第十話『功利主義』
「えぇ、えぇ、ボクは最大多数の最大幸福の為にと思っておりますとも」
「しかしね。善を成す為ならば、悪を滅ぼすのなんて当たり前に横行すべきであって___」
セオドロスは治療チームのハンターとナイチンゲールに連れられ、身体検査を受けることになった。
大体3時間後ぐらいにやっとセオドロスは解放されたはいいものの、窮屈な会議室という場所で待っていなくてはならなかった。会議室に既にいたのはフロイト、サルトル、カミュ、コルト、ラグランジュだ。
セオドロスはあからさまに嫌な顔をしながらどこに座るか悩んだ挙句、フロイトにここに座れと言わんばかりに隣の椅子をポンポンとされた為、セオドロスは座るしかなかった。
セオドロスは一人一人の顔を見た。
フロイトは常に手元の端末とにらめっこをしている。
サルトルはずっとこちらを見てきており、腕を組んでいるように見せかけて服の裏地に手を入れている。
カミュは落ち着きなくソワソワとしながら、時々目が合うとセオドロスに向かって笑顔を見せた。
__あと見慣れない二人
開発チームのコルトを名乗る女性は、左腕が銃になっている。特に何か深刻なことを考えている訳でもなく早く始まらないかなといったように足をぶらぶらと動かしている。
記録チームのラグランジュを名乗る女性は他の誰よりも綺麗に椅子に座り、目を閉じてただそこに在るだけの存在として静かにしている。まるで置物のように思える。
セオドロスはこの時間はなんなのだろうと思いながら、自分の両手を見た。
黒い鎧をつけたような両手は動かす度に金属の擦れる音であるカチャカチャとした音を鳴らした。両手は動かした感覚はあるものの、自身の鱗のような皮膚は痛覚や触覚を鈍らせている。
ただもう一ついうなら指が六本になっている事だ。
新しく一本指が増えていても、特に変わりなく動かせる自分の手は不思議な程に他人のように思えて、カチャカチャと動かすのに飽きると両手を膝において遊びを終わらせた。
「身体の調子はどう?」
カミュがそう聞くと、セオドロスはカミュの方を見て笑顔になって答えた。
「何ら変わりありません。起きたら凄いことになっていてボクは驚いています」
その返答を受け取ったカミュは、セオドロスの顔を見たまま驚いたようにすると、やがて微笑んだ。
「両腕両足、右目が変異していて、尾やツノ…骨だけの翼に天使の輪……これらの要素を引っさげて、何ら変わりはないだって、カミュ、お前はいい教育をしているな」
フロイトが苛立ったようにシーシャの煙を吐き出した。
それを聞くとセオドロスは驚いたように「ボクの右目も何か変なのですか?」と質問すると、フロイトは鏡でも見ろと会議室に置いてあった鏡を指し示した。
セオドロスは改めて鏡に近寄り、自分の姿を見てみることにした。
カミュから貰った黒いリボンをつけて隠していた右目には黒いアザがあり、右目の眼球があったはずの窪みからは黒い百合が咲いていた。
手と足は黒い鎧のようなものがあり、歩く度にコツコツとなる。
背中からは骨だけの翼がある。ピコピコと動きはするが、飛べはしないだろう。
頭部に生えたツノである赤い突起も、プルプルと柔らかくしなり動くが、触角のような機能を持つのか触ってもいい気はしない。
赤いツノの触覚を守るかのように金属状のリボンのようなものを動かして覆えはするが、長さが足りないのか触角としての機能が意味ないと判断されるからか根元までしか覆えない。
仙骨から生えてきているらしい尾も、硬い鱗のようなものに覆われてはいるが、特に邪魔であると言ったものではない。
少しバランスは取りにくくなったが、支障はないだろう。
頭上には天使の輪のようなものがあって、それが今の自分がどれだけの異質なのかをより思わせた。
改めて姿を確認し終わると、セオドロスは自分が人間ではなくなったような気がした。
鏡に見とれているだろうセオドロスを横目に、他の5人は5人で世間話をし始めた。
司令、心療、教育、開発、記録の五つのチームがそれぞれ呼ばれることは珍しい。
お互いの仕事内容や、同僚、日々の苦労や楽しさなどを話し合っては、半分くらいは愚痴を混ぜてお茶を飲んでいた。
その談笑もナイチンゲールが部屋に入ってきた音で止まることになった。
セオドロスもその音に合わせておずおずと自分の席に座った。
ナイチンゲールは端末を繋いでいき、モニターへ映した。
やがて説明をしようとするや否やいなくてはいけない人がいないことに気付くと、廊下に向かって大声で「ハンター先生!!!」と叫んだ。
そう呼ばれたハンターは、半分くらい面倒くさそうに歩いてきた。ハンターの見た目はというと、胴体は殆ど骨のようになっている。
ハンターは全員の様子を確認した後に説明を始めるぞとレーダーポインターを取り出した。
「まずはだ。お前は何者だ?」
ハンターがセオドロスを指さした。
「セオドロスです」と、セオドロスが答えるとよしと頷いて次に進んだ。
「セオドロス、お前の適合率は0%だ」
セオドロスはそうですかといつものように答えたが、それに対して慌てたのはカミュだ。
「ありえないだろう!?適合率が0%になれば、普通は堕ちた星の核に食い潰されて元の怪物になるはずだ!」
カミュの言い分は間違っていないことをフロイトが補足する。
「現にお前らのところの所のゼルチュルナーだって、適合率が37%で低い。だから使用した核であるマンティコアに引っ張られて最近では夜に暴れてる。こっちとしては仕事が増えていい迷惑だ。人肉を食わせて落ち着かせてはいるが、こっちに押し付ける以外の方法も見つけて欲しいね」
フロイトは半分以上が愚痴でできた言葉をつらつらと並べた。
「ボクはセオドロスです。確かに怪物としての意味なら堕ちた星の特徴を有しているのかもしれませんが、暴れてはいません」
記録チームのラグランジュが目を覚まして全体に情報を共有する。
「上層部に頂いた情報によるところ、セオドロスくんに使用した堕ちた星の核は「ウロボロス」、「バイコーン」、「牛頭馬頭」、「ベルフェゴール」だと」
「滅茶苦茶じゃないか…!」
カミュがいつにも増して焦っている。
「普通は、一人につき一つの核のはず、心臓部に…一つ!それが、なんで、四つも……崩壊するに決まってるだろ!?」
「それがしなかったから今回会議を開いているんだ」
ハンターが落ち着けと言わんばかりに手元の紙の資料で机をぺちぺちと叩いた。
「四つの核を使用したケースはH.S.R&P.R.C.I(Heart-Star Core Replacement and Post-Replacement Conceptual Implantation-心臓-星の核置換後概念移植術)…初めてだ。信じられんな」
ハンターは他の人たちが不安がっているのに対して一人だけ嬉しそうにニコニコとしていた。
セオドロスは自分に混ざっていた核について知ると上層部の職員が自分を殺すのに壮大なお節介をしていたのだと思った。
そして概念として植え付けられんとしていたベアトリーチェについて、全員がセオドロスとベアトリーチェを見比べて考察することにした。
ベアトリーチェとはダンテの神曲に登場する聖女で、正道に迷ったダンテの地獄と煉獄の度をウェルギリウスに頼み、煉獄の頂上で再会した後に共に天国を案内し、至高天をダンテと共に見た人物だ。
信仰や神の恩寵を象徴しているとされ、ダンテの神曲において欠かせない人物である。
対してセオドロスは孤児院に来てからというものの、親の死に涙を流すことも無ければ、あらゆる事実をありのままに捉え、それらに対してなんの感情もだすことのなかった子供だ。あまつさえ「貴方は誰ですか?」というたった一言でカミュの適合率を上昇させ、今回それが引き金となり危険人物として処理されようとされていた。
確かに、セオドロスとベアトリーチェは似ておらず、上層部も本当に失敗させる気で行ったのだろう。
しかし、セオドロスはセオドロスとして生きていた。
これは紛れもない事実だ。
「適合率が0%というのが引っかかる点なのです」
コルトがぶつくさと呟いた。
「0%は皆ご存知の通り、堕ちた星としての値…怪物側になってしまった値なのです。しかし、セオドロスはセオドロスくんという人間のままここに居ます。コルトは疑問に思いますね」
その言葉に考察が行き詰まることになった。
全員で一度、セオドロスの姿から考えることにした。
「黒百合といえば、花言葉は呪い…だったか?」
「恋や復讐なんかもありますぞ!コルトは知ってます」
サルトルとコルトは右目について言及した。
「セオドロスくんにとって、右目は喪失を表すものでした。それが黒百合という不吉な花言葉を持つものに変わるなんて、何かあるとコルトは睨みます!」
セオドロスはそれを聞いてなんとも言えない顔をした。
「手足は黒い鎧みたいだ。まるで他者を蹂躙したいが為の手足とも言えるな」
「骨だけといえど翼があること、天使の輪がついていること…そして何より黒い見た目なのも相まって、堕天使のような印象を持ちますね。両性になっているのは…ベアトリーチェという女性と混ざったからでしょうか?」
「それは無いだろうな」
ハンターとラグランジュは全体に注目した
セオドロスはそれを聞いて「あ、自分って今両性の体なのだ」と思うと何となく不満そうに尾で床をビタビタと叩いた。
「セオドロス、心境の変化は?」
フロイトは心に注目した
「心ですか?」
フロイトは抽象的に聞きすぎたと思い、言い換えた。
「心に湧いてくる感情で印象的なものはなんだ?あー、現状の自分の見た目の変動に対する感想のようなものはあるか?」
セオドロスはそれを聞くと笑顔で答える
「良い気分です。なんだか見た目が変わりましたが、支障はないので、別に気にしなくてもいいでしょう」
フロイトは次々に質問をした。
「その姿を得て、何がしたい?」
セオドロスは先程と変わらない笑顔で答える
「悪を滅ぼしたいです」
少し、部屋の空気が変わった。
「悪を滅ぼすときたか、悪の基準は?」
「他者を害する存在です」
「何故、それがしたいんだ?」
「他者を苦しめる存在は、生きていても必要ありません。はたまた悪と定義できるものはこの世界の幸福において、邪魔なものです。私は天使から奪った力を使って、世界を幸福にしたい。苦しめられた弱者を助けたいんです」
セオドロスは気持ちが悪い程の純粋な笑顔で答えた。
フロイトは今の一人称の違いを聞き漏らさず、ノートに書いた。
「セオドロス、今のお前のその姿は、お前のそのしたいことを十分にできる身体だと言えるか?」
それを聞いたセオドロスは小指から手を握り、椅子に座りながら足踏みをして、骨だけの翼を翻すように動かして、尾を空を切るように横向きに振った。
時期に満足いくと、セオドロスは「えぇ、最高です」と答えた。
カミュはそのセオドロスの様子に気味の悪いものを感じざるおえなかった。
セオドロスは普段から笑顔を見せない。かつ、悪を滅ぼすなんてまるでヒーローのような発言を今まで聞いたことがなかった。
セオドロスはニコニコとしていたものの、懸念があるらしく「体が成長したのか今着ている服が小さくてそこが嫌ですね」と呟いた。
確かに、今の受肉をする前の時に着ていた服は今のセオドロスには小さく感じられた。
「じゃあ私のお下がりで良ければ着る?黒のトレンチコートとかしかないけど…」
カミュはセオドロスに提案をすると、セオドロスは目を輝かせた。
「コルトも、コルトも後ほど全身を測りたいです。キミに似合うサイズの服とか、防具とか作りたいでーす」
コルトはセオドロスに向かって親指を立ててグッドサインをした。
セオドロスも嬉しそうに、グッドサインで返した。
サルトルは裏地に入れていた手をやっと出した。
__拳銃と共に
サルトルは迷わずセオドロスに対して剣銃を向ける。
セオドロスは特段驚きはせず、手を挙げた。
「ボク、悪いことしません」
カミュは拳銃を向けるサルトルを見て焦りながら「正気か!?」と言っている。ただ止めたくても拳銃という武器と、曲がりなりにも親友が突発的な行動をしたことに驚いて阻止をするという行動に躊躇いが見られた。
コルトは自分の作った武器を使ってくれているなという自惚れに入り、ラグランジュは警戒を強めた。
ハンターはやれやれといった様子で手元の端末で暇潰しに動画を見ようとしたのを横にピッタリと着いていたナイチンゲールに阻止された。
「セオドロス、お前はな葬儀屋と同じ匂いがする」
セオドロスは聞き馴染みの無い言葉を聞いて、質問をした
カミュは葬儀屋と聞いてなんとも言えないような顔をしている。
「葬儀屋とは何ですか」
「スターバーストを襲撃にしてきたテロリスト。たった一人だ。そいつも…男性と女性、両方の特徴を有していて、なにより姿から何も読めなかったんだ。今のお前と同じように」
「…偉人でもないと?」
「外部から来た存在だ。継承者のリストにあんなやつはいなかった。脱走者は過去に何人もいたが、それでもだ」
セオドロスは以前の処刑チームや完成者のダンテことを思い出した
「貴方達はそういう危険であり、大切な事は教えてくれませんよね」
サルトルが拳銃を構えながら呆れたように息を吐く
「普通に孤児院にいる子供なら、そこまで知らなくてもいいということだ。お前が知りすぎてしまうほどに近づきすぎていたんだ」
セオドロスはそれを聞くと、今までの振る舞いを思い返して確かにと頷いた。
「なぜ剣銃を向けるのですか?」
「お前が危険ではないと言う証拠が欲しいからだ」
サルトルにそう言われたセオドロスはどうしたら良いのかと言わんばかりに手を挙げるのみだった。
しばらくの硬直が続いた後、フロイトは痺れを切らしたようにシーシャの煙を吐き出した。
「拳銃をおろせ、危険ではない証拠ならもう十分だろう」
フロイトからそう告げられたサルトルはそれでも納得いかないように拳銃を強く握り締めていたが、フロイトの目で睨みつけられると拳銃をしまった。
カミュはホッとしたように胸を撫で下ろした。
「会議はおしまいだ。そろそろこっちも仕事があるんでな」
フロイトは立ち上がり、荷物をまとめた
「各々持ち場に戻るとしよう。セオドロス、お前はコルトについて行き服のサイズを測ってもらえ、後ほど私の診察室に来るように」
淡々と伝えた後に、フロイトは早々に帰って行った。
サルトルは無言で去っていき、カミュは「また自由時間が来たら私の所に来てね。お下がりをあげるから」と言ってサルトルについていった。
後は自分には関係がないとしてラグランジュはすぐに去っていったし、ハンターとナイチンゲールは身体の不調があればすぐに寄る事を警告して去っていった。
残ったセオドロスとコルトは互いを見つめた後に笑い合い、「それでは開発チームへレッツゴー!」というコルトの掛け声と共に、会議室を出て開発チームへと向かった。
『神は男を作りました。更に神は女を作りました。そしてサミュエル・コルトは彼らを平等にしました。』
サミュエル・コルトはアメリカ合衆国の開発者であり工場経営者。
リボルバー拳銃を普及させたことで知られている。
武器の全てを規格化させ、一つずつ手作業で作っていた時代を終わらせ工場ての大量生産を実現させた。




