表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/28

第8話「消された監査記録」



 次の町へ入った瞬間、ハチが首をかしげた。


「……何か、変」


 珍しく、その第一声が食べ物ではなかった。


 町は整っている。


 道は掃き清められ、屋台の並びも乱れがない。家々の壁は白く塗られ、看板の角度まで揃っていた。道端にごみひとつ落ちていない。兵の姿勢もよく、見回りの足並みさえきれいに揃っている。


 一見すれば、理想的な統治だ。


 だが、ミツクニは目を細めた。


「整いすぎておるのう」


「えっ、整ってるなら良いことじゃないの?」


「整っておること自体は悪くない」


 シルヴィアが小さく答えた。


「ただ……人の顔が死んでいます」


 その言葉どおりだった。


 商人たちは静かすぎた。客引きの声もなく、商品を並べる手も必要以上に慎重だ。子どもはいるのに走らない。老人は道の隅に立っていても、誰とも目を合わせない。


 皆、何かを待っているようで、同時に何かを恐れているようでもあった。


 スケイルが通りの両脇を見ながら言う。


「兵の数が多い」


「しかも、巡回の間隔が詰まりすぎておる」


 ミツクニは頷いた。


「守っておるというより、見張っておるな」


 カクタスが鼻を鳴らす。


「嫌な町だ。綺麗にしてるくせに、息が詰まる」


 ハチがきょろきょろと辺りを見回した。


「怒られる前の部屋みたい」


「言い得て妙じゃのう」


 ミツクニは小さく笑ったが、その目は笑っていなかった。


     ◇


 宿に入る前に、一行はまず市場を見て回ることにした。


 だが、市場というには静かすぎた。


 値札はどれも似通っていて、値切る声ひとつ上がらない。焼いた肉の香りがしても、誰も大声で売り込まない。旅人が足を止めても、店主は必要以上に話しかけない。


 人がいるのに、音が痩せていた。


 シルヴィアはある露店の前で足を止めた。


 並んだ布地は粗悪ではない。むしろ質は悪くない。だが、値段だけが不自然に高い。


「統制価格ですか」


「へえ、騎士様には分かるのかい」


 露店の女主人は笑った。


 だがその笑みも、どこか硬い。


「うちの領地じゃ、値は勝手に動かせないんだよ。安く売っても罰、高くしても罰。決められた通りに並べて、決められた通りに売る。それで皆、おとなしくやってる」


「皆、ですか」


「ええ。皆」


 最後の言葉だけ、女はわずかに目を伏せた。


 ハチが声を潜める。


「これ、儲かるの?」


「儲からないでしょうね」


 シルヴィアは布端を指でつまむ。


「けれど逆らえば処罰される。だから黙って従うしかない」


「うわ、やだ」


「やだ、で済まぬのが統治の嫌なところじゃ」


 ミツクニが口を開いたその時、通りの向こうから整然とした足音が近づいてきた。


 兵の列だ。


 中央には、白銀の上着を羽織った男がいた。


 年の頃は四十代半ば。痩せても太ってもいない中肉の体に、よく通る目元。髪は丁寧に撫でつけられ、歩幅にも乱れがない。


 派手さはない。


 だが、立っているだけで周囲が静まる。


 そういう種類の男だった。


「領主様だ……」


 誰かが小さく呟いた。


 男は市場を見回し、それから旅装の一行へ目を留めた。


 表情は崩さない。だが視線は一瞬で人数、武装、立ち位置まで計っていた。


「見慣れぬ顔ですね」


 声は穏やかだった。


「旅の方でしょうか」


「そのようなものじゃよ」


 ミツクニが前へ出る。


「この町はよく整っておる。見事なものじゃ」


「ありがとうございます」


 領主はわずかに頷いた。


「民の暮らしに乱れが出ぬよう、日々心を砕いております」


 その言い方が、シルヴィアには妙に引っかかった。


 乱れが出ぬよう。


 つまり、乱れさせないことそのものが目的になっている言葉だ。


 領主は名を、エドガルドと名乗った。


「旅の方が何をお求めかは知りませんが、ここは治安の良い領地です。どうぞ穏便にお過ごしください」


「穏便、とな」


「秩序とは脆いものです。余計な騒ぎは、民を疲れさせる」


 その口調には、棘ひとつない。


 だが、だからこそ不気味だった。


 ミツクニは柔らかく笑った。


「秩序は大事じゃ。じゃが、息も詰めすぎると人は死ぬ」


「必要な息継ぎは許しております」


 エドガルドはさらりと返した。


「ですが、自分勝手を“自由”と呼ぶ者は、どこの土地にもおりますので」


 兵たちが一歩だけ歩調を揃えた。


 脅しではない。ただ見せているのだ。


 この町では秩序が先だと。


 領主はそれ以上の会話を望まぬように一礼し、そのまま兵を伴って去っていった。


 ハチがぶるりと肩を震わせる。


「何あれ。怒ってないのに怒られてる気がする」


「怒鳴るより上等なやり方じゃな」


 ミツクニは市場の先を見ながら呟いた。


「人は静かな圧の方が、長く効く」


     ◇


 宿に入るなり、ギンが天井裏から降ってきた。


「やっと来た」


 すとん、と梁から軽やかに着地する。


 ハチが小さく悲鳴を上げた。


「何で上から!?」


「上の方が見えるからよ」


 ギンは肩をすくめる。


「この町、あちこちに報告箱があるわ。市場、宿、広場、全部。住民同士で互いを監視させてる」


「密告制度、か」


 シルヴィアの顔が硬くなる。


「秩序維持の名目でよく使われる手です」


「表じゃ“住民協力”って綺麗に言うんだろうけどね」


 ギンは机に小さな木札をいくつか並べた。


 どれも匿名で投函するための記入札らしい。


 深夜外出あり。

 価格違反の疑い。

 不穏な会話。


 ハチが札を見て顔をしかめる。


「うわ、息苦し……」


「そういう領地よ」


 そこへ、窓の外から小石が一度、二度と当たる音がした。


 スケイルが窓を開ける。外の暗がりには誰も見えない。


 ただ、窓枠に赤い布を巻いた苦無が一本、すでに刺さっていた。


 ミツクニが紙片を外す。


 北倉。書類あり。見張り三。領主側近が管理。――灰。


「おじさんも働き者ねえ」


「酒を飲みながらのう」


「飲んでるの?」


「飲んでる」


 ギンとミツクニの会話に、シルヴィアはもう驚かなかった。


 だが、やはりこの一行の裏側には慣れそうにない。


「北倉、ですか」


「うむ。帳簿か、名簿か、あるいはその両方じゃろう」


 ミツクニは紙を畳み、机を指で叩いた。


「今夜のうちに見ておくかの」


「表から行けば見張りに止められます」


「なら、裏からです」


 シルヴィアがきっぱりと言った。


 ギンが口元を上げる。


「へえ。騎士さん、最近そういう顔もするのね」


「必要ならします」


「嫌いじゃないわ」


 ミツクニは二人を見比べ、満足そうに頷いた。


「よろしい。では、裏から行こう」


     ◇


 北倉は、町外れの穀物倉庫群のひとつだった。


 昼間は物資の出入りに紛れて目立たぬが、夜になると見張りが立つ。


 しかも兵ではない。領主直属らしい私兵で、装備も統一されていた。


「妙じゃの」


 屋根の上から様子を窺いながら、ミツクニが小さく言う。


「穀物倉にしては警備が過ぎる」


「中に穀物以外があるのでしょう」


 シルヴィアは隣で息を潜めている。


 下では、ギンがすでに別口から回っていた。


 暗がりを流れるように移動し、見張りの視界をずらす。


 その間に、スケイルが裏戸の錠を外し、カクタスが音を立てぬようそっと扉を支える。


「こういう時、俺の出番だけ妙に地味だな」


 カクタスが小声でぼやく。


「音を立てない方が難しいでしょう」


 スケイルが返す。


「褒めてんのか、それ」


「半分は」


「残り半分は何だ」


「注意です」


「おい」


 ミツクニが小さく笑い、倉の中へ入った。


 中には穀物袋だけではなく、書類箱、封蝋付きの筒、そして木札の束が積まれていた。


「ここは倉ではないな」


 スケイルが言う。


「統制の心臓じゃ」


 ミツクニが箱を開ける。


 中にあったのは、住民別の監視記録、違反履歴、価格調整命令、そして王都側との往復文書だった。


 シルヴィアは一枚を手に取り、眉を寄せる。


「……価格統制違反、集会の兆候、外部旅人との接触。全部、細かく記録されています」


「商売も、会話も、移動も締めておるのか」


「ええ。ここまで来ると、治安ではなく支配です」


 ハチが木札の束を見て青ざめる。


「えっ、これ、皆こんなの書かれてるの? 怖……」


「しかも匿名だ。噂ひとつで首が飛ぶ仕組みだな」


 カクタスが吐き捨てた。


 ミツクニは、往復文書のひとつを開いて動きを止めた。


 そこには、王都監察局の書式に似せた文面と、別紙の短い補記がある。


 ――聖印による臨時監察が入った場合でも、まずは執政代理府確認を優先せよ。


 シルヴィアが息を呑んだ。


「……まさか」


「やっておるのう」


 ミツクニの声は、妙に楽しげですらあった。


 だが、それは怒りが深い時の静かな調子だ。


「地方役人に先に手を回し、聖印への服従を保留させる。なるほど、よう考えた」


「こんなの、反逆に近い」


「近いどころか、十分に不敬だろうが」


 カクタスが低く唸る。


 その時、表で足音がした。


「誰かいるぞ!」


「倉の中を見ろ!」


 見張りが異変に気づいたらしい。


 スケイルが剣の柄へ手をかける。


「出ますか」


「うむ。もう十分見た」


 ミツクニは文書のうち要だけを懐に収めた。


「では、表で話を聞くとしようかのう」


     ◇


 翌朝。


 町の中央広場には、領主エドガルドと、その兵たちが整然と並んでいた。


 民も集められている。誰も大声を出さない。騒ぎの匂いを嗅ぎつけて出てきたのではなく、出てこいと言われたから来た顔だった。


 エドガルドは今日も変わらず整っていた。


 髪も、衣も、声も乱れがない。


「昨夜、私の倉へ賊が入ったと聞きました」


 穏やかな口調でそう言う。


「まさか旅の方が関わっているとは思いたくありませんが」


「賊とはまた物騒な」


 ミツクニが前へ出る。


「中を見ただけじゃよ。ずいぶんと治安熱心な帳簿があったのでな」


「領地運営に必要な記録です」


「民を互いに見張らせることが、か」


「秩序維持のためです」


 エドガルドは一歩も引かない。


 シルヴィアが文書を掲げる。


「ならば、これも秩序維持ですか。聖印の臨時監察を執政代理府確認まで留保する、という補記は」


「……」


 初めて、領主の目がわずかに細くなった。


「内部文書を盗み見たうえで、そのような話を公の場で?」


「公の場で困る内容なら、なおさらです」


 シルヴィアの声は冷たい。


 エドガルドは彼女を見て、それからミツクニへ視線を移した。


「旅の若君。ひとつ、率直に申し上げましょう」


 その口調は最後まで丁寧だった。


「その印が重いことは、私も知っております」


「ほう」


 ミツクニが目を細める。


 その横へ、カクタスが進み出た。


 背の荷から、黒塗りに金の縁取りが施された小箱を取り出す。


 広場にざわめきが走った。


 まだ箱は開いていない。


 それでも、兵の肩が揺れた。


 だがエドガルドは、青ざめながらも膝をつかなかった。


「ですが、今の王都では事情が違う」


 シルヴィアの胸が冷たくなる。


 広場の空気が凍った。


 民も兵も、何を言われたのか理解できずにいる。だが意味だけは分かる。


 今、この領主は知ったうえで踏みとどまろうとしている。


「執政代理府より、権限の整理はすでに始まっております。聖印は重い。重いが、それだけで全てが即断される時代ではない」


「ほう。叔父上はそのように申しておるか」


「私は執政代理府の正式通達に従っているだけです」


 エドガルドははっきりと言い切った。


「地方に必要なのは、迷いなき統制です。古い権威を振りかざすだけでは、民は守れません」


 その瞬間、カクタスが一歩前へ踏み出した。


 だがミツクニは片手で制した。


 彼の目は、静かに領主を見ていた。


「なるほどのう。知っていてなお、控えおらぬわけじゃ」


「民を守るためです」


「違う」


 ミツクニの声が落ちる。


「おぬしが守っておるのは、民ではない。支配の形だけじゃ」


 カクタスが小箱を開いた。


 金と蒼の聖印が、朝の光を受けて重く輝く。


 カクタスの声が、広場に響いた。


「控えおろう!」


 兵の半数は、そこで膝を折った。


 民の中にも、息を呑んで頭を垂れる者がいる。


 だがエドガルドは、歯を食いしばりながら立ち続けた。


 怖れてはいる。


 だが、それ以上に今の王都を信じている顔だった。


 シルヴィアの背筋に寒気が走る。


 これは、ただの地方領主ではない。


 聖印の重みを知ったうえで、その重みを削る言葉を持っている。


 敵は、もう地方の悪党だけではない。


 ミツクニはその様子を見ても、少しも慌てなかった。


「では確認じゃ」


 聖印の横で、彼は穏やかに言う。


「秩序とは何じゃ。息を殺して黙ることか。値を揃えて笑わぬことか。隣人を密告し、外と交わらず、疑われぬよう背を丸めて生きることか」


「それで町が乱れぬなら」


「乱れておるではないか」


 その一言に、広場の空気が変わった。


「民の顔が死んでおる。商いの声が止んでおる。子どもが走らぬ。老人が笑わぬ。それを乱れておらぬと言い張るなら、おぬしは町を見ておらん。ただ、並びだけを見ておる」


 エドガルドの顔がついに歪んだ。


「理想論だ」


「統制を理想と見誤った、おぬしの方がよほど夢見がちじゃ」


 ミツクニは懐から昨夜の文書を広げる。


「密告記録、価格統制命令、移動制限、監視帳簿。さらに聖印の権威を保留させる補記。民を守るためではない。黙らせるための統治じゃ」


「……」


「権威とは、民を黙らせるためにあるのではない。安心して暮らさせるためにあるのじゃ」


 その言葉が、広場の石畳に落ちた。


 兵のひとりが、膝をついたまま顔を上げる。


 老商人が、帽子を胸に抱えた。


 露店の女主人が、昨日よりまっすぐ前を見ている。


 最初に崩れたのは、領主その人ではなかった。


 彼の秩序を支えていた、黙る空気の方だった。


「……領主様」


 兵の隊長格が、低く呼んだ。


「ここまで文書を押さえられては……」


「貴様まで揺らぐのか」


「揺らぐも何も」


 男は苦しげに言う。


「聖印を前にしてなお立てという命は、私には……」


 エドガルドの顔色が変わる。


 彼はようやく理解したのだろう。


 今ここで立っているのは、自分ひとりだと。


 それでもなお、最後の意地で言い返す。


「私は、この領地を守るために……」


「守るという言葉は便利じゃな」


 ミツクニが一歩近づく。


「橋を絞った者も、若者を潰した者も、薬を売った者も、皆そう言う。おぬしもまた同じじゃ。守るのではない。失うのが怖いだけじゃろう。秩序の名で、己の支配をな」


 エドガルドの膝が、そこでようやく折れた。


「……っ」


 石畳に片膝をつき、唇を噛みしめる。


 完全な土下座ではない。


 だが、もう立ってはいられなかった。


「まったく。控えおらぬにしては、よく頑張った方かの」


 ミツクニの口調は軽い。


 しかしその軽さが、かえって決着を明らかにしていた。


「文書は押収。密告制度も価格統制も当面停止じゃ。町の商いと移動は元へ戻す。抵抗するなら、今度は領地ごと監察に入る」


「……承知、しました」


 エドガルドは、もはや反論しなかった。


     ◇


 昼過ぎには、広場の空気が少しだけ変わっていた。


 劇的ではない。


 誰も急に笑い出したりはしない。


 だが、露店の男が隣の店へ声をかけ、子どもがひとりだけ駆け出し、女主人が値札を貼り替えている。


 そういう小さな変化だ。


 ハチが焼き菓子を両手に持って戻ってきた。


「見て! 値段、ちゃんと下がってる!」


「おぬし、そういうところの確認だけは早いのう」


「商人だからね!」


 カクタスが笑う。


「元気でよろしい」


「元気なのは大事だよ」


「それは否定しません」


 シルヴィアは広場の端で、押収した文書をまとめていた。


 その中の一通に、彼女の手が止まる。


「ミツクニ様」


 差し出された密書には、いくつもの名前が並んでいた。


 王都監察局補佐官。

 執政代理府官房役。

 大司祭補佐。


「神殿までつながっています」


「うむ。橋、徴発、薬、密告。もう十分に太い線じゃ」


 ミツクニは紙を受け取り、ふっと目を細める。


「次は、点を並べるだけでは済まぬな」


 シルヴィアは頷いた。


 今朝の広場で起きたことは、彼女の胸にずしりと残っている。


 聖印を前に、即座に崩れぬ領主がいた。


 それは恐ろしいことだ。


 だが同時に、敵はもっと大きいとはっきりした瞬間でもあった。


「……本当に、王都が食い始めているのですね」


 その呟きに、ミツクニは静かに頷く。


「うむ。地方ではまだ、最終的には聖印が勝つ。じゃが王都は違う。あちらは意味を知ったうえで、わざと重みを削りに来ておる」


 ギンが肩をすくめる。


「やり方がいやらしいのよ。反逆って顔じゃなくて、制度整理とか権限調整とか、綺麗な言葉で殺しに来るんだから」


「上等な悪党は、いつも言葉だけは綺麗じゃ」


 ヤッシュの声が、いつの間にか背後から落ちた。


 誰も驚かない。


 もう、そういう男だと分かっている。


「地方じゃ聖印で黙る。だが王都は違う。あっちは、黙る前に笑ってくる」


 その一言に、シルヴィアは小さく息を飲んだ。


 ミツクニだけは、なぜか少しだけ口元を緩めた。


「ならば、笑っておる者の顔を見に行くとしようかのう」


 ハチが焼き菓子をくわえたまま首をかしげる。


「次、王都?」


「いや、まだじゃ」


「えー」


「焦るでない。まずは、ここまで集めたものを並べてみるのが先じゃ」


 スケイルが頷く。


「証拠を束にする必要がありますね」


「うむ。一本の糸では切られる。束ねて縄にしてから、引くのじゃ」


 シルヴィアは、もうその会話に違和感を覚えなかった。


 ただ、ひとつだけはっきりしている。


 この旅は、地方の小さな悪党を懲らしめて終わる道中ではない。


 もっと上にある、もっと綺麗な顔をした腐敗へ続いている。


 広場を吹き抜ける風は、今朝より少しだけ軽かった。


 整えられすぎた町に、ようやく小さな乱れ――人間らしい揺らぎが戻り始めている。


 それを見て、ミツクニは小さく息をついた。


「さて。次は紙の番じゃのう」


 旅は次の節目へ向かう。


 点と点を結び、叔父の影を線として浮かび上がらせるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ