戦闘チームの奴らがいるにも関わらずな
…ダンテと聞くと厳格な奴だと思うだろう?しかしな、奴の口調も態度もふざけたものだ。孤児の時の性格が表に出ているのか、お喋りでウザイ奴だったよ
ただな、異変が起きた。堕ちた星が落ちてきた。これはいつもの事だ。
観測チームが特徴をカメラで見ながら、得た情報でなんの堕ちた星なのかを分析していく
その様子はマイクで放送される。情報共有の一環でだ。
司令チームにも聞こえていた。観測チームが語る堕ちた星の造形が
…六つの翼に、三つの顔、毛むくじゃらの身体は上半身のみが露出しており、周囲は氷漬けになっていっていた。
これは、神曲地獄篇、地獄の最下層コキュートスにいるルシファーだ。
その特徴を聞いた時、ダンテは気絶した。すぐ目を覚ましたがね
人の為に、神曲を書いていたんだ。それが、今まさに怪物となって人を襲ってた。自分が書いた空想のものがだぞ?
目を覚ましたダンテはしばらく狼狽していたが、雄叫びを上げると外に出ていった。
観測チームが堕ちた星の座標を打ち出すより早く、ダンテはそこに辿り着いた。カメラで見えてたんだ。ただその映像はすぐに切れた。
戦闘チームを行かせたが全滅だったよ
ダンテはそこで地獄を生み出していた。アレを収容するのにはかなり苦労したかな。言葉すらほとんど通じなかった
核は一体化していて、通常の堕ちた星より、通常の継承者より、なにより強かった。収容していても地獄が溢れてた。
でもな、テグジュペリだ。テグジュペリが面会に来るとその地獄を抑えたんだ。そもそもとして、史実のダンテ・アリギエーリとアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリに関係は無い。いや当たり前なんだけどな
でも、ダンテはテグジュペリの前では落ち着くんだ。
異常だろう?でだ、私はそこから核から発せられるエネルギーの数値を適合率として、その概念を作り出した。
そこからというもの、適合率が測定不能になったやつはその偉人としての堕ちた星__完成者になった。
ダンテに続いて観測チームのゲーテ…今の名前はファウスト、次に探索チームにいたカムパネルラ。教育チームにいたセルバンテスも、ドン・キホーテになった。どいつもこいつも小説が多いな……まぁいい、適合率の数値はちゃんとデータ的には上に行けば偉人の堕ちた星になる。これは確実で、下になると元の核の堕ちた星に変貌する。これも確実だ。こっちはデータが多すぎて一々どれがどうとか言うのは面倒なので省くんだがお前の場合は適合率が最初から0%という____」
セオドロスは寝ていた。
フロイトはちょっと泣きそうになった。
アドラーがセオドロスに毛布をかけた。
フロイトは拗ねて帰った。
「仕事あるのに…」
「ユング、ほっといてあげよう」
アドラーとユングは二人でパソコンに向かって仕事を再開した。
それから数時間が経った後、セオドロスはベッドの上で目を覚ました。
ページをめくる音が聞こえる。
窓から見える外は暗い。夜だ。
少年は自身の両手を自分の視界に入る位置に持ってきた。
両手は真っ黒い鎧みたいに硬くて、光沢を帯びていた。
ページがめくれる音と蝋燭の炎が揺らめく方にセオドロスは顔を向けた。
まだ起きたばかりの目では大まかな輪郭しか見えないがトレンチコートを着ている男性が椅子に座っている。
男性は蝋燭の炎を頼りに本を読んでいたが、少年の視線に気づくとそっと本を閉じて机に置いた。
「…おはよう」
男性はセオドロスに話しかける。
そのまま話を続けた。
「記憶はどこまである?」
セオドロスはそれを聞いて、眠る前のことを思い出すように目を閉じた。
「…フロイト先生の凄くつまらない話が続いて寝てました」
それを聞いた男__カミュは、涙を出すほどに笑った。
「つまらないなんて言ってやるなよ」
「だって、つまらなかったのですから…」
「はいはい。起きたよージャン=ポール!」
カミュが扉に向かって叫ぶと、サルトルが箱を持って入ってきた。
「はいこれ、キミが欲しがってた端末だ。権限がないからキミは自分の適合率しか見れないぞ」
「それ意味無くないですか?」
「無いね」と、サルトルがすっとぼけながら箱を渡した。
ついでにもう一つとまた別の箱を渡した。こっちは少し重い
「テスラが作ったカバーケースだ。頑丈にしておいたらしいぞ。これだけで相手を殴り殺せるくらい!…ってな」
「彼ったらそんなことをしたのかい?!」
カミュは笑っている。セオドロスはその箱を受け取って取り出すと、確かに殴った方が強そうな程に頑丈なカバーケースがあった。
ご丁寧に紐も着いているため、肩から下げることができる。便利だ。
「渡したから帰るよ。早く寝るんだね」
サルトルは去っていった
カミュとセオドロスは二人きりになった。
空き教室以来だ。
カミュは無言でセオドロスのそばに行き、抱きしめた。
セオドロスはなんだかカミュはお日様の香りがするなと思いながら、ぎこちなく抱き締め返した。
その様子に愛おしさを感じたカミュはくすりと笑う
「___生まれてきてくれてありがとう」
カミュのその言葉を聞いたセオドロスは、なんだか泣きたくなったので、ボロボロと泣き始めた。
カミュはこんな言葉で泣くだなんてと思ったが、それを口に出さず優しく頭を撫で続けた。
数十分後、泣き止んだセオドロスはカミュから出されたココアをゆっくり飲んでいた。
カミュはセオドロスに対してもう着なくなったお下がりの服を一つずつ見せていくと、ここに置いておくよとクローゼットにハンガーでかけて仕舞った。
「サイズ同じだと思うんですけど、なんで着なくなったんですか?」
セオドロスがそう問いかけると、カミュはちょっと照れくさそうに笑った。
「私の核に…イカロスが使われたのは知っているね?そのせいかな。私の体は蝋でできてしまって、実はこの蝋燭だって自分の体の一部なんだよね」
セオドロスはココアを飲む口の動きを止めた。
「本当だよ」
カミュが火がついたままの蝋燭を持つと、そのままゆっくりと手に同化して蝋燭がカミュの手に収まっていく
先端の火がついたままの紐を人差し指に挿したままにして、人差し指を立ててセオドロスに火を見せた。
「んね?」
そしてそのまま、人差し指と親指を擦り合わせて火を消した。
「…だからこのトレンチコートも、蝋さ。服を着ているだけ意味が無くなってしまってね。服を選ぶ楽しみが消えたのも不便だし、冬に寒すぎる所に行って、蝋が固まって割れさえすれば死に近いものだし、暑すぎて溶けても同じだしね」
セオドロスは大体を理解すると、ココアを飲むのを続けた。
「そういえば明日からボクはどうなっちゃうんですか?」
カミュは少し考えた後に「色んなチームを体験して、自分に合うところに決めろ…って伝えろって、サルトルに言われてたんだよね」と、答えた。
「教育チームには…来にくいだろうけど、どうする?」
「行きません」
「だよね…」
カミュは少しだけガッカリとすると、「明日は記録チームに行ってみるといいよ」と助言して去っていった。
翌日からセオドロスは1ヶ月ごとに体験をして、日記をつけることにした。
〇▶楽しい。△▶イマイチ。×▶最悪。
記録チーム▶△
観測チーム▶×
対策チーム▶×
治安維持チーム▶△
修復チーム▶〇
司令チーム▶×
治療チーム▶×
心療チーム▶×
戦闘チーム▶〇
探索チーム▶〇
開発チーム▶×(ボクで実験をするな!)
結果はこうだ。全部で11ヶ月…丁度もうすぐで一年経つかという期間で、セオドロスは評価をつけ終わった。
行くなら堕ちた星に襲撃されて街も人も心も壊された人達の心も街も修復する、修復チームか。堕ちた星を倒す戦闘チームか、堕ちた星に汚染された区域を探索する探索チームかだった。
どれも先輩達が優しかったのもあるし、何より活動的だった為セオドロスとしては身体を動かせて気持ちよかった。
治安維持チームは少し、合わなかった。
セオドロスは大きく伸びをした。
11ヶ月も経てば慣れたもので、食堂でご飯でも食べようかとしていた頃だ。
端末に連絡が来た。ピコンと軽い音が鳴った。
セオドロスは頑丈すぎて少し重たい端末を持ち、何の気なしに通知をタップした。
匿名の連絡ツールを使ってメッセージが来ていた。
『ビッグ・ブラザーが貴方を見守っている』
と、書かれた文の下に何処かの位置を指し示すリンクが貼られていた。
『ダイナマイト(発明者:アルフレッド・ノーベル)
ノーベルが開発した棒状の爆弾、トンネル工事や鉱山の採掘で用いられた。
ノーベルはダイナマイトが戦争に使われることは想定内であったが、それは破壊力の大きな兵器を使うことで戦争の抑止力として働くことを期待していたものであり、実際には戦争の激化を招いてしまった。』




