第24話「狐と灰色の男」
王都の夜は、明るいくせに暗い。
大通りは灯りが落ちず、人も馬車もまだ動いている。酒場の笑い声、楽団の音、夜店の呼び込み、馬蹄の響き。昼間とは違う顔をした都が、夜の上にもう一枚、薄い化粧を重ねている。
だが、本当に大事な話は、たいていその華やかな明かりの外へ引っ込んでいく。
王都の悪は、人目を避けるのが上手い。
「嫌いなのよねえ、この感じ」
石壁の影に背を預け、ギンが小さく言った。
今夜の彼女は、黒に近い装いをしている。布地は目立たず、装飾も少ない。だが目立たぬ格好をしても、立ち姿まで消えるわけではなかった。
月の薄い夜でも、彼女がそこにいると分かる者には分かる。
「嫌いなくせに、よく馴染むな」
ヤッシュが返した。
灰色の外套を肩へ引っかけたまま、男は通りの向こうを見ている。
年食った情報屋の顔だ。
気怠そうで、眠そうで、だが目だけは起きている。
いつも通りの顔である。
「褒めてる?」
「事実を言ってる」
「おじさんのそういうとこ、ほんと可愛げないわね」
「狐に可愛げを求める趣味はねえよ」
ギンは肩をすくめた。
今夜、二人が張っているのは、中央区と貴族街の境目にある一角だった。
表向きは、高級仕立て屋と輸入香料商が並ぶ通り。
その裏に、金鶸商会の裏勘定所がある。
帳簿の上では別会社の顔をしているが、流れる金は叔父派と同じ川に注いでいる。ヤッシュが二日かけて突き止めた場所だ。
「本当にここで合ってるの?」
「合ってる」
「断言するのね」
「昼に入った荷の封が、執政代理府の私印付きだった」
「うわ、露骨」
「王都は、露骨なことを露骨に見せないのが上手いだけだ」
今夜の狙いは、金だ。
いや、正確には、金の流れ。
聖印を“保護”の顔で封じるなら、そのための礼式も、警備も、奉安庫も、全部ただでは動かない。
神官は祈りだけで働かず、儀礼院の役人は空気だけで判を押さず、護衛の再編にも金がいる。
叔父派が王都の制度を使うなら、必ずどこかに、その制度を動かすための裏勘定がある。
そこを断てば、表の礼式は足をもつれさせる。
「じゃ、いつものように行く?」
「いつものって何だ」
「私が前で笑って、おじさんが後ろで嫌な帳簿を拾う」
「雑すぎる」
「でも間違ってないでしょ?」
「……まあな」
ヤッシュは短く吐き、通りの端に停まった一台の馬車を顎で示した。
「来たぞ」
黒塗りの小振りな馬車だった。
紋章はない。
だが、御者台の男も、降りてきた男も、街の商人というには足元がきれいすぎる。
後者は細身の中年で、髭を整え、指には印章指輪をひとつだけつけていた。
「会計方の顔ね」
「だな」
「じゃあ、私は右から」
「俺は裏口」
「十五数えたら入って」
「十で十分だ」
「せっかち」
「年寄りは待つのが嫌いなんだよ」
「そういうとこだけ元気なのよねえ」
ギンは笑って、すっと夜へ溶けた。
◇
表口の帳場は、昼間とはまるで違う顔をしていた。
昼は高級香料商。
夜は金の匂いがする小部屋。
香の棚は飾りで、実際に人が集まるのは奥の応接室らしい。灯りは絞られ、給仕は最低限。出入りするのは、互いの顔を知っている者ばかりだ。
ギンは表の扉からではなく、二軒隣の空いた軒先から滑り込んだ。
上等な女が、少しだけ道に迷ったような顔をして高級街へ紛れ込んでくる。
王都では別に珍しくない。
珍しくないから通るのだ。
「まあ」
ちょうど帳場から出てきた細身の会計役が、足を止めた。
「こんな時間に、お一人で?」
「いけなかったかしら」
ギンは、肩を少しだけ傾ける。
声は甘い。
だが、媚びてはいない。
相手に“自分から拾わせる”角度の声だ。
男は笑みを作った。
慣れている顔だ。
女を、秘密を、金を、それぞれ別の箱へ入れて扱うことに慣れた顔。
「もちろん、いけなくはありません。ただ、この辺りは夜になると退屈でしてね」
「退屈、ねえ」
「ええ。香の話か、帳簿の話か、あるいは権威の話ばかりだ」
ギンはくすりと笑った。
「それ、ぜんぶつまらなそう」
「そうでしょう?」
「でも、つまらない話ほど高くつくのよね」
「よくご存じだ」
男が、自然に扉の方へ体を開く。
「少し休んでいかれますか」
「どうしようかしら」
「香りの試しもありますよ。退屈を忘れるくらいには」
ギンは、ほんの一瞬だけ逡巡したふりをしてみせた。
「じゃあ、少しだけ」
扉が閉まる。
応接室の奥では、先ほどの黒塗りの馬車から降りた男が、すでに座っていた。
卓には酒、蝋燭、帳簿。
やはり香料商の夜の客ではない。
金の客だ。
ギンはその顔を見て、内心だけで舌を鳴らした。
見覚えがある。
白梟亭で叔父派の側近筆頭ローデルと短く言葉を交わしていた男だ。
金鶸商会の番頭格。
いや、番頭より少し上。
帳簿の元締めに近い。
「これはこれは」
男が杯を置いた。
「夜に珍しい華が入ったものだ」
「華、ですって」
「ええ。こちらは数字ばかり見ておりますので」
「私は数字は苦手よ」
「それは残念だ」
男は笑った。
だが、目は笑っていない。
ギンは椅子へ腰を下ろしながら、室内を流し見る。
帳簿は三冊。
ひとつは商会の表帳簿。
ひとつは支払記録。
もうひとつは、綴じが違う。
革装で、端に小さな金具がついている。
あれが本命だ。
「苦手だけど」
ギンはわざと、金具付きの帳簿へ目をやらずに言った。
「数字に追われてる男の顔を見るのは嫌いじゃないわ」
「ほう」
「だって、たいてい秘密を抱えてるもの」
「それは女も同じでは?」
「そうかしら」
「ええ。秘密のない美人など、香りの飛んだ酒みたいなものです」
「上手いこと言うのね」
「仕事柄です」
ギンは、そこで少しだけ笑みを深くした。
仕事柄。
今の言葉は本音だろう。
この手の男は、女を“仕事の一種”として扱う。
感情ではなく、場を滑らせる道具として。
だからこそ崩しやすい。
「だったら、少しだけ仕事を忘れさせて」
「それは難しいお願いだ」
「じゃあ、忘れないままでいいわ」
「ほう」
「秘密の近くで飲む酒って、きっと美味しいから」
男の目が、そこでほんの少しだけ揺れた。
卓の下で、ギンの指先は静かに動いている。
椅子の位置。
蝋燭の角度。
帳簿までの距離。
扉まで三歩。
窓まで五歩。
裏手へ抜ける扉はない。
なら、回収は長居せず一度きりだ。
◇
その頃、ヤッシュは裏口から中へ入っていた。
表でギンが笑っている間、裏では音のしない時間が必要になる。
裏手の小門は、鍵こそかかっていたが、人の出入りが多いらしく留め具が甘い。ヤッシュは鍵を壊さない。針金も使わない。
こういう場所は、壊した跡より“開けたことに気づかれない開け方”の方が大事だ。
中は狭い通路で、香の匂いより先に紙と革の匂いがした。
帳場へ続く小部屋。
保管棚。
そして奥に、もうひとつ扉。
その扉の前に、見張りが一人いた。
若い。
剣はそこそこ。
だが、立ち方が商会の者ではない。
叔父派の私兵あがりだろう。
目線の置き方が“守る”より“見逃さない”に寄っている。
ヤッシュは通路の影に身体を溶かしたまま、小石を一つだけ投げた。
からん、と遠くで音がする。
若い見張りがそちらへ顔を向ける。
足音ひとつ分だけ、重心が動く。
それで十分だった。
ヤッシュは影から滑り出て、相手の口を塞ぎ、膝裏を払う。
短く落ちた身体を壁で受け、気絶させる音すら立てない。
若い見張りは、そのまま崩れた。
「寝てろ」
低く吐いて、扉を開ける。
中は思っていたより小さい。
だが、金の匂いは濃かった。
棚に革箱。
引き出しに封蝋。
奥の壁際には小型金庫。
表の香料商が扱う量ではない。
しかも箱には、金鶸商会だけでなく、儀礼院の省印、監察局補助印、大聖堂補給係の印まで混じっている。
「……やっぱりな」
ヤッシュは鼻を鳴らした。
ひとつの商会が流しているのではない。
王都の幾つもの“きれいな組織”が、裏勘定では同じ箱へ金を落としている。
引き出しを順に開く。
支払票。
移送費。
警備増強費。
礼式準備費。
封印立会手当。
聖印封印の話は、まだ表では“相談”の顔をしていた。
だが裏ではもう、礼式と警備の金が走っている。
金は正直だ。
決まっていないことのためには、ここまで綺麗に流れない。
その時、奥の金庫の上に置かれた木札へ目が止まった。
第一庫へ送付済み。原本・裏帳簿は私設金庫にて管理。
ヤッシュの目が細くなる。
私設金庫。
王都の役所でも、儀礼院でも、大聖堂でもない。
個人の金庫だ。
叔父派の“本当にまずいもの”は、ここにはない。
だが、その場所へ繋がる糸ならある。
ヤッシュは木札ごと懐へ入れ、金庫の蓋を調べる。
こじ開ける気はない。
時間が足りないし、開けた痕が残る。
必要なのは中身そのものではなく、どこへ流れたかだ。
引き出しの二段目に、綴じ糸の違う帳面を見つける。
開く。
そこには、地方ごとの項目が並んでいた。
橋。
徴発。
救援物資。
薬。
監査停止。
各案件の横に、数字と略号。
叔父派が地方腐敗を“案件”として束ね、そこから得た金の流れをまとめた裏帳簿の写しだ。
だが写しは途中までで切れている。
最後の頁にだけ、こうある。
詳細証憑および元帳は、執政代理様私設金庫に移管済み。
「当たりか」
ヤッシュは帳面を閉じた。
足音がする。
表の応接室だ。
誰かが立った。
ギンの時間切れだった。
◇
ギンは、男の笑顔が少し変わった瞬間に気づいていた。
酒が一巡し、会話が二巡し、相手が“この女はただの遊び相手ではないかもしれない”と考え始める、その前触れの顔だ。
「君は、どこで私の名を聞いたのかな」
柔らかい声だった。
だが、目の底が冷えている。
ギンは杯を回したまま、軽く肩をすくめた。
「名? 言ったかしら」
「言わなくても、知っている顔をしていた」
「そう見えた?」
「ええ」
「じゃあ、そういう顔が上手いのかも」
「上手い女は嫌いじゃない」
「私は嫌いよ。男が勘づくの」
笑いながらも、背中の筋肉はもう動き出している。
男は卓の金具付き帳簿へ手を伸ばしかけた。
合図を出すつもりだ。
その瞬間、応接室の裏手で小さく物音がした。
ギンはわざとそちらを見る。
「何かしら」
「……風でしょう」
男はそう言ったが、視線はもう扉へ向いている。
そこでギンは立った。
「じゃあ、私はそろそろ」
「いや、まだ」
「十分遊んだわ」
「君は、ここがどこか分かっているのかな」
声の温度が一段下がる。
ギンはにっこり笑った。
「退屈な男が、退屈な帳簿の横で、退屈を隠してる部屋でしょ?」
「……」
「当たり?」
男が立つ。
同時に、表扉の向こうで足音。
二人。
遅い。
もう十分だ。
ギンは杯を卓へ倒した。
酒が革装の帳簿へ広がる。
男の意識がそちらへ飛ぶ、一瞬。
その一瞬で、ギンの指が金具付き帳簿をさらう。
「っ、おい!」
「それ、面白そうだったから」
椅子を蹴り、横へ流れ、扉ではなく窓へ向かう。
帳場女のふりはここまでだ。
途中で入ってきた男の腕を袖で絡めて勢いを殺し、その肩を踏み台にする。
窓の桟を蹴破って外へ出たところへ、ちょうどヤッシュが裏手の影から現れた。
「遅い」
「お互い様でしょ」
ギンは帳簿を投げる。
ヤッシュが受ける。
「当たり」
「こっちもだ」
「だったら走るわよ」
「もう走ってる」
背後で怒号。
窓から人影。
夜の通りへ、二つの影が散った。
◇
追っ手は早かった。
王都の商会裏手は、地方の路地より複雑だ。
だが、追う側もそれを知っている。
表通りへ出れば終わり。
だから、ギンとヤッシュはわざと人の少ない裏道ではなく、夜更けの市場通りへ突っ込んだ。
灯り。
残飯。
酒臭い声。
遅い荷。
半端に起きた王都の雑音。
追うには邪魔で、逃げるには使える。
「右」
「見えてる」
「尾、三」
「一人は遅い。落とせる」
「任せた」
ギンが左へ流れ、ヤッシュがわざと歩幅を緩める。
追ってきた若い警備が距離を詰めた瞬間、ヤッシュは振り向きもせず足を払った。
路地の水桶へ頭から突っ込んだ男の悲鳴が、短く上がる。
残り二人。
「趣味悪いわね」
「仕事だ」
「おじさんのそういうとこ、嫌いじゃない」
「知ってる」
市場通りを抜け、古書店脇の細路地へ入る。
そこはもう、ヤッシュが押さえていた逃げ道だ。
曲がり角が二つ。
低い塀がひとつ。
最後は荷車置き場へ抜ける。
だが最後の曲がり角で、前方にも影が現れた。
「挟まれたわね」
「うむ」
ヤッシュの声は、低いまま落ち着いている。
前に二人。
後ろに二人。
どちらも剣ではなく短棍。
殺す気ではない。
捕縛の手だ。
「帳簿だけ置いていけば、穏便に済ませる」
前の男が言う。
ギンが笑った。
「その“穏便”って言葉、飽きるのよね」
「置いていけ」
「いやよ」
「では――」
そこで、屋根の上から小石がひとつ落ちた。
からり。
全員の目が一瞬だけ上へ向く。
その隙を、ギンは逃さない。
「今!」
前へ半歩。
笑っていた顔が、刃物の顔に変わる。
袖から出た細刃が相手の短棍を絡め取り、手首の角度だけで軌道を折る。
同時にヤッシュが左の男の膝へ蹴りを入れ、体を崩した。
屋根から降ってきたのは、スケイルだった。
屋根から降りたスケイルは、追っ手を一人沈めただけで止まらなかった。
残った男が懐へ手を入れる。
合図笛か、短い投げ刃か。
どちらでも構わない。
スケイルの実剣の鞘が、男の手首へぴたりと当たった。
「それは不要です」
静かな声だった。
だが、その距離では逆らえない。
男は動けなくなった。
次の瞬間、逃げようとしたもう一人の足元へ、スケイルの剣先が滑り込む。斬らない。転ばせるだけ。だが、最も嫌な角度で重心を奪う。
男は派手に倒れ、カクタスに襟首を掴まれた。
「お前、相変わらず地味にえげつねえな」
「斬っていませんよ」
「斬らない方が怖え時もあるんだよ」
ギンが帳簿を抱え直しながら笑った。
「逃げ道、全部消したわね」
「逃げられると面倒なので」
「そういうところ、ほんと仕事が早い」
スケイルは表情を変えずに答えた。
「若の手間を増やしたくありません」
その一言だけは、いつもより少しだけ本音に聞こえた。
ヤッシュが鼻を鳴らす。
「忠義者だな」
「事実を言っただけです」
「可愛げのない若者だな」
音もなく一人を沈め、カクタスが曲がり角の先から現れて、もう一人の首根っこを掴む。
「捕まえた」
「だから静かにしろ」
「今のは小声だろ!」
ギンは息を整え、肩をすくめた。
「助かったわ」
「予定より遅い」
「女を待たせないでって教わらなかった?」
「そんな上品な教育は受けてねえ」
「でしょうね」
ヤッシュは、もう帳簿を開いていた。
「戻るぞ。今のうちに見る」
「うむ」
スケイルが短く頷く。
古書店裏の倉へ戻る間、誰も余計なことは言わなかった。
今夜の獲物は、軽口より先に読むべき類のものだと、全員が分かっていた。
◇
古書店裏倉の灯りの下で、帳簿が開かれる。
ギンが奪ってきた金具付き帳簿。
ヤッシュが引き抜いた写し帳。
木札。
送付記録。
私印。
略号。
「……うわあ」
ハチならたぶんそう言っただろう。
今ここにいないのが少し惜しいくらい、露骨な中身だった。
支出項目は整っている。
儀礼準備費。
奉安警備費。
監察局調整費。
神殿奉納補填金。
地方官慰労金。
緊急差込口止め料。
そして、その全部の最後に、略号ではなく手書きの記載がある。
聖印奉安後、第二段移行。
地方監察権再整理、順次実行。
不安定要素一覧、私設金庫元帳参照。
シルヴィアの声が、かすかに震える。
「……もう、前提になっている」
「うむ」
ミツクニは静かに頷いた。
「わしが承知する前に、封印の後まで帳簿がついておる」
「帳簿だけじゃないわ」
ギンは、別紙を机へ置いた。
そこには地方名が並んでいた。
橋の町。
宿場町。
病の村。
帰れなかった村。
火事の川港。
その他、まだ見ぬ地名。
「地方腐敗の一覧……」
「ええ。今まで拾ったのは、ここのごく一部ってこと」
ヤッシュが木札を指で叩く。
「で、本物の証憑は私設金庫。叔父様の腹の底だ」
「うむ」
ミツクニの目が、静かに細くなる。
「ようやく、王都のどこを踏めば一番よく響くか分かってきたのう」
「私設金庫、ですか」
「ええ」
シルヴィアは帳簿から顔を上げる。
「そこに地方腐敗の証拠が揃っているなら、叔父派の綺麗な顔は一気に剥がれます」
「ただし、正面から行ける場所じゃないわね」
「当然だろ」
「おじさん、その言い方、夢がない」
「夢じゃなく仕事だ」
ミツクニは、小箱へ手を置いたまま少し考えた。
「聖印を礼式で封じる。地方の腐敗を帳簿で回す。叔父上、ずいぶんと整ったお仕事ぶりじゃ」
「褒めてる場合?」
「褒めてはおらぬよ」
「今の言い方、半分くらい褒めてたわ」
「評価じゃ」
「それ、一番嫌なやつ」
だが、次の瞬間には皆、また帳簿へ目を戻していた。
ここまで来れば、もう勘ではない。
叔父派は地方の腐敗を“案件”として管理し、その利益と統制を王都で帳簿に乗せている。
聖印封印もその一部。
ならば、私設金庫は単なる金庫ではない。
叔父の本音が入っている場所だ。
「では」
ミツクニが静かに言う。
「次は、叔父上の金庫を開ける算段をつけるとしようかのう」
夜は深い。
だが、もう闇の形はかなり見えてきた。
狐と灰色の男が裏で引き剥がした帳簿の紙は、叔父の足場を確かに一枚削っていた。
総力戦の手応えが、ようやく王都の底へ届き始めている。




