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第25話「偽りの忠臣」



 その日の王都は、朝からざわついていた。


 中央区の掲示板、貴族街の回廊、神殿前の石段、商会の帳場、果ては市場の屋台に至るまで、同じ話が流れている。


 勇者家継承者ミツクニが、地方巡察で勝手をした。


 聖印を私的に用い、王都の秩序を乱しかねぬ振る舞いをした。


 その件について、執政代理ラウフェルド自らが、公の場で説明に立つ――と。


「露骨ねえ」


 ギンが、昼前の中央広場を見下ろす建物の二階窓から言った。


 広場には、すでに人が集まり始めている。


 貴族、役人、書記、神官、商会筋、見物ついでの市民。


 立場も目的も違う人間が、同じ“面白そうなもの”を見に来ていた。


「ええ」


 シルヴィアが小さく頷く。


「叔父派が先に空気を作ったうえで、公開の場へ引きずり出す。王都らしいやり方です」


「で、坊ちゃんは?」


「準備中じゃよ」


 部屋の奥から、ミツクニの声が返る。


 外套を整えながら、彼は窓辺へ歩いてきた。


 いつもの旅装より少しだけ整えた服だ。


 勇者家の継承者として人前へ立つだけの格は見せる。だが、王都の礼服ほどには寄せない。


 その中途半端さが、逆に今の彼の立場をよく表していた。


 若い。


 だが、軽くはない。


 王都に従属する子どもでもなく、まだ完成した当主でもない。


「本当に行くの?」


「行くとも」


「叔父様の作った舞台で?」


「作った舞台だからこそじゃ」


 ミツクニは穏やかに笑った。


「叔父上は、わしを“未熟な若君”として語りたい。ならば、その語り口そのものを、皆の前で聞いておく価値がある」


「殴らずに済みそう?」


「たぶんのう」


「今、“たぶん”って言いましたね」


 シルヴィアが即座に反応する。


 カクタスが豪快に笑った。


「大丈夫だろ! 主は口が回る!」


「そういう問題ではありません」


「半分はそういう問題よ」


 ギンが肩をすくめる。


 ヤッシュだけは窓の端から広場を見ていた。


 いつものように、喧騒の中心ではなく周辺を見ている。


 誰がどこに立ち、誰と誰が目配せし、どの馬車がいつ来るか。


 あの男の仕事は、いつもそうだ。


「来たぞ」


 低い声で言う。


 中央広場の北側、貴族院へ続く石段の上に、黒塗りの馬車が止まった。


 そこから降りてきたのは、ラウフェルドとその周辺だ。


 叔父派の側近筆頭ローデル。


 監察局副局長補佐。


 儀礼院高官。


 大聖堂の神官。


 白梟亭や執政代理邸で見た顔が、そのまま公の顔をつけて並んでいる。


「ほんと、綺麗な顔」


「うむ」


 ミツクニは、外套の留め具を最後にひとつ直した。


「では、参ろうかの」


     ◇


 中央広場には、簡素だが格式を感じさせる演台が設えられていた。


 王都の紋章。


 勇者家の旗。


 執政代理府の章。


 すべてが“これは私闘ではなく公の話だ”と示す並べ方だった。


 ラウフェルドは壇上へ立つと、まず群衆へ向かって穏やかに頭を下げた。


 拍手が起きる。


 貴族筋から先に始まり、役人、商会、見物人へ広がる。


 強制ではない。


 だが、起きるように空気が作られている拍手だった。


「皆」


 叔父の声はよく通った。


 張り上げていないのに、広場の端まで届く。


「本日は、本来ならば表へ出す必要のない家の内輪事を、あえて皆の前へ持ち出すこととなった」


 ざわめきが収まる。


「だが、王都が騒ぎ、地方が揺れ、人々が不安を抱いている今、説明すべきことから逃げるのは、執政を預かる身として誠実ではないと考えた」


 美しい入りだった。


 身内の恥を隠さぬ、誠実な忠臣の顔である。


 シルヴィアは、少し離れた位置からそれを見ていた。


 苛立ちはある。


 だが、それだけではない。


 よく出来ている。


 だからこそ、怖い。


 ラウフェルドは続ける。


「若君ミツクニは、皆も知る通り、勇者家の血を引く正統な継承者だ。若く、聡く、そして何より民を思う心に優れている」


 また拍手が起きた。


 今度は、さっきよりも温かい。


 “ちゃんと甥を立てている”ように見えるからだ。


「私は叔父として、その熱意を誇りに思っている」


 ミツクニはまだ何も言わず、広場の端でそれを聞いていた。


「しかし、熱意だけでは国は回らぬ」


 ラウフェルドの声が、そこでほんの少し重くなる。


「若君は地方を歩き、多くの不正や痛みを見た。胸を痛めたであろう。怒りもしたであろう。若さゆえに、その痛みに真正面から向き合おうとした。そのこと自体を責めるつもりは、私にはない」


 そこまで聞けば、多くの者は“もっともな話だ”と思うだろう。


 若い継承者。


 善意。


 熱意。


 だが未熟。


 そして、それを支える善良な叔父。


 王都の者たちが安心して頷ける構図だった。


 ラウフェルドは言った。


「だが、だからこそ私は申す。民を守るとは、目の前の痛みだけに引きずられることではない」


 広場が静まる。


「時に、国は冷たい判断を要する。秩序を守るために、すぐには差し伸べられぬ手もある」


 叔父の声は揺れない。


「橋を開ければ、将来もっと多くが飢えるかもしれぬ。徴発を止めれば、国境が崩れるかもしれぬ。薬を一村へ偏らせれば、他で死が増えるかもしれぬ。統治とは、その一つ一つの痛みの間で、より多くを守る道を選び続けることなのだ」


 広場の空気が、少しずつ叔父の側へ流れていく。


 言っていることは、一見するともっともだ。


 しかも、これはただの詭弁ではない。


 ラウフェルドは本気で、そう信じている顔をしていた。


「民は導かねばならぬ」


 その一言が、広場へはっきりと落ちた。


「善良な心だけでは、民は守れぬ。秩序のためには、時に多少の圧も要る。嫌われる役目でも、誰かが引き受けねばならぬ」


 彼は一度、静かに目を伏せた。


「私は、その役目を引き受けてきたつもりだ。若君が成人し、家と国の重みを真に担えるようになるまで、泥をかぶるのが年長者の務めだと信じてきた」


 偽りの忠臣。


 だが、偽りだけではない。


 厄介なのはそこだった。


 叔父は“悪人のふり”をしているのではない。


 自分を必要悪の忠臣だと、本気で思っている。


 ミツクニは、それを最後まで聞いていた。


「ゆえに」


 ラウフェルドは、群衆と貴族たちを見回した。


「若君の近時のご熱心な私的巡察については、私は感謝しつつも、制限せざるを得ぬと考える。未だ若く、民の痛みに心を寄せすぎるがゆえに、全体を見誤る危険があるからだ」


 そこで、彼はミツクニへ視線を向けた。


「聖印についても同じだ。あれは個人の激情で抜く刃ではない。国家の重みを背負う象徴であり、ゆえに王都の礼と法の下で慎重に扱われねばならぬ」


 シルヴィアの視線が、カクタスへ向く。


 聖印は、彼が背負う黒塗りの小箱に納められている。


 だがカクタスは動かない。


 ミツクニも、箱へ手を伸ばさない。


 ラウフェルドは、やさしい声で言った。


「ミツクニ」


 広場中の視線が、若君へ集まる。


「私はお前を否定したいのではない。守りたいのだ」


 やわらかく、温かく、逃げ道を塞ぐ言葉だった。


「民を思う気持ちを失うなとは言わぬ。だが、その熱を一度、家の中へ戻してほしい。正しい順序を学び、国を全体から見る目を養ってほしい」


 それが、勇者家を守るということだ。


 最後の言葉は、広場の誰もが理解できるよう、丁寧に置かれた。


 見事だった。


 叔父派の側近たちは満足そうに黙っている。


 貴族の何人かは頷いていた。


 役人たちは安堵している。


 “話の分かる大人”が、“善意だが未熟な若者”を、傷つけぬよう正しい場所へ戻そうとしている。


 そう見える構図だからだ。


 だが、それを聞きながら、シルヴィアの胸の中には別の感覚があった。


 違和感ではない。


 確信だ。


 この男は、自分が信じる秩序のためなら、本当に多少の圧政を“必要”と呼ぶ。


 そしてその必要を、自分の善意で包んだまま押し通せる。


 だからこそ危ない。


 やがて、広場の視線がまた動く。


 ミツクニが、ようやく一歩前へ出たからだ。


     ◇


 拍手も、ざわめきも、止んだ。


 誰もが、若君が何を返すかを待っている。


 ここで聖印を出せばどうなるか。


 誰もが、少なくとも半分はそれを期待していた。


 だがミツクニは、カクタスが背負う小箱へ目も向けなかった。


 ただ、ゆっくりと壇の前へ進み、叔父を見上げた。


「叔父上のお言葉、ありがたく拝聴しました」


「うむ」


「叔父上が、ご自身を忠臣と信じておられることも、よく分かりました」


「……」


「そして、民を導かねばならぬと、本気で思うておられることも」


 ラウフェルドの笑みが、少しだけ深くなる。


「ならば話は早い」


「いや。むしろ、ここからが本題じゃ」


 ミツクニの声は穏やかだった。


 だからこそ、よく響いた。


「叔父上は、秩序のためには多少の圧政も必要と申された」


「言葉は少し強いが、意味は近い」


「では問おう」


 ミツクニは広場へ視線を巡らせる。


「その“多少”は、誰が決める」


 空気が止まる。


「橋の町の商人か。徴発された若者か。薬を待つ病人か。帰れなかった村か。それとも、王都の帳場で数字を並べる者か」


「若君」


 監察局の誰かが小さく声を挟んだ。


 だがミツクニは止まらない。


「秩序は大事じゃ。誰もが好き勝手に動けば、国はたしかに崩れる。そこは叔父上の申される通りじゃろう」


「ならば」


「じゃがのう」


 その一言で、空気が変わる。


「秩序とは、痛みを見ぬふりをする言い訳ではない」


「……」


「多少の圧政、とな。便利な言葉じゃ。帳簿の上では“多少”で済む。だが、潰される者にとっては、それが暮らし全部であり、命全部であり、家族全部じゃ」


 広場の後ろの方で、誰かが息を呑んだ。


 ミツクニは続ける。


「叔父上は、より多くを守るために一部を切ると申された。ならば、その切られる一部の顔を、叔父上は何人見ておられる?」


 ラウフェルドは答えない。


 だが、黙って聞いている。


「名を覚えておられるか。怒りを聞いたか。泣く子を抱いた母を、灰まみれのまま立たせたことがあるか」


 ラウフェルドの目元に、かすかな影が差す。


「民は導かねばならぬ。結構じゃ」


 ミツクニは、叔父を見据えたまま言う。


「じゃが、導くとは高いところから棒で追うことではあるまい。顔を見て、足を運び、どこで何が詰まり、誰が潰れ、誰が得をしておるか、自分で確かめることではないのか」


「若いな」


 ラウフェルドが、そこで初めて少し低く言った。


「お前はまだ、痛みを拾うことと国を回すことを同じ秤に乗せている」


「乗せておるよ」


 ミツクニの返答は早かった。


「乗せねばならぬからじゃ」


 彼の声は、少しも揺れない。


「痛みを勘定に入れぬ統治など、回っておるように見えて、ただ強い側に都合よく流れておるだけじゃ」


「それでは国は守れぬ」


「では問おう、叔父上」


 ミツクニは、一歩だけ近づいた。


「叔父上の言う“守られた国”とは、誰が笑う国じゃ」


 ラウフェルドは、やはり答えない。


「飢えぬ者だけが笑い、薬の届く者だけが助かり、順番を待てる者だけが救われる国か。それを守ったと申すなら、わしはそんな忠義は褒めぬ」


「ミツクニ」


「叔父上は、秩序のために多少の圧を引き受ける忠臣を名乗る。じゃがわしには、違うように見える」


 広場の空気が、さらに張る。


 叔父派の側近たちも、さすがに今の言葉を飲み込みきれない顔になっている。


「叔父上は、民を導いておるのではない」


 ミツクニは言った。


「民を、自分の考えた“整った形”へ押し込めておるだけじゃ」


 それは痛烈な一撃だった。


 だが、それでもミツクニは聖印を出さない。


 カクタスの背にある小箱は、まだ閉じたままだ。


 言葉だけで立っている。


 シルヴィアは、その理由がなんとなく分かった。


 ここで聖印を出せば、“若い継承者が感情で権威を振るった”という叔父の筋書きに、半歩だけ乗ってしまう。


 だから今は、出さない。


 叔父の思想を、叔父自身の言葉のまま皆の前へ晒すことが先なのだ。


 ラウフェルドは、そこで長く息を吐いた。


 笑みは消えていない。


 だが、最初の柔らかさとは違う。


「……お前は、地方を歩いて変わった」


「そうかもしれませぬ」


「昔は、もっと素直だった」


「昔のわしは、叔父上を信じすぎておりました」


「今は違うと」


「ええ」


 ミツクニは静かに言う。


「今は、叔父上の言う“忠義”が、誰を切って立っておるかを見ております」


 沈黙が落ちる。


 その沈黙を破ったのは、貴族席の端から上がった小さな声だった。


「……では、若君はどうなさるのです」


 老貴族だった。


 叔父派でも、露骨な味方でもない顔。


 ミツクニは、そちらを見た。


「どう、とな」


「圧を否定し、痛みを捨てるなと言う。では、若君はこの国をどう導くのかと」


 良い問いだった。


 同時に、叔父派にとって逃げ道になる問いでもある。


 ミツクニがここで理想論に逃げれば、“ほら見ろ、若い”で終わる。


 だが彼は、少しも慌てなかった。


「簡単ではないでしょうな」


「……」


「叔父上の申される通り、全てをすぐ救えるわけでもない。順序も要る。法も要る。そこは否定せぬ」


「では」


「じゃが」


 ミツクニは、広場の後ろ、見物人たちの方まで視線を伸ばした。


「最初から切ることを前提に仕組みを作るな、と申しておるのです」


 老貴族は黙った。


「橋を閉じる前に、他の道を探せ。薬を止める前に、どこから回せるか探れ。徴発する前に、誰が戻れぬかを見ろ。確認待ちの紙を積む前に、現地へ足を運べ」


 言葉が、広場へひとつずつ置かれていく。


「それでも救えぬ者は出るやもしれぬ。じゃが、最初から“仕方ない”と帳簿へ書く者に、国を預けてはならぬ」


 その言葉は、王都の広場にしては生々しすぎた。


 だからこそ届いた。


 シルヴィアは、貴族席の一角にいた若い騎士たちの顔が変わるのを見た。


 市場側で見ていた市民たちの目も。


 すべてが味方になるわけではない。


 だが、“善良な叔父”の筋書きが、そのままでは立たなくなったのは分かる。


 ラウフェルドは、その空気を読みながらも、なお穏やかに結んだ。


「……なるほど。今日はそれでよいだろう」


 負けを認めたのではない。


 ただ、この場ではここまでと切っただけだ。


「若君の考えはよく分かった。未熟なりに、いや、若さゆえに、見えているものもあるのだろう」


「そうかもしれませぬ」


「だが、国を回す責はまだ重い。私はなお、お前を守るべき立場だと考えている」


「そのお気持ちは受け取っておきましょう」


「結構」


 叔父は群衆へ向き直った。


「皆も聞いた通りだ。若君は、熱意と善意に満ちている。それは勇者家にとって誇らしいことでもある」


 最後まで、言葉は穏やかだった。


「だからこそ、今後も私は、彼が誤って己を傷つけぬよう、叔父として支え続ける」


 善良な叔父の顔で終える。


 拍手は起きた。


 だが、最初の拍手ほど綺麗には揃わない。


 ざわめきも残った。


 視線も割れている。


 それで充分だった。


     ◇


 広場を引く頃には、夕陽が石畳を長く照らしていた。


 人々は散りながらも、まだ何かを話している。


 叔父派の筋書きだけで終わらなかった証拠だ。


 ハチが、歩きながら興奮気味に言う。


「何か、すごかった!」


「雑ですね」


「だってすごかったんだもん! 叔父様、いい人っぽいのにこわかったし、でも坊ちゃんも全然引かなかったし!」


「うむ。だいぶ雑じゃな」


「褒めてる!?」


「半分くらいは」


 ギンがくすりと笑う。


「でも、よかったわよ。あそこで聖印を出さなかったの」


「ええ」


 シルヴィアが頷く。


「出していれば、叔父派の筋書きに寄っていた」


「うむ」


 ミツクニは穏やかに答えた。


「叔父上は、わしを“若く、熱く、権威に頼る継承者”として見せたかった。なら、今日のところは言葉だけで返す方がよい」


「その代わり、次はもっとはっきり来るわね」


「当然じゃろうな」


 ヤッシュが、少し離れた路地から戻ってきた。


 いつの間にか姿を消していたらしい。


「想像より食いついてるぞ」


「何がじゃ」


「貴族席の連中だ。若いのが二派に割れてる。若君は甘い、ってのと、執政代理は冷えすぎだ、っての」


「ほう」


 ミツクニの目が細くなる。


「騎士団だけじゃない、ってことね」


「そういうことだ」


「よい」


 シルヴィアは、今日の広場を思い返していた。


 叔父の論理は強かった。


 秩序。


 必要な圧。


 全体のための冷たさ。


 正しそうに聞こえる。


 だからこそ、自分は昔あの側に立ってしまったのだろう。


 だが今は違う。


 あれがどれだけ綺麗に切る論理か、分かる。


「……ミツクニ様」


「何じゃ」


「今日、叔父様の言葉を聞いて、やっと分かりました」


「何がじゃ」


「私は昔、命令に従ったのではなく、“あの論理”に従っていたんです」


「うむ」


「秩序のため。全体のため。多少の犠牲は必要。そう言われると、自分が人を見なかったことまで正しい気がしてしまう」


「……」


「だから怖い」


「そうじゃな」


 ミツクニは短く頷いた。


「欲だけで動く者より、そちらの方がずっと怖い」


「はい」


「じゃが、叔父上も今日それを公の場で口にした」


「ええ」


「なら、もう隠し切れぬ」


 その時だった。


 ギンのところへ、物売りに化けた手の者が近づき、何でもない顔で紙片を落としていった。


 ギンはそれを自然に拾い、目を走らせる。


「来たわ」


「何じゃ」


「おじさんから。副局長補佐、今夜、私設金庫付近へ出入りあり。礼式庫は囮」


「ほう」


「しかも追記つき。金庫は今夜、動く」


 全員の足が止まる。


 私設金庫。


 地方腐敗の証拠。


 そして今夜、動く。


 ヤッシュが低く言う。


「広場で揺れたからだろ」


「ええ。帳簿を移すか、証拠を詰め替えるか、どっちにせよ急いでる」


「となると」


「行くしかあるまい」


 ミツクニは、夕暮れの王都を見た。


 叔父の思想は、公の場でしかと受けた。


 そして今夜は、裏でその足場を崩す機会が来る。


「よろしい」


 静かに言う。


「今夜は、忠臣殿の足元でも見に行くとしようかのう」


 王都の空は、もうすぐ夜へ落ちる。


 綺麗な顔で語られた秩序の、その下に積まれた帳簿が、ようやく手の届く場所まで来ていた。

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