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第2話「行商少女と盗まれた救援物資」



 翌朝の空気は、どこかぎこちなかった。


 ミツクニ、スケイル、カクタスにとって、旅の朝はいつも通りである。荷をまとめ、馬の状態を確かめ、水袋を確認し、街道へ出る準備をする。手順に無駄はない。


 だが、ひとりだけ、明らかに肩に力が入っている者がいた。


 シルヴィア・フォン・シュタインである。


 昨日までこの街の騎士隊長だった彼女は、今朝からミツクニの旅に同行することになった。


 正確に言えば、彼女自身がそう望んだ。


 命じられる正義ではなく、自分で選ぶ正義をもう一度やってみたい。


 そう口にした時、胸の中には確かに熱があった。だが一夜明けてみると、現実は思ったよりも細かく、そして難しい。


「本日より正式に同行いたします。改めて、よろしくお願いいたします」


 宿の前で、シルヴィアは背筋を伸ばし、深く頭を下げた。


 騎士としては完璧な所作だった。


 しかし旅仲間への挨拶としては、やや硬い。


 カクタスが大盾を背負いながら、豪快に笑った。


「硬い硬い! そんな調子じゃ、街道に出る前に肩が石になるぞ!」


「石にはなりません」


「いや、なる! 俺には分かる! そういう顔だ!」


「どういう顔ですか」


 シルヴィアが真面目に聞き返す。


 カクタスは腕を組み、うむ、と頷いた。


「訓練場で新人を三十人まとめて睨む顔だな!」


「……否定はしません」


 否定しないのか、とスケイルが目だけで言った。


 ミツクニはその様子を見て、ほっほっと笑った。


「まあ、そのうち慣れるじゃろう。真面目なのは美徳じゃ」


「ありがとうございます。ですが、私はまだ皆様との距離感を測りかねております。失礼のないよう努めます」


「失礼を恐れすぎると、旅では足が遅くなるぞ」


 ミツクニは馬の首を撫でながら言った。


「道中では、礼式より先に雨宿りじゃ。腹が減れば飯。危なければ走る。それでよい」


「……承知しました」


 シルヴィアは頷いた。


 だが、その表情はまだ硬い。


 スケイルが荷を確認しながら、淡々と言う。


「シルヴィア殿。予備の水袋は馬の左側です。負傷者が出た場合、応急処置用の包帯は私の荷にあります」


「了解しました。移動中の隊列は?」


「若の前に私。後方はカクタス。あなたは若の右側で」


「右側、ですか」


「利き腕と剣の抜き方を見れば、その配置がよいかと」


「……分かりました」


 シルヴィアは少しだけ目を見開いた。


 細かい説明はない。だが、配置には理由がある。


 スケイルは彼女を試しているわけではない。ただ戦力として、最適な位置に置いている。


 それが分かって、シルヴィアの表情からほんの少し力が抜けた。


 カクタスが歯を見せて笑う。


「ま、主は変なところで気楽だからな! 気負いすぎると損するぞ」


「カクタス」


 スケイルが静かに言った。


「何だ?」


「若は気楽なのではない。必要以上に重くしないだけだ」


「似たようなもんだろ!」


「違う」


「細けえな!」


 いつもの調子である。


 シルヴィアは一瞬だけ戸惑い、それから小さく息を吐いた。


 この一行は、主従でありながら、どこか家族のようでもある。


 礼はある。忠義もある。だが、息苦しくはない。


 自分はまだ、その輪の外側に立っているのだ。


 その事実が、少しだけ胸に痛かった。


 ミツクニはそんな彼女を急かさなかった。


 ただ、馬上から穏やかに告げた。


「では参ろうか。今日も民の顔を見に行くとしよう」


     ◇


 街を出て半刻ほど進んだ頃だった。


 街道脇のぬかるみで、妙な声が聞こえた。


「ぬぬぬぬぬ……! 動けぇぇぇ……! あたしの商売人生、ここで終わるにはまだ早いぃぃぃ!」


 シルヴィアが即座に手綱を引いた。


「人の声です」


「悲鳴……というより、気合いだな」


 スケイルが言う。


 カクタスが大盾を揺らして笑った。


「面白そうな声だ!」


 声のする方へ向かうと、小柄な少女が荷車の前で踏ん張っていた。


 年は十四、五ほどだろうか。茶色の髪を短く結び、旅用の外套を羽織っている。荷車には保存食、干し肉、小袋に入った豆、針や糸、木の匙、安物の布などが山ほど積まれていた。


 問題は、その荷車の片輪がぬかるみに深くはまり込んでいることだった。


 少女は荷車の取っ手を掴み、全身で引いている。


「うおおおお! 今日のあたしは干し肉三枚分強い! だから動け!」


「干し肉三枚分では足りぬようじゃな」


 ミツクニが声をかけると、少女はぎょっと振り返った。


「わっ、人! お客さん!? それとも山賊!?」


「道行く旅人じゃ」


「じゃあ、お客さん寄りだね!」


 判断が早い。


 しかも危機感が薄い。


 シルヴィアは少し眉を寄せた。


「ひとりでこの荷を?」


「うん! あたし、行商人のハチ! 安いものを買って、ちょっとだけ高く売る未来の大商人!」


 ハチと名乗った少女は胸を張った。


 その直後、腹がきゅるると鳴った。


「……未来の大商人は、今ちょっとお腹が空いてる」


「ずいぶん正直じゃのう」


 ミツクニが笑う。


 カクタスは荷車の後ろに回り、大きな手で車体を持ち上げた。


「よし、押すぞ!」


「え、ひとりで?」


「ひとりで十分だ!」


 カクタスが軽く押すと、ぬかるみに沈んでいた車輪がずぼりと抜けた。


 荷車はあっさりと街道へ戻る。


 ハチの目が輝いた。


「すごっ! おじさん、荷車の守護神!?」


「おじ……」


 カクタスが一瞬固まる。


 スケイルが淡々と言った。


「年齢的には否定しづらい」


「否定しろ、そこは!」


 カクタスが叫ぶ。


 ハチは気にせず、荷台をごそごそと漁った。


「ありがとう! お礼に干し肉いる? いま二つ食べたけど、まだある!」


「礼より先に食べた報告が来るとはのう」


 ミツクニは愉快そうに目を細めた。


 シルヴィアは少し引いていた。


「あなた、ひとり旅でその警戒心は危険です」


「え? でも、悪い人なら先に荷物を奪ってるでしょ?」


「そうとは限りません」


「じゃあ、いい人?」


「判断が早すぎます」


 シルヴィアが真面目に言うと、ハチはぱちぱちと瞬きをした。


「お姉さん、騎士様?」


「元、です」


「元? じゃあ今は?」


 シルヴィアは少し言葉に詰まった。


 今の自分は何なのか。


 騎士ではある。だが、街に仕える騎士ではない。


 ミツクニが横から穏やかに言った。


「わしの旅の連れじゃ」


 その言葉に、シルヴィアは一瞬だけ目を伏せた。


「……はい。同行者です」


「へえ。なんか強そう!」


 ハチはにかっと笑う。


 それから、急に商人の顔になった。


「そうだ! みんな、次の町に行くなら保存食買った方がいいよ。今だけすっごく安いの! 干し肉も麦袋も豆も、普段の半値近いんだよ!」


「半値?」


 スケイルの目が細くなる。


 シルヴィアもすぐに表情を変えた。


「この地域は不作気味のはずです。保存食が半値というのは妙ですね」


「でしょ? だから買い時!」


「違います。疑うところです」


 ハチはきょとんとした。


 ミツクニは顎に手を当てる。


「安いものには理由がある。善い理由ならよいが、悪い理由の方が多いのが世の常じゃ」


「ええっ、でも安いんだよ?」


「安いからこそじゃ」


 ミツクニは街道の先を見た。


「その町、少し覗いてみるとしよう」


     ◇


 次の町は、前日の宿場町よりも小さかった。


 外壁も低く、市場も簡素だ。だが人通りは多く、荷車が行き交い、露店には保存食が山のように積まれていた。


「ほら! あれあれ!」


 ハチが目を輝かせて走り出す。


 露店には干し肉の束、豆の袋、麦袋、塩漬け野菜の樽が並んでいた。品質は悪くない。むしろ、この地域の状況を考えれば良すぎるほどだ。


 ハチは早速、干し肉を手に取った。


「安い! 昨日よりさらに安い! これは買いだよ!」


「待ちなさい」


 シルヴィアが止めるより早く、ハチは小袋を出していた。


「おじさん、これ三束!」


「毎度」


 店の男は笑ったが、その笑顔は落ち着きがなかった。周囲を気にしている。早く売り切りたい、という焦りが見える。


 ミツクニは積まれた麦袋に目を向けた。


 袋の端に、焼き印がある。


 麦穂を囲む二重円。さらに、その下に小さな村名札が縫い付けられていた跡がある。今は雑に切り取られているが、糸の残りが見える。


「ふむ」


 スケイルが低く言う。


「若」


「うむ。臭うのう」


 カクタスが鼻を鳴らした。


「保存食の匂いなら腹が減るがな」


「カクタス」


「分かってる。悪い匂いってやつだろ」


 シルヴィアは露店の帳面に目を向けた。


「この品はどこから?」


 店の男は一瞬だけ目を泳がせた。


「さ、さあね。仕入れはまとめてだ。詳しいことは問屋に聞いてくれ」


「問屋の名は?」


「それは……」


 男が答えに詰まった、その時だった。


 市場の外れから、怒号が聞こえた。


「救援物資が届いていないとはどういうことだ!」


「昨日届くはずだったんだ! 村ではもう食うものが尽きかけてる!」


 数人の村人が、町役場の前で役人に詰め寄っていた。


 ミツクニたちは顔を見合わせた。


 ハチも干し肉を抱えたまま、ぽかんとする。


「救援物資……?」


 シルヴィアがすぐに歩き出した。


 町役場の前では、痩せた男たちが必死に訴えていた。服には土埃がつき、目元には疲労が濃い。


「申請は通ったはずだ! 村名も、受領日も控えにある!」


「こちらには受領済みと記録されています」


 役人は困ったような顔をしているが、その声には誠意がない。


「行き違いでしょう。詳しく調べるには時間が――」


「時間などない! 子どもが腹を空かせてるんだ!」


 村人のひとりが、震える手で申請控えを広げた。


 シルヴィアがそれを見た瞬間、表情を変えた。


「この印……」


 ハチが恐る恐る、自分が買った干し肉の束を見る。


 包装の内側に、同じ麦穂の印があった。


 そして、切り残された札の端に、村の名がかすかに残っている。


「……え」


 ハチの顔から血の気が引いた。


「あたし、これ……買っちゃった……?」


 ミツクニは静かに言った。


「どうやら、村へ届くはずの救援物資が市場に流れておるようじゃな」


 ハチの手から、干し肉の束が落ちかける。


 カクタスがそれを受け止めた。


「おっと」


「ご、ごめ……あたし、知らなくて……安いから、ただ、お得だと思って……」


 ハチの声が震えていた。


 さっきまでの元気が嘘のように消えている。


 ミツクニは責めなかった。


 ただ、村人たちと、露店の保存食と、役人の顔を順に見た。


「知らぬなら、今から知ればよい。知った後にどうするかで、人は決まる」


 ハチは唇を噛み、強く頷いた。


     ◇


 町役場の中は、妙に整っていた。


 整っている、というより、整えすぎている。


 机の上に帳簿は少ない。棚には封をされた書類箱が並んでいるが、埃の付き方が不自然だった。最近動かした箱と、長く置かれた箱が混ざっている。


 シルヴィアは机に置かれた発送記録を開き、すぐに眉を寄せた。


「申請日は十日前。承認は七日前。発送記録は五日前。しかし受領日は四日前になっています」


 役人が汗を拭った。


「ですから、記録上は問題なく――」


「問題だらけです」


 シルヴィアの声は低かった。


「この地域からあの村まで、荷馬車で片道二日はかかります。五日前に発送し、四日前に受領済みというのは不自然です」


「早馬を使ったのかもしれません」


「救援物資の麦袋と樽を、早馬で?」


 役人は黙った。


 スケイルが棚の封印を確認する。


「若。この封印、上から押し直されています」


「ほう」


 シルヴィアも近づき、封蝋を見る。


「保管庫の正式封印ではありません。形だけ似せていますが、刻みが浅い。途中で差し替えられています」


 彼女は次に受領書をめくった。


 そして、静かに告げる。


「同じ筆跡です」


「何?」


 役人の顔が引きつる。


「三つの村、五人の受領者。すべて別人のはずなのに、署名の癖が同じです。これはミスではありません」


 シルヴィアの青い瞳が鋭くなる。


「最初から消すつもりで作った帳簿です」


 室内の空気が張り詰めた。


 カクタスが腕を鳴らす。


「分かりやすくなってきたじゃねえか」


 その時、外からハチの声が響いた。


「これ! これ見て!」


 ハチが市場から駆け込んできた。手には麦袋の切れ端を握っている。


「さっき買った袋の底に、村名札が残ってた! 切り取ったつもりだったんだろうけど、ちょっと残ってた!」


 その札には、村人たちが申請控えに書いていた村の名が残っていた。


 決定的だった。


 役人は椅子を蹴るように立ち上がった。


「で、出鱈目だ! ただの偶然だ!」


 ミツクニは静かに見つめた。


「偶然とは便利な言葉じゃな。悪人ほどよく使う」


「私は知らん! 商人が勝手に――」


 その瞬間、外で荷車の軋む音がした。


 スケイルが即座に窓へ目を向ける。


「逃げます」


 市場の商人が、保存食を積んだ荷車を動かそうとしていた。証拠を持って逃げるつもりだ。


 ミツクニは短く告げた。


「押さえよ」


「承知」


 スケイルが音もなく駆け出した。


 カクタスも続く。


「逃げ足は速いが、今日は相手が悪いぞ!」


     ◇


 市場は一気に騒然となった。


 商人は荷車を走らせようとしていたが、前方にスケイルが立っていた。


「どけ!」


「断る」


 商人が護衛らしき男たちに目配せする。二人が棍棒を構えてスケイルに襲いかかった。


 だが、勝負にすらならなかった。


 スケイルの剣は抜かれたように見えなかった。次の瞬間には、棍棒が宙を舞い、男たちが膝をついていた。


「怪我をしたくなければ、そこにいろ」


 静かな声だった。


 それだけで、周囲の者たちは動けなくなる。


 一方、荷車を反対側へ押し出そうとした商人の前には、カクタスが立った。


「よお」


「ひっ!」


「荷車ごと行く気か? いいぜ、俺も押してやる。逆向きにな!」


 カクタスが大盾を地面に突き立てる。


 荷車はそこで完全に止まった。


 商人は顔を真っ青にして叫んだ。


「役人様! 何とかしてください!」


 町役人は逃げようとしたが、その前にシルヴィアが立ちはだかった。


「町兵に命じます。市場を封鎖しなさい。救援物資横流しの疑いがあります。帳簿、荷札、封印、すべて証拠として保全します」


「あなたにその権限があるのか!」


 役人が叫ぶ。


 シルヴィアは一瞬だけ黙った。


 昨日までなら、その言葉に怯んでいたかもしれない。


 だが、今は違う。


「あります」


 彼女はまっすぐ告げた。


「少なくとも、民の命に関わる不正を前にして、見なかったことにする権限は誰にもありません」


 ハチが市場の中央へ走り出した。


「みんな見て! この袋、村の印がある! 救援物資だよ! 安売り品じゃない! 村の人たちに届くはずだったものだよ!」


 声はよく通った。


 人々がざわめき、次々と荷袋を確認し始める。


「本当だ……村名札が切られてる」


「この印、隣村の救援倉庫のものじゃないか?」


「まさか、俺たちが買わされてたのは……」


 人目が集まれば、もう誤魔化せない。


 役人は汗だくになり、商人は膝を震わせていた。


 その中央へ、ミツクニが歩み出た。


 カクタスが黒塗りの小箱を開き、聖印をわずかに示した。


 前日のような大仰な断罪ではない。


 だが、それだけで十分だった。


 町兵たちが息を呑み、膝をつく。


 役人の顔が紙のように白くなった。


「ゆ、勇者家の……」


「救うために送られたものを、飢えた民の口から奪って売りさばくとは」


 ミツクニの声は静かだった。


「それは商いの才ではない。ただの盗みじゃ」


 商人が震える声で言い訳をした。


「わ、私は買っただけです! 安く流すと言われたから――」


「安い理由を知らぬ商人などおらぬ。知ろうとしなかったなら怠慢。知っていたなら罪じゃ」


 ミツクニは役人へ視線を移す。


「そして、民に届くはずの物資を帳簿の上で消した者は、民の命を紙切れ扱いしたということじゃ」


 役人は膝から崩れ落ちた。


「お、お許しを……私は上からの流れに従っただけで……」


 ミツクニの目が細くなる。


「上、とな」


 役人ははっと口を閉じた。


 だが、もう遅い。


 カクタスは聖印を閉じた。


「この件、すべて調べる。物資は村へ戻し、関わった者は拘束せよ。帳簿も許可札も、一枚たりとも燃やすでない」


 シルヴィアが即座に動いた。


「町兵は倉庫を封鎖。村人代表を立ち会わせ、物資の数を確認してください。市場で購入された救援物資も、返還または補填手続きを取ります」


 指示は明確だった。


 先ほどまでおろおろしていた町兵たちも、今度は従った。


 スケイルは逃走路を塞ぎ、カクタスは荷車を押さえ、ハチは市場の人々に袋の印を見せて回った。


 ミツクニはその中心で、すべての流れを見ていた。


 人が苦しむ場所には、必ず金の流れがある。


 金が歪めば、帳簿が濁る。


 帳簿が濁れば、民の命が消える。


 この町の不正は小さい。


 だが、根は浅くない。


     ◇


 夕方には、救援物資を積んだ荷車が村へ向けて出発した。


 村人たちは何度も頭を下げた。なかには泣きながら麦袋に手を触れる者もいた。


 ハチはその光景を、少し離れた場所から見ていた。


 いつもの元気はない。


 手には、買ってしまった干し肉の束がある。今はもう、自分のものではないと分かっている。


「ごめん……」


 ハチはぽつりと言った。


「お得だと思ったんだもん……安いなら、買って売れば儲かるって……それだけで……」


 ミツクニは彼女を見た。


「うむ。浅はかではあった」


「うっ」


 ハチの肩が跳ねる。


 ミツクニは続けた。


「じゃが、気づいて顔を青くできるなら、まだ見込みはある」


 ハチは恐る恐る顔を上げた。


「怒ってないの?」


「怒るべき相手は、救援物資と知って民から奪った者たちじゃ。おぬしは愚かではあったが、悪ではない」


「愚か……」


「そこは受け止めよ」


「はい……」


 ハチはしょんぼりとうなだれた。


 カクタスが豪快に笑う。


「ま、腹が減ると人は判断を間違えるもんだ!」


「カクタス殿、それは励ましになっているのですか?」


 シルヴィアが真面目に問う。


「なってるだろ!半分ほどは」


「半分か!」


 スケイルが淡々と言った。


「残り半分は、自分もよく食う者の言い訳です」


「おい、スケイル!」


 そのやり取りに、ハチが少しだけ笑った。


 それから彼女は、急に顔を上げた。


「あの!」


 全員が見る。


「あたし、しばらく一緒に行く!」


 シルヴィアが目を瞬かせた。


「……なぜ、そうなるのですか」


「償う! 荷運びでも道案内でもする! あと、安すぎるものを見つけたら、今度はちゃんと疑う!」


「最後の理由がやや不安です」


 シルヴィアが眉を寄せる。


 ハチは必死だった。


「あたし、行商人だから、道とか村とか市場とか、ちょっと詳しいよ! 噂も集められる! あと、食べ物の匂いには自信がある!」


「最後の技能は必要でしょうか」


「必要だろ! 飯屋探しに困らねえ!」


 カクタスが即座に賛成した。


 シルヴィアは額に手を当てる。


「軽すぎます。同行者を増やすというのは、本来もっと慎重に――」


 そこで彼女は、昨日の自分を思い出した。


 自分もまた、あの場で願い出て、受け入れられたのだ。


 しかも、ずいぶん重い顔で。


 それに比べて、この少女はあまりに軽い。


 少しだけ、胸の奥がむっとした。


 ミツクニはその微妙な表情を見逃さなかったが、何も言わなかった。


「よかろう」


「若」


 スケイルが確認するように見る。


 ミツクニは頷いた。


「ハチの目は、庶民の流れを見る目じゃ。わしらだけでは見落とすものも拾えよう」


「やった!」


 ハチが飛び跳ねる。


 シルヴィアはまだ納得しきっていない顔だったが、深く息を吐いた。


「同行する以上、勝手な単独行動は控えてください。怪しい儲け話に飛びつかないこと。食料を勝手に食べ尽くさないこと。危険を感じたらすぐ報告すること」


「はい! 騎士のお姉さん!」


「シルヴィアです」


「シルヴィアさん!」


 ハチは元気よく頷いた。


 カクタスが笑う。


「賑やかになってきたな、主!」


「うむ。旅は少し騒がしいくらいがよい」


 ミツクニはそう言って、押収品の許可札を手に取った。


 札には町役場の印がある。


 その下に、小さく刻まれた許可番号。


 執政代理府管轄。


 ミツクニの指が、そこで止まった。


 前日の帳簿にあった封蝋印。


 今日の許可札。


 場所も手口も違う。だが、流れは同じ方向から来ている。


「ふむ」


 ミツクニは静かに札をしまった。


「やはり、ただの地方商いでは済まぬか」


 その声は小さかった。


 だが、スケイルだけは聞き逃さなかった。


「若」


「まだ断じるには早い。じゃが、道は見えてきた」


 夕暮れの街道に、荷車の轍が伸びている。


 それは救援物資を村へ運ぶ轍であり、同時にミツクニたちの旅が進むべき道でもあった。


 民の口から奪われたものを、民の手へ戻す。


 その先に、誰がいるのか。


 ミツクニは遠く王都の方角を見た。


「参ろう。まだ、顔を見ねばならぬ民がいる」


 こうして旅の一行に、食いしん坊の行商少女が加わった。


 本人はまだ、自分がどれほど厄介ごとを引き寄せるのか分かっていない。


 もっとも、ミツクニは少しだけ分かっていた。


 そして、分かったうえで受け入れた。


 旅には時に、火種を運ぶ者も必要なのだから。

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